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アジア拠点として東京・福岡を選んだ、CICティム・ロウ氏の識見

2022-09-29
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部

2025年春、福岡における新たなスタートアップ・エコシステムの拠点の創設が検討されている。創設されるのは、CIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)運営によるイノベーションキャンパス。すでに日本国内では2020年10月に「CIC Tokyo」をオープンしており、福岡拠点が実現すればアジアで2番目の拠点となる。

同社はイノベーションキャンパスの定義を、創造性を掻き立てる設備やアメニティ、仕事に必要なインフラと設備がすべて整い、多種多様な業界から多くのイノベーターや企業が集積する大規模施設、としている。プライベートオフィスやコワーキングスペースの利用者も多く、CICには世界4ヶ国・8都市において2,200社を超える企業が入居しているという。内訳はスタートアップを中心に、国内外のベンチャーキャピタル、大学・研究機関、政府・自治体、弁護士など、さまざまだ。

本記事では、CIC創設者でありCEOのティム・ロウ氏を取材し、アジア諸国の中でも日本のスタートアップに注目している理由を伺った。

今、日本は世界からどのような位置づけであると認識されており、今後のポテンシャルはどのように測られているのか。CIC創設の目的と照らし合わせながら、日本のスタートアップの可能性を探っていきたい。

■ティム・ロウ
⽶アマースト⼤卒、MIT経営学修⼠。CIC創業者及びCEO。Venture Café Global Institute 創設者兼会長。MITスローンスクール講師。ボストンコンサルティングにて勤務後、CICを1999年に創業した。同志社⼤学に1年間の交換留学⽣として来⽇し、⼤学卒業後は三菱総合研究所で4年間の勤務実績を持つ。

イノベーションの秘訣は「物理的な距離」の設計

CICではイノベーションを成功させるために、アイデア・お金・才能の3つの要素を物理的に近くに置くことが秘訣であると考えている。この根拠として、科学研究に関するとある調査結果が存在する。研究者たちの物理的距離が近ければ近いほど、コラボレーションが起きやすくなるというデータがある。例えば同じフロアや、同じ通路側で研究をしている背景があると、研究者同士のコラボレーションの割合は高くなるというのだ。これらのパターンについて「起業家同士の共創にも同じことが言える」と説明があった。

【ロウ】20年以上前の話です。マサチューセッツ工科大学(MIT)の卒業生たちが、スタートアップを始めたくてもワークスペースが借りられないと悩んでいました。不動産屋からすれば、ちゃんと家賃の支払いができるのかと心配があったのでしょう。そこで私は、複数のスタートアップと一緒にシェアハウスをするような、シンプルな構造のビジネスを小さく始めたのです。最初は300平米ほどの場所に5社ほどが入居している状態でした。そこから10社、20社、100社、600社と大きく成長することになります。このプロセスを通じて発見したのは、スタートアップ同士が近い距離で仕事をしていると、お互いにメリットがあるということでした。「良い弁護士を知らない?」「良い投資家を知らない?」という相談の9割が、その場の情報交換で解決されていったのです。

これらの取り組みは実際に多くの成果を生み出した。1999年の創設から2021年にかけてCIC入居企業(グループ会社を含む)がベンチャーキャピタル等から調達した資金は、合計で約140億ドル(約1.9兆円)にまで及ぶのだという。

アジア拠点として「東京・福岡」に注目する理由

CICが事業を拡大する中で、初のアジア拠点となったのが日本だった。その背景について、ロウ氏は2つの理由を語った。

1つは自身が日本への留学経験があり、大学卒業後には東京にある三菱総合研究所で4年間勤務をしていたことを口述。日本に知り合いも多く、「CIC Tokyo」を創設する際に強力なパートナー・森ビル株式会社とのコネクションを得ることもできた。これらのつながりから「アジアへ進出するならまずは日本で」と考えるようになったという。2

つ目の理由には、日本が「強い企業」を生み出す力に長けていることを挙げた。

【ロウ】Forbes’ “The Global 2000” Listには、世界のトップ公開企業が掲載されています。2022年版によると、アメリカが590社ともっとも多く、日本は215社という結果でした。興味深いのが、その国の人口と選出企業数の割合を計算すると、日本はアメリカとほぼ同等であることがわかります。スタートアップ的な思考は日本の文化に合わないと考える人も一定数いますが、私はそうは思いません。事実、世界で成功している多くの日本企業も最初はスタートアップでした。もしも、文化的な背景が理由だとすれば、グローバルで活躍する日本企業はここまで多く誕生しなかったことでしょう。

