1989年(平成元年)、年内最後の取引日「大納会」に記録された日経平均株価の史上最高値(終値)は3万8,915円。当時の世界時価総額ランキングでは、トップ50のうち実に32社が日本企業を占めており、日本経済の勢いは世界を圧倒していた。バブル経済の絶頂期、その熱狂の中心にあったのは金融、不動産、総合商社、そして製造業の巨人たちだった。
時は流れ、2024年には日経平均が4万2,224円と史上最高値を更新。そして2025年にはさらなる高値更新が見込まれている。しかし、時価総額ランキングの上位を日本企業が独占する光景は、もはや過去のものとなった。世界市場では、テクノロジー産業が圧倒的な力を持ち、米国のGAFAM(Google、Apple、Facebook=Meta、Amazon、Microsoft)、半導体巨人NVIDIA、台湾のTSMC、中国のテンセントなどがトップを占める。かつて世界の主役だった日本企業は、なぜこの36年でその座を失ったのか。1989年と2025年のデータを照らし合わせながら、その変遷と要因を探る。
1989年の世界時価総額ランキングではNTTが1,639億ドルでトップに立っている。
政府保有株の3分の2を売却することになったNTTは1987年に上場。国民を巻き込んだ株式ブームの火付け役となり、160万円だった初値は2ヶ月ほどで318万円にまで上昇した。
2位以降は日本興業銀行。近代工業の勃興期にあたる1902年(明治35年)、長期融資の需要などを背景に誕生した金融機関だ。
そのほかにも住友銀行(3位)、富士銀行(4位)など複数の金融機関がランクインしていて、日本経済そのものの好調さを窺わせる。ちなみに、ランク上位に名を連ねる日本興業銀行、富士銀行、第一勧業銀行はいずれもみずほ銀行の前身の一つとして知られている。
自動車メーカーではトヨタ自動車が11位、日産自動車が26位。「日の丸家電」もグローバル市場で存在感を示したほか、現在はシェアを大きく失っている半導体でも高いシェアを誇っていて、日立製作所(17位)・松下電器(18位)・東芝(20位)・日本電気(NEC / 48位)がそれぞれランクインしている。
全体では50社のうち6割を超える32社を日本勢が占めている。バブル崩壊前のこの時期は、グローバル経済のなかでも日本勢が大きな存在感を放っていた時期と言える。
ここからは2025年2月26日時点のランキングを見ていく。
日本勢で唯一、トヨタ自動車が49位にランクインした。前年の39位から後退し、日本企業として唯一のトップ50入りを果たしたものの、その存在感は縮小しつつある。もっとも、円安の追い風を受け、2025年3月期の連結営業利益は4兆7,000億円(前年同期比+4,000億円)と過去最高を記録。依然として世界最大の自動車メーカーであり、利益基盤の強さは揺るがない。しかし、グローバル市場に目を向けると状況は厳しい。EV市場の競争が加速する中、BYDやテスラといったライバルが急成長し、米国では関税引き上げのリスクも浮上している。自動車業界は今、新たな転換期を迎えている。トヨタが来年の順位を回復するには、EV戦略のさらなる強化と、グローバル市場における販売戦略の再構築が不可欠となる。
ランキング上位は2024年同様、アメリカの企業がほぼ独占している。特に躍進ぶりが著しいのはNVIDIAだ。AIブームの加速によりデータセンター向けGPUの需要が急増し、特にH100などの高性能チップが生成AIやクラウド企業に広く採用され、売上と利益が大幅に伸びた。
同じく半導体業界で注目を集めているのが、TSMC(台湾積体電路製造)だ。昨年のランキングの15位から9位まで浮上し、世界のトップ10企業に名を連ねた。同社は、Apple、NVIDIA、AMDなどの最先端チップを製造する世界最大のファウンドリー企業として、半導体業界を支える中核的存在だ。特に3nmや2nmプロセスの技術力で競合を圧倒し、高収益体質を確立した。こうした技術的優位性が、同社の時価総額急上昇の要因となった。
2021年10月に、熊本に新工場を建設すると発表したTSMC。この決定は、米中対立の激化やパンデミックによる供給網の混乱を背景に、安定した半導体供給を確保する狙いがあった。ソニーやトヨタをはじめとする日本の大手企業が出資し、政府も4,760億円の補助金を投じるなど、日本の産業界を巻き込んだ国家的プロジェクトとなった(※1)。先端半導体の国産化が進めば、自動車・家電・通信インフラなど幅広い産業に影響を与え、日本経済全体の競争力向上につながる可能性があると言われている。
アメリカ発ではテック企業の存在感が依然として高く、いわゆる「GAFAM」にテスラとNVIDIAを加えた7社は「マグニフィセント・セブン」と称される。マグニフィセント(magnificent)は「豪華な、壮大な」などを意味する英単語で、市場における7社の圧倒的な存在感を示している。
