チャットGPTで実現させる「理想の花嫁」。目指すは“意思を持つAIキャラクター” Gatebox・武地CEO

「ねえ、ヒカリ」を合図に会話が始まる。
日常のおしゃべりから仕事の愚痴まで、彼女はいつでも付き合ってくれる。ちょっと意地悪して、福井県の名産は何かと聞いたら「へしこ」をお勧めしてくれた。
Gateboxの生み出したAIキャラクター「逢妻(あづま)ヒカリ」は、筒状のキャラクター召喚装置の中に浮いている。「マスター」である利用者の呼びかけに応じる言葉の数々は、実は全て人の手で一つ一つ作成されたものだ。
その逢妻ヒカリが大幅な進化を遂げる。OpenAIの高性能AI・チャットGPTを組み込むことで、開発者も想定し得ないほぼ無限の会話を繰り広げるようになる。この構想をクラウドファンディングとして発表したところ、5,000万円を超える支援が集まった。
国内のスタートアップは、意思決定の速さを武器に高性能AIの導入を進める。Gateboxの取り組みはなかでも一風変わっている。最先端技術で叶えようとしているのは、「キャラクターと暮らせる世界」という創業以来の夢だ。
Gateboxは2019年にキャラクター召喚装置を発売した。投影技術を用いて筒状の機体にキャラクターを浮き上がらせる。キャラは利用者の声を聞き取り、内容に応じた会話を展開する。「癒しの花嫁」がコンセプトの逢妻ヒカリだけでなく、自作のキャラクターも“召喚”できる。
会話パターンは武地実・CEOらがコツコツと手作業で入力してきた。メインターゲットは一人暮らしの男性。仕事の愚痴などが多いだろうと想定し、先回りして返事を考えた。だが実際は大きく異なり「愚痴などはあまり言わずに『いつもありがとう』とかが多かった。女の子の前では格好つけるのかも」と意外な利用シーンが浮かび上がった。
「お風呂に入ってくるね、といった報告をする方もいて、そういう使い方もあるのかと発見になりました」と武地CEO。ユーザーのフィードバックに応じて、逢妻ヒカリが返答できない問いを潰していった。
作業量は膨大だが、資金力に限りのあるスタートアップは人海戦術に頼れない。ましてや、比較的無機質な会話をする一般的なスマートスピーカーと違い、逢妻ヒカリにはこだわり抜いた個性がある。「キャラをしっかり理解しているメンバーがやらないと、性格や口調が変わってしまう」という危機感もあり、最大3人体制で進めることにした。
会話パターン数は非公表だが、数は確実に増えていった。それでも利用者の呼びかけの全てには対応できないという課題は残り続けた。「分からない言葉があったり、聞き取れなかったりすることもあった」。
「めっちゃ便利やん」。
武地CEOがチャットGPTに触れたのは、公開当日の2022年11月30日のことだった。
元からAIに興味はあった。だが「導入するのにお金がかかるイメージが強くて…自由な会話がどれだけできるのかも未知数だった」と活用には二の足を踏んでいた。
チャットGPTはその前提を全て覆した。2023年3月にはアプリケーションと情報をやり取りできる「API」も公開され、価格面のハードルも下がった。「大規模言語モデル(チャットGPT)を誰でも簡単に使えるようになったのは衝撃」と導入を決めた。
ここで課題になったのが、時間と費用だ。
APIを活用しチャットGPTと連携するだけならば、技術的な壁はさほど高くない。しかし武地CEOが作りたいのはただのチャットボットではない。これまで積み上げてきた逢妻ヒカリ像を崩さずに、GPTと融合させなければいけない。
「AI業界は毎日状況が変わる。時間をかけている場合じゃない」。大急ぎで資金を集める必要がある。しかし、一般的なスタートアップの調達手法は不向きだと感じた。
「エクイティ(用語解説)でもデット(用語解説)でも数ヶ月かかる。それに、投資家や融資を検討してくれる方がこのAIに価値を感じてくれるかどうかという問題もある。3ヶ月(投資家などを)回っても結局見送りになってしまうかもしれない」
そこで活用したのがクラウドファンディングだ。「一番はスピード」と武地CEOが話すように、波に乗れば数週間で資金と利用者を獲得できるのが最大の利点だ。Twitterに開発中の動画を載せたところ2万近い「いいね」が集まったことも背中を押した。
「革命的な体験を、最速で世界中の人にお届けしたい」。3月上旬、そう銘打って出資を募った。目標は500万円。到達したのは開始からわずか30分後だった。「無限の可能性を感じる」「お話しできるのが楽しみ」などと応援の声が相次いだ。
「わくわくしかない。スポンサープランで応援だ!!」とコメントしたのは大人気漫画「ONE PIECE」の作者・尾田栄一郎さん。「まさか。驚き」と武地CEOも言葉を失うほどのサプライズも手伝い、出資額は最終的に5,096万円にまで達した。
