スタートアップインサイト

「核融合スタートアップ」に投資家が熱視線を送る背景は。105億円調達の京都フュージョニアリング「世の中ダブルで変わった」

2023-12-06
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

「世の中、変わったなと思います。ダブルで変わった」

核融合スタートアップ・京都フュージョニアリングの中原大輔・執行役員兼経営企画部長は時代の変化を噛み締める。学生だった2000年代は、起業といえばウェブサービスや携帯用ゲームが主流。1億円でも外部から調達できれば凄い、という世界だった。

今や100億円を超える投資マネーがスタートアップに流れ込む。それも人類が未だ成し得ていない領域に挑む研究開発系企業に、だ。

2023年の核融合関連スタートアップの調達ラッシュはそれを象徴する。磁場閉じ込め方式による核融合炉の開発に挑むHelical Fusionが8億円を、レーザー核融合の実現を目指すEx-Fusionが18億円をそれぞれ投資家から調達した。

京都フュージョニアリングも5月、総額105億円の大型調達を発表した。同社は核融合炉の周辺装置や核融合発電プラントの設計・建設など「プラントエンジニアリング」を手がける。

核融合領域に投資家の注目が集まる理由は何か。この分野で日本の技術が世界をリードするために残された課題は。中原氏に聞いた。

京都フュージョニアリングの中原大輔・執行役員兼経営企画部長

核融合領域に投資マネー流入の理由は

重水素と三重水素の原子核同士が融合すると大きなエネルギーが発生する。この力を利用して電気を作るのが核融合発電だ。

発電の過程でCO2(二酸化炭素)を出さない。燃料は海水から取れるためほぼ無尽蔵。少ない燃料から膨大なエネルギーを生み出せる。既存の原子力発電と異なり高レベル放射性廃棄物は発生しない…内閣府の資料には、核融合の利点がずらりと並ぶ。

地球規模の課題である気候変動に対するアンサーになり得るだけなく、資源に乏しい日本にとってはエネルギー安全保障にも直結する。「夢のエネルギー」の異名は決して誇張ではない。

京都フュージョニアリングは、加熱装置や熱取り出し装置といった核融合炉周辺装置の開発やプラントエンジニアリングを手がけるスタートアップだ。京都大学の研究開発技術をベースとして2019年に設立された。

京都フュージョニアリングの「ジャイロトロン」(マイクロ波加熱装置) 同社提供

2023年5月には105億円の資金調達を発表。政府系ファンドを筆頭に、民間VC(ベンチャーキャピタル)やエネルギー系の大企業、それに総合商社などが出資者として名を連ねる。105億円という規模は、大学発・研究開発型スタートアップとしてはかなりの大型調達だ。

核融合発電は壮大な夢を見せてくれるが、前例がない領域であることも確かだ。この領域に投資マネーが流れ込んだ背景について、中原氏はこう話す。

「CO2の排出量が増え、結果として気候変動が起きています。人類がどうエネルギーを確保し現在のインフラを維持していくかを考えた時に、核融合発電以外に(答えは)はないのでは、というのが科学者や先見性ある起業家の目線になっています」

スタートアップに参入の余地が生まれたことも大きい。

核融合をめぐっては、日本・アメリカ、欧州、インドなどが参加するITER(イーター/国際熱核融合実験炉)プロジェクトで研究開発が進められてきた。しかし多国間プロジェクトのため調整には時間がかかり、計画には遅れも指摘されている。そこで、既存の研究成果を活用でき、なおかつ事業スピードに利のあるスタートアップが注目されるようになったのだ。

中原氏は、ITERで研究開発が進められた結果として「課題のフェーズがサイエンスからエンジニアリングに移っている」と指摘したうえで、「問題解決の方法がわからないのではなく、道筋が見えているもののチャレンジが十分にされていない段階です」と解説する。

