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営業が大嫌い...だから、最高の体験に変えてみせる。「自信も課題も1,000%」 インフォボックス・平沼海統代表取締役CEO

2024-03-08
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

「営業嫌いです。本当に嫌いです」

平沼海統(かいと)さんはキッパリと言い切る。営業現場の課題解決を目指すスタートアップ・インフォボックスの代表取締役CEOである。

「営業に向き合っている会社のトップが言うのもどうかと思いますが。営業嫌いなんです。嫌いです」

また繰り返した。

平沼さんは中学卒業後、16歳で社会に出た。20歳で営業畑に足を踏み入れ、コールセンターの運営や営業代行などを手がけてきた。

営業に関わるなかで、ふと気づいたことがある。

「非効率な営業は、買い手にも売り手にも不幸をもたらしている」。

今、スタートアップの経営者として新しいプロダクトを世に送り出した。嫌いだった営業を消し去り、好きに変えるために。

インフォボックスの平沼海統・代表取締役CEO

コールセンターで開いた営業の扉 「トークはメロディ」

始まりは2018年4月のこと。たまたま社内で聞いた話がきっかけだった。

所属している会社が新規事業でコールセンターを始めるらしい。自ら見込み客に電話をかけ、契約を獲得するアウトバウンド形式。平沼さんはそれまで、営業がどういうものかを知らなかった。絶好の機会だと思い、社長に直訴して参加した。

受け持った商材は通信回線とウォーターサーバー。コールセンターのシステムは自動で一般家庭に電話をかけ続ける。1日数百件の電話をかけて必死に売り込んだが、初月の成約はゼロ件だった。目標未達どころか成果ゼロ。しかも自分だけ。プレッシャーが平沼さんに押し寄せた。なんとかしなくては。

成績トップの営業マンのトークを録音し、喋っている内容を全てノートに書き出した。目指すは完全なるコピーだ。ある日、気づきを得た。

「トークはメロディなんだ。こんにちはの『こ』にも正しい音程が存在する」。

セリフをメモしていたノートに五線譜も加えることにした。ピアノの楽譜のようになった。音符の代わりに営業トークが並んでいた。

日中家にいる人を口説いておき、家主が帰宅する夜の時間、通称「ゴールデンタイム」に再度電話して契約を獲得する技術も身につけた。セールス電話に対する警戒心を和らげる術も磨いた。平沼さんは圧倒的なトップに立っていた。

100件電話をかけて、1件でも契約につながれば凄い。そんな世界だった。当時はまだ、数をこなす営業への違和感はなかった。

「成果を上げるためにとにかく必死だった。営業の経験もなかったから、これが当たり前なんだと思っていた」。

憧れたスタートアップ コロナ禍で一時断念

2018年7月、平沼さんは独立起業する。この時すでに営業が嫌いになっていた。だが、稼ぐためには営業スキルを活用するほかにない。

自身でコールセンターを立ち上げ、toB(対企業)の営業案件を専門に請け負った。当時は競合が少ない領域だったからだ。アポイントの獲得件数に比例する成果報酬型を導入した。結果が出てくると口コミで新規の依頼が舞い込むようになった。「海外からも問い合わせがあった。それなりに市場をとることができた」。

事業が伸びたことは素直に嬉しかった。だが心のどこかに引っかかるものもあった。周りを見渡せば、IT系のスタートアップが輝いて見えた。営業じゃないことをやりたいという思いも依然としてあった。元々の志は、日本最速で営業利益1兆円を達成すること。自分もスタートアップとして非連続的な成長をしたい。プロダクト開発に着手すべく準備を始めた。

その時、新型コロナウイルス感染症の流行が始まった。

外注として営業代行を請け負っていた平沼さんの会社は、契約更新が立ち行かなくなっていく。好評だった成果報酬型もここにきて裏目に出た。在宅ワークの広まりとともに、電話をかけてもターゲットが出社していないことが増えていったからだ。「商談を獲得できなければ売上も発生しない。キャッシュ(残金)が無くなりそうになって、新規事業をやっていられる状況ではなくなってしまった」。

