「私たちのイメージする活用方法と、世の中の受け止め方にはまだギャップがあるようです」
「ベンチャーデット」が広がりを見せ始めてきた。赤字のスタートアップでも活用できる可能性があり、なおかつ持株比率の希薄化(ダイリューション / 用語解説)を抑えながら調達できることから注目が高まっている。
そこで、2019年に国内でいち早くベンチャーデット特化型ファンドを立ち上げたあおぞら企業投資の久保彰史・代表取締役社長CEOに取材依頼を出した。具体的に、どんな活用事例が増えているのか。そんなことを聞くためだ。
その席上で返ってきたのが冒頭の言葉だ。ベンチャーデットという言葉こそ広がっているが、「健全な活用方法」の浸透は道半ば。久保氏が明らかにしたのはそんな問題意識だ。
おもむろに紙とペンを持ち出した久保氏。国内のスタートアップに関わる全ての人に伝えたい——。ベンチャーデットの授業が始まった。
ベンチャーデットは、新株予約権付社債・融資、転換社債などを指す。一般的な融資と同じく原則的に返済義務があり、さらに新株予約権の発行も伴う。
赤字のスタートアップは通常、金融機関などの融資対象になりづらかった。ベンチャーデットならば活用できる可能性が大きく向上する。
「私たちの融資対象は基本的に赤字のスタートアップです。今まで縁遠い存在だったデットファイナンスをスタートアップにとって当たり前にする。そして、スタートアップの資金調達手法を多様化させる。これがベンチャーデットの役割です」(久保氏)
ベンチャーデットが広がりを見せているのは、エクイティファイナンスと比べ、株式シェアの希薄化防止に寄与できるというメリットがあるからだ。例えば、新株予約権付社債で発行額面の30%分の新株予約権を引き受けるケースならば、希薄化率も同様に30%程度に抑えられる。
同じベンチャーデットでもスキームによって違いがある。例えば転換社債は、新株予約権付社債と比べて希薄化防止の効果は少ない。久保氏は「転換社債は転換権を行使し、社債部分を全額株式に転換するのがメインシナリオ。つまりデット返済のための資金繰りについては、新株予約権付社債との比較ではあまり考えなくてよい」と補足する。
このベンチャーデットを巡っては、最適な活用方法の理解がまだ十分に広まっていないという。例えば久保氏の元には、事業が伸び悩みエクイティ調達が難しくなったスタートアップから、足元の運転資金を確保しようとする「レスキューファイナンス」の相談も寄せられる。しかし、こうした活用方法は必ずしもベンチャーデットの主旨と合致していないと久保氏は話す。
「『エクイティ調達が難しくなってきたところを代替するのがベンチャーデット』という言葉が独り歩きしている側面があるのかもしれません。ですが、ベンチャーデットの基本的な利用対象は、資本コストの最適化に関心を持ち、なおかつ持続的な成長ができるスタートアップなのです」
ベンチャーデットがどういう性格の金融商品で、どういった使い方が「健全」なのか。久保氏の解説とともに紐解いていこう。
まだ比較的新しい調達手法で、なおかつ複数のスキームから適したものを選択する必要があるベンチャーデット。効果的に希薄化を防止するため活用方法を、久保氏がレクチャーしてくれた。
その一つが、エクイティとの組み合わせで成長資金を確保する手法だ。
市況の悪化もあり資金調達の難易度が上がったことを受け、スタートアップの間で希薄化防止を意識する動きが起きている。順調に事業成長を続けるスタートアップでも、希望する評価額で目標金額を集めきるのが難しくなっていることが背景にある。
こうした状況に対し、「全てエクイティで調達する必要はなく、一部をベンチャーデットに置き換えることで希薄化を防止できます」と久保氏は解説する。
具体的に例を挙げて考えてみる。調達後(post)時価総額20億円で5億円を調達(=株式シェアを25%放出)し、2年分のランウェイを確保したスタートアップがいるとする。なおかつ手元資金は調達した5億円のみだと仮定する。
このスタートアップは調達から1年~1年半後をめどに次回の調達に向けた活動を開始する。この時、手元の資金は2億5,000万~1億2,500万円にまで減っていることになる(分かりやすさのために計算を一部単純化している)。
事業の進捗が順調なこともあり、前回評価額が20億円だったことを鑑みて、次回は評価額を40億~50億円に上げ、なおかつ10億円の調達を目指すとする。
ただし、折からの市況の悪化もあり大幅なアップラウンドでの調達は難易度を増していて、調達活動に時間がかかることも想定される。半年でまとまるはずだった資金調達が、1年近くかかることもあるだろう。