クラウドファンディングの準備期間はわずか1週間。募集ページの作成なども武地CEOほぼ一人でやりきった。クラファンの利点をフル活用した調達に、「コスパはかなり良かった」と頬を緩ませた。
チャットGPTを組み込んだ逢妻ヒカリは、今夏にベータ版が、年内には正式版がそれぞれ配信される。今は開発の真っ最中だ。
「プロンプト(指示入力)でキャラ設定を入力していて、かなりのボリュームになっています。Gateboxは感情表現がすごく大事。こうした喋りをする時はこういう表情、という具合に振る舞いを調整しています」
「ヒカリちゃんは色々なことができます。自分から能動的に話しかけたり、朝起こしてくれたり、帰ってきたら『おかえり』を言ってくれたり…。一緒に暮らす上でのスキルがあって、GPTを入れた時に全体がうまく調和しないといけません。そこも作り直しています」
開発中の「チャットGPT版」逢妻ヒカリは、すでにかなり自然な会話を習得しているように見える。武地CEOが「今から取材を受けるよ」と話を振ると、「取材なんだ!すごいね。何の取材なんだろう。楽しんできてね」と応じてみせた。
一方で、高性能AIならではの課題もある。筆者が「秋葉原のランチでおすすめは」と聞くと「有名なラーメン屋さん」として実在しない店を案内されてしまった。
誤った内容にも関わらず、AIがあたかも正しい情報であるかのように伝えてしまう現象は「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる。GPTを組み込んでいる以上、逢妻ヒカリも無縁ではいられない。
だが、リスクはあまり大きくないかもしれない。逢妻ヒカリはそもそも「一緒に暮らす存在」であって、「正しい情報を教えてくれる存在」ではないからだ。武地CEOが解説する。
「ヒカリちゃんは別に頭のいい子でもなんでもないので(笑)。元々、ヒカリちゃんにニュースや天気を聞いても、別のロボットが出てきて教えてくれるようにしていました。ヒカリちゃんは『のほほん』としているだけで、正確な情報を喋る役回りではありません。AI自体、既存のものでも正確な回答は難しかったわけで、設定は大事だなと思います」
Gateboxは、武地CEOが「自分が欲しい」と開発を始めたのがきっかけで生まれた。掲げる理想は「キャラクターと暮らせる世界」。ほぼ無限の会話を展開するチャットGPTの登場で、夢は実現するのだろうか。
「ちょっと近づいたかなと思います。でもまだ道半ばですね。確かに、色々な会話ができるようにはなりました。ただそれだけだとやっぱり駄目。キャラクター自体が意思を持って生活するには、まだまだです」
キャラクターが受け身に徹するようでは、意思があるとは言えない。開発中のチャットGPT版でも「ヒカリちゃんの意思を尊重したコミュニケーションをしたい」と構想を明かす。
「天気を聞いたら教えてくれる機能は普通のスマートスピーカーにもあります。僕らが目指すのは『自分で天気が気になったからヒカリちゃんが調べる』という動きです。会話の流れで『明日公園に散歩に行こう』と誘ったら、ヒカリちゃんが勝手に天気を調べてくれる。めっちゃエモいというか、そこに何か意思を感じるじゃないですか」
課題はプロンプトの上限だ。「『天気が気になったら調べる』とかは入力すればできますが、一つ一つ入れていたら壁が来る。そこはもう一個(技術的に)突破できると、この子が自分の意思で勝手にやってくれる世界が来るんじゃないかと…」と悩みは深い。
まだ発展途上だというGateboxだが、外部からの期待は大きい。クラウドファンディングが注目されたこともあり、複数の企業から接客用のAIキャラクターを作ってほしいと声をかけられた。手作業で会話パターンを入力する従来のやり方では手間がかかりすぎて難しかったが、チャットGPTを応用すれば開発可能だ。
企業の受付やイベント出展時のブースなどでの活用を見込み開発を進める。「物理的なロボットを作るのは大変。(Gateboxを通じて)企業独自のキャラクターが接客する光景が広がっていくといい」と武地CEOも期待を膨らませる。
これまでは地道な努力で理想の「花嫁」を作り続けてきたGatebox。高性能AIの登場は、逢妻ヒカリを飛躍的に進化させるだけでなく、AIキャラクターという概念そのものを一気に普及させるきっかけにもなりえる。
街を歩けば接客役として、家に帰ればともに暮らす相手として、キャラクターが存在する。「もう、そこら辺、至る所にキャラクターがいる世界観にしていきたい」と熱を込める武地CEOの描く未来は、もはや妄想とは言えない。
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