スタートアップインサイト

「SVB破綻の影響」と「次の成長領域」は。投資家が明かす“2023年のスタートアップ” ジャフコグループ・坂祐太郎パートナー

2023-05-10
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

資金調達のハードルが上がっている--。

STARTUP DB MAGAZINEの取材に応じた経営者らの多くが口を揃える。

発端はアメリカを中心とする世界の中央銀行の利上げだ。その副作用として、2023年3月10日には現地のスタートアップを支え続けてきたシリコンバレー銀行(SVB)が破綻。動揺が広がった。

こうした環境を投資家はどう見ているか。日本に現存するVC(ベンチャーキャピタル)のうち最も長い歴史を持つジャフコ グループ坂祐太郎・パートナーは、環境の変化を実感しつつも「悲観的に捉えているわけではない。地力が試されている」と指摘する。経済価値を測る指標の変化に伴ってこれまでにないビジネスの種が生まれるなど、明るい予兆もあると話す。スタートアップを取り巻く環境の今と、求められる視点について聞いた。

シリコンバレーバンク(SVB) 破綻の原因と影響は

資金調達環境に変調が起きたきっかけは新型コロナウイルスの感染拡大だ。景気対策として実施された大規模な金融緩和の恩恵を受け、スタートアップにも潤沢な投資マネーが流れ込んだ。だがアフターコロナに突入し、インフレ退治などを名目に引き締めが始まると状況は一変。アメリカでは上場テック株が大きく株価を下げ、日本にも波及した。

「アメリカのテック株のマルチプルが下がったことで、日本のマーケットも引きずられました」と坂さん。マルチプルとは、企業価値を算出するために売上高などにかける倍率を指す。

「例えばSaaS(クラウド上で提供されるソフトウェアサービス)のマルチプルは、PSR(売上高倍率)でいえば10倍から15倍だったのが、今は5倍前後です。すると、上場企業を目安にしている未上場のスタートアップの評価額(バリュエーション)にも調整が入ります」

上場に近いスタートアップが資金調達をしようとする場合、評価額算定の基準の一つとして、上場済みの類似企業の株価が参照される。そのマルチプルが下がっているため、未上場企業の評価額もつられて低めになる。

利上げの副作用が日本でも大きく報じられたのは3月。アメリカ・シリコンバレーバンク(SVB)が経営破綻に陥った。現地のスタートアップの多くが口座を持ち、融資を受けるなどしていただけに衝撃が広がった。

破綻の構造はこうだ。利上げの影響で、SVBに口座を構えるスタートアップの資金調達が困難になり、預金を切り崩す動きが加速。そこに経営戦略の失策も重なった。SVBは集めた預金を国債などの債権として運用していたが、金利が上がれば価格は下がる。足元の資金確保のために含み損を抱えた債権を売却することになり、経営の不安定性が露呈された。これを受け、SNSを中心に不安を煽る言説が拡大。ネットを起点とした「バンクラン(取り付け騒ぎ)」となり、預金の大部分が流出してしまった。

SVBについては、アメリカの金融当局が預金の全額を保護する方針を打ち出したことで、騒動はひと段落したとされる。坂さんも日本では「顕在化している影響は今のところ出ていない」と見る。一方で「アメリカのスタートアップにとって中枢的な機能を担っていた金融機関。現地の資金調達環境が影響を受ければ日本にも連鎖しかねない」と注視している。

アメリカの銀行破綻はその後、シグネチャーバンク、ファースト・リパブリック・バンクの2行にも波及している。

投資先とは「予実管理」徹底 成長投資の機会狙う

アメリカの景況感が改善する見通しは立てづらい。その影響を一定程度受ける日本のスタートアップにとっても楽観視できない市況は続きそうだ。活況だった21年までと比較して、国内の調達環境を「冬の時代」とする向きもある。

これに対し坂さんは「きちんと業績を出せば投資家も確実に評価してくれる環境です」と指摘する。

「全部の銘柄が評価されていないのかと言えば、そうではありません。売上や利益を伸ばしている企業は引き続き相応の評価を受けています。(今の環境は)続きますが、悲観的に捉えるわけではなく、本質的なファンダメンタル(業績や財務状況)を積み上げることが大事。地力が試されていると思っています」

環境の変化に適応するために、坂さんは投資先のスタートアップとの間で「生産性」をめぐる会話を増やしているという。

「ゲームが変わったんだ、という話はしています。(これまでは)投資して売上を伸ばすのが最優先ということもありました。もちろん売上は伸ばさなければいけませんが、同時に生産性も見なくてはなりません。売上高成長に見合った投資ができているかちゃんと検証しよう、と経営者とはよく話しています」

