生成系AIの進化が止まらない。簡単な指示を汲み取り、専門家のような解説や手の込んだイラストを出力してしまう。プログラミングで用いるコードまで添削してくれる。
SNSには「こんなに凄い」「こんなテクニックも」といった投稿が溢れ、拡散されていく。人間が使い方を覚えていくにつれ、AIは想像を超えるパフォーマンスで返す。まるで共同作業のように活躍の幅を広げる。
AIは疲れを知らず、人間とは比べ物にならない速さで任務をこなす。欠点も当然存在するが、使い方次第では人間の上位互換になり得る。この現実に、仕事が奪われる恐怖を感じる人はいないだろうか。記者歴10年の筆者もその一人だ。
「プログラマーと記者は一番大変かもしれません。AIは文章仕事が得意ですから」と話すのは、生成系AIの一種であるLLM(巨大言語モデル)に特化したスタートアップ、Spiral.AIを立ち上げた佐々木雄一・CEOだ。
生成系AIはこれまでのビジネスのあり方を大幅に変えるポテンシャルを秘める。一方で、人間の仕事が奪われてしまう怖さもある。AI時代のビジネスパーソンはどうあるべきか。「全人類がアンラーンする時期」だと佐々木さんは指摘する。
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OpenAI社が開発したGPTのような高性能AIに仕事を奪われるとしたら、それは専門性の高い人材——。佐々木さんはそう話す。弁護士や税理士のように資格が条件となる業種は例外として、一定の専門知識を元に文章などを書く仕事はAIと競合関係になりかねないという。
「教科書などで一生懸命学習した知識など、文章として残っているものは言語モデルも同じように学習でき人間と同じレベルまで到達します。教科書がたくさんあるということは、言語モデルがキャッチアップするためのデータが揃っているということでもあります」
ビジネスの現場ではすでに高性能AIの活用が始まっている。2023年1月から4月下旬までに、プレスリリースの配信プラットフォーム「PR TIMES」でGPTをサービスに組み込むなどと発表したスタートアップの数を調べたところ、その数は187社にのぼった。
Googleなどの検索エンジンで表示されやすい「SEO」記事の作成や、顧客の質問や要望に自動で返答する「チャットボット」としての活用事例が多かった。こうした領域から人間は仕事を失うのか。佐々木さんは、まず起きるのは失職ではなく「置き換わり」だとみる。
「過去の歴史を振り返ると、電子レンジができたら家事が楽になるとか、掃除機が誕生したから掃き掃除がなくなるとか言われてきた訳です。しかし結果的に労働時間はあまり変わっていません。(効率化が進んだ結果)空いた時間でより創造的なことをやりたくなり、また別の仕事が生まれる。そのように社会構造の置きかわりが進むのでしょう」
「おそらく言語モデルも同じです。『失業』という話もある一方で、仕事が効率化されて残業時間が減る場合もあるでしょう。同じAIでも見方の違いで変わってきますし、個人的には、前向きに捉えて使いこなす側に回った方が得だと思います」
生成系AIの活用が広まっていくことで、社会構造の置きかわりが進む。具体的に起こり得る変化として、短期的には労働単価の減少、つまり労働者が受け取る賃金が下がる可能性があるという。
「チャットGPTなどを使うことで効率的に作業が終わるのであれば、労働時間が減って単価も下がることになります。一方で上手く使いこなすことができれば、仕事をたくさん掛け持ちできるようになり、より稼げる方向に向かうこともあり得ます」
では、使いこなす側に回るとはどういうことなのか。チャットGPTにアクセスしアカウントを作って質問を入れてみる…だけでは足りない。佐々木さんは、人間ならではの付加価値を把握し磨き込むべきだと指摘する。
「人間力で勝負する部分が強くなります。プログラマーで言えば、作業の上流にあたる商談です。つまり顧客の要件を聞き取りGPTに指示を出す部分。ここは絶対に必要です。文章を書く仕事も、人間の頭脳は思想に満ちていますから、チャットGPTが及ばない部分はあります。チャットGPTは結局『もっともらしいこと』を並べるだけで、一番無難なことを言い続ける訳ですから」
人間らしい発想力や、無難さを排した批判的な思考が必要になりそうだ。ただし佐々木さんは、将来的にAIが人間のような発想力を獲得する可能性も否定できないとする。