ただし見誤ってはいけないこともある。今の日本が有望なスタートアップを思うように輩出できていないこともまた事実だからだ。

大手企業に就職することがステータスとなり、優秀な人材がスタートアップに集まりづらい状況になったことも原因ではないかとロウ氏は分析する。そのほかにも、アカデミックの分野では基礎研究に比重がかかりすぎ、商用化に向けた動きに課題感があることや、起業家が投資家・ロールモデルと出会うことで得られる学習機会の少なさも指摘した。一方、デメリットの1つと考えられていた「リスクを避ける傾向」については、新たな解決策が見えているという。

【ロウ】日本人はサーフィンなどリスクを伴うスポーツでも、世界レベルの活躍を見せていますよね。つまりリスクそのものは恐れていない。そうではなく、他者も同じように挑戦しているかどうかが日本人にとっては重要事項なのです。つまり、環境さえ整えばリスクを取る起業家の数は増えるかもしれない。そんな期待があります。

日本のスタートアップ環境を分析してきたロウ氏は、日本にCICの拠点を設けることで、ここまでに示した問題を解決できると考えている。実際、コロナ禍にもかかわらず「CIC Tokyo」には200社を超えるイノベーティブな企業が入居し、すでにスタートアップ向けの小規模プライベートオフィスは満室状態だという。

加えて2025年の春には、福岡にアジア2拠点目のイノベーションキャンパスの創設を検討している。ロウ氏はこれまでの経験から、より多くの優れたスタートアップが生まれるのは、それぞれの国の経済規模の最も大きい街とは限らず、スタートアップの創出と育成のための土壌が整った地であるケースもあると話す。日本では福岡がその役割を担う可能性があり、今後起業家に選ばれる街として成長していくのではと予想する。

その根拠として、スタートアップ思考を持つ人材の多さや、九州大学の最先端の技術開発力、そして日本国外の9ヶ国37都市と直行便で結ばれ非常に国際色豊かな人口を抱えていることを挙げた。国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」に指定されている土壌なども活かし、スタートアップ・エコシステムの形成につなげる狙いだ。

発明を普及させる「イノベーション・プロセス」

「日本発のスタートアップが、世界で成功を収めるために必要なことは何か?」そう質問を投げかけると、ロウ氏は自らの人生の目標に通ずる部分があるとして、スタートアップの支援を始めたそもそもの動機について話を始めた。

【ロウ】私は大学卒業後、国連の難民キャンプで働いていた時期がありました。世界各地の問題に接するたび、何が解決手段になるだろうと考え続けていました。最初に浮かんだ答えは政治でした。しかし歴史を振り返ってみても、政治の力で右肩上がりに状況を改善し続けることは困難だと判断しました。その次に得た答えがテクノロジーです。例えばですが、ソーラーパネルの技術があれば石油を使わずに電気を作ることができます。ここで重要なのは、発明したものを世界中で使えるようにする、ということです。日本の大学は素晴らしい技術を発明(invention)する力があります。あとは発明したものを社会に普及させるイノベーション(innovation)にできるかどうか。その手段として私は、CICという施設を展開することにしたのです。

日本のスタートアップで顕著なのは、海外投資家からの資金調達に消極的であるなど、日本国内にしか視野を向けないことだ。そこには英語を始めとした言語の壁もある。しかしシンプルに考えても、良いプロダクトであれば世界に広げようと考えるのは当然だ。こうした課題を解決する方法としてCICは「アクセスカード」の活用を提案している。このカードがあれば世界中のCIC拠点へ入ることができ、予約をしなくてもその日のうちに各拠点の起業家たちとコミュニケーションが取れるのだ。英語やその国の言語が話せなくても、現地では日本語でサポートをしてくれる人に出会えるという。

【ロウ】ビジネスを始めたばかりのときは、製品やサービスの販売を日本市場に限ることは仕方ないことだと思います。しかし、長く国内に居続けるのは良くありません。似たような製品やサービスを世界の市場に対して展開するスタートアップが現れる可能性が高く、国内にしか目を向けていなかった企業が競争に勝てる可能性は極めて低いからです。ではどうすれば世界に目を向けられるのか。私からの具体的なアドバイスは『もっと地球を見て回りましょう』ということです。足を運び、自分の目で見て、売ってみる。その経験が世界を市場として捉える視点・視座を得ることに役立つはずです。

日本は教育環境が整い、技術力・発明レベルも世界水準の力を持っている。現時点では確かにイノベーションレベルが低いと言わざるを得ない現状はあるものの、学習によって十分に取り返せる範囲だとロウ氏は補足する。

「日本の」スタートアップではなく、「世界の」スタートアップだという視座を持ち、どうすれば世界で成功できるかを考え続ける。その姿勢さえあれば、きっと日本はまた世界に通用する強い企業を作ることができるだろう。スタートアップ・エコシステムが育ち、優れた起業家が多く輩出される日本へと成長する。その中心でCICの支援がますます大きな意味を持ち、イノベーションが促進されていくことを期待したい。

取材・執筆:株式会社ソレナ 撮影:宮本愛

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