投資先と実践しているのが、予算上の数字と実績を比較して事業の進捗を評価する「予実管理シート」の作成だ。

「いかにリアルタイムに経営指標を把握するかが重要です。全員が同じ数字を見て議論を始めることにも意味があります。今のコストはいくらで、キャッシュはどれだけ残っているのかなど、最初は必ずそこから始めています」

地道な取り組みは効果を発揮しつつある。次の資金調達を実現するために達成すべき業績など、数字をベースにした議論が進む。「かなり喧々諤々と話しています。この1年間で、自分の投資先はかなり精緻になってきました」と坂さんは感じている。

とはいえ、一般的にスタートアップは加速度的な成長を志向するもの。時には赤字を厭わない先行投資も求められる。坂さんは限られた成長資金の配分が重要だと話す。

「コストを絞ったスタートアップも多いと思いますが、逆張りの発想で言えば投資のチャンスでもあります。他の会社が投資しない局面はチャレンジするのに良いタイミングです。ファイナンスが少し厳しい環境下で、いかに本質的な投資をしていくのか。議論のフェーズはそこに移っていると思います」

〝課題そのもの〟が変わる時代 「極めて面白い」

資金調達環境が冷え込むなかでも、前向きな予兆はある。坂さんは、ビジネスの価値を測る「新しいモノサシ」が生まれ、新たな成長領域になっていくと見ている。

「経済価値の新しい指標が出てきました。例えば投資先のゼロボードは二酸化炭素の排出量を可視化するSaaSです。数年前までは二酸化炭素の量を計測することに価値を見出す人は少なかったと思いますが、今は変わりました。次は何か。サプライチェーンにおける人権や生物多様性の観点を計測する価値指標が出るのではないでしょうか」

かつてはCSR(企業の社会的責任)活動の一環と捉えられることもあった脱炭素も、今や多くの企業が経営課題と位置付ける。これと同じように、強制労働や搾取、児童労働などを排除する人権保障も無視できない存在になっていくという。

実際、企業が対応に追われるケースも出てきている。

例えば、安全保障の世界で名前が知られるオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)は2020年に発表した報告書で、日本を含むグローバル企業80社以上の社名を挙げ、サプライチェーン上でウイグル族ら中国の少数民族が強制労働などに従事させられていたと告発している。これを受け、国際人権団体が企業に対するアンケート調査を実施し、その結果を記者会見で公表するなどした。

日本でも、国際社会の潮流に適応しようとする動きがある。政府は2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表。サプライチェーン上の人権侵害などの特定や予防、それに対処などを含めた「人権デューデリジェンス」を促進する姿勢を示した。

加えて、内閣官房は4月3日に示した方針で、公共事業などの政府調達の入札に参加する企業に対して、人権尊重の取り組みを求める方針を打ち出した。

「サプライチェーンの正常化は、何も二酸化炭素に限ったことではありません。働く人の人権が守られているのかなども問われてくる。大企業を中心に(対応の)準備を始めているのをひしひしと感じています。(人権保障は)今はコンサルティングが中心だと思いますが、国際社会を中心に基準が固まってくると、プロダクトやスタートアップの出番になってくるのではないでしょうか」

「何の課題を解決するか、がビジネスならば、課題そのものが目まぐるしく変わっている」と坂さん。これまでは「より早く、より安く」などが付加価値と捉えられてきたが、別の評価軸が生まれているとみる。課題を解決する方法もまた、高性能AIの普及などで変わっていく。「極めて面白い時代に入っていると思います」。

こうしたビジネスの種を育てる起業家や投資家、それに政策の支援などは厚みを増している。坂さんはこの10年でスタートアップは「強固な文化になってきた」と指摘する。

「転職先としても選択肢に入ってきたし、創業融資の仕組みも整うなど起業のコストも下がってきています。政府は支援策を打ち出し、オープンイノベーションに取り組む大企業も増えました。大企業も、起業家も、VCも、政府も、目線は(以前と)全然違います。『冬の時代』と言われるようになって全員が退場したかといえば、そんなことはありません」

資金調達をめぐる環境は冷え込んだ。しかし高い評価を受けるスタートアップは引き続き出現し、これまでになかったビジネスの種も生まれてくる。環境の変化と向き合いつつも、悲観的には捉えない。スタートアップを取り巻く環境は、一概に冬の時代とも言い切れない。「成熟期と言えるのではないでしょうか」と締めくくった。

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