施工管理アプリ「ANDPAD」で注目を集めるスタートアップ、アンドパッド。2019年3月、8月と相次いで資金調達を発表していることからも、その成長度合いが伺える。今回は、for Startups社内で、アンドパッド代表の稲田氏ならびに、アンドパッドへの投資を実行したグロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)の今野氏、DNX Ventures(以下、DNX)の倉林氏を招いた鼎談を実施。「投資家から見たANDPADとは?」をテーマに、起業家・投資家目線でアンドパッドのビジネスを語ってもらった。
■稲田武夫(いなだ・たけお)ー慶應義塾大学を卒業後、2008年に新卒でリクルートに入社。人事を担当した後、新規事業推進室で新規事業開発に携わる。2014年4月、株式会社アンドパッドを創業し、代表取締役に就任。
■倉林陽(くらばやし・あきら)ーDNX Ventures Managing Director富士通及び三井物産にて日米でのベンチャーキャピタル業務を担当後、Globespan Capital Partners及びSalesforce Venturesの日本代表を歴任。2015年3月よりDNX Ventures (旧Draper Nexus Ventures)に参画しManaging Director就任。同志社大学博士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営大学院修了。著書「コーポレートベンチャーキャピタルの実務」(中央経済社)
■今野穣(いまの・みのる)ー東京大学法学部卒。経営コンサルティング会社(アーサーアンダーセン、現PwC)にて、プロジェクトマネジャーを歴任し、2006年7月グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。2012年7月同社パートナー就任。2013年1月同社パートナーおよび最高執行責任者(COO)就任。2019年1月同社代表パートナー就任、現在に至る。
稲田 「今日はよろしくお願いします。まず、本題からいきましょうか。なぜ、おふたりはアンドパッドに投資してくださったのでしょうか」
倉林 「いやいや、むしろ、アンドパッドに投資ができていることをすごく嬉しく思っているんです。振り返ってみると、アンドパッドを初めて知ったのは2016年。シードラウンドの時に、ラクスルの松本さんから紹介してもらって、稲田さんの話を聞いたんですよね。渋谷のエクセルホテルのロビーだったと思います(笑)。そのときに稲田さんがSaaSが時間のかかるものだと理解していたことを印象深く覚えています。toCのサービスとは異なり、SaaSプロダクトは積み上げ型で、一定の時間がかかるビジネスです。それをしっかり理解して、プロダクトを堅実に作り込もうとしている姿勢に好感が持てたんです。当時、DNXでも、インダストリークラウドに投資したいと考えていたタイミングだったので、アンドパッドは『まさに』というスタートアップでした。アメリカでも伸びていた分野でしたし、日本は昔から規模が大きいマーケットでもありましたしね。ただ、シードの調達時はエンジェルの方が多く、ある意味フラれてしまって(笑)。シリーズAの調達時に稲田さんがお声がけをくださったので、喜んで、投資させていただきました。デューデリジェンスの最中に、どんどんMRRが伸びていたのも印象的でした。『ANDPAD』の成長を考えたとき、僕らの社内ではオンボーディングの必要性を語る声がすごく多かったのですが、同タイミングで、稲田さんもオンボーディングに振り切り、自身も全国を駆け回っていたのを覚えています。オンボーディングの現場にもお邪魔しましたが、一人ひとりの職人さんともすごく丁寧に向き合っていて。正直、建築業界の雰囲気とスタートアップの雰囲気とでは相容れない瞬間もあるのかなと思いきや、稲田さんはそんな空気感を作ることなく、柔らかな物腰で対応されていたんです。その姿を見て、すぐさまUSチームにSlackで『すごい!』と共有したくらいです。実際のところ、職人さんは、日頃からLINEやアプリでゲームを楽しんでいるので、新しいプロダクトに対する抵抗感も少なくて助かっていますね。現在では、かけたコストに見合うだけのMRRの成長率を叩き出しているので、すごく誇らしいです」
