国内ではVCの数やスタートアップ1社あたりの調達額が年々増加し、新興産業が発展する基盤が整いつつある。しかしながら、グローバル市場で見ればスタートアップの事業規模はまだまだ小さく、「和製デカコーンの不在」など、発展の余地が残されている。
これらの課題に対応すべく、党を挙げて「全力でスタートアップを応援する」と宣言して発足した『自民党スタートアップ推進議員連盟』。2019年10月にはキックオフ総会を行い、支援に向けて動き出している。
同連盟は活動の一環として、渋谷スクランブルスクエアに完成した会員制のイノベーション創出施設「SHIBUYA QWS(シブヤキューズ)」を2019年11月21日に視察。その場で自民党として初めてピッチイベント「スタートアップ推進議連・デジタル社会推進特別委員会・スタートアップ推進小委員会の視察&ピッチ」を開催し、スタートアップや大企業、クリエイターなど様々な人々から意見を集めた。
この記事では、当メディアを運営するフォースタートアップス株式会社(以下、for Startups)も参加したピッチの様子をレポートする。ピッチのキーワードは「グローバル」。今回提言された意見は、その多くが国外市場を意識したもので、フランス政府が主導するエコシステムや、世界最大級のスタートアップカンファレンスの話を聞くことができた。
このピッチには自民党の岸田文雄政調会長が出席。政調会長は多くの首相経験者が着任したポストで、党の政策立案に強い影響力を持っている。自民党としても異例の出席で、スタートアップ支援に対する本気度が分かる。
岸田政調会長はピッチに先立ち「スタートアップやユニコーン企業におけるダイナミックな環境を知る中で、日本の現状について危機感を覚えている方も多いのではないかと思います。その現状を前に、多くの関係者がそれぞれの立場で何ができるかを考えていくことが大切ではないかと考えております。今回のピッチを通して刺激を受け、今後の方針を固める契機にさせていただければと存じます」と挨拶した。
続いて、自民党デジタル社会推進特別委員会の委員長を務める平井卓也議員も挨拶。平井議員は「今の時代は組織としてフラットに情報を受けなければ、政策を誤ると感じております。ピッチに先立ちまして、自民党はスタートアップを徹底的に応援させていただくことをここに宣言させていただきます。スタートアップのポテンシャルを解放しなければ次の時代はありません。本日のピッチに期待しております」と話す。
今回は計6団体がピッチを行なった。この中で、「EDGEof株式会社」「Plug and Play Japan株式会社」「for Startups」の3社は国内外のスタートアップ事情に詳しく、それぞれが現状の課題と党に求める方針を提言していた。また、各社が推薦した3社が各社の事業を紹介している。
ピッチの先陣を切るのは、EDGEofのCo-CEOを務める小田嶋Alex太輔氏。同社は行政とスタートアップを橋渡しするプラットフォーマーとして活動。起業家・投資家・研究者・各国大使館を繋ぐハブとして、プログラムやイベントを開催している。実績として30カ国以上のスタートアップに対して日本進出をサポートしており、直近ではオーストリアのスタートアップのアクセラレータを務めた。EDGEofの小田嶋氏は、以下のように提言した。
「海外企業からよく相談を受けるのが、役所で英語が通じないこと。また、海外で成功しているにも関わらず、日本にトラックレコードが通じないのでオフィスが借りづらいこと。さらに、ビザの申請が煩雑で許可がおりないことです」
小田嶋氏は、これらの問題を解決したロールモデルとしてフランス政府が運営するエコシステム「French tech」を紹介した。
このシステムでは、フランス政府の外務省や経産省が行う施策を束ね、海外に向けて分かりやすくパッケージ化している。フランス政府は失業率が高く、その割合は20%になる。新しく会社を立ち上げなければ国が保てないという理由から、「French tech」を始めたそうだ。
この施策が実を結び、2016〜2017年に新しく作られた職業のうち、52%がスタートアップから生まれているという。最後に小田嶋氏は、「フランス政府は、スタートアップを盛り上げることが国の活性化につながることを証明して見せました。日本は人手不足に加え、AIなどの新技術によって既存の仕事が奪われてしまいます。だからこそ、新しい会社を立ち上げ、雇用を作っていくことが重要です。スタートアップの盛り上げは国の未来のために必要なことだと考えています」とまとめた。
続くピッチの登壇者はPlug and Play Japanの執行役員・藤本あゆみ氏。同社は公募によって選ばれた起業家に対し、3ヶ月の期間限定で支援を実施。過去200社に対して、専門スタッフによる経営アドバイスや、投資家・経営人材のネットワークを提供してきた。
藤本氏は日本のスタートアップが世界に羽ばたくための舞台として、アイルランドで生まれた世界最大のスタートアップカンファレンス「Web Summit」を紹介。同事務局の満木夏子氏を招いてピッチを進めた。
