スタートアップインサイト

スタートアップはなぜ「苦しい」のか。修羅場を見てきた私がVCを立ち上げた理由

2023-12-21
徳谷智史(エッグフォワード 代表取締役社長)
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徳谷智史(エッグフォワード 代表取締役社長)

起業家として苦しんだ。コンサルタントとして修羅場を見てきた。

組織や人材のコンサルティングを手がけるエッグフォワード徳谷智史・代表取締役社長は自身の体験からそう語ります。

会社に行けなくなった創業者もいれば、愛着のある本業を捨てた会社もある。徳谷氏はコンサルタントとして、苦しみの渦中にあるスタートアップと伴走してきました。

なぜスタートアップは苦しまなければいけないのか。徳谷氏はそんな課題意識から、VC(ベンチャーキャピタル)の「GOLDEN EGG(ゴールデンエッグ)」を立ち上げました。「コンサルだけ」でも「出資だけ」でもなく、その両方を兼ね備えることがスタートアップ支援には欠かせないといいます。

VCやファンドが多く立ち上がる時代。徳谷氏の課題意識と戦略は、「選ばれる投資家」を知るうえで役に立ちそうです。

徳谷 智史(エッグフォワード代表取締役社長)
2006年京都大学卒業後、大手戦略コンサルティング会社に入社。国内PJリーダーを経験後、アジアオフィスを立ち上げ代表に就任。
2012年、「いまだない価値を創り出し、人が本来持つ可能性を実現し合う世界を創る」べく、エッグフォワードを設立。総合商社、メガバンク、戦略コンサルなど、業界トップ企業から、複数のユニコーン企業を含む先進スタートアップまで1000社超の企業変革を手がけてきた。近年は、VC「GOLDEN EGG」を通じて、スタートアップへの出資支援に携わり、スタートアップ共創の開かれたエコシステム創りを目指す。

起業家として自分自身も苦しい時間を過ごした

「人が本来持つ可能性を実現しあう世界を創る」というミッションのもと、2012年にエッグフォワードを立ち上げました。私自身が「起業家」であることは、「投資家」としてスタートアップを支援するときの大きな原動力になっています。

多くの起業家と同じように、私も語り尽くせないほどの苦しさを経験しています。

志を持って立ち上げた事業は、軌道に乗るまでに何年もの時間を要しました。調達や資金繰りが思うようにいかず胃を痛くした日々もありました。組織拡大をうまく進められなかった結果、創業初期のメンバーと後から参画してくれたメンバーの間に溝を作ってしまったこともありました。苦しい瞬間は、挙げれば数限りありません。

私はコンサルタントとして起業家たちの修羅場も見てきました。

エッグフォワードの祖業は組織や人材のコンサルティングです。創業から十数年で、サイバーエージェントユーザベースラクスルといったメガベンチャーなどおよそ1,000社を支援してきました。

私たちの支援領域は多岐にわたります。経営者との1on1(一対一の話し合い)や経営陣のコーチングに始まり、経営会議で夜な夜な議論をすることもしばしば。事業の転換や組織の制度設計、ミドル層の育成、時には起業家のプレゼン練習にも付き合います。

どの起業家も大変な思いをして経営しています。組織が崩壊しかける、事業の転換を余儀なくされる、資金調達に悩む−−。ぶつかるのは人生でこれまで経験したことのないような苦難です。

創業者が会社に行けず…コンサルタントとして見た修羅場

著名なスタートアップであるA社は、組織崩壊の壁にぶつかりました。

発端は経営陣の仲間割れでした。トップの信頼関係が崩れると組織はたちまち崩壊するもの。社内からは不満が噴出し始めました。この状況に、株主であるVCからも厳しい声が上がります。新たな調達もうまくいかず、創業者にとってはまさに四面楚歌。エッグフォワードが支援に入ったときには、創業メンバーの一人は心の不調を訴えて会社に行くこともできなくなっていました。

