「...しんどいですよね。理想から乖離して目標にも届かないことだってある」。
木を伐採することなく、生産過程で動物を傷つけることもない。しかも機能性にも優れる。そんなアパレルブランドを展開するスタートアップがカポックジャパンだ。2019年のブランド立ち上げから注目度は高く、すでにおよそ5万着が売れた。社会課題の解決に挑むスタートアップを官民一体で支援する「J-Startup Impact」にも選出された。
だが、深井喜翔(きしょう)CEOに浮かれた様子はまるでない。
サステナビリティへの貢献は完璧ではないという意識、理想とビジネスの両立を追い求めるがゆえのすれ違い...。1時間弱のインタビューで深井さんが口にしたのは、社会起業家としての等身大の悩みだ。
それでも深井さんは前を向く。社会課題への高い意識を持ちながら、エシカル・サステナブルな消費行動に加われない人にも寄り添っていく。そんな答えを信じながら、事業を進めている。
カポックジャパンは社名にもある「カポック」を活用したアパレルブランドを展開する。カポックは東南アジアなどに分布する植物で、木の実から綿を採取できる。コットンの8分の1程度の軽さで、湿気を吸って暖かくなる性質をもつ。
木の実であるため植物を伐採する必要もなく、一般的なダウンの素材である水鳥の羽を剥ぐこともない。「地球に優しく、軽くて暖かいコートが作れる。アパレル業界の大量生産・大量廃棄モデルを変えていく」と深井さんは説明する。
深井さんは1947年創業の老舗アパレルメーカーの4代目。元々「世界2位の汚染産業」と言われるアパレル業界に課題意識を抱いていた。大学卒業後に入社した繊維メーカーで資格取得のための勉強をしていた時、参考書の隅に載っていたカポックに目が吸い込まれた。繊維が短く軽いため糸として使うのが難しいとされていたが、シート状に加工して中綿に使用するという発想の転換で商品化に漕ぎ着けた。
2019年に立ち上げた「KAPOK KNOT」は出だしから好調だった。
クラウドファンディングで購入者を募ったところ、目標金額50万円に対し1,700万円を超える金額が集まった。「サステナブル」「エシカル」の潮流に乗りメディアからは次々と取材依頼が届き、俳優の二階堂ふみさんとのコラボレーションも実現。この4年間ですでに5万着が売れているという。
一人の人間が買う衣服の量は大きく変化しない。そのため「KAPOK KNOT」が売れるほど既存の商品が代替され、その分環境負荷などが減っていくことになる。売上アップが社会課題解決につながっていくビジネスモデルを築き上げていると言えそうだ。
「それは大前提です」と深井さん。ただその表情は晴れない。言葉を続けた。
「本音では分からない部分もあるんです。どんな事業にも社会性があると学生時代に言われたことがあります。例えば、大量生産型のビジネスも東南アジアの雇用を生んでいるのではないか、とか...。『自分たちだけに社会性がある』というポジションは違うと思っています」
「自分たちが全部できている、というスタンスでは全くありません。まだまだ始まりたて。だから『今の時点でこういう貢献はできています』と説明をしていますが、絶対的な善だとは思っていられない難しさもあります」
自分たちはまだ完璧ではない。だから、達成した貢献や残された課題を客観的な数字とともにオープンにする。そのために作成したのが「アニュアルレポート」だ。
レポートには、カポックの木が削減したCO2(二酸化炭素)量やカポック農園の従業員に支払われている給与、それにアパレル購入者のサステナブルに対する意識の変化など12の項目が盛り込まれている。
ただの活動記録ではない。農園のあるインドネシアの研究機関と提携しアンケートを実施するなど、作成には費用と時間を要した。「自分たちの次のステップが見える化できた」と深井さんも手応えを感じている。
だが、レポートをめぐって一部の社員と意見がすれ違うこともあった。