今野 「僕らも、倉林さんと同じような流れかもしれません。シリーズAの調達時にぜひ投資したかったのですが、当時はプロダクト開発に集中するタイミングで、SaaS特化型ファンドの方々が選ばれて、シリーズBから、という。アンドパッドは、とにかく見たことのない成長率で伸びているスタートアップなんですよ。明確な社会課題に対して価値提供できるプロダクトを作っていて、対象は日本に400万人いるとされる建築業従事者と、規模も大きい。泥臭い現場であることをわかっていながら、飛び込んだのは本当にすごいなと。正直、マザーズに上場するだけなら、難易度は高くないのかもしれません。ただ、アンドパッドは、それだけでは留まらない。産業のリーダーシップを取れる企業になれる日も来ると考えて、僕らも大きく出資しています。本当に、デューデリジェンス中にどんどんMRRが伸びていたので、もう少し金額を出したかったのにって気持ちもありますが(笑)」
稲田 「なんだか嬉しいですね……。ありがとうございます。では、次の質問です。投資家目線でアンドパッドを見ていて感じる、現状の課題はなんでしょうか」
今野 「そうですね……。アンドパッドは、シンプルにすごい会社だと思うんです。おそらくSaaSでは留まらず、あらゆる領域にもビジネスを拡大できると思っていて。データを扱っているので、建設業界に関わるあらゆる事業を包括できるじゃないですか。時価総額ベースでも数千億円を超えてくることだってあるだろうなと。具体的には、ヒト・モノ・カネすべてを流通できるビジネスとなり得るわけです。ただ、そのときの課題感としては、稲田さんレベルの経営者が5人はいないと、事業が回らないこと。比較的早い段階で人が足りなくなると思うので、高い視座を持ったいわゆるSクラス人材を早いうちからスカウトできるかどうかがキーになるでしょうね。反対に、実績数値や今後のポテンシャルの割にポストが空いている企業でもあるので、興味のある方はぜひ(笑)」
倉林 「すごくわかります。実際、僕らにとっても、アンドパッドはファンドを代表するポートフォリオなんです。今は建築業界の面の課題を解決しているわけですが、いずれ今の面だけではなく他の面を取って立体的なビジネスになる。だから、それに耐えられる経営チームが必要ですよ。たとえば、社長を経験したことがある人とか。日本でも今だと、買収したベンチャー企業のナンバー2を取締役にするケースもありますからね。M&Aによって人材を獲得するのは方法としてあると思います」
稲田 「おふたりが考える、日本で経営力の高いスタートアップはどこだと思いますか。そして、その企業と今のアンドパッドとの、タレントとの差ってどのような点にあるんでしょう」
倉林 「そうですね。たとえば、僕自身が社外役員ではあるのですが、マネーフォワードは良い経営チームだと思いますよ。各取締役がしっかり自分の領域について意見を持っていて、取締役会でしっかり議論できる。社外役員の方や監査役の方も経験豊富な方ばかりで、メンバー皆から学ぶことが多い。僕も勉強させてもらっています。あと、SaaSとしてはSansanが良いチームかなと思います。昔からの友人で起業し、会社と共にメンバーも成長していて創業時の役員が殆ど欠けることなく今も経営の中枢にいる。規模もあるし、成長率も著しい。日本のスタートアップが目指すベンチマークになる企業なのかなと思うことがありますね」
稲田 「組織の話が出たところで、今後のアンドパッドの組織課題や必要人材について伺ってみたいです。よく100名を超えると壁が現れる、なんて言いますが、アンドパッドは140名に急拡大を遂げていて。今後、おふたりは、どういった組織を作っていくと良いと考えていますか?」
今野 「ビズリーチの南さんの言葉なのですが、10、30、100、300、1,000といった具合で、1と3が付く社員数では課題が現れると。とくに、100人を超えた組織では、ちょうど代表が全員を見きれなくなる四階層目ができるんですよね。その階層をどう作っていくのか、が重要な気がします。あとは、会社としての採用力が上がり、後から入ったメンバーがすごく優秀なケースでは、昔からいるメンバーのポジションを融合していくのかも考えなくてはなりません。新しく上司となる方が入ったからといって退職するのではなく、新規事業だったり、これまでの経験を活かした別の役割を担ってもらうことが大事です。とくにアンドパッドの場合は、先ほど申し上げたようにSaaSを超えた発展可能性があるので、経営人材や階層の構成が課題となりそうですね」