「Web Summitでは各国の政府関係機関がブースを設置し、スタートアップの誘致に動いています。規模も巨大で、2019年には一定の競争力や調達額を持つ、選ばれた企業2000社がブースを出展しました。なぜこれだけカンファレンスが盛り上がっているのか。それはこのカンファレンスがスタートアップの登竜門だからです。過去にはUberやストライプなどユニコーンを輩出し、カンファレンスの動向は世界から注目されています。一方で、日本企業の参加者は7万名(全体)に対し、約200名しかいません。最先端の事例を視察できる場ですので、ぜひ来場をお勧めします」。
提言のトリを務めるのは、当メディアを運営するfor Startups、ヒューマンキャピタリストの泉友詞。for Startupsは有力ベンチャーキャピタルと協業し、新産業を創出する企業に対して人材を集中支援。転職・採用支援のタレントエージェンシーとして、有力ベンチャー企業に多数のCXOや役員を供給している。
泉は提言の中で「私からは“オールイン市場”の形成を提案します。大学のキャリア形成の中では『自分の人生をかけてスタートアップに飛び込もう』と言われることがありません。シンプルに言えば、大手志向を撤廃し、全員がスタートアップに飛び込める環境を作って欲しい。それが実現すれば、グローバル市場で日本の競争力は確実に上がります。個性や多様性を実現する社会を実現するためには、グローバルで勝つ企業が必要です。」と話す。提言の合間には、上記3社の推薦によりスタートアップ3社のビジネスピッチも行われた。
同社はマレーシア発のドローンスタートアップで、風力発電機や陸橋などのインフラに対してドローンを使った保守点検マネジメントを提供している。昨今ではインフラの老朽化が進み、保守点検が頻繁に行われているが、補修箇所の確認は人力で行われていた。これをドローンで空撮することで、費用を大きく抑えることができる。同社の事例では、補修確認に44万円が必要だった現場で、費用を10万円に抑えることに成功したという。点検補修の費用は年々増大し、2013年には約3.6兆円が費やされ、2033年には約4.6〜5.5兆円になるそうだ(国土交通省 インフラメンテナンスの時代について 8Pより)。同社はこの課題に対するソリューションとして存在をアピールした。
こちらは靴型のウェアラブルデバイスを手がける日本のスタートアップ。耐用年数が50年と言われる足の健康寿命を延ばすために、最適なフォームで歩行するためのIoTシューズを開発した。シューズにはセンサーが搭載され、「足裏のどこで着地しているか」「着地時の足の傾き」「接地時間」などを毎歩計測。専用アプリでフィードバックを行う。シューズを通して集めた歩行データは、スポーツ、健康、医療など諸団体と連携し、様々な分野で活用する予定だ。同社はスタートアップカンファレンス「Web Summit」にもブースを出展し、世界進出への手応えを感じたという。
同社は「テーマ投資」「ロボアドバイザー投資」「500円からのワンコイン投資」などを提供する金融スタートアップ。創業から2年で累計調達金額は91億円となり、フィンテックの分野で大きな注目を集める。スマートフォンでサービスが利用できる手軽さが特徴で、LINEとの業務提携も行う。投資に興味があるが、投資経験がない「潜在投資家層」は日本に2000万人いるといわれており、FOLIOのサービスによって取り込みを狙っているという。
同ピッチに続いて、参加者による意見交換が始まる。意見を交わすのは登壇者の6社に加え、東京大学、慶應大学、早稲田大学の研究者・学生、渋谷区長の長谷部健氏など。
東京大学生産科学研究所の野城智也教授は「産官学の連携は頻繁に行われているが、いい課題が投げ込まれると、研究機関で新たな創造が生まれるので今後に期待している。そのうえで、可能性に応えるためには東大だけではキャパシティが足りないので、東工大・早稲田・慶応なども連携を行なっていきたい」と話す。渋谷区長の長谷部健氏は「渋谷はベンチャー企業やストリートカルチャーなど最先端が集まる土地です。一方で、甲州街道沿いには長屋が残り、高齢者の孤独死も発生しています。渋谷区は東京の課題が凝縮され、ダイバーシティが形成されている土地です。課題解決の中心地として特別区を設けてみたい。ぜひご検討いただければ」と提言した。
ほかにも、以下のような意見があがった。
・海外スタートアップを誘致する際に、「固定電話が必要」「ハンコがなければ契約できない」と言われ、進出を躊躇してしまう例がある。撤廃できるプロセスは省いて欲しい。
・J-Startupの選出基準について、採択されたプロセスがよく分からないと意見を聞くことがある。透明化を進め、対外的にもFrench techのように横串を通したブランディングが必要ではないか。
・海外投資家から、「日本のマーケットはブラックボックスだ」と指摘されることがよくある。一方で、市場として興味は持っているので、情報開示を進めればマネーリソースを投下してくれるはず。国外のVC、CVCとの橋渡しが必要だ。
執筆:鈴木雅矩 編集:BrightLogg,inc 撮影:山口真由子