ゲノムエンジニアリングにおいて、これまでの前提を根本的に覆すような技術を有するのが合成生物スタートアップ・株式会社Logomixだ。共同創業者でもある石倉大樹・CEOと、Synthetic Biology部門を担当する簗島謙太郎・VPに彼らの目指すもの、実現できる世界について話を聞いた。
石倉 大樹
九大農学部在学時に大学発創薬ベンチャーの創業に参画。エムスリーで医療分野の新規サービス開発に従事後、米スタンフォード大学経営大学院に留学。P5(ピー・ファイブ)、日本医療機器開発機構(JOMDD)を経て、2019年から現職。
簗島 謙太郎
東京大学大学院薬学系研究科修士修了。キリンホールディングスにて、微生物を用いた医薬品や食品素材の研究開発に取り組んだのち、新規食品素材であるヒトミルクオリゴ糖の事業開発・製品開発を製造開始までリード。INSEAD MBA。2023年より現職ではプロジェクトマネジメントや事業開発に取り組む。
石倉「Logomixのミッションは、細胞のポテンシャルを最大化し、ゲノムエンジニアリングを活用して生物の高機能化を促進することです。微生物や細胞など、バイオテクノロジーとバイオものづくりの基盤を成す生物のゲノム(全遺伝情報)を大規模にエンジニアリングし、設計や構築を行い、その高度な機能性を追求しています。
私と東京科学大(旧東工大)の相澤康則准教授が共同代表となり2019年に創業しました。先進的な技術を扱っており、世界最大・最先端のゲノムエンジニアリング技術を有しているため、参考にできる先行事例はほとんどありません。課題解決の正解がない未開拓領域を楽しむことができるメンバーが集まってきてくれています。
とても大事にしているのは、次の世代に貢献できるような事業にしたいということです。
例えばカーボンリサイクルやバイオものづくりなど、グリーンな要素を備えた事業のほか、医療やヘルスケア分野にもアプローチをしています。そうした現在のところ、まだ解決策のない、しかし重要な課題に対して、我々のサイエンスやソリューションを活用して課題解決を図り、その取り組みを次の世代に引き継いでいくことが重要だと考えています。」
Logomixが持つゲノムエンジニアリング技術によって実現できることの1つに『合成生物学』と呼ばれる分野がある。遺伝子の本体であるDNAやタンパク質等の生体成分を用いて設計することで、意図した働きをする細胞や微生物等を生み出すことができるものだ。
簗島「我々が取り扱っている合成生物学は、よく半導体産業に喩えられます。我々は設計・デザイン・構築が強み。半導体設計企業のArm社のような位置づけに近いと考えています。
合成生物学では、設計・組み立て・試験、そして学ぶというDBTL(Design-Build-Test-Learn)サイクルが繰り返されます。我々はDesignとBuildを強みとしていて、そこで出来た細胞を用いてバイオ由来の原料や、それをベースとした製品群などの研究開発を行っており、マルチインダストリー向けに提供しています。」
Logomixのゲノムエンジニアリングは、既存のゲノム編集とどのような点が違うのか。また、この技術があることによって何が実現できるのだろうか。
石倉「現在12のプロジェクトを進行しています。バイオものづくりと呼ばれる活動の中で、コスト削減やスピード向上といった要望に対応するだけでなく、技術的に難しい課題にも取り組んでいます。Logomixのゲノムエンジニアリングは、従来のゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」単独では不可能な、大規模な遺伝子領域の改変が可能で、多岐にわたる新しい機能を制御できる技術基盤を持っています。これにより、根本的なゲノムデザインや、高機能化に応えるための取り組みが可能です。
例えば、2023年2月に味の素社と共同開発を発表したサステナブルなアミノ酸製法があります。現在は大腸菌などの微生物を用いてアミノ酸を製造していますが、大気中のCO2を原料としてアミノ酸を製造できる微生物を開発しているのです。