アップルの時価総額は昨年に引き続き1位を維持し、3兆7,110億ドルに到達。史上初の4兆ドル突破が現実味を帯びてきた。同社が1月30日に発表した決算によると、四半期の売上高は前年同期比4%増となり、特にサービス部門の収益が過去最高を記録した。一方で、中国本土での売上は11%減少、iPhoneの売上も1%弱減少するなど、成長の足かせとなる課題も浮上している(※2)。新製品発表ごとに株価が大きく変動するアップルだが、唯一無二のブランド力と市場変化に合わせた戦略の柔軟性が、同社を世界トップの座に留める最強の武器となっている。AIやクラウド、サービス事業のさらなる拡大が、アップルの時価総額成長を支えるカギとなるだろう。
一方、メタは昨年と同じく7位にランクイン。2024年10月31日に発表した2024年第3四半期決算で、売上高406億ドル(前年同期比19%増)、営業利益174億ドル(同26%増)を記録し、四半期純利益も157億ドル(同35%増)となり、いずれも過去最高を更新した(※3)。
近年、「GAFAM」の各社はAI企業の買収を積極化しているが、メタもその例外ではない。今年2月には、韓国のAI向け半導体スタートアップ「FuriosaAI(フュリオサAI)」の買収に向けた交渉が進んでいると報じられた(※4)。この買収により、メタはAI半導体の開発能力を強化し、現在NVIDIAに大きく依存している供給体制を改善するとみられている。AI競争が激化する中で、他社に依存しないAI発展戦略がどれほどの成果をもたらすのか、投資家の関心はますます高まっている。
昨年のランキングと比べて、大きく変わったのは中国企業の復調だ。24年にはわずか2社しかランクインしていなかったが、25年は5社へと増加し、23年の水準に回帰した。
象徴的なのが、32位に再浮上したアリババグループだ。ECプラットフォームを中核とする同社は、近年の中国AI開発競争の中で優位性を維持した。2025年1月には、独自開発のAIモデル最新バージョン「Qwen(通義千問)2.5 Max」が、メタや中国のスタートアップDeepSeek(ディープシーク)のモデルを上回り、「世界をリードする」性能を達成したと発表した(※5)。さらに、AIインフラ整備に向け530億ドル(約7兆9,000億円)の投資計画を打ち出し、生成AI分野での競争力を強化している(※6)。
また、16位にランクインしたテンセント・ホールディングス(騰訊)も、AI戦略を加速。自社開発のAIチャットボット「Yuanbao(元宝)」は、iOSアプリの国内ダウンロード数でDeepSeekを上回る実績を記録し、成長が加速している(※7)。 中国の大手テクノロジー企業と新興AIスタートアップが次々と成果を上げる中、米中の逆転が近づいているとの見方もある。
かつて世界の経済を牽引していた日本企業は、バブル崩壊後の「失われた30年」を経て、長期低迷の道を歩んだ。
この凋落の要因の一つとして挙げられるのが、デジタル革命への対応の遅れだ。インターネット、AI、半導体といった分野で世界の競争が激化する中、日本企業はグローバル市場を意識した競争力強化よりも、内需に依存した経営スタイルを維持し続けた。結果として、GAFAMや、TSMC、NVIDIAといった新興勢力が台頭し、世界市場を席巻する構図となった。
しかし、日本企業が再び世界の主導権を握るチャンスがないわけではない。TSMCの熊本進出を機に、半導体産業の再興が期待されるほか、EV・AI・バイオテクノロジーといった成長領域での投資と、グローバル展開の加速が鍵を握る。世界市場での競争力を高めるためには、内需依存から脱却し、海外市場を見据えた経営戦略を積極的に取り入れることが不可欠だ。今後、日本企業は再び世界の舞台で存在感を示せるのか。時価総額ランキングの動向とともに、その成長戦略が試されることになる。
参考資料:
※1...総投資額1兆円の半導体工場「TSMC熊本」の衝撃(東洋経済Online 2024年3月18日)
※2...アップル株反発、業績見通しに安心感-中国事業とiPhoneは減収(Bloomberg 2025年1月31日)
※3...【米国株式の決算ハイライト】メタ・プラットフォームズ 2024年3Q決算(fintact 2024年10月31日)
※4...メタが韓国の半導体新興FuriosaAIと買収協議、「自社製AIチップ」開発に向け(Forbes Japan 2025年2月12日)
※5...DeepSeekやメタよりも上、アリババが自社最新AIのスコア発表(Bloomberg 2025年1月29日)
※6...Alibaba to Invest RMB380 billion in AI and Cloud Infrastructure Over Next Three Years(Alibaba Cloud 2025年2月24日)
※7...Tencent’s AI chatbot dethrones DeepSeek in China’s iOS app store amid fierce competition(South China Morning Post 2025年3月4日)