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民間初の月着陸に挑む「ispace」を徹底分析。“HAKUTO-R”計画とは?数十億円の赤字、黒字化の見通しは【上場スタートアップ分析】

2023-04-24
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

1961年4月12日、宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンの搭乗するソ連(当時)のボストーク1号が打ち上げられた。史上初の有人宇宙飛行。人類が宇宙への扉を開いた歴史的な一日だ。

あれから62年が経った同じ日、宇宙スタートアップの「ispace」(東京中央区)が東証グロース市場に上場を果たした。袴田武史・CEOは上場会見で「計画して合わせたわけではない。巡り合わせのような幸運だと思っている」と白い歯を覗かせた。

「宇宙に人間の生活圏を築く」。壮大なビジョンを掲げるispaceは、民間企業としては世界初の月着陸に挑む真っ只中に上場した。一方で財務状況に目を向けると、2022年3月期には40億円を超える赤字を抱え、22年12月末時点では5億円を超える債務超過に陥った。また、公開価格ベースの時価総額が上場前の評価額から8割ほど落ち込む「ダウンラウンド」のIPOともなった。

会見場を報道陣で埋め尽くしたispaceの上場。公開資料と会見の取材から、前例なき宇宙スタートアップを分析する。

【UPDATE:2023/04/26】月面着陸の結果について追記しました。

袴田武史・CEO(右)と野崎順平・CFO(左)

月を目指す理由 「水資源」の存在がカギ

4月12日はispaceにとって激動の1日だった。月着陸船(ランダー)の月面着陸の具体的な予定日を明かし、東証グロース市場にも上場した。公開価格は254円で、初日は買い気配が先行し、初値(1,000円)がついたのは翌日だった。

ispaceは民間企業としては世界初となる月面着陸を目指している。月面探査プログラムの「HAKUTO-R」の「ミッション1」に位置付けられるもので、独自開発した月着陸船を2022年12月にアメリカ・スペースXのロケットで宇宙に打ち上げた。

月着陸船は、月面への着陸や、着陸後の通信・電力供給の安定状態の確立などを含む10のマイルストーンの達成に挑む。上場時点では「月重力圏への到達・月周回軌道への到達」である7つ目の関門(サクセス7)までをクリア。2日後の14日には着陸準備にあたる「サクセス8」を完了したと発表した。次の目標はいよいよ着陸。最短の着陸実行は、日本時間の2023年4月26日午前1時40分だ。

月着陸を目指す「ミッション1」のマイルストーン ⓒispace

2024年には「HAKUTO-R」の「ミッション2」を実行する方針。こちらは、月面に小型探査車(ローバー)を輸送し走行させ、月面のデータを収集するとともに本格的な資源探査を始める。

ispaceはなぜ月を目指すのか。その鍵となるのが、月に存在すると指摘されている水資源だ。水は酸素と水素に分解することでロケットの燃料源として使用できる。すると、例えば火星などに向かう際に月を燃料補給地として活用できる。さらに重力が地球と比べて1/6の月では、理論上はロケットの打ち上げコストも低くなる。月が宇宙開発に欠かせない存在になる可能性があるのだ。

ispaceは、水資源の活用を中心に月面でのインフラ構築が進み「2040年代までに1,000人が月面に居住し年間10,000人が月を訪れる世界」を構想している。

月面探査プログラム進む どうやって稼ぐ?

月面探査プログラムを進めるispaceは、どのようにして利益を出そうとしているのか。

中核となるのが、顧客から預かった荷物(ペイロード)を月まで輸送する「ペイロードサービス」だ。打ち上げ中の「ミッション1」の着陸船にもカメラや固体電池など、7つのペイロードを積載している。価格は1キロあたり150万ドルで、打ち上げの2年ほど前に契約し段階的に売上を計上する設計になっている。ミッション1・2ともに販売可能な重量は既に契約済みだという。

今後、収益を上げたいとするのがデータサービスだ。ispaceが開発したデータ計測機器やカメラなどを月へ運び、取得したデータを顧客に販売する。新規上場に伴い提出された有価証券報告書によると、現時点では宇宙空間や月面風景の画像・映像、それに資源分布・土壌・気温・放射線などの環境情報といったデータの販売を想定しているという。

月からの高度約2,000km地点でispaceのカメラが捉えた画像。月の東縁辺りだという ⓒispace

加えて、将来的には「月のデータベース」をクラウド上に構築し顧客に提供する事業を予定する。データにアクセスすることにより、月面活動や試験などを簡易的にシミュレーションすることなどが可能になるとみられている。こちらは、定額料金を課金するサブスク型のサービスだ。

このほか、民間企業とのパートナーシップ契約などからも収入を得ている。

大幅「ダウンラウンド」上場 CFOが語った理由

一方で財務状況に目を向けると、研究開発投資が先行しているため大幅な赤字が続いている。

2022年3月期は売上高6億7,400万円に対し、経常損失は40億3,900万円となっている。その後赤字幅は拡大し、2023年3月期の累計期間(2022年4月1日~12月31日)で97億1,700万円となっている。50億円を超えるミッション1の打ち上げ費用が研究開発費として計上されていることに加え、従業員の積極的な増員も響いている。この結果、22年12月末時点で5億5,450万円の債務超過となっている。なお、債務超過状態は上場に伴う資金調達により解消されることになる。

