9月26日、成長産業に特化した国内最大規模のハイブリッド型グローバルカンファレンス&コミュニティ「GRIC - GROWTH INDUSTRY CONFERENCE」のオフィシャルサイドイベントとして、SMBCグループと共にインパクト投資がグローバルにおいて、どのような立ち位置であり、今後どのような価値に繋がるのかについてのトークイベントが開催された。
パネルトークは、三井住友銀行 社会的価値創造推進部 上席部長代理の花岡 隼人氏、Global Impact Investing Network メンバーシップディレクターの季村 奈緒子氏、IndoGen Capital ファウンダー兼マネージングパートナーのチャンドラ・フィルマント氏、インパクトフロンティアーズ ディレクターの須藤 奈応氏による4名。日本総合研究所が運営する社会価値共創スタジオにおいて、インパクト投資の現状と課題、スタートアップがグローバル市場で成功するための戦略などについて、活発な議論が交わされた。
左から、花岡 隼人氏、季村 奈緒子氏、チャンドラ・フィルマント氏、須藤 奈応氏
インパクト投資への関心が世界的に高まる中、スタートアップがこの新しい投資家層にアプローチする際の戦略が注目を集めている。グローバル市場でのスタートアップの成功と、インパクト投資家とのコミュニケーション方法について、どのような点に注力すればいいのだろうか。花岡氏は冒頭で、インパクト投資の重要性と、日本のスタートアップが世界市場に目を向ける必要性を強調した。
花岡「スタートアップがグローバル市場に進出する際に重要なポイントは何でしょうか?また、グローバルなインパクト投資家とコミュニケーションを取ったり、自社をプレゼンテーションしたりする際に、どのような点に注意すべきでしょうか?そして、日本と世界の違いについてはどのようにお考えですか?」
チャンドラ「投資家の視点から見ると、多くのスタートアップが資金調達をより容易にするために、早急に"インパクト”の観点を取り入れようとしている傾向があります。明らかに、インパクトや持続可能性の側面があれば、現在は資金を調達しやすくなります。しかし、最も重要な問題は『WHY』の部分です。
その答えは、顧客からの需要にあります。特に若い世代の顧客ですが、彼らは環境への影響に注意を払う製品やサービスを求めています。実際、環境に配慮した製品に対しては、より高い価格、プレミアム価格を支払う意思があるのです。そして投資家・生産者・製造業者にも影響が及んでいます。原材料や商品を調達する際、それが東南アジアなどの発展途上国で行われる場合、私たちもその影響を感じています。その影響を受けているのです。
スタートアップとしては、顧客のニーズに応えられるような観点を探す必要があります。これが最初に注意を払うべき点です。顧客のニーズを理解し、それに対する答えを提供する必要があるのです。」
インパクト投資家へのプレゼンテーション戦略においては、単なる"インパクト”の標榜ではなく、実際の顧客ニーズと社会課題の解決を結びつけることの重要性が浮き彫りになった。季村氏は改めてインパクト投資の定義について解説した。
季村「インパクト投資とは、財務的リターンと測定可能な社会的・環境的インパクトの両方を生み出す投資形態です。つまり、少なくとも投資元本は維持しつつ、場合によってはそれ以上のリターンを目指します。しかし慈善事業ではありませんので、何らかの積極的な正のアウトカムを生み出す意図を持って投資を行います。
これは比較的新しい投資の考え方です。私の所属する組織は2009年に立ち上げられ、同じ志を持つ投資家たちのためのプラットフォームやネットワークとして機能しています。私たちの目的は、投資家自身のインパクト投資の実践を進めるだけでなく、業界全体の成長を支援することです。」
須藤「グローバルなインパクト機関投資家と対話をしたり、スタートアップが自社のビジネスが生み出すインパクトを説明したりする際に、多面的にインパクトを捉えることが重要で、例えば5 Dimensions of Impactが使われています。その中でEnterprise Contributionという項目があるのですが、自社がいなかったらステークホルダーが経験したであろうアウトカムと、自社ビジネスの実行による経験するアウトカムの差分を見る項目があり、非常に重要です。
実は、近年スタートアップ側からの問い合わせが増えてきており、『自社のビジネスインパクトを理解してくれる投資家をどのようにで会えますか』『インパクト投資家が使っているツールにはどのようなものがありますか』といった質問をしてきます。
この変化は非常に喜ばしいことだと思いますし、これはアジア全体にも当てはまる傾向だと感じています。現在では、多くの人々がインパクトマネジメント、つまりインパクトの可視化や、意思決定プロセスでのインパクト情報の活用方法に関心を持っています。」