「例えば将棋のAIは突飛な手を打てるようになっています。5手先まで読むだけなら勝ち目は見えないけれど10手先ならば急に見えてくる、といったように、読む情報を増やすことで突飛なものが生まれてくると考えています。言語モデルでも同じことができるはずです。言語モデルは計算量が非常に多いため膨大な手を考えることには向いていませんが、何らかの形で技術的なギャップを埋められれば、オリジナリティを持ったAIが誕生するかもしれません」
では人間はどのようにAIの台頭に順応すれば良いのか。「プライドとの闘いです」と佐々木さんは言う。プログラマーの例を引き合いに解説してくれた。
「プログラマーには『チャットGPTを絶対に使いたくない』という人も多い。専門性が高ければ高いほど学び積み重ねてきたものがあり、プライドも伴います。プライドを捨ててチャットGPTを使えるかは大きなポイント。生産性に大きな差が出てきますから」
佐々木さんも、チャットGPTの活用でプログラミングスキルを大幅に向上させた一人だ。アプリなどでユーザーが直接触れる「フロントエンド」領域のコードはこれまで殆ど書けなかったが、チャットGPTに聞きながら実践したところ上手くいったという。
「こんな機能まで実装できたんだ、と。しかもチャットGPTはコードの意味まで教えてくれるため勉強にもなるのです。できなかったことが出来るようになる、自己実現のような側面があると実感しました。画像生成系AIも同じで、私は絵が全く描けませんが文章で指示すれば欲しい絵が生まれる。これほど自分の可能性を広げてくれるツールはない」
歳月をかけて築き上げてきた技能があるゆえに生まれるプライド。それと決別できるかが問われている。自分のスキルを見直し、新たな要素を迎え入れる作業は、岸田政権が進める「リスキリング」の一環で注目されている「アンラーン(学習棄却)」そのもののように思える。
「まさに全人類がアンラーンする時期なのでしょう。これまでの仕事をアンラーンして人間がやるべきことにフォーカスする、という視点が必要になると考えています」
高性能AIは使いこなす側に回るべき、と佐々木さんは繰り返す。それは、AIの普及で労働時間と単価の減少が進んだ先に、雇う人間そのものを減らす未来もあり得るからだ。
「ここ数年で間違いなく起こる変化として、AIを『使いこなす側』と『置いていかれる側』が発生します。(将来的に)例えば5人で担当していた作業が3人で済むとなった時、減らされる2人は『置いていかれる側』の人材なのでしょう」
高性能AIをめぐっては、著作権や個人情報保護などの観点から警戒論も燻る。イタリアは一時的に利用を禁止した。国際的なルールづくりは始まったばかりだ。
「本当に人類のためを考えるならば規制せずにどんどん進めていくべき、という考えはベースにあります。ただこれだけのビッグテクノロジーであれば、人類の生活などを守りながら進んでいくことも必要かもしれません」と佐々木さんは理解を示す。
生産性を大幅に向上させるばかりではなく、プログラミングなど新たな技能を人間に付与できるポテンシャルをAIは秘める。ただ佐々木さんは「言語モデルができたから人類が全員ハッピーになったかといえば、そんなことはない」と指摘する。
「例えば、再生医療はまだ道半ばです。空飛ぶクルマは実装されておらず、タイムマシンや宇宙旅行だって人類は実現していいはずです。正直、やらなければいけないことは沢山あるのです。言語モデルを使っていかにそこを加速させるか。長期的にはそういう方向に向いてほしいと私は思います」
それは、佐々木さんがSpiral.AIを創業した理由にも繋がる。同社は特定領域に専門性を持たせた日本語の言語モデルなどの開発に着手している。用途やユーザーをより具体的に絞り込んだうえで生産性の向上や技術開発などに役立てる狙いがある。
「チャットGPTの力を借りれば、私だって量子コンピューターのプログラムを書けるんです。ただよく見てみると科学者がまだ使いきれていない。その使いづらさを解消して、科学技術を進化させることに使いたい」
高性能AIの台頭で、生産性を上げる人から、果ては科学技術の進歩を加速させる人まで出現していきそうだ。AIの活用にはリスク面への配慮も欠かせないが、使いこなせばAIによる「失業」の危機を「協業」の機会へ変えることもできる。そのためには、チャットGPTの画面を開く前に、自分自身のプライドと向き合う時間も必要になるのかもしれない。
※取材は2023年5月18日に実施され、記事は取材時点の情報に基づいている。