従来のゲノム編集では難しかった領域に、ドラスティックな設計改変が実現できることから、Logomixでは『高機能化』という言葉を使用しています。設計、改変、そして大規模な改変のためのDNA配列の合成など、エンジニアリング技術は我々のオリジナルで、世界においても、他のプレイヤーがまだ進出していない先進的な技術です。ゲノム編集技術は一般的に家の一部をリフォームするようなものですが、それに対して我々が行っているのは、既存の建物を取り壊し、CAD(Computer Aided Design/コンピューター支援設計)で図面を変更し、新しい建物を根本的に作り直し、新しいものを生み出すような作業のため、我々はこの工程をゲノム構築と呼んでいます。」
創業してからわずか5年ほどで、様々な分野において技術を用いたプロジェクトに着手するに至っているが、その技術力・推進力を裏打ちしているものは、20年以上に渡る研究開発の蓄積にあるという。
石倉「創業して以来、当社が取り組んでいるサイエンスの基盤は、相澤が2000年代前半から取り組んできたゲノムエンジニアリングのテーマに基づいています。相澤の研究テーマはヒトのゲノムで、これは非常に巨大で約30億のATGCの文字(編注:4種類の塩基)で構成されています。
CRISPR技術を使った医薬品がついに市場に登場しましたが、CRISPRが初めて発表されてから実用化までには約10年以上かかりました。これまで、人間のゲノムの中で意味を持っている領域は3%しかないと言われていて、残りの97%は『ダークマター』と呼ばれたりしていましたが、これらの領域にも意味がある可能性が徐々に浮上しています。
その97%の未解明領域のフロンティアを探索し、その領域の意味を解釈していくのが、相澤が取り組んできたテーマです。この探索のために、様々なツールが必要であり、そのツールの開発にも力を注いできました。」
石倉「共同創業者の相澤と、アメリカ時代のボスであるジェフ・ブーカ教授の2人が中心となり、国際的なコンソーシアムをリードしています。相澤は日本代表メンバーとして参加していますが、このコンソーシアムが2023年11月に10本の論文を発表し、人工合成したゲノムで活動する「人工酵母」の実現に近づく研究成果を発表しました。
この技術の対象市場は広範で、高機能な製品の開発やカーボンニュートラルな製造方法の構築などが主要な関心事となっています。例えば医療分野では、細胞治療や再生医療など、細胞を医薬品として応用するトレンドがあり、これが広がりつつあります。近年、臨床現場での使用が始まっており、今後もその範囲が拡大することが期待されています。
また中長期的な展望として、アメリカではロンジェビティ(寿命の延長)のために細胞治療が研究され始めており、先進的な治療法に取り組む動きがあります。このような先行治療のない複雑な課題にも挑戦し、解決に貢献していく意向が示されています。」
簗島「味の素様との協業のようなバイオものづくりの領域では、水素酸化細菌を用いた製造方法の構築に手ごたえを感じ始めています。二酸化炭素を排出するものづくりではなく、二酸化炭素を吸収するようなものづくりが実現できる可能性があります。
水素酸化細菌は日本政府の後押しもあり、最近注目されている技術なのですが、興味はあるもののどのように取り扱えばよいかわからない、という企業研究者や大学の研究者の方もいらっしゃいます。我々はそういった方々向けに研究着手に必要なツールやプロトコルの提供も進めています。
バイオものづくりの領域に興味があるものの、どこから手を付けてよいかわからないというご相談をいただく機会も多くあります。そういったケースでは、研究立案段階から伴走し、各社固有の技術的・戦略的課題を、弊社技術で解決できるような可能性をディスカッションしています。
スタートアップですので、なんでもできるわけではない。我々はゲノムエンジニアリングにフォーカスしつつ、パートナー企業様やその他の外部企業と連携しながら社会実装を進めています。
具体例として、LogomixはベルギーにあるBio Base Europe Pilot Plant社との技術提携を進めています。Bio Base Europe Pilot Plant社は、世界最大級の鉄鋼メーカーであるArcelorMittal社と協力して、排ガスを原料としたバイオエタノール生産技術を開発するなど、ガス発酵と言われる技術開発で世界をリードしています。」
石倉「今後、我々が取り組んでいる領域でしっかりとプロダクトに落とし込んでいくことが特に重要だと考えています。また、社会的な影響も考慮しながら、製品化を進めていく必要があります。パートナー企業を増やしながら社会実装できる製品を開発し、多くの製品を市場に提供することが、最も集中して取り組んでいることです。」