若い世代の価値観の変化が、ビジネスモデルの方向性に大きな影響を与えていること、また日本市場においても、インパクト投資への関心が高まっていることをスタートアップ企業が十分に理解し、自社の戦略に反映させることが重要といえるだろう。
日本でインパクト投資について話す時、多くの人は、社会的価値を追求すれば経済的価値を犠牲にしなければならないという、一種のトレードオフだと考えがちだという。しかし、実際には多くのスタートアップが社会的インパクトと経済的インパクトの両方を追求しており、両立は可能だ。日本ではこの点において大きな誤解があり、その点において花岡氏は言及した。
花岡「インパクト投資家やインパクトスタートアップの方々は、"インパクト”という言葉を他の投資家とは異なる位置づけのために用いていると思います。しかし、チャンドラさんが指摘したように、途上国には多くのスタートアップがあり、彼らは自然にインパクトを生み出しています。
なぜなら、途上国には多くの社会問題や環境問題があり、それらの課題を解決することで、自ずとインパクトが生まれるからです。一方で、彼らは必ずしも自らを『インパクトスタートアップ』と呼んでいるわけではありません。
チャンドラさん、東南アジアで実際にインパクトを創出し、成長しているポートフォリオ企業の例を教えてもらえますか?」
チャンドラ「カーボンクレジットに焦点を当てたポートフォリオ企業を紹介します。彼らは鉱業協会や石油会社、大手コングロマリットグループに対してアドバイザリー業務を行っていて、具体的には、カーボン排出量の計算と、その後のオフセットを仕組み化しています。注目すべき点は、自社でカーボンクレジットを生み出す方法です。これは明らかに良いビジネスですし反響も大きく、現在、多くの大企業がこの会社にアプローチしています。
私の国では、これまで環境への影響にあまり注意を払ってきませんでした。発展途上国なので、収益性や売上に非常に注目してきました。もちろん、最初は人々は『インパクトを追求すれば利益を犠牲にしなければならない』と考えがちですが、実際はそうではありません。なぜかというと、先ほど述べたように、顧客が要求しているからです。若い世代が環境への影響に注目しているからです。
大企業が環境への影響についての基準を満たせなければ、アメリカやEUへの製品販売をブラックリストに載せられてしまい、近い将来、他の国々でも同様の事態が起こるでしょう。結果的に彼らの収益性に影響を与えるのです。
もう一つ興味深いポートフォリオ企業があります。これは私も驚いたのですが、混獲(バイキャッチ)の購入を集約する漁業会社です。非常に変わっていますよね。漁業会社がどんなインパクトを与えられるのか?漁業の場合、例えばマグロを狙って漁をしていても、マグロだけを捕まえることはできません。必ず混獲があります。
通常、混獲は自家消費されますが、量が多いと捨てられてしまい、それが環境汚染などの環境問題につながります。そこで、このスタートアップは全ての混獲に応用方法を見出しています。
漁に出て、例えば不運にも200キロのイワシを捕まえてしまった場合、その連絡を受け取ったら会社が一旦購入してから、工場に販売したり、輸出したりします。これにより混獲が無駄にならず、漁師たちは持ち帰って売ることができ、会社としてはインパクトを与える角度を見つけることができたのです。
インパクトというものを、わざとらしく装う必要はありません。今紹介したのは良い例ですが、この会社は既に複数の日本の投資家から投資を受けています。現在、彼らは自社製品を加工し、アメリカに出荷するために加工工場を設立するためのパートナーを探しています。彼らは『混獲を減らしています』とアピールすることで、製品に付加価値を付けることができますし、人々は『この会社は環境に良いことをしている』と感じ、プレミアム価格を払ってくれるのです。」
季村「スタートアップは自分をインパクトスタートアップと呼ぶことはできますが、最終的に適切なビジネスプランや成長戦略がなければ意味がありません。財務的に成功する見込みを示せなければ、インパクト投資家も含めて投資家を引き付けることはできません。インパクトは重要ですが、投資家としてはやはりリターンを求めています。そして、たとえ自分をインパクトスタートアップと呼んでいたとしても、インパクト投資家以外の投資家も引き付けられるようでなければなりません。
チャンドラさんが共有してくれた例を見ても、おそらくLPを見れば、インパクトを気にする投資家もいれば、全くインパクトを気にしない投資家もいるはずです。しかし、投資資金を得るためには幅広い投資家グループに向けて話をする必要がありますよね。だからこそ自分を一つのカテゴリーに閉じ込めないことをお勧めします。投資家がインパクトをどう考え、どのようにインパクトを求めているかには幅広いスペクトラムがあるからです。