アメリカの成功例 研究開発型への目線変えた

人類規模の課題に対処できるスケールの大きさ、スタートアップの参入余地の拡大…京都フュージョニアリングが大型調達を実施できた理由はこれだけではない。研究開発型スタートアップそのものに対する投資家の目線も変わっていると中原氏は話す。

「少し横柄な表現かもしれませんが、事業のポテンシャルを見ていただけるような、投資家の方々の選別眼がついてきたこともあると思っています。大きなマーケットと深い技術的差別性を担保にできれば、投資を受けられる十分な可能性があるのです」

こうした変化の背景にはアメリカで「成功例」が生まれたことがあると中原氏は見る。

「テスラ、スペースX、モデルナといったディープテック領域のスタートアップが兆円単位のスケールに育ち、(投資を受けて成長する)ストーリーが成り立つと証明されたのです。この3社が出てきた結果として、『実現できる』と判断された企業にファイナンスがつくようになったことが大きい」

「マーケット全体の環境は良くないかもしれませんが、ディープテック、特にフィジカルに物体を持つような事業領域のスタートアップには今までと違う未来が開けています」

国内に残る課題 成長しきらず上場も

大学発・研究開発型スタートアップを取り巻く環境はプラスに転じつつある。一方で中原氏は、アメリカの資金調達環境と比べれば国内には課題も残ると指摘する。

その1つが、未上場企業の株式を売買できる「セカンダリーマーケット」の存在だ。

スタートアップに投資するファンドの運用期限は一般的に10年程度。この期間中に金銭的なリターンを出す必要があるため、スタートアップはIPOなどのイグジットを求められることになる。セカンダリーマーケットがあればIPOなどをしなくても未上場のまま株を売買でき、ファンドを運営するVCはリターンを確保できる。

「ディープテックを考える上では非常に重要です。健全にマイルストーンを切っている(クリアしている)けれど、各ファンドの運用期間が合わないケースがある。本来は未上場でもっと成長できるのに、セカンダリーマーケットがないために(IPO期限を)切ってしまう。マーケットが整備されればもう少し自由度があるスタートアップが生まれてくるだろうと思います」

もう一つは、上場を目前にしたスタートアップへの資金の出し手だ。国内では創業からシード・アーリーステージには多くの投資家が存在するが、上場を視野に入れたレイター・プレIPOでは厚みが足りないとされる。その結果、十分に成長しきる前に上場せざるを得ないケースもあると言われている。

「アメリカでは上場手前のステージにおいても、機関投資家や年金ファンドなど大きな金額を投資できるプレイヤーが存在しています。日本ではこの資金のラダー(はしご)が実現できていません。小さな金額では小さなチャレンジしかできないのです」

日本にも先進事例が必要 研究開発拠点を京都に

「技術力も研究者も日本は世界レベル」。取材中、中原氏はそう繰り返した。研究成果を事業化するスタートアップに対する投資家の注目は高まっている。一方で課題も残る現状を「もったいない」と嘆く。

中原氏が指摘した課題は民間企業だけでは解決できない。セカンダリー市場の整備などは関連する法整備が不可欠だ。上場手前のスタートアップに対する資金の出し手の問題は、エコシステム全体の厚みが増す必要がある。

京都フュージョニアリングは、いちスタートアップとして出来ることを進めていく。

今後、京都府久御山(くみやま)町に研究開発拠点を整備する。核融合反応から生まれたエネルギーを模擬し、そこから熱を取り出し発電につなげるシステムなどの研究開発を進めていく予定だ。並行して、海外投資家からの調達も視野に入れていく。

「これから先は、海外投資家にとって魅力的な事業計画を立てたり、実際の進捗を示していったり、会社のガバナンス体制を整えたりと、他のプレーヤーの方々に先駆けてチャレンジするべきだと思います」と中原氏。アメリカではテスラやモデルナが常識を打ち破り、周囲の目線を変えた。「我々が実践したものが、次のチャレンジャーにとっての先進事例になれたら」と力を込めた。

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