コラム

「note」誕生秘話。編集者・加藤貞顕CEOが考えたこと

2018-09-13
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
ピースオブケイク 代表取締役 加藤貞顕 起業した理由

「note」というプラットフォームを耳にしたこと、目にしたことがない人は、IT業界ではそう多くはないだろう。SNSでは「note」のコンテンツを頻繁に目にする。その上、ただのブログサービスではなくひとつのプラットフォームとしてWebコンテンツ業界に新しい風を吹き込んだことでも注目を集めている。

運営をするのは株式会社ピースオブケイク(以下、ピースオブケイク)。代表の加藤氏は、出版業界を長きにわたって経験し、多くのヒット作を生み出してきた人物だ。雑誌、書籍の出版に携わった人物が、新たにWebコンテンツのプラットフォームを生み出したのはいったいなぜだろうか。

加藤氏のこれまでをインタビューを通して紐解きつつ、今後のコンテンツの未来について語ってもらった。

進路選択の基準は「仕事中にどれだけ本を読める職業なのかどうか」

ピースオブケイク 代表取締役 加藤貞顕 note 創業
加藤貞顕(かとう・さだあき)ー株式会社ピースオブケイク 代表取締役大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了後、新卒で株式会社アスキーにて雑誌、株式会社ダイヤモンド社にて一般書籍の編集を担当後、株式会社ピースオブケイクを設立。

「就職したくなかったんですよね」今となっては経営者として企業の舵を取る加藤氏だが、学生時代はとにかく就職したくない一心で進路を決めていたという。

加藤 「小学生の頃からコンピューターと本が大好きな子どもでした。家庭用コンピューターの普及に伴って我が家にも家庭用コンピューターが現れたので、小学4年生でプログラミングを覚えて。ちょうど同じ頃、大好きな本をいつでも買えるように、両親が本屋さんでツケで本を買えるような環境にしてくれていたんです。おかげで、本とコンピューターが大好きなまま今まで育ちました」

本とコンピューターが好きな少年は、大学で出会った経済学に感銘を受けた。

加藤 「高校生の頃、学校の勉強があんまり好きになれなかったんです。受験はなんとか乗り切って、大学は経済学科に入ったんですが、ビジネスにも起業にも当時は興味がありませんでした。でも、留年しそうになって仕方なくまじめに勉強してみたら、意外と経済学がおもしろかったんですよね。経済学は”お金の話”と思われがちですが、実際のところは“限られたリソースを最適配分する学問”なんです。このリソースの最適配分の考え方は、現在のWebコンテンツのプラットフォーム運営ですごく活きています」

経済学への興味と、兼ねてから抱えていた「就職したくない」想いを持った加藤氏の次なる進路選択は大学院進学だった。

加藤 「経済学研究科にも関わらず、大学院ではずっとコンピューターばかりを触っていました。ちょうどインターネットとLinuxの黎明期で、ソースコードを読んだり開発しているのが楽しくて、人生で一番のめり込んだ時期だろうなと思います」

大学院修了を迎えると、さすがに避けては通れないと就職活動を開始することに。入社試験を受けた企業は、たった一社、コンピュータ系の出版社として知られる株式会社アスキー(以下、アスキー)だった。

執筆も編集もディレクションも。編集者としての基礎を学んだアスキー時代

ピースオブケイク 代表取締役 加藤貞顕 起業 note キャリア

加藤氏にとって、アスキーへの入社は大きな転機といえる。入社に至った経緯は、大学院2年生のときにまで遡る。

加藤 「大学院生のとき、Linux関連のオンラインコミュニティに所属していたんです。そのなかで、とある雑誌が新しく創刊されるからコラムを書ける人を探したいと求人情報が流れてきて。それが、アスキーから出版されることになった『Linux magazine(リナックスマガジン)』という雑誌でした」

見開き8ページに2つのコラムを執筆してアスキーに納品。無事掲載されたことをきっかけに、加藤氏の興味は雑誌編集の世界へと傾いた。

加藤 「もともと本好きを活かした仕事に就きたいと思っていたので学者とかも候補にはありました。そのための大学院進学でもありましたしね。でも、大学院に入ってみたら、勉強はやっぱりそんなに好きじゃなかった(笑)。それなら編集者はどうだろうと思ったのが、アスキー入社のきっかけでした。就職活動もたった一社。当時の出版業界はまだまだ人気がありましたから、今考えてみると恐ろしいことをしていますよね」

無事アスキーに入社した加藤氏は、新卒でいきなり配属されるのが難しい編集職を希望。無事、月刊誌『アスキードットPC』の担当編集として配属された。

加藤 「アスキーのなかでも、もっとも一般書寄りの雑誌が『アスキードットPC』でした。きちんとしたアートディレクターがいて、編集者はレイアウトのラフを手書きで書いて、執筆も編集も撮影ディレクションも経験させてもらって。このときの経験は今にもすごく活きています」

大ヒット作『もしドラ』を生み出すために必要だったのはマーケットの選び方

ピースオブケイク 代表取締役 加藤貞顕 起業 note キャリア

アスキーに就職して5年。雑誌編集を経験した加藤氏のなかには、ある一つの想いが湧き上がる。それが「一般書の編集経験を積みたい」というものだった。

加藤 「雑誌って、良くも悪くも“編集長のもの”なんです。雑誌の編集部員は、編集長がつくりたいものをつくる手足みたいなものです。でも、だんだん自分の企画をやりたくなるんですよね。それには単行本をつくるのが近道だと。その想いを叶えるには、まず一般書の編集経験を持たなければならないと感じたので、転職活動と同時にアスキーで一般書の企画を立ち上げました」