スタートアップの創業者として、『これらのボックスに全てチェックを入れなければならない』とか『これに完璧に当てはまらなければならない』と考えてほしくありません。なぜなら、投資家もそれを必ずしも求めているわけではないからです。」
須藤奈応氏「多くの投資家が、インパクト評価チームと財務評価チームを別々に持っていましたが、最近では両者を統合する動きが見られます。ファンドマネージャーがインパクトについて質問し、インパクト評価チームが財務面を考慮するなど、投資委員会では財務面とインパクト面の両方を考慮するようになってきました。もはや別々のものではなく、投資判断を行う際の一つの要素となっているのです。これは非常に興味深い傾向だと思います。投資家は単に自分たちのために投資先からインパクト情報を集めているわけではありませんし、単にインパクトレポートを書くためにデータを集めているわけでもありません。彼らは意思決定を行うためにこの情報を求めているのです。
トレードオフがあるかどうかは国内外でよく聞かれる質問です。それが解決しようとしている課題や地域の特徴によりますし、時間軸によっても異なりますので、何か普遍的な回答があるわけではありません。」
インパクト投資家が求めるビジネスモデルの特徴として、社会課題の解決と収益性の両立が重要であることが明確になった。単にインパクトを謳うだけでなく、具体的なビジネスプランと成長戦略が不可欠であり、また投資家側の評価プロセスも変化しており、インパクトと財務の統合的な評価が主流になりつつある。スタートアップは、この新しい評価基準を意識しながら、バランスの取れたビジネスモデルを構築・提示していく必要がありそうだ。
イベントの終わりに参加者から若い世代へのインパクト投資への関与と、多様なステークホルダーのバランス取りの重要性について、質問が投げかけられた。
Q: 若い世代として、インパクト投資の広がりにどのように貢献できるでしょうか?
季村「ビジネスの在り方は変化しています。Z世代は仕事にパーパス目的を求めていますし、それによって企業の変化を促しています。就職活動中であれば、企業のサステナビリティレポートを読むことをお勧めします。経営陣が本当に気にかけていることが反映されており、どの企業が本気で取り組んでいるかが分かります。これらのレポートを通じて、企業の真の姿勢を見極めることができます。」
須藤「二点あります。一つは、最終受益者が直面している課題を本当に理解することです。表面的な理解ではなく、深く掘り下げて問題の本質を捉えることが重要です。もう一つは、日々の消費選択において正しい決定をすることです。価格だけでなく、サステナビリティや社会的影響も考慮に入れて選択することが、経済全体に大きな影響を与えます。」
チャンドラ「責任ある消費者として、メーカーや製造業者に圧力をかけ続けることが重要です。それが環境や社会へのインパクトに注目させる原動力になります。若い世代の声は、企業の方向性を大きく左右する力を持っています。」
Q: ベンチャーキャピタルに所属していますが、インパクト投資を定義することが非常に難しいと感じています。インパクト投資において、様々なステークホルダーとのバランスをどのようにとるべきでしょうか?
チャンドラ「残念ながら、ベンチャーキャピタルとしては、まず自社の目標を優先せざるを得ません。投資家の期待に応えることが最も重要です。しかし、そのバランスの中でインパクトを最大化する方法を模索することは可能です。」
季村「ファンドが収益を上げられなければ、それはもはや投資とは言えません。インパクト投資家であっても、財務面での期待に応えられないものは投資対象としては考慮されません。ただし、インパクトと収益のバランスは投資家によって異なるため、そのニュアンスを理解することが重要です。」
須藤「二つのレイヤーで考えると良いと思います。一つは投資機関としての組織レベルでの最終目標であり、もう一つはインパクトファンドとしての目標です。投資機関としてのステークホルダーと、ファンドレベルで具体的なアウトカムを念頭においたステークホルダーは異なります。ファンドレベルでは、どのようなアウトカムを生み出したいのか、誰がそのアウトカムを経験するのかを考えることになります。それぞれのレベルでの戦略に基づいたバランス取りが重要になりますね。」
このイベントを通じて、インパクト投資の重要性と、スタートアップがグローバル市場で成功するための戦略が明確化された。財務的リターンと社会的インパクトの両立が求められる中、スタートアップは顧客ニーズを的確に捉え、明確なビジネスモデルを構築することが不可欠だ。また同時に、若い世代の意識変化が企業や投資家の行動を変えつつあり、今後のビジネス環境にさらなる変革をもたらす可能性を無視することはできない。インパクト投資は、単なるトレンドではなく、ビジネスの新しい標準となりつつあり、スタートアップと投資家の双方がこの変化に適応していくことが求められそうだ。
※本記事は、英語にて行われたトークイベントを日本語に要約したものです。