稲田 「物理的に人数が足りないって話は、今もありますね。マネージャークラスも、執行役員も、部長クラスも足りない。それに、プロダクトが増えてきた場合のチーム組成も気になります。プロダクト単位でリード・フィールド・サクセス・開発って区切るべきなのか、全体はひとつで、機能で分けて進めるべきなのか。なにか、条件があるのでしょうか」
倉林 「解としては、マトリクスが良いと思います。どちらと決めきらずに、最適なやり方を常に試行錯誤するしかありません。例えば一つのプロダクトについてまずはSaaSの組織を作りますが、そこに買収などによって新しいプロダクトが乗って来た場合に、どのように既存の組織に当てはめていくか。当然一つの組織で両方対応できれば良いのですが、営業が新しいプロダクトの知識を習得するのにも時間がかかります。その場合一旦新しいプロダクト専門の部隊を作り、チームで顧客に向き合う事が必要になります」
後半は、会場から挙げられた質問を中心に議論を展開した。本レポートでは、会場から寄せられた9つの質問を順番に掲載する。
稲田 「直近はグローバルどうこうをあまり考えていないです。先日、海外のVCの方と会ってアジア展開について少し話してみたのですが『ベトナムとか、アジアでも伸びる場所はありそう。ただ、日本でもマーケットは大きいから、まずはそこからやりきったら?』と言われ、たしかにその通りだなと。まずは、日本を中心に展開をしていきます。ただ、ベトナムなどのアジア圏の方を始めとした、海外からの建設就労者が日本でANDPADを使えるようにしてほしい、みたいな声は挙がっているんですよね。今は、国内の現場に、海外から働きにくる方もいるので。だから、今後、そういった形での外国人向け対応は行なっていく可能性もあります」
今野 「今後、海外就労者が増えるタイミングではあるので、国内展開だけでも多言語対応が必要になってくるし、その発展型としての海外展開の可能性もあるでしょうね。国をまたいだバイラルビジネスの展開はありそうですよね。たとえば、メルカリの海外展開とメルペイのスタートは同時でしたし。もちろん、プライオリティを付けるのは経営判断なので今後の決定によりますが、プロダクト的には、バイラルの道筋もあるような気がしています」
稲田 「先日、他のスタートアップの方と話していて感じたのですが、エンジニア採用にも今後は苦労しそうですよね。海外エンジニアの採用のための拠点作りも検討しています」
今野 「今、グローバルのエンジニア採用の必要性は増していますよね。私の他の投資先企業でも、エンジニア採用の7割以上が中国人なんてこともありますし。とくに都心で働くエンジニアだけでは分母が少ないため、地方か海外で採用ってことは出てくる思います」
稲田 「もともと、起業当時、SaaSのことをほとんど知らなかった状態で、倉林さんにいろいろと教えてもらっていたんです。まだ、2016年のときは今ほどのSaaSブームが来ていなくて。ユニットエコノミクス、ネガティブチャーンなども、倉林さんから教えてもらったものでした。その後、縁あって投資いただけるようになった。前田ヒロさん、浅田さん、倉林さんの、SaaS三銃士に投資いただけたのは、アンドパッドとしてすごく嬉しいことです。GCPに関しては、実はすごく怖いイメージがあったんですよ、詰められそうみたいな(笑)。ただ、僕自身の経営手腕はもっと引き上げなければならないと考えていたタイミングで、スマートニュースさんなど、先を行く企業の経営に対してアドバイスしている方の存在は必要だったんです。そこで思い浮かんだのが、今野さん。実際にお会いしてみると、当初のイメージよりもずっと親切で、この人なら一緒に走れそうと感じられました」
倉林 「難しいですね……。たとえば、CFOでいうと、マネーフォワードの金坂さんのような方、でしょうか」
今野 「今日の話の中で名前が出た企業のCFOと同等の方、みたいなイメージですよね。あとは、コンサルのバックグラウンドを持つ方も、いらっしゃると良いかもしれません」