上場会見では、財務状況に関する質問が多く上がった。まず黒字化の見通しについて聞かれると、野崎順平・CFOは「開発負担は続くため、当面赤字状態は続く」と話した。

黒字化のキーとして挙げたのが2025年から予定している「ミッション3」だ。ミッション1・2で使われる着陸船は最大30キロまでの荷物を運べるが、3から使用される着陸船は500キロまで運搬可能な設計。月に荷物を運ぶ事業は重量に比例して課金する設計のため、野崎CFOは「本格的に事業収益を目指すモデルになる。数年後には頑張って黒字化をしていきたい」と見通しを語った。ミッション3では既に5,500万ドルの契約が決まっていて、野崎CFOは「1億ドル以上の売上を作っていきたい」と目標を示した。

また、今回の調達分を合わせても「2年弱でランウェイ(手元資金)が尽きてしまうのでは」という質問に対して、野崎CFOは「宇宙開発をしているため使う資金は確かに大きい。一方で売上によるキャッシュインも非常に大きなものが期待できる。政府機関だけでなく民間企業の顧客も多く、キャッシュを生み出せるため、自分たちの事業を継続させていくことができる」と応じた。

実際、ispaceは2024年3月期の業績予想で、売上高が23年3月期(予想)の6倍以上となる61億9,600万円まで伸びると見込んでいる。これはミッション1が完了により計上される売上や、後続のミッション2・3が進捗することなどによる売上高の54億7,500万円を織り込んでいる。これにより、経常損失は78億8,500万円となる見込みだ。

今回の上場で、話題になったのは公開価格だ。1株あたり254円という価格で、上場前の最後の資金調達時から8割近い「ダウンラウンド」となる。IPO市場の冷え込みは以前から指摘されていて、STARTUP DBの集計では、2022年にIPOしたスタートアップの少なくとも3割以上がダウンラウンドだったことが分かっている。

野崎CFOは市況について「エクイティマーケットは確かにベストな状態ではない。我々も直近2021年の最後のプライベートラウンド(資金調達)から、ダウンラウンドで(公開市場へ)出ていくことと理解していた」と明かした。

それでも上場を決断した理由については「市場環境がベストな時にやるのがもちろん良いが、現在見通しが難しいなかにおいては、調達可能な時に(上場)するのは非常に重要な戦略だ。なるべく早期の資金調達をしっかりしていくということでこのタイミングとなった」と説明した。

民間企業初の月面着陸へ 「十分可能性ある」袴田CEO

上場を果たしたispaceにとっては、最短で4月26日となる月面着陸ミッションが最初の難関となる。

上場会見で袴田CEOは見通しについて「その時結果を見ないと最終的には分からない」としつつも「今まで最大限ベストを尽くしてきた。水面化のトラブルもしっかり克服しながら(マイルストーンを)実現してきている。エンジニアがしっかりと運用してくれるものと考えている」と自信を見せた。機器類などのハードウェアが正常に動作していることも強調した。

一方で、100%の成功が保証されているわけでもない。ispaceはミッション未達成の場合に備えて、三井住友海上火災保険との間で「月保険」と呼ばれる契約を結んでいる。これは、月着陸船が月面に着陸し、通信機能が正常に作動し地球との間でデータ送受信が成り立つまでの間を保険責任期間としていて、損害が発生した場合に保険金が支払われる仕組みだ。

袴田CEOは具体的な金額などについては「非開示とさせて頂きたい」と明かさなかったが、「月の事業が発展するうえで不可欠な要素だ」と指摘。今後予定されているミッション2以降でも保険の活用を検討していく方針を示した。

ほかにも、財務上のリスクについてispaceは有価証券報告書で「仮に契約後に問題が発生しミッション継続に支障が起きた場合にも、当社側に契約不履行に繋がる程の重大な瑕疵(マテリアル・ブリーチ)が生じない限り、原則として当社から顧客への返金が生じない契約体系」だと説明している。

さらに、袴田CEOは、今回着陸に失敗したとしてもミッション2以降の予定に変更はないと強調。「失敗の内容によって変わることはあるかもしれないが、(会見時点で)サクセス7まで成功していて、ハードウェアに問題はないと考えられる。ハードウェアに問題があれば設計変更などが必要になるが、そういったことはないと想定している」と説明した。

失敗した場合への備えもしつつ、「十分、着陸できる可能性がある」と袴田CEO。「実現すれば、月面に事業が展開されることにより多くの人が一層リアリティを感じられる。成功したらしっかりと流れを掴んで事業を拡大していきたい」と力を込めた。

月着陸に挑むのは最短で日本時間の4月26日午前1時40分。運用状況によって着陸地点が変わる可能性もあり、その場合は日程も4月26日夜、5月1日、5月3日のいずれかに変更される予定だ。

着陸は失敗 袴田CEO「知見を学びを活かす」

ispaceは26日未明、月面着陸に挑んだが、予定時刻を過ぎても着陸を示すデータの確認に至らなかった。その後ispaceは月面着陸について「完了が困難と判断した」と発表した。月面への降下速度が急速に上昇したことが分かっていて、月表面に「ハードランディング」した可能性が高いという。袴田武史・CEOは発表のなかで「着陸フェーズまで実行できたことで多くのデータと経験を獲得でき、このミッションの意義を十分に達成した」と強調。「重要なのは、この知見と学びをミッション2以降にしっかりとフィードバックし、この経験を活かすことだ」とコメントした。

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