主に知的障害のある作家のアートエージェンシーとして世界の企業と手を組み、新たなライセンスモデルを確立し始めているのは、福祉実験カンパニー・ヘラルボニーだ。
「障害のある方の作ったものは安い」という概念を覆そうとする同社。障害者の手がけたデザインをIP(知的財産)化し、高級ネクタイとして展開したり、JALの機内食スリーブにしたりと、ブランドとしての価値を高めてきた。“障害”を“憧れ”へと近づけていきたいと話すのは、ヘラルボニーの共同代表・松田崇弥、文登兄弟だ。
松田崇弥様、松田文登様プロフィール
4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、双子の松田崇弥(写真左)・文登(写真右)でヘラルボニーを設立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げ福祉実験カンパニーとして福祉領域のアップデートに挑む。2023年には 第18回ニッポン新事業創出大賞 「最優秀賞」「経済産業大臣賞」を受賞。
「4つ上の兄貴が重度の知的障害を伴う自閉症だったこともあって、障害福祉のイメージや世界を変えていきたいと思って双子の私たちで創業しました。ヘラルボニーは、知的障害のある人たちの価値観とか生き方を変える事業体であると考えています。
現在メインとしている事業は2つあり、1つは知的障害のある作家さんの作品をIPとして様々な形で展開していくというものです。他社とコラボすることもあれば、ブランドとして小売で展開することもあり、インパクトのあるIPを基軸にしながらイメージを変えていくことに挑戦しています。現在は37の福祉施設で153名の作家と契約しています」
創業のきっかけとなったのは、松田氏が岩手県花巻市にあるるんびにい美術館を訪れたことだという。作品の展示に加えて福祉事業所としての役割も持ち、知的障害のある方の創作活動を行うアトリエや、就労支援のためのカフェやパン屋を併設している。施設への訪問を通じ、衝撃を受けたという。
「アートっていうそのものにすごく感動したというか、単純に自分ではこうは描けないというものをシンプルに感じました。
障害のある方をめぐっては、これまでは国から金銭の支援などがあるのを前提として生きていくという価値観がありました。彼らの特性による情動・行動から発散されてこそ描ける世界があり、それに対して純粋に作品として惹かれるものがあるという構図そのものをセグメントを強めて社会に発信していくことで、障害の価値観や概念を変えていけると考えました」
福祉の文脈であれば非営利、または支援といった側面での取り組みが多い中、彼らは何故このビジネスモデルを作り上げたのだろうか。
「非営利ではなくスタートアップという形にすることで社会との広がりをより作っていけると思いました。これが非営利の形であったら、また違ったかたちになっていたと感じています。
投資のお金を取り入れることで、障害の価値観や概念を本気で変えていくための非連続的な成長が可能になる。今までの福祉の考え方とは真逆の世界観だと思います。でもこういう選択肢もあるのだと広めていくことが、社会の異彩が色々な形で放たれていくきっかけになると思っています」
そんなへラルボニーが注力し始めているのが、企業向けにDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)を促進する体験型プログラム『DIVERSESSION PROGRAM(ダイバーセッション・プログラム)』だ。
多様性のあり方について多くの企業が課題を抱える経営者は増えているという。ヘラルボニーは、その課題解決に着手する。
「DE&Iを組織全体に推進していかなければならないと考えている企業は増えている一方、体験として落とし込めていないという課題があるのを実感していました。そこで、体験型学習を通じた日常への浸透と、自発的にDE&Iアクションを行うことができるプログラムの提供を始めたのです。
このプログラムは3つのフェーズに分かれていて、1つ目は講演会+ワークショップ、2つ目はボードゲーム型の体験学習、3つ目は福祉施設訪問・ART創作プログラム・DE&Iアクションプランの設計です。研修自体は、文部科学省で特別支援教育を推進している野口晃菜さんにアドバイザーとして入っていただき、ろう者のヘラルボニーの社員が中心となって開発しました」
