これまでの損害保険事業は、事故時の経済的損失を金銭で補償することが求められていた。今後は事故が起きてからの対応ではなく、「そもそも事故が起きない社会」の実現に向けて取り組む必要がある。
MS&ADインシュアランスグループホールディングスは、事業環境の変化に対応したレジリエントな態勢を構築すべく、さまざまな政策・戦略を打ち出してきた。本記事では今回、2020年12月に新設されたビジネスイノベーション部の取り組みを中心に紹介する。
保険会社の枠を超えた「幅広い社会課題の解決」に取り組んでおり、そのなかでもスタートアップとの共同プロジェクトの数々は、テクノロジーを活用した事例が特徴的だ。なぜ従来の保険事業の枠を超える必要があったのか。解決手段として、スタートアップとの協業を選択した理由は何なのか。
ビジネスイノベーション部アライアンスディレクターの藤岡晋氏、企業営業推進部部長を務める松岡豊氏、それぞれにお話を伺った。
保険持株会社として損害保険会社や生命保険会社を有するMS&ADは、国内のみならず世界中に拠点および地域事業ネットワークを構築するグローバル企業だ。2010年4月にグループ全体のより高度な事業多角化を目的として、三井住友海上グループ、あいおい損害保険株式会社、ニッセイ同和損害保険株式会社が経営統合し発足した。
2018年度に策定された中期経営計画「Vision 2021」では、「世界トップ水準の保険・金融グループの実現」と「環境変化に迅速に対応できるレジリエントな態勢の構築」を目標に、さまざまな社内変革が行われてきたという。
松岡「これまでの保険会社は、保険商品の提供で成り立ってきました。しかし社会環境の変化──たとえば自動車性能の向上や自動車を所有しないライフスタイルの変化は影響が大きく、私たちも変化を余儀なくされています。そこで現在は保険周辺にとどまらず、社会課題の解決に資するものであれば何でも提供できるよう商品開発を進めています」
実際に(企業)営業推進部では、従来の保険業務の枠にとらわれない、さまざまな提案をしているという。部長職を担う松岡氏は「マネジメント中心の業務に終始せず、ニューリスク・ニューマーケットにかかