企業の組織的な不正がニュースを賑わせる。中古車販売大手をめぐる保険金の不正請求問題は損害保険会社にまで影響が及んだ。国の認証取得に関する不正が発覚し、自動車メーカーでは出荷停止が相次いだ。
こうした大々的に報じられる事案は氷山の一角に過ぎない。上場企業のうち直近3年間で「不正が発生した」と答えたのは24%(※)。多くのビジネスパーソンにとって無縁な存在ではない。
一般的に不正が発覚した企業では、真面目に働いていた従業員にしわ寄せがいってしまう構造がある。「事後対応にあたるのは不正を働いた本人ではなく、手を染めていない従業員たち」と指摘するのは、PwCアドバイザリーなどで不正調査や当局対応などにあたってきた経験を持つ長谷島良治さんだ。
長谷島さんは2023年に独立し、スタートアップ企業・NaLaLysを立ち上げた。メールや社内チャットなどを解析することで不正の芽を摘み取る、異色のサービスを展開する。
想像してみてほしい。自分が働く会社で何らかの不正が発覚した。
自身は全く関わっていなかったし、そもそも不正が起きているなんて知りもしなかった。
だが、不正が見つかってから日常が変わった。官公庁や外部調査委員会の求めに応じて資料を探し、提出する。ヒアリングに呼ばれ、業務が停滞する。株主からの風当たりは強まる一方。知り合いからは「問題が起きた会社の人」と冷たい目で見られている気がする。
「事後対応にあたるのは不正を働いた本人ではなく、手を染めていない従業員たちです」と長谷島さんは話す。
対応による負荷の増大だけではない。「これが業界の慣習」などと教え込まれた手法が実は違法で、ある日突然、不正の当事者になってしまうことだってあり得る。
調査の現場で長谷島さんが見てきたのは、こうした「巻き込まれる不幸」だ。これを無くすことはできないか、考える日々が続いた。
ヒントになったのは日々、膨大な情報がやり取りされるメールや社内チャットだった。長谷島さんによると、メールなどに不正の痕跡が残されている事案は少なくない。従来の調査では不正が起きた「後」にメールなどを洗うが、予兆の段階で把握し、芽を摘むことができれば…。
長谷島さんは、文章解析に秀でたAI・LLM(大規模言語モデル/解説記事)の急速な進化に着目した。「AIを上手く使えば、不正が疑われる会話を検知できるはずだ」。2023年にNaLaLysを立ち上げた。
NaLaLysはメールや社内チャットの内容を解析し、不正リスクの疑われる会話を検知する。ただ単純にAIを使って「改ざん」などのワードを拾い上げるわけではない。長谷島さんが不正調査に携わるなかで得た経験が盛り込まれている。
「私は調査の一環として不正行為に繋がったメールを大量に見てきましたが、言い回しや仕草など共通する特徴があるのです。こうした人間らしいノウハウとAIを組み合わせて不正を検知するのがNaLaLysの強みです」
例として長谷島さんが見せてくれたのが、贈収賄に繋がりかねない架空のメールだ。取引先の趣味の話題に触れた上で、使われる道具について「メーカーや品番をご教示くだされば、早々にお届けさせていただきます」と呼びかける。そして、以下のような文言が続く。
「ご連絡は下名の個人携帯のアドレスへお願いいたします。ご配慮のほど、宜しくお願いいたします。ご配慮頂けましたら、コンサルティング料か寄付として、費用の一部を負担させて頂きます」
「恐れ入りますが、本メールは削除ください」
第三者が見ればすぐに怪しさに気づく文面だ。だがメールやチャットでやり取りされる情報量は膨大で、人の目によるチェックは追いつかない。AIだけで検知しようと思っても、一つ一つの単語は「メーカー」「品番」「ご配慮」などと無難なもので、解析をかいくぐる可能性もある。
長谷島さんによると、NaLalysはこうしたメールも監視の目から漏らさないという。
NaLalysは粉飾決算、会計不正、贈収賄やカルテルなどのほか、パワーハラスメントの検知にも対応する。例えば、失注(受注の機会を逃すこと)した営業マンを「よく入社できたな。採用担当にコネでもあったか?」と叱責するメールも見逃さず、社内のコンプライアンス関連部署などが把握できる状況にする。
「不正が起きる原因は大きく分けて2つあります。1つは個人の利得、もう1つは会社のためです。『売上必達』などのプレッシャーが強まった結果、金銭や物品を渡したり、過剰接待に走ったりすることも考えられます。数字を改ざんしてしまえば会計不正にあたります。つまり、ハラスメントは不正が起きる要因の一つと言えます」
NaLaLysの特徴は小さな予兆を見つけ出すことにある。「いきなり大規模な不正が起きるわけではありません。小さな不正行為が積み重なり、時として経営を揺るがしかねない事案になっていきます」と長谷島さん。人間の身体と同じく、早めの検査と対処を徹底してほしいと呼びかける。
プロダクトのローンチは2023年10月。創業者の長谷島さん自らが唯一の営業パーソンとして見込み顧客の元へ奔走する日々を送る。24年1月の取材時点で正式な導入事例はまだない。すでに試験導入は始まっていて、契約に繋げていきたいと意気込む。
「不正予防のプロダクトですから、売上を向上させるものではない。必要性は分かってくださいますが、先(導入)に進んでいくのは簡単ではありません」と課題も感じている。ターゲットユーザーである企業の法務部や監査部に接触するのも簡単ではない。それでも、新しいサービスを作っているという自覚が長谷島さんの背中を押す。
「(大変なのは)元々、理解していたことです。マーケットを取りにいくのではなく、作っていく。そこが面白いところでもありますし、必ず市場は広がると信じています」
不正調査の現場から生まれたプロダクトは、「巻き込まれる不幸をなくす」という理念を色濃く反映する。「将来的には、不正の起こりにくさや従業員の働きやすさを診断する役割を担う会社にしたい。グローバル展開も見据えています」とその視座は高い。日々の営業努力も、資金調達活動も重荷ではない。
「リソースも潤沢にあるわけではありませんから。やれることは全部やる。そういうものだと思っています」。泥臭さが笑顔に滲む。
※KPMG FAS「日本企業の不正に関する実態調査」(2022年9月)
https://assets.kpmg.com/content/dam/kpmg/jp/pdf/2022/jp-fas-fraud-survey.pdf