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【年始提言】日本のスタートアップが世界で勝つために。「多様性と包摂」から始めよう

2024-01-04
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

日本のスタートアップが世界で勝つ。

起業家や投資家、行政など多くのエコシステム関係者が口にする言葉だ。

2024年も勝負の一年であることに変わりはない。だが、マクロ経済環境は依然として先行きが見通せず、ウクライナ侵攻やイスラエル情勢などが不安定さに拍車をかけている。

こうしたなか、今年を日本スタートアップにとって成長の1年とするには、何が必要か。

アメリカ・シリコンバレーに本拠を置き、日本を含めたグローバルで投資を実行するペガサス・テック・ベンチャーズのアニス・ウッザマンCEOは「日本人以外も巻き込むこと」が鍵だと指摘する。多種多様な人種や背景などを持つ人々を受け入れ、尊重する「Diversity&Inclusion(多様性と包摂)」が日本のエコシステムに足りていないと訴える。

2024年のマクロ環境の見通し、そしてグローバルに羽ばたくための提言まで。ウッザマンCEOのインタビューをお届けする。

2024年のマクロ環境 希望見えないが...新しい挑戦に心配は不要

Q.
2023年の日本のスタートアップの資金調達は、前年比で20%から30%程度の落ち込みとなる見込みです(※1)。資金調達環境の冷え込みを感じる1年となりましたが、どのような印象を持ちますか。

アニス・ウッザマンCEO:
グローバルマーケット自体が落ち込んでいますから、日本の問題ではありません。人工知能、特に生成系AIなど、分野によっては成長も見えますが、全体的としてパブリック・マーケット(公開市場)の影響がプライベート・マーケット(非公開市場。未上場スタートアップなど)に及んでいます。

アニス・ウッザマンCEO
高校卒業後、日本の文部科学省から奨学金を受け来日。日本語を学びつつ、東京工業大学工学部開発システム工学科卒業。その後オクラホマ州立大学工学部電気情報工学専攻にて修士、現在の東京都立大学工学部情報通信学科にて博士を取得。
大学卒業後はIBMおよびCadenceで、技術開発、ビジネスディベロップメント、戦略的投資を主導していた。
自身も小売業及び技術分野での起業経験もあり、2011年シリコンバレーにてベンチャーキャピタルを設立。

一番影響が大きいのは(上場を見据える)レイターラウンドです。シリーズBあたりから上場前のステージにかけて調達環境が冷え込んでいます。かたや、シリーズAやBに差し掛かるところはそこまで影響されていません。

最も影響がないのはシードラウンド(創業直後)ですね。スタートアップは大体7年のライフサイクルだからです。これからスタートするというタイミングの企業に関しては、(投資に対して)そこまで慎重になる必要はないかと思います。

グローバルと比べれば日本はまだまだ良い方です。政府もスタートアップを支援する姿勢を示しています。パブリック・マーケットが少しずつ回復してくれば、プライベート・マーケットにも良い影響があるでしょう。ただし、まだまだマーケットへの信頼は持てません。今が上場の良いタイミングかと言えばそうではなく、順番待ちの会社が多くなっています。

グローバルに目を向ければ、投資家にとってはopportunity(機会)かもしれません。シリーズBの会社ではダウンラウンド(用語解説)、つまり元々の時価総額よりも低く調達している事例がありますから、投資家にとっては入りやすい。ただしダウンラウンドをしても集められないケースもあります。この状況が長く続けば、ポテンシャルのある会社が消えていくこともあり得るでしょう。

Q.
2024年のスタートアップを取り巻くマクロ環境はどう変化していくと考えますか。

ウッザマンCEO:
世界情勢が複雑さを増しています。ウクライナ侵攻やイスラエル情勢も先行きが見通せません。グローバルな政治環境も安定しない。このような状況下ではhope(希望)が必要ですが、まだ見えてこないことを懸念しています。2024年後半くらいに良い兆しが見えることを期待しています。