コロナ禍では顔認証機能付き体温検知機の営業代行を始めた。平沼さん自らサンプルを担いで全国の医療機関をめぐり、設置した。「本気でどうにかしたいと思えば、必ず乗り越えられる」。そう信じた。

売る側も買う側も辛い 営業の「負」と向き合った時間

危機に晒されてもなお、スタートアップに挑みたいという平沼さんの気持ちに変化はなかった。VC(ベンチャーキャピタル)とも接触し、ビジネスモデルやプロダクト開発を学んでいった。

これまでは営業代行という「売り手側」の立ち位置だった。営業領域にスタートアップとして参入することを決めたことで、初めて「買い手側」を強く意識することになった。購買市場に向き合った時、平沼さんが抱えてきた「営業が嫌い」という気持ちの解像度が急速に上がっていった。

「市場とちゃんと向き合った時に、今までの営業経験のなかで自分が感じてきた『何か』…記憶の貯金箱に蓄積されてきたものがパッと開いた。パンドラの箱が空いたような感覚だった」

思い起こせば、100件架電して1件獲れれば凄いという世界だった。残りの99件は、購買意欲の無い対象に電話をかけてしまっている。つまり、必要のない営業電話がかかってくる買い手側に「負」が発生している。

企業向けの営業もそうだ。長時間の交渉の末に購入しないことを決断した会社に、同じ商材を扱う別のオペレーターがまた営業電話をかけてしまう。「これは最悪だと思う。申し訳ない思いをしながら電話をする売り手だって辛い。やっぱりおかしい」。

営業の「負」と向き合うなかで、一つの結論に辿り着く。

「買い手は欲しい時には真剣に検討するもの。通信回線を変えたいとか、水が欲しいとなったら入念に調べる。そのタイミングが分かれば、そこに営業するだけで良い。1日8時間・100件電話して1件契約を取るよりも、7時間59分サボっていて、1件電話してしっかり受注できればいい」

平沼さんのコンセプトは決まった。

1,000%の自信と課題 「営業やりたい」世界へ

平沼さんの会社は2024年2月、infoboxをリリースした。

infoboxは企業情報や所属する人物、それに部署や導入済みサービスなどを盛り込んだデータベースだ。公開情報と非公開情報を掛け合わせて構築したという。今後さらにデータを拡充するほか、利活用を補助する機能も加えていく。

事業領域や具体的な部署名などが分かるようになれば、営業先として有望かどうかも見えてくる。特に、各企業が導入しているSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)などを把握できる機能が大きなインパクトを生むとみている。

「例えば、自社の競合サービスを導入している企業が分かればリプレイス(置き換え)提案が可能になる。この価値は相当大きい」。

平沼さん自身の「営業が嫌い」という気持ちが原点のプロダクトだ。うまく広がっていけば、非効率な営業活動が減るはずだ。その先に、過去の自分も、未来の社会人も、営業が好きになれる世界が待っていると信じている。

インフォボックスがリーディングカンパニーになれば、10年後、社会に出てくる人たちに最高の営業体験を提供できるかもしれない。今は食わず嫌いのように営業を敬遠する人もいる。『もっと営業やりてえ!』と活性化させたい」

これまで複数の企業に試験的に使ってもらい、改善を重ねてきた。infoboxにはこれまでの社会人生活で一番の自信がある。「やっと波が立った。あとは船を舵取りできるかどうか。手応えは十二分に感じている。自信しかない。1,000%勝ったと思っている。1,000%の自信しかない」

とはいえ、自信一辺倒でもない。

「課題も1,000%ある。そもそも課題があるところに向かっていくのがスタートアップという船。必ず良いものになる。あとは、新しいものを受け入れてもらうためのはじめの一歩を踏み出せるか。国民全員の背中を押せるか。これまでの営業カルチャーが変わっていくための流れを起こせるか」

営業の扉を開いたのは6年前。取材中、何度も繰り返し話すほど嫌いになった。だからこそ営業から逃げない。むしろ、好きに変えてみせる。そんな日々が始まる。

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