DE&Iを推進したい企業には「文化を変えていく難しさ」「現場で受け入れることの難しさ」「意識や教育の底上げ」といった課題があるという。
「世界全体でも言えることですが、特に日本においては現在ジェンダーギャップ指数は146位と、先進国の中でもとても下です。これまで作り上げてきた社会のマジョリティーの特権がどうしてもありました。しかし、ジェンダーの話だけではなく、ヘラルボニーのようにろうのメンバーが入ってきてくれるだとか、多様な形の人が組織に入ってきてくれることが、社会に対する強みに今後は変わっていくのだということを知ってもらいたいです。
障害のある方たちの雇用率のパーセンテージが上がっていくっていう価値観だけではなくて、障害のある方たちが働くこと自体が企業にとって本当の意味でのプラスになるという価値観を作り上げていくところの、土台がない状態が課題だと思っています。多様性という価値観で見た時に、その基礎の部分がもろい状態になっているのが日本の根底にあるんじゃないかと思っていて、それをこのプログラムを通じて、土台作りをした上で、そこに様々な立場の人の選択肢が増えて、活躍できる状態を作っていきたいです」
障害に対する心の壁がある人も、職場によっては少なくないとみられるなか、松田氏はどのようにDE&Iを展開していくべきと考えるのか。
「SDGsという言葉をそんなに知らない人も世の中に多いと思います。例えば東京のイベントでピッチさせていただいた時は、会場にいらっしゃる方も意識の高い方の集まりで、多様性にも理解がある。これはある意味、特殊な空間です。しかし、私たち双子の地元である岩手にいる同級生にも、そういう価値観を最終的には浸透させていきたいと思っています。そこを変えていくためには大企業の社長、経営層といった雇用側のトップの人たちが変わらないとシャワーのように浸透していきません。
私たちが提供する研修プログラムを受けるのは管理職の方がほとんどですが、それを受けた人たちが自分のチームのメンバーに繋げていくことこそを大切にしたいですね。日本全国1億3000万人に届ける、伝えるって概念を履き違えてはいけないと、事業をやりながら感じています」
「現在、東京支店では冒頭にお話した作品のIPを軸に様々な企業とのコラボや販売、展開を進めていますが、私たち双子の地元である岩手の本社で行っているのはフラットな町づくりです。
何故東京ではなく岩手で展開しているのかというと、自分たちの兄が本当に住みやすい場所を作るためにはどうしたらいいか、身体的にも心理的にも違和感なくフラットにいられる状態でいられる場所をどうしたら作り上げていけるかを考えた時に、地元である岩手でまずは挑戦したいと考えたからです。
長期ビジョンとして、シンプルに多様な人たちがフラットに存在していて、『誰もが』というのが1つのキーワードに、障害そのものの価値観や概念もない、バリアフリーという言葉すらいらない状態を目指しています。極論、生まれてから死ぬまで安心していられるインフラをまずは小さく作り上げて、それをじわじわ広めていける場所を作ろうとしています」
「短期ビジョンでいえば、“障害”と“憧れ”は遠いものだと思っているので、その2点を近づけていこうとしています。以前に金沢21世紀美術館開催した展覧会についてアートを専門に学ぶ学生を前に講演したところ『私も美術館に展示したくて一生懸命頑張っているのに障害がある人がえこひいきされて、ずるい』というようなことを言われました。
大切な人へのプレゼントを買う時に『ルイヴィトンにしようかな、カルティエにしようかな、ポールスミスにしようかな、ヘラルボニーにしようかな』というような、フラットな選択肢として考えてもらえるように、10年以内にどこまで持っていけるようにできるかが重要。今期はパリでの法人登記を予定していますが、世界中のブランドがヘラルボニーのライセンシングを使って展開していってもらえれば、相当なインパクトだと思います。
私たちの母親も、兄が生まれた時、障害があることに絶望したことがあったそうです。私たちの現在のビジネスは障害のある方の親御さんに支えられて成り立っているものなので、ご本人やご家族や周りの方が自信を持てたり、当たり前のように障害があることを許容して、どこにでも出かけられて、なんでもできるといった行動の幅を広げていく後押しになれればと思っています」