一方で、生成系AIが今後10年間で世界のGDPを7%引き上げるという予測もあります。適切な分野への投資は続きます。可能性がありビジネスモデルが強いところは伸びていくと感じていますが、そうでないところは難しい。

だからといって、イノベーションやアントレプレナーシップ(起業家精神)に対する世界の情熱が下がるとは思っていません。先ほども申し上げたようにスタートアップは7年のライフスパンです。新しいことをスタートするという面において問題はないと思います。

シリコンバレーが「日本よりも韓国」になったワケ

Q.
ペガサス・テック・ベンチャーズはシリコンバレーを拠点に投資活動をなさっています。日本では、グローバルにおけるエコシステムの認知向上が課題とも言われています。ウッザマンさんはどう考えますか。

ウッザマンCEO:
国という意味では、アメリカにおける日本のプレゼンス(存在感)は高いですよね。とても大事な国で、信頼も厚い。ただしスタートアップエコシステムという意味では、アメリカにおけるステータスはそこまで高くありません。

隣の韓国と比較してみましょう。

シリコンバレーでのステータスは、韓国の方が高いと言えます。韓国の人口は日本の半分以下。にも関わらず、スタートアップ投資額は日本と遜色ないのです(※2)。それはなぜかといえば、韓国の方がグローバルの投資家に知られているから、というほかありません。

その理由は何か。韓国政府はかなり積極的にシリコンバレーのVCやスタートアップへアプローチしています。それは日本政府も同様ですが、やり方は違う。

私の元には毎年、韓国政府から連絡が来ます。彼らも英語はネイティブではありませんが、一生懸命「韓国に来て1週間見て回ってほしい」と言ってくるのです。

韓国に派遣したスタッフが帰ってくると、「面白いアイデアがあった」「A社、B社のアドバイザーになってきた」などと報告してくれます。韓国政府はこうして、シリコンバレーと繋がる機会を買っているのです。

日本の場合、(シリコンバレーの)VCやスタートアップを多く呼ぶことには、まだあまり成功していません。日本政府は声をかける時に、現地にいる日本人を経由するのです。現地のインナー・サークルにおける「強い立ち位置」を持つ日本人のVCはほとんどありません。つまり、シリコンバレーに対する日本への誘致活動がそこ(人脈の限界)で止まってしまうのです。インドや中国と比べると、対応する人間の数にも限りはあります。

日本は海外へのアプローチにおいても日本人を経由する。ダイレクトに関係を築いていかない。これが大きな問題なのです。

日本の半分以下の人口の韓国がなぜ投資を集められるか。私が肌で感じるのはDiversity&Inclusion(多様性と包摂)です。これは日本がまだ実現出来ていないポイントなのです。

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Q.
海外投資家を呼び込むことの重要性は、国内でもエコシステムの共有認識だと思います。一方で、実際には入って行きにくい状態もあるのでしょうか。

ウッザマンCEO:
Diversity&Inclusionという言葉は使われていますが、私たちアメリカの投資家は諸手を挙げて歓迎されているわけではない、と感じることもあります。私たちはDiversify(多様化させる)存在ですが、完全にInclusion(包摂)されることはなかった。ここまでの日本の活動は本当にタフでした。

私たちは日本で50社に投資し、11社のIPO実績があります。私にとっては、日本という英語が公用語ではない国で投資をして、リターンを出すことに成功する経験ができたということです。

2011年から12年ごろに日本で最初の出資先のIPOを経験しましたが、実はドキドキしていたのです。私は日本語を話しますが、(多くの海外投資家にとって)言葉もわからない国で投資をして実際にリターンを出せるかは不安なのです。色々な国の人に日本のエコシステムに触れてもらうべきです。

国を成長させるためには色々な人に入ってもらうべきです。皆、文化が違い、全ての人が100%日本文化を覚えて仕事をするわけではありませんから、日本のカルチャーに沿わないこともあります。それでも参加してもらおう、という気持ちを持って欲しいです。

