スタートアップインサイト

市場原理は解決してくれないから、起業家の信念が必要なんだ。【社会課題解決型スタートアップの実像を知って / taliki・中村多伽】

2023-09-05
中村多伽(taliki 代表取締役CEO)
Editor
中村多伽(taliki 代表取締役CEO)

国内のスタートアップ企業は20,000社を超えます。

しかし、生存・成長していくのは一握り。

より良い製品やサービスを開発し、市場に投入し、売り上げを伸ばし、利益を確保しようと日々奮闘する。それでも多産多死という表現は根強く残ります。

ただでさえ困難なスタートアップ企業としての成長。そこに「社会課題の解決」という使命が加わるのが社会課題解決型のスタートアップです。インパクト・スタートアップとも称されます。

こうしたスタートアップに挑む人は「社会起業家」と呼ばれます。課題解決は起業目的であり存在理由。そのため、時として、売上アップやコストカットといった営利企業の「当たり前」と衝突することも。

「難しいことに難しいことを掛け合わせている」。社会起業家に対しVC(ベンチャーキャピタル)として出資・事業開発・広報支援などを実施するtalikiの中村多伽・代表取締役CEOはそう話します。

大型の資金調達に成功し、IPOを目指す。そんなスタートアップにメディアは脚光を浴びせがちです。一方で、経済合理性や急成長よりも優先すべきものがあるスタートアップも存在するのです。

そんな社会課題解決型スタートアップの実像を、前後編にわたって中村さんに語って頂きます。

スタートアップの正解は一つじゃない。そんなことが見えてくるはずです。

(聞き手・編集=高橋史弥 / STARTUPS JOURNAL編集長)

社会課題解決型スタートアップとは

一般的なスタートアップと社会課題解決型は、何が違うのか。

よく聞かれる質問であり、私たちも常に悩んでいる問題でもありますから、まず最初に説明したいと思います。

そもそも、ほぼ全てのスタートアップが何らかの課題解決をしています。そこに対して、基準や境界を決めようとしているのが現状です。

私が特に重要視しているポイントは2つ。まずはintentionality(意図性)です。

簡単に言えば「社会課題解決を目的にビジネスをしているかどうか」です。

安くて美味しい料理を提供するレストランがあるとしましょう。

このレストランが「単純にそうした方が儲かるから」安い料理を提供している場合、意図性は認められません。「儲かるのであれば安くなくてもいい」と判断し、希少食材を高い値段で提供し利益を得る方向に転換する可能性もありますよね。

これに対し「貧困層に食事を届ける」という目的があれば、サプライチェーンを工夫するなどして安く提供し続けるはずです。これが意図性です。

もう一つはadditionality(追加性)。「事業が存在することによって社会課題の解決に向けて前進したか」です。

レストランの例で言えば、貧困層に食事を届けたいのに、都心の超一等地に店を置いては意味がありません。子ども食堂にするとか、本来届けたかった層にアクセスできる場所に開くなど、その会社の存在によって課題が確実に解決に向かって進むことが大事です。

課題解決と売上アップが衝突することも

社会課題解決型のスタートアップには「課題解決の推進」と「売上の拡大」がイコールになるパターンと、逆に衝突してしまうパターンがあります。

ユーザーが課題の当事者である場合、ユーザーの増加が売上に繋がります。

環境負荷の少ない、有機農法で作られた野菜を提供するケースが当てはまります。消費者一人当たりの野菜の消費量は増えませんから、従来の野菜から有機野菜にリプレイス(置き換え)することになり、有機野菜を買えば買うほど従来の消費よりも環境負荷が下がります。

一方で、衝突する場合もあります。

ヴィーガン(完全菜食主義者)向けのお弁当を作るサービスがあるとします。ヴィーガンの方は、畜産などで生じる環境負荷への懸念から菜食を始めることも多いため、この事業では、実質的な環境負荷を下げる必要があります。

ところがプラスチック容器を使ったり、ガソリン車で配送したりすると本来の目的とバッティングします。だからといって木箱に入れて電気自動車で運ぶとなると、コストは圧倒的に上がってしまう。

私たちの投資先は、大まかには売上アップと課題解決がイコールになるパターンがほとんどですが、細かい意思決定においてトレードオフが発生することがあります。そうした場合は、売上や利益を上げながら本来の目的を達成できるか議論します。

ただ、正直なところをお話しすると、社会課題を解決しながら売上をどんどん上げられる企業や事業領域は圧倒的に少ないという構造があります。VCという手段では、お手伝いが難しいことも多々あるのが現状なのです。

私たちは自社メディアによる広報支援や事業開発、それに大企業を繋ぐオープンイノベーションなども手がけていて、投資できない場合は別の手段で支援できないか検討します。投資家以外からの調達手法を模索することもあります。寄付性の資金やクラウドファンディング、財団からの出資など、ファイナンシャル・リターンを求めないものをどう集めるかを一緒に考えるのです。

解決のインセンティブがない課題から社会課題になる

「社会課題の解決」と「売上アップ」がイコールになる領域はなぜ少ないのか。

そもそも経済合理性がなく、ビジネスとして成り立たない領域が社会課題として残るから、と私は考えています。

市場原理に任せて自然に解決するものは、社会課題にならない。業務効率化やお金でお金を増やすような事業は、放っておいても誰かが手をつけます。

誰にとっても解決するインセンティブが湧かないもの…このインセンティブとは大抵が経済合理性なのですが、それがないものが取り残されていき、普通の課題から社会課題に変わっていく。

社会課題だったものが産業化することもあります。例えば法定雇用率やカーボンクレジットなど、政府がルールを作った瞬間にビジネスとして成立するパターン。ほかにも、課題の当事者はお金を払えないけれど、解決によって喜ぶ別の人を発見したことで突如として産業化することもあります。

経済合理性以外の力学で人が動く

売上アップと起業の目的が衝突したり、経済合理性のない領域で創業したりすることもある。それでありながら、スタートアップとして成長していく。

スタートアップとして挑戦する社会起業家は難しいことに難しいことを掛け合わせています。

それでも、社会課題解決型だからこそ得られるリソースもあります。

当たるプロダクトを考える一般的なスタートアップがビジョンを定めるのはプレAラウンドくらい。自分たちがやりたいのはこういうことだよね、と再認識してビジョンになっていきます。

一方、社会起業家は事業の構想時点でビジョンがあることが多い。そこに共感が生まれ人が集まる。ユーザーはもちろん、従業員やエンジェル投資家もそうです。凄腕のデザイナーが無償で力を貸してくれるケースもありました。

経済合理性以外の力学で人が動くのが、社会起業家の持つビジョンの力。

こうしたメリットを享受しつつ、しんどさを切り抜けていくのが大事だと思っています。

(後編では、社会課題解決型スタートアップに投資するファンド運営者の立場から、社会課題の解決と資本主義をテーマに中村さんに語って頂きます)

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