稲田 「なるほど。今のアンドパッドのメンバーも、結構バックグラウンドはさまざまなんですよね。マレーシアでラーメン屋をしていたり(笑)」
倉林 「カケハシの中川さんは、代表の中尾さんを支える存在としてすごく活躍されています。マッキンゼーからスタートアップに転職していますが、人物的にも魅力的でスタートアップへのフィットが良いですし」
今野 「たしかに、フィット感は重要な要素ですよね。あとは、リクルートにも、スタートアップにフィットする優秀な人材が多い印象です」
稲田 「『ANDPAD』が、なぜ広まったのかの回答は、スマホが普及したからなんです。建築従事者の多くは、PCを開くことが当たり前の世界ではないので、どれだけPCでサービスができても、広まらないはず。一方、スマホは、日々働く職人さんの休憩時間のお供なので、当たり前のようにみなさん使いこなすんですよ。『ANDPAD』がシェアを取れるようになったのは、タイミングが合ったことが大きいです。また、建築業界には、課題が山ほどありますが、これまでは、土木や大型の建設現場の課題を解決するITが多い印象でした。トラクターをAIを使って管理したり、ドローンでの検査業務などの発想はすでにされています。そんな中で、小さな建設現場を中心に、従事者一人ひとりにフォーカスを当てたプロダクトを打ち出したのが僕らなんですね」
今野 「タイミングって重要な論点ですよね。実は我々過去に、20年くらい前と5,6年前とほぼ同じビジネスに出資したことがあって、一度目は大失敗して、二度目は成功したんです。成功と失敗の差は明確で、単純に通信回線の速度によるユーザービリティの差だったんです。サービスの成長度合いは、インフラやハード、ユーザーのリテラシーに起因すると実感しましたね」
今野 「調達時の資金使途や成長ストーリーによって、必要なVCは異なるのが当然なので、今はまだわからないです」
稲田 「逆にお伺いしたいですが、最近、機関投資家系のファイナンスが日本に入ってきている印象があります。その流れは、今後も加速するのでしょうか」
倉林 「海外のお金が日本にくるケースはたしかに増えていますね。グロースのステージで、調達の選択肢が増えるのは良いことだなと感じています。日本のスタートアップは、大企業からのM&Aによるイグジットという選択肢が無いため、上場しか無いのですが、上場後まったく伸びないケースもあります。一旦上場してしまった後、株価が下がれば調達もできず、株主に成長ではなく黒字を求められてしまうので、ITベンチャーの経営としてはナンセンスな状況になりかねません。海外機関投資家やPEといった大型資金の出し手がベンチャーの成長資金を支えるという構図は、日本のスタートアップエコシステムにとってポシティブだと思います。最近では、日本でユニコーンもできているし、SaaSユニコーンも日本から登場している。だからこそ、海外VCに向けて、より日本の現状を積極的に発信していく必要があると思います。先日、フロムスクラッチが海外PEファンドのKKRから調達を行なっていますよね。数々の上場企業と向き合ってきた谷田川さんが担当なので、過去にはない視点を取り入れて組織を大きくしていくのではないかとワクワクしています」
稲田 「まずは、建築の施工管理分野のSaaSとして、ヒト・モノ・カネの流れを良くすることが目標です。『ANDPAD』を使うことで、建築現場が楽になることを追求するのみです」
今野 「アンドパッドの、というかSaaSの本質的な価値はデータですよね。きっと、建設業界のゲートウェイが、ANDPADになっていくのだろうなと実感しています」
会場内から積極的に質問が挙げられ、さまざまな話題を網羅しながら鼎談は行われた。投資家たちがアンドパッドに抱く大きな期待を実感し、稲田氏もまた、その期待を受け、これまで以上にビジネスを加速させる心持ちのようだ。起業家と、投資家。それぞれが対等に向き合いながらビジネスを作り出すことで、より強いスタートアップへと進化する。座談会の様子を通して、その片鱗に触れたような気がした。
執筆:鈴木詩乃編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博