現在では学校の参考書としても用いられる機会も多いという書籍『英語耳』。英会話に興味のあるターゲットに向けて書籍を企画、無事に数十万部のベストセラーとなった。そうして、株式会社ダイヤモンド社(以下、ダイヤモンド社)に転職した加藤氏。その後、加藤氏が携わった書籍の数々は、誰しも一度は目にするほどのベストセラー続きだ。

加藤 「『スタバではグランデを買え!』や『投資銀行青春白書』などは、どれも経済学や投資など難しいと捉えられがちな内容をわかりやすく噛み砕いた書籍です。当時はまだ少なかった、やや難しい専門的な内容を、一般向けにやさしく説明するという形式の本でした」

専門書コーナーに並んだ書籍の売れ行きと、一般書コーナーに並んだ書籍の売れ行きとは、数値的な比較をせずともどちらが上か容易に想像がつく。マーケットの大きさは、そのまま書籍が売れる可能性を示唆しているのだという。

加藤 「過去の本の販売データなどを調べてみると、ミリオンセラーになる書籍のテーマって、5つくらいしかないんです。お金・健康・家族・恋愛・青春の5つです。どのテーマも、日本人全員に関係のある、1億人規模の大きなマーケットがあるものばかりです。つまり、大きなマーケットだからこそミリオンセラーは生まれる。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』でいうと、青春、恋愛という2つのテーマがあてはまっています」

無いから作った。出版業界のシュリンクに合わせたサービスの構想

ピースオブケイク 代表取締役 加藤貞顕 起業 note キャリア

話題を現在まで戻す。加藤氏が立ち上げた「cakes」「note」などのサービスが生まれたきっかけを、加藤氏はコンテンツ産業の未来に対する懸念と出版業界のシュリンクによるものだと語る。

加藤 「長い間影響力を持ってきたマスメディアを見てみてください。たとえば、新聞やテレビは災害になるとヘリコプターを飛ばして現地の状況を押さえに行きます。それだけの収益性があるから、それだけの人やお金を投資できている。でも、将来的にWebメディアが同じようなことをする未来はくると思いますか……?出版やマスメディアが影響力を持った背景には、コンテンツを作る力もありますが、一番はコンテンツの流通を最適化できたことが大きいんです。それによって大きな収益性を持つことができた。それがいま、インターネットの普及で機能不全に陥っています」

Webコンテンツを長い目で見た場合、置かれている状況は決して恵まれたものではない。これまで世界第3位の地位を保持してきた日本のコンテンツ産業の未来も決して明るくはない。加藤氏が抱いた危機感から生まれたものこそが、ピースオブケイクの構想だ。

加藤 「出版業界はこれまでコンテンツ産業を支える根幹でした。しかし、それらがだんだんシュリンクし始めている。もっともっと根本的に解決したいと思っていて、誰かがやるのを待っていたのですが、誰もそういったサービスには手を出さなくて。それなら自分がやるかと、ピースオブケイクを立ち上げることにしました」

経営者として、出版業界を担う一人として。ピースオブケイクは“クリエイターのための街をつくる”

ピースオブケイク 代表取締役 加藤貞顕 起業 note キャリア

IT業界におけるピースオブケイクの注目度は非常に高い。それでもなお、加藤氏は「創業してから今まで、ずっとたいへんですよ」と語る。

加藤 「よく“起業して、一番たいへんだったエピソードは?”って聞かれるんですが、ずっとたいへんですよ。もちろん楽しいこともたくさんあるんですが、起業って基本的にしんどいものだと思います。でも、しょうがないですよね。僕らは『これまで世の中に無かったもの』をつくっています。いままで世の中に無かったものは、まだ誰も必要であることに気がついていないものです。でも自分たちだけは、必要性を感じて事業を続ける。それがたいへんなのは、当たり前ですよね」

毎日のように多くのコンテンツが更新され続けている「cakes」や「note」。いったい、これらのサービスが目指す先にはどのような未来があるのだろうか。

加藤 「僕たちがやっていることは、”クリエイターのための街をつくる”ような仕事だと思います。そこには彼らの居場所もあるし、マーケットもある。現在の出版業界って、ネット上のタッチポイントが分散しているんですよね。創作をする場所、集客する場所、広告をする場所、本を売る場所……と、あちこちに読者の流れが分散してしまう。でも、もしもインターネット上にクリエイターのための本拠地があるなら、そこに創作物を載せて、ファンが集まり、SNSで拡散もでき、ビジネスにもなる。その後、書籍になり、テレビになり、映画になる。これまでとは逆順の流れをエコシステムとしてつくること。それが、ピースオブケイクが挑戦していこうとしている未来です」

コンテンツ産業の未来を大きく変えているピースオブケイク。最後に、現在起業や転職を悩んでいる人に向けてメッセージを伺った。

加藤 「そうですねえ。起業は、正直、全員にはおすすめしないですよね。たいへんですから。やるかやらないか迷っている程度なら、やめたほうがいいと思います。すごくやりたい人はほっておいてもやるでしょうし。ただ、転職する場所としてのスタートアップは、自分から仕事を見つけて突き進める人にはとてもいい環境だと思います。仕事をするだけ、自分も会社も伸びるから、向いている人には楽しいですよ」

編集者として歩んだこれまでを活かしながら事業を推進する加藤氏。分野は違うようにも見えるが、じつは加藤氏が見ているのは常に出版業界の未来なのかもしれない。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:戸谷信博

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