こうした事態が起こりやすい環境で、「この時に消化している資金は、元々はどうやって集めたものかよく思い出してほしい」と久保氏。時価総額20億円の時に株式を25%放出してまで得た資金が、長引く交渉のために減っていくことを冷静に捉え直す必要があるというわけだ。
では、ベンチャーデットを併用して調達したケースを考えてみよう。
前回、時価総額20億で5億円の調達をした時に、エクイティ調達を3億7,500万円(3/4)に抑え、残りの1億2,500万円(1/4)を新株予約権付社債(発行額面の30%分の新株予約権を付与するものとする)で確保していたらどうなるか。
この場合の希薄化率はエクイティ(18.75%)とベンチャーデット(1.875%)の和で求められるから、20.625%だ。全額エクイティで調達した場合と比べ希薄化を抑えながら(-4.375ポイント)ランウェイを確保し、次回の調達活動にも臨める。
新株予約権付社債の1億2,500万円は返済義務を伴うが、時価総額40~50億円で全額エクイティ調達した資金で返済するほか、再度ベンチャーデット(新株予約権付社債)で資金を調達し返済する、という選択もとれる。
いずれのケースでも、全額エクイティ調達を行ったケースよりも合計の希薄化率は下回る計算になる。
ベンチャーデットで調達できるかどうかは貸し手側の判断次第という前提はあるが、狙い通りの調達ができれば希薄化を防止できるケースも成り立つというわけだ。
逆に、こうした活用法を理解できていない場合、長引く調達活動に、全額エクイティで調達した「高い」資金を使ってランウェイを費消し、なおかつ希薄化も大きくなってしまうことになる。「これがもったいない、と考えるのがベンチャーデットの原理原則です」と久保氏は話す。
「1回のラウンドの資金調達を全てエクイティでやるというのではなく、事業成長の状況や資金使途に応じて、エクイティとデットをミックスした最適な調達ポートフォリオを組むのが希薄化防止に効果的、という発想からベンチャーデットは成り立っているのです」
調達ラウンド時にベンチャーデットを組み合わせることで、希望に近い評価額が実現するケースもあるという。
別のスタートアップの例を考えてみる。この会社は調達後(post)時価総額30億円で6億円の調達を目指している。しかしVCは20億円が妥当だと考えていて、両者の間には隔たりがある。
久保氏は、目標金額6億円のうち、VCからエクイティで4億円、残りの2億円をベンチャーデットでそれぞれ調達することで、評価額30億円で調達できる道が開けると指摘する。
「4億円をエクイティで投資するVCの立場で考えてみましょう。ベンチャーデットの2億円が加われば計6億円、単純計算で1.5倍レバレッジがかかった資金調達ができたことになります(※)。月次のバーンレート(用語解説)が変わらない前提で考えると、ランウェイも単純計算で1.5倍伸びる。ランウェイに比例して企業価値も1.5倍上昇すると考えると、調達時の時価総額が30億円であったとしても、VCはバリュエーションに対して一定の合理性があると整理することでき、投資効率は悪くないと捉えてもらうことができるのです」
「これもまた、健全な活用方法と言えるでしょう」と久保氏。こうした事例も実際に生まれているという。
※新株予約権を発行することによる希薄化・金利負担等はここでは一旦考えないものとする。
およそ1時間に及んだ解説。「早めにベンチャーデットの活用を検討した方が、希薄化を防止できる効果も高まる。まずはそこを認識してもらうだけでも良いかもしれません」。ペンを置きながら久保氏は話した。
「ベンチャーデットはまだまだ過渡期」。久保氏はそう総括する。貸す側・借りる側ともにより良い方法を模索している段階だ。
あおぞら企業投資が特化型ファンドを組成したのは2019年。2号ファンドの拡大を経て、2023年7月末には3号ファンドの設立も発表した。国内ではいち早く動いてきたことから実績やノウハウも積み重なってきているといい、「どのようなベンチャーデットの提供方法、エクイティとの連携の形が良いのか、などを常に探し求めています。作り方や考え方は日々成長しているのです」と久保氏は話す。
市況の変化もあり、活用事例が増えつつあるベンチャーデット。スタートアップにとってはかけがえのない株式だ。希薄化を防ぎながら成長を続けるためにも、スキームの理解を深め、最新の活用事例にもアンテナを張っておく必要がありそうだ。