OpenAI社の「チャットGPT」を知らない人は少ないだろう。
LLM=大規模言語モデルと呼ばれる技術を活用したAIで、人間の問いかけに自然な文章で回答してくれる。学術的な内容から、プログラミングに用いられるコードの修正依頼にまで即座に答えてくれるため、あたかも万能の存在であるかのように錯覚してしまう。
チャットGPTが登場したのは2022年11月のこと。23年3月には、基盤技術の「GPT」をアップグレードさせた「GPT-4」が発表され、アメリカの司法試験の模擬テストで上位10%程度の成績を叩き出したことで世界を驚かせた。
あまりの急速な発展ぶりに、国際社会では警戒論が燻る。一方で、国内のスタートアップ企業の受け止めは違う。2023年に入ってから、GPTをサービスに組み込んだり、研究を始めたりした企業は少なくとも187社に上ることが分かった。
「AIを活用できる人はこれまで数時間かけた作業を一瞬で終わらせる。そうでない人との間に物凄く大きな差が生まれる」
4月中旬、都内で開かれた記者発表会。AIによる商談解析などを手がけるブリングアウト(東京中央区)の中野慧・CEOはそう呼びかけた。この日、GPTを組み込んだ新サービスをお披露目した。
同社のサービスではまず、営業担当者と顧客の間で交わされる商談を録音する。録音した内容をテキストに起こし、GPT-4が解析を実行する。顧客の課題や予算など「営業担当者が聞くべき」とされる内容を質問できているかなどを検証し、スコア化する。次回の商談で聞く項目までリストアップしてくれる。録音ボタンを押せば、後は全て自動だ。
「ハイパフォーマンスの営業担当者が当たり前のように聞いていたことが、AIによって自動的に提案される。データに基づいて受注率を上げていける」と中野CEOは力を込める。
同社はGPT-3の登場以前から、別のAI技術を活用してサービスを提供していた。しかし、業界特有の用語や言い回しが混ざっていた場合、解析の精度が落ちるという課題があった。
GPT-4を組み込むと大きく変わった。「業界用語や話し言葉なども考慮して柔軟に解析できる。以前採用したモデルでは80点くらいの精度と結論づけていたが、GPTの導入でかなり正確な解析結果が出せるようになった」と中野CEO。GPTが秘める可能性について、STARTUP DB MAGAZINEの取材に対しこう表現した。
「サービスの根幹を変えてもいい。変えなければ、乗り遅れるくらいのインパクトを感じていた」
国内のスタートアップには、GPTを積極的に組み込む動きが広がる。
2023年に入ってから4月25日までの間に、プレスリリース配信プラットフォームの「PR TIMES」に掲載された発表のなかから▽GPTをサービスに組み込むか、組み込む予定があるとしたものと▽研究開発を実施するとしたものを抜き出した。従業員向けツールとして開発した事例も含めた。
その結果、少なくとも187社のスタートアップがGPTを導入するなどの方針を示していたことが分かった。集計後も増加を続けている。
多いのはユーザーの質問に応じたり、会話相手になったりする「チャットボット」としての活用事例だ。picon(東京渋谷区)はコミュニケーションアプリの「LINE」内でチャットGPTと会話できる「AIチャット君」をリリース。料理の献立作成からビジネスメールの文案などの相談に乗ってくれるといい、2ヶ月あまりで150万人が利用するようになったという。
会話機能を英会話に役立てる例もある。英語学習に特化したメタバース(ネット上の仮想空間)を手がけるfondi(東京渋谷区)は4月中旬、OpenAIの技術を組み込んだ「AI会話練習エリア」を公開した。
ユーザーはオンライン上の分身である「アバター」になりきり、バーを模した空間でAIの「キャサリン」と英語で会話できる。スマホ画面のマイクボタンを押して喋りかければOpenAIの「Whisper」が聞き取り、GPT-3.5-turboを組み込んだキャサリンが回答してくれる。
筆者が使ってみると、早速キャサリンが英語で「日本の好きなところは?」と聞いてきた。「寿司が好きです」と答えると、「いいね!自分で作ってみたことはある?」と会話を広げてくれる。
「我々は役割をプロンプト(指示入力)で付与しているだけ。具体的には『あなたは英語学習者と対話するパートナーです。相手は緊張しているので、会話を盛り上げる反応をしてください』という具合だ」と野原樹斗・CEOは明かす。GPTは指示の範囲内で自由自在に会話を繰り広げる。
キャサリンを投入した最大の狙いは、英会話の心理的なハードルを下げることだ。fondiは元々、拙い発音でも恥ずかしがらずに英語で話してみることを推奨する。それでも、英語力に自信が持てず躊躇してしまうユーザーが出るという課題があった。その点、人間ではないキャサリンならばうまく話せなくても気まずさはない。最初の一歩を踏み出してもらう仕掛けだ。
「AIを練習台にすることで自分が英語を喋る具体的なイメージができる。キャサリンの最初の問いかけも『Where are you from?(どこの国の人?)』にするなど、意図的に実際の人間との会話に近づけてもいる。効果は数字として表れていて、AIと練習をしてから人間と会話を始めた人の多くが10分以上話している」と野原CEOは手応えを感じている。