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私たちは話を聞き、ビジョンから再構築したほうがいいと考えました。「なぜこの事業を行っているのか」「世の中にどのような価値をもたらす会社にしたいのか」−−。根本的なところから、創業メンバーたちと膝を突き合わせて議論を繰り返しました。そしてビジョンが定まったとき、体制も変える必要があると判断して、経営陣を入れ替えました。

事態がここまで深刻だと、当事者だけではなかなか解決できません。修羅場を乗り越えるにはきれいにまとまった提案資料ではなく、こうした土着型の支援が欠かせないのです。

別のスタートアップB社には、大切に育ててきた本業を捨ててもらうことになりました。

もともと展開していた個人向けサービスが伸び悩んでいたため、「基幹技術を活かし、成長可能性のある法人向けサービスを立ち上げるべき」との結論に至ったからです。

個人向けと法人向けでは、ビジネスモデルから顧客まで何もかもが違います。個人向けサービスに愛着を持っていた社員からは反対の声が上がりました。

しかしスタートアップには安定ではなく急成長が求められます。私たちは経営陣と合宿を行い、価値基準(バリュー)を再定義しました。

結果的に、社長をはじめエース級の人材をすべて法人向け事業に移しました。その後私たちも一緒になって顧客を開拓し、大手数社を含めた数十社を紹介しました。B社は足元で法人向け事業が軌道に乗り、大きく成長し始めています。

スタートアップの苦しさは変わっていない

国は「スタートアップ育成5か年計画」を掲げ、起業家の創出や官民あげてのスタートアップ支援を推進しようとしています。

しかし個々のスタートアップが苦しむ状況は変わっていません。かけ声は大きいけれど実態が伴っていないのです。足元では金融市場の調整を経て、大型調達が出来るスタートアップと調達に苦戦するスタートアップの二極化が起きています。

なぜスタートアップは苦しむのか。

まず、スタートアップが経営ノウハウを吸収する場が少ないことが挙げられます。経営や組織作りの知見が蓄積されていないスタートアップは、コンサルの伴走で大きく伸びることがあります。しかしスタートアップには十分な予算がなく、大手コンサルのビジネスの対象にならないのが実情です。

VCによる支援にも限界があります。VCは将来のリターンが見込めるスタートアップに出資し、ハンズオン支援を通じて成長を促します。しかしビジネスモデル上、全てのVCが継続的に親身になって支援し続けるのは難しいのです。もちろん親身になって話を聞いてくれる投資家もいますが、それは属人的で再現可能性があるわけではありません。

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銀行からの借り入れにも壁が立ちはだかります。経営者に個人保証を求めるケースもあるほか、事業の風向きが悪くなると「さっと引いてしまう」という例も聞こえてきます。

それでも社会構造を塗り替えられるのはスタートアップだけ

こうした逆境にあっても私はなお、スタートアップだけが世の中を変えられると信じています。エッグフォワードもスタートアップですが、私たち1社で社会構造を塗り替えられるわけではありません。スタートアップを強力に支援することで、社会を変えていきたいと考えています。

「出資×コンサル」のVCである「GOLDEN EGG」を立ち上げたのには、こうした思いがあります。

「出資だけ」「組織コンサルだけ」の支援には限界がある。であれば両方を兼ね備えたサービスを作ればいい。出資先企業に対しては、資金の出し手であると同時にパートナーとして、エッグフォワードが10年以上かけて培ってきた組織コンサルの知見を伝えています。

もう一つ、スタートアップは閉じた殻の中で悩みがちですが、イノベーションを起こすには大企業や自治体などとオープンにつながることが重要です。祖業のコンサルで大企業や自治体と繋がっているエッグフォワードは両者の橋渡し役になることができます。

「スタートアップ共創の開かれたエコシステムを創る」。スタートアップを起業した自分が、投資家としてコンサルタントとして同じ時代のスタートアップを支援していくことに大きな意義があると思っています。

(後編へ続く)

後編では、エッグフォワードでスタートアップ投資統括執行役員を務める三村泰弘氏がVC「GOLDEN EGG」に参画した想いを綴ります。「お金の出し手が偉い、という時代は終わった」と三村氏。これからのキャピタリストの在り方を考える手がかりになるはずです。

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