2022年に183億円、23年は130億円−−。
余った時間を活用してアルバイトができる「スキマバイト」アプリを展開するタイミーが2年連続の大型調達を果たした。
最大の特徴は、大手金融機関からの融資や借入など「デットファイナンス(用語解説)」であるということ。無担保・無保証かつ年利1.0%未満という条件は大企業並みで、スタートアップが勝ち取るのは異例だ。
調達の立役者が、大手銀行と証券会社のキャリアを持つ八木智昭・CFOだ。スタートアップは一般的に、金融機関の融資対象になりづらいとされる。定説を覆した八木さんの行動の軌跡は、デット調達を検討するスタートアップの参考になるはずだ。
タイミーが183億円の借入を発表したのは2022年11月のこと。8つの大手金融機関からの長期借入や融資枠の確保などによるもので、無担保・無保証かつ金利も年1.0%未満という大手企業並みの条件だ。
「スタートアップが183億円を無担保・無保証で取れる訳が無いとか、何か制約がついているのではという声もありましたが、一切ありません。会社の信用に基づいたファイナンスです」と八木さんは胸を張る。
この調達から1年も経たない2023年9月には、大手銀行3行から追加で130億円の成長資金を調達した。融資を確約するコミットメントラインという形態で、「金利1.0%未満」という発表上の数字は2022年の調達と同じだが、実際には信用の向上に伴い金利が低下したという。
スタートアップの資金調達の中心は新株を発行するエクイティファイナンス(用語解説)だ。資金の主な出し手はVC(ベンチャーキャピタル)で、足元の財務状況よりも企業の成長性など「未来」を目利きする。
これに対し、デットファイナンスは基準が異なる。金融機関にとって元本回収不能のリスクは重く、実績や財務状況などの「過去」がシビアに審査される。赤字を許容しながらも非連続的な成長を目指すスタートアップとは相性が悪い。
こうした背景から「エクイティは未来、デットは過去」といった定説は根強い。だが八木さんは、このセオリーは必ずしも絶対ではないと指摘する。
「例えばタイミーならばサービス開始から5年です。もっと若いスタートアップならば2年か3年。その状態で、実績に基づいて銀行からお金を借りようと思っても『詰み』です」
「だからこそ発想の転換です。銀行の担当者にも将来に基づいて与信判断をして貰えば良い。そうすれば1年目、2年目のスタートアップにも道は開けるはずです」
とはいえ、銀行の審査基準やロジックがスタートアップ向けに変化するとは考えづらい。「綺麗事を言わないでほしい、という声もあるかもしれません」と八木さんも認める。
「でも、やり方によっては可能です。それがまさに私がタイミーで実践してきたことなのです」
時間は2020年12月に巻き戻る。八木さんがタイミーに入社した直後のことだ。
「このバブルは絶対に崩壊する」。
大手銀行から証券会社の投資銀行部門を経てタイミーに入社した八木さん。当時は金融緩和の影響もあり潤沢な投資マネーがスタートアップにも流れ込んでいて、資金調達といえば「エクイティ一本足打法だった」と八木さんは振り返る。
だが、直前まで投資銀行部門で働いていた八木さんにはバブルの終わりがくっきりと見えていた。投資対象の選別が厳しくなり、悪化した条件での調達を迫られるかもしれない。最悪の場合、調達手段がない八方塞がりもあり得る。
「ファイナンスの引き出しを複数持たないと命取りになってしまう」。目をつけたのが、自身の得意領域でもあるデットファイナンスだった。
八木さんが取り掛かったのは銀行への挨拶回りだった。大手から中堅までアポイントを取り「はじめまして。タイミーという会社です」から事業内容の説明をしていく。借入など取引関係がない銀行に対しても自社の業績を詳細に開示した。
「毎月、毎月です。事業計画がこうなっていまして、実績はこうでしたと。日々の資金繰りについても全部説明しました」
銀行の担当者との面談機会を確保し続けるための工夫も凝らした。タイミーの事業や業績を説明する傍ら、付随取引など銀行側にも複数の収益機会があることをさりげなく伝えていった。
「私も大手銀行で営業をしていたから分かりますが、銀行の担当者は多忙で、どうしても(面会相手の)優先順位をつけざるを得ない。では、優先順位が高い取引相手とは何かと言えば、目標達成に近づける相手のこと。タイミーと付き合うことで収益機会が得られることを認識してもらえれば、銀行の支店や部署内のフォーカス度が上がるのです」
毎月のように続けられた銀行への説明。最初は「『そうですか、頑張ってください』といった反応だった」(八木さん)が、月日を重ねるうちに変わっていく。
「毎月、事業計画を達成していたため『タイミーの示す数字が当たっているぞ』となっていきました。バラ色の事業計画を書いていたわけではなく、堅実に成長していることを示せたのです。資金の流れも細かく把握しているから、イレギュラーな落とし穴がないことも段々伝わっていきます」
事業計画が次々と現実のものとなっていく。すると八木さんの伝える「未来の数字」も自ずと説得力を持ち始める。1年後、2年後の財務状況予測を銀行に伝え、その数字を元に与信判断するよう求めた。
審査のテーブルに乗った後は担保の必要性や資金使途などが細かく問われる。「相手が求める材料を全て先回りして出した」と八木さん。大手銀行勤務の経験がここでも活きた。
「将来の数字はこうなります。タイミーに賭けてください」。2022年、183億円の融資が成立した。最初は目標金額のうち数十億円をデットで確保できれば良いと考えていた。終わってみれば、全額を賄うことに成功していた。
融資実行後も数字の報告は続いた。「信頼が溜まっていき、ハードルも低くなった」と八木さんが話すように、2023年も追加の成長資金として130億円分の融資枠を確保した。
「タイミーさんが言った通りになりましたね、と評価して頂きました。(事前に伝えた数字が)間違っていたら2度目の調達はできなかったと思います」
タイミーの調達から、デット調達を目指すスタートアップが学べることは何か。八木さんは、長い時間軸を意識して動き出すことが重要だと指摘する。
「銀行は信頼のおける相手にしかお金を出しません。『一見さん』の状態でお金を貸してほしいと交渉しにいっても『どちら様でしょうか』となってしまいます。キーワードは時間です。私も1年以上の時間をかけて信頼関係を構築しました」
大手銀行や地銀には、スタートアップ向け融資の体制を強化する動きが出てきている。八木さんもこの変化を肌で感じ取っているといい、「(関係構築のため)尻込みする必要は全くない」と説く。
「ただし、いざ借入をする時には資金使途や返済原資について説明が求められます。関係構築を進めつつ、お金が必要なタイミングで数字を整理して銀行にしっかりと説明する。この順番で良いかと思います」
銀行に「将来の数字」を評価してもらうことで実現した大型調達。特に2023年の2度目の調達は、銀行側に説明し続けてきた数字の正確さを改めて示した格好となった。
「言っていたことが実現できれば、絶対に条件面を改善できると思っていました」と八木さん。調達の自己採点を聞かれると「100点…はちょっと、おこがましいですね」と謙遜しながら笑った。