このサービスが実現したのもOpenAIの技術があったからだ。fondiはこれまでも、別の音声認識サービスとGPT-3を使ってAIの会話相手を作ろうとしていたが「精度とレイテンシー(遅延)という壁があった」(野原CEO)。人間の言葉を正確に聞き取れないこともあったほか、返事が来るまでしばらく待たないといけないこともあったという。
これを変えたのがWhisperとGPT-3.5-turboだ。二つを組み合わせることで滑らかな会話体験を実現できた。英語が母国語ではない人の発音も、Whisperは正確に聞き取ってみせたという。
一方で、個人情報などへの配慮も欠かせない。APIと呼ばれる窓口を介してデータ連携をしているため、入力した情報はOpenAIのシステム内で処理される。fondiは「情報がAI開発に転用されることはなくプライバシーは守られる」と説明しているが、会話内容は日常的なものに止めるよう求める。野原CEOは「個人ユーザーがジェネラル(一般的)な言語学習に使うのであれば、AIと最も相性が良くリスクレスな領域だ」と指摘する。
文章の自動生成機能に着目したサービスも多い。PR大手ベクトルの子会社であるスマートメディア(東京港区)は、企業のオウンドメディアなどを対象に、GPT-3を活用した記事作成機能の開発を始めた。夏頃のリリースを目指すという。
同社は発表で、企業によっては記事を作成できるノウハウや人材が不足していることからオウンドメディアを閉鎖する事例があると指摘。GPTは「大量の文章データを学習することで、人間が書いたような文章を生成する」とし、記事コンテンツの土台部分の作成をAIが担えるとしている。
TinyBetter(東京港区)も、チャットGPT搭載の記事作成機能を発表した。AIに記事を作成させ、人間が必要に応じて書き換えることで作業時間を大幅に短縮できると謳う。
「ミエルカSEO」を手がけるFaber Company(東京港区)などもGPT-3を組み込んだ記事制作支援に乗り出す。マーケティング支援などのID Cruiseは、広告バナーを作成できるサービスに新たにGPTがキャッチコピーを考案してくれる機能を追加した。
ニュースアプリを運営するGunosy(東京渋谷区)はテスト版として、動画をGPT-3でテキストに要約したコンテンツの配信を始めた。
独自の活用方法を提示するのはnote(東京港区)だ。同社はGPT-3と連携した創作支援ツールとして、文章の導入文を提案したり改善案を提示したりする機能を公開している。一方で、主役はあくまでクリエイターだとし、AIはパートナーに位置づける。「全文を自動生成するようなものは、志向していません」(同社発表)という。
スピード感を武器に次々と実装していく国内スタートアップとは裏腹に、欧米などでは警戒論が広がる。
象徴的なのはイタリアだ。GPTはインターネット上などから膨大な情報を収集して学習するが、イタリアの情報保護当局は3月末、データの収集方法が不透明だとして利用を一時的に禁止した。
チャットGPTをめぐっては、個人情報が収集される懸念以外にも、入力した機密情報が漏洩するリスクや、ネット上に公開された著作物が無断で読み込まれる可能性も指摘されている。存在しない事実であるにも関わらず、AIがあたかも正確な情報であるかのように回答してしまう「ハルシネーション(幻覚)」への対応も必要となる。
ロイター通信によると、イタリア当局はOpenAIに対し利用再開の条件として、データ処理の「方法とロジック」を開示することや、ユーザーでない人が「シンプルかつアクセス可能な方法で」個人情報の処理に異議を申し立てられるようにするなどを挙げた。OpenAI側が提案を受け入れたことで、禁止措置は4月末に解除された。
アメリカでも、バイデン大統領が高性能AIについて「国家安全保障に対する潜在的リスクに対処すべき」と発言。当局がAIの規制案検討のための意見募集を開始している。また、EU加盟国が参加する欧州データ保護委員会(EDPB)は対応を協議するための専門部会を立ち上げると発表している。
これに対し、比較的前向きな姿勢を見せているのが日本だ。岸田文雄・総理大臣は4月10日、来日したOpenAIのサム・アルトマンCEOと面会。プライバシー、著作権の扱いや、国際的なルール作りの必要性などについて議論したという。
5月11日には、首相官邸で「AI戦略会議」が立ち上がった。第1回会合に出席した岸田総理はAIについて「経済社会を前向きに変えるポテンシャルとリスクがあり、両者に適切に対応していくことが重要」と指摘したうえで、「ポテンシャルの最大化とリスクへの対応に向けて、幅広い分野で検討作業を早急に進めて欲しい」などと述べた。会議で話し合われた内容は、6月に策定される政府の「骨太の方針」に盛り込まれる。岸田総理は戦略会議で「G7(主要7か国)議長国として、共通理解やルール作りに、リーダーシップを発揮することが求められる」とも話した。高性能AIへの対応は5月19日から広島で始まるG7サミットでも議題に上る見込みで、規制や利活用のあり方をめぐる国際的な議論を主導したい考えだ。