Q.
かなり課題としては大きいように感じます。

ウッザマンCEO:
日本の皆さんにもこの課題を乗り越えて欲しいのです。

例えば日本では、シリコンバレーに起業家1,000人を派遣するプロジェクトが進んでいます。成功の秘訣は1つしかありません。日本人以外の投資関係者も巻き込むことです。

1,000人がアメリカに行って成功したいならば、私たちのような現地VCのサポートが必要です。例えば派遣された起業家のうち10社を私が担当するならば、Google Venturesに紹介しよう、Kleiner Perkinsと、a16z(※3)と…と次々に繋ぐことができます。現地VCを仲間に入れないといけないのです。それこそ、日本が本当にグローバルで輝くための大きなステップです。

ここに気づいているスタートアップもあります。投資先のMujinはその一つです。彼らは直接シリコンバレーに来て、私に「海外投資家を組み込んでファンドレイズをしたい」と言ってきます。私はシリコンバレーで20社以上を引き合わせました。このopportunityが重要で、「どうすればグローバルで成長できるか」が見えてくる。これをやってくれるパートナーが必要なのです。

グローバルな体制できなければユニコーンは生まれない

Q.
Mujinは産業用ロボットコントローラを開発するスタートアップです。投資の意思決定のポイントはユニークな技術力にあるものと見ていましたが、海外に向かっていく姿勢も大きいのですか。

ウッザマンCEO:
Mujinに投資した大きな理由の一つがDiversityです。

エンジニアは多国籍ですし、CEOは日本人で、共同創業者はアメリカ人、そして創業から3人目のメンバーは中国人です。滝野一征・CEOにはよく冗談で「将来は国連の事務総長ですね」と言っています。滝野さんはメンバーの声を直接聞かせてくれるんです。「これが私たちのチーム。好きだったら投資してください。好きでなかったらいいです。これが私たちだから、変えられない」と。

私たちはMujinの直近のラウンドで35億円を出資し、ペガサス・テック・ベンチャーズのパートナーであるビル・ライカートが取締役に入りました。彼は著名なシリコンバレーのVCでもあり、Mujinの世界展開を支援していく予定です。

こうしたグローバルな体制を作らなければ、ユニコーン(※4)は生まれません。少子高齢化の影響で日本の市場規模は縮小しています。時価総額数百億の会社は生まれても、1,000億円を超えるには十分な人口ではない。グローバルにプロダクトを売っていく必要があります。Mujinは全世界を見据えていて、アグレッシブで、技術力でも勝負できる。彼らはベースがすごく強い会社です。伸びると思います。

Q.
マクロ環境から多様性をめぐる課題まで、複数の論点がありました。2024年の初めに、日本の読者にはどんなことを伝えたいですか。

ウッザマンCEO:
私は日本で勉強していました。東京工業大学を卒業しています。その経験もあり一つ言えることは、日本の技術は強い。日本の持っているポテンシャルは高く、コンテンツも強い。日本のスタートアップはグローバルで勝てるはずです。

日本の強さを世界にアピールするのが2024年です。グローバルに訴えるべきなのです。日本の起業家は自信を持ち、自分たちのテクノロジーを世界に伝えてほしい。そういう1年にして欲しいです。方法はいろいろあるはずですよ。

※1...スタートアップの資金調達環境、冷え込み続く。2023年7月〜9月は前年比-23%の2,228億円【資金調達速報】
※2...韓国の投資額については松田侑奈「韓国の上半期ベンチャー投資額、40%減―金利上昇、景気鈍化が響く」(Sicence Portal Korea 2023年8月30日)を参考とした
※3...Google Ventures、Kleiner Perkins(クライナー・パーキンス)、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)。いずれもアメリカの著名なVC
※4...この場合、時価総額10億ドル以上の未上場企業

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