温室効果ガスを吸収・除去することでトータルでゼロにする「カーボンニュートラル」の重要性が叫ばれて久しい。
達成の手段の一つとして注目されているのが、CO2排出量の削減分を権利として企業と取引する「カーボンクレジット」と呼ばれる仕組みだ。
衛星データやAI技術などを駆使してカーボンクレジット市場への参入を窺うスタートアップがサグリだ。坪井俊輔・CEOは「アナログな農業の現場のあり方を変え、農家の所得が向上していくサイクルを回す」と意気込んでいる。
サグリは農地状況把握アプリ「アクタバ」や作付け調査効率化アプリ「デタバ」、それに営農アプリ「Sagri」を展開している。
多様なソリューションのうち、農業領域のカーボンクレジット化を実現させるのが、衛星データを通じて作物の生育状況や土壌の特性を分析可能にする「Sagri」だ。
「農業は、ハウス栽培を除けば『面の広さ』が利益・労力に直結する構造ですから、衛星データは非常にフィットするのです。
衛星データそのものは無償かつ商用で活用できるものが存在しています。私たちはそれらを活用しながら、AIを通じた画像分析で区画を明確にする技術を開発しました。加えて、区画の土壌を分析できる技術も岐阜大学と共同で作り上げたのです」
サグリ社は創業当初、農家のマネタイズ(収益化)といった課題に対し、サービス開発で解決しようと試みた。しかし壁に直面したという。
「農家は先行投資に予算をかけられないケースが大多数です。現場にニーズがあることはわかっているものの、我々も人件費や解析費など様々なコストがかかり無償で提供することは出来ません。
そこで、カーボンクレジットに目をつけました。
サグリのサービスでは、土壌のpHや可給態窒素、陽イオン交換容量、全炭素の4項目を推計できます。数値化を通じて農地の脱炭素化に繋げることができ、カーボンクレジットを生み出せるのです。
炭素の削減では、肥料選びと量が重要です。分析した土壌のデータを元に最適な肥料を選ぶことで、高騰している肥料代を削減でき、更にCO2排出も抑えることができます。排出を抑えた分をカーボンクレジットとし、所得を向上させることが可能です」
カーボンクレジット市場は、国などが発行する「コンプライアンス市場」と、民間事業者による「ボランタリークレジット市場」に大きく分かれている。
坪井氏は、足元のカーボンクレジット市場をめぐる動向について、次のように解説する。
「カーボンクレジット市場は特にEU、そしてアメリカ、シンガポールを中心に大きく動いています。EUでは2005年から『EU ETS』というCO2の排出権取引が立ち上がり、エネルギー気候変動政策の枠組みの中でも約4割の排出量をカバーする主要政策として位置付けられています。当時からは一部シュリンク(縮小)した部分もありますが、2020年以降にカーボンニュートラルへの注目が高まったことから再び重きが置かれています。
アメリカでも、GAFAをはじめとした巨大IT企業がカーボンニュートラルの早期達成を宣言したことから注目度が上がりました。一方で『グリーンウォッシュ』と呼ばれる表面上の対策に留まる企業も出現したとされ、一部慎重になっている部分があります」
「アジアでは、シンガポールがリードをとってカーボンクレジットのマーケットを積極的に展開し始めています。
今後、カーボンクレジットを創出する地域としてアジアやアフリカ、中南米を検討しています。生まれたクレジットの取引先としては、シンガポール・EU・アメリカの市場を狙っています。すでにシンガポールには拠点も設置し、販売パートナーも徐々に見つかってきています。現在は販売するためのカーボンクレジットの蓄えを行っているところです。
日本ではまだまだ温対税(地球温暖化対策税)の価格が低く、民間事業者が発行するボランタリークレジットが使えない状況です。世界的には遅れをとっているのが事実ですが、今後、日本でもカーボンクレジットの取引が活発化されるよう動いています」
サグリは社会課題の解決と経済リターンの両立を狙う。解決したい課題は農家の所得向上だ。特に農作物以外で利益を上げられることが重要になってくるという。
「クライメート・テックに分類されることもあれば、アグリ・テックと呼ばれることもあります。私たちとしては単一の目的ではなく、気候変動や食糧危機など人類と地球が抱える課題に対し、農業という面からチャレンジするという意識を持っています。
最初から人類の課題を解決しようと考えていたわけではありません。
創業時は現場の課題にフォーカスしていたのですが、年数を経るごとに根本的な課題が見えてきました。マクロでいうと気候変動や食糧危機といった社会課題、ミクロ的な部分ではPMF(プロダクト・マーケット・フィット)のために必要なことを実現するといったことですが、そのマクロとミクロの部分が結局のところ繋がっていると気づきました」
農家の在り方を大きく変えていく可能性を秘めた取り組みだが、農家に着目したきっかけは学生時代の気づきだったという。
「教育者を志し勉強するうちに、ルワンダなど東アフリカでは、金銭的な問題で中学・高校へ進学できず、親の農業を手伝わなければならない人たちがいるという事実を知りました。その現状をなんとかしない限り、次の世代も、その次の世代も生きるために農家という職業を選ばざるを得なくなる。この悪循環を解決したいと感じました。
だからこそ農家が稼げるようにはどうしたらいいのかを考えました。アナログな農業の現場のあり方を変え、『全然儲からない』『そのままで問題ない』という意識を変え、農家の所得が向上していくサイクルを回す。
子供たちが農家にならざるをえないのではなく、自ら進んで農家になりたいと、1つの選択肢として選べる状況にしていきたいです。
最終的に、私は教育に戻りたい。次の世代にBETしたいと思っています。子供たちに負の遺産を残さないために、地球上にある大きな課題を解決すべきだと考えて、事業を展開しています」
サグリは20名という少数精鋭で事業を進めている。ここから先、さらなるムーブを巻き起こしていくために、常に様々なポジションでの仲間を求めている。
「どんどん採用して、どんどん成長していくという企業スタイルもあるとは思いますが、我々はその方向は考えていません。いい仲間に巡り合い、一緒に高みを目指し、それぞれの強みを掛け合わせて最大化していくということが重要だと考えています。例えば漫画『ONE PIECE』の麦わら海賊団のようなイメージです。
仕事の手足になってほしいのではなく、本当に叶えたいビジョンがあるからこそ、共感して飛び込んでもらいたいです」
「採用とは別に、パートナー企業も各国で増えています。我々のチームで全てを担うのではなく、お任せできる部分はお任せし、一緒に価値を創出していける関係性を築いています。
課題解決だけでなく、きちんとビジネスとしてファイナンスのスキームを入れるのは、同じ目標を目指すパートナーの方々にとっても非常に重要だと思っています。『儲ければいい』わけでもなく、インパクト指標を通じて社会に向き合い、課題を解決していく。この方が、結果として多くの人を巻き込んでいけるんですよね」