レポート作成自体には誰もが前向きだった。だが実際に作ってみるとその負担は小さくない。それでも深井さんは、売上などの事業目標の達成も同じく重要だと考え、社員たちに伝えた。
「事業面で結果を出す前提でレポート作成にも投資する判断をしました。ただ、社会課題解決という面では意識が揃っていても、市場を創り出すという難題にどう取り組むか、という目線を揃えるのは簡単ではありませんでした」
同じ理想を共有する社員が集まって生まれた組織。だが、事業会社としての成長というミッションもある。社会課題解決と事業成長の両立は難度が高いとされる。だからと言って利益が少なくても良いという道理は「当然ない」と深井さん。仲間と目線を同じくすることの重要性を実感している。
「理想と現実の間でどう足掻くか。理想だけでもダメだし、現実だけだと目線が下がります。どの社会起業家も絶対に理想と現実の間にいて、悩みながら立ち向かっている。しんどいですよね。理想から乖離して目標にも届かないことだってある。しんどい時に、肩を組み立ち向かえるメンバーがいることが一番大事です」
深井さんは今後もアニュアルレポートの作成を続けていくつもりだ。事業成長を同時に追いかける方針も変えるつもりはない。
「ソーシャル(社会性)に逃げない」
社会課題解決型スタートアップだからこそ、深井さんはこの言葉を大切にしている。
KAPOK KNOTは環境保全に繋がるだけでなく、生産過程で動物を傷つけない「クルエルティフリー」なブランドでもある。倫理的な正しさを重視するエシカル消費という言葉の広がりは追い風にも見えるが、深井さんはあくまでも機能性やデザインを追い求める。
「モノが良くないとダメ、という絶対的な価値観があります。いかに崇高な理念があろうと、ちゃんと製品を作ってお客様にお届けして、競合ブランドよりも良いと思ってもらわないと長く続かない。『エシカル消費が高まっているから売れるようになる』という希望的観測では突き進めないのです」
起業するほど社会課題に高い意識を持つ深井さんだが、自身を振り返ると必ずしもエシカル消費を徹底しているわけではない。発展途上国発のブランドを生み出す企業への憧れを口にした上で、こう続ける。
「僕自身、大好きなブランドの財布や小物は買いますが(比較的高価な)バッグまでは持っていません。つまり、僕という顧客のLTV(顧客生涯価値)はかなり低いのです。もちろん、熱狂してくれるファンと一緒にブランドを育てていきたい。でもそれだけでは成り立たない前提がある。だから突き抜けたモノを作りたいです」
深井さんの戦略を数字も裏付ける。アニュアルレポートによると、KAPOK KNOTの購入理由は「機能の良さ」が80.9%とトップだ。「サステナブルな取り組みに共感」も61.8%と2番目に高いが、20ポイント近い差をつける。
社会課題への高い意識を持ちながら、エシカル・サステナブルな消費行動に加われない人の気持ちも分かる。深井さんは、両者の中間に立つ「通訳」であることが自身の強みであり、KAPOK KNOTの進むべき道だと信じている。
「サステナブルの参加コストは基本的に高く、そのままでは持続しない。誰もが取り入れたくなるサステナの選択肢を作るべきなんです。機能的に劣らず、値段も高くない。実はそれがサステナブルに繋がっていた、というのが理想のストーリー。マジョリティ(多数派)にも選択肢を提供できるはずです」
社会性と真摯に向き合うからこそ生まれた、理想とビジネスの軋轢。外からは躍進しているようにも見えるが、実際は「全然です」と言い切る。辛いこともある。それでも深井さんは前を向き続ける。
「追い込まれてしんどくなったり、病気になったりしないように。僕自身も気をつけないといけません。でも…スタートアップをやっていて、これまでの社会人生活で一番生きている感じがあるんです。しんどいけど、生きてるなって。楽しい人にもたくさん出会えますしね」
取材の終わりぎわ、深井さんはやっと笑った。