独自分析

スタートアップに「脱・東京」の動きはある?移転先の人気1位は神奈川県、研究開発や住環境の改善見込む

2023-07-21
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

社員が同じオフィスに集まる意味はあるのか。コロナ禍は、そんな当たり前を考え直すきっかけになったようだ。帝国データバンクによると、東京などの首都圏から地方へ本社を移転する動きが広まっているという。

全体の65%ほどが東京に立地するなど「一極集中」ぶりが顕著な国内スタートアップ。その「脱・東京」の動きをデータから紐解いてみたところ、新型コロナウイルスが流行していた時期に移転企業が一定数増えていたことがわかった。

移転先では神奈川県が圧倒的な人気を誇る。特に研究開発を手がけるスタートアップにとっては、都内よりも広大な敷地を確保できることなどがメリットとして捉えられているようだ。

コロナ禍で微増 東京から移転するスタートアップ

STARTUP DBでは、国税庁に届け出があった所在地に関する情報をもとに、東京都から別の自治体へ転出したスタートアップを集計した。なお、移転後に再び東京へ戻ったスタートアップも含めている。

国内で新型コロナウイルス感染症の流行が始まった2020年から移転する企業が増え、21年には調査対象期間で最多の105社にのぼった。

コロナ禍をきっかけにリモートワークが普及したほか、地方移転を促す行政側の働きかけなどが効果を発揮している可能性がある。手元資金(ランウェイ/用語解説)が減っていくスピードを緩めるために、オフィス賃料などの固定費を抑える効果を見込んだ事例もありそうだ。

移転を選ぶ企業は、割合で見ても僅かに増えていることがわかる。都内のスタートアップ企業数は2018年(7,525社)から2022年(10,395社)にかけて増加している(詳細はこちら)が、このうち移転企業は0.6%(2019年)から1%余り(2021年)に変わっている。

神奈川県がダントツ1位 研究環境や職住近接を意識か

最も多い移転先は神奈川県で、調査対象期間の累計は164社だった。2位以降は大阪(49社)、埼玉(44社)、福岡(41社)、千葉(38社)と続く。

移転理由を公表している事例は多くないものの、研究開発型のスタートアップは敷地面積の拡大を見込んでいるようだ。例えば2017年に川崎市川崎区に転じたペプチドリームは移転の理由について「旧本社(東京大学先端科学技術研究センター内)では、もう人も機材も増やせなくなっていた」と明かしている(※1)。2018年に川崎市幸区に転じたJiksak Bioengineeringも「研究施設の拡大」を理由に挙げている。

移転先が神奈川県ならば、都内の顧客などと引き続きオフラインでやり取りできるうえ、首都圏に住む人材の採用が難しくなることもなさそうだ。

従業員にとっては、都心に向かう電車の混雑を避けられる点も魅力的だ。2021年に横浜市西区に移ったクックパッドは「職住近接の実現が可能で、オフィスに集まって物理的な環境を活用した働き方を作り上げることが重要」と指摘している。

ほかにも、2016年に横浜市中区に移転したアペルザは横浜未来機構に対し「出勤だけでパワーを使ってしまうと、業績に影響ないどころかあっても悪い⽅だと思い、それなら下り電⾞で⾏ける場所に会社を創れば良い。効率よく働いてもらって、出勤で使っていたパワーを会社の成⻑に繋げていくことを考えました」と語っている(※2)。

また、事業の中核を神奈川に置くケースもある。2022年に秦野(はだの)市に移転したZip Infrastructureは電動自走式ロープウェイを手がけるスタートアップ。同社は2021年6月に秦野市と連携協定を締結し、同市で開発に取り組む。市側も、将来的な導入の可能性を探る基礎調査を実施している。

魅力高める地方自治体

地方自治体も独自のスタートアップの支援施策を打ち出し、魅力を高めようとしている。

神奈川県は起業家の創出・成長促進をそれぞれ「発(HATSU)」「進(SHIN)」と位置付け、一体化した支援施策に乗り出している。この中には、社会課題型スタートアップに特化した支援プログラム「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」などがある。これは、県が事業会社や投資家を仲介するほか、行政との連携機会なども設けるものだ。

移転数で4位だった福岡市は、法人税が20%控除される「スタートアップ法人減税(国税)」に加え、市独自の減税措置を設けている。さらに、スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」を運営するほか、交通網や病児・病後児保育施設の充実ぶりなどをデータで示し、暮らし易さもアピールする。

移転を呼びかけたのは石川県加賀市。「 ビジネスを飛躍させたいIT・スタートアップ企業・ベンチャー企業を求めています!!」と題した記事を市の公式サイトに載せ、「本社機能の一部もしくはすべてを地方に移転すれば家賃を大きく削減することができます」とか「加賀市には3つの温泉もあります。リフレッシュにはかかせません」などと呼びかけた。

同市によると、スタートアップ企業は事務所開設費や広告宣伝費などに最大で2,500万円の補助を受けられるという。

参考:

※1...Biotage「新研究拠点で創薬研究をさらに加速」(https://www.biotage.co.jp/user-interview/r056
※2...YOXOの歩き方「株式会社アペルザ 石原誠氏」(https://yoxo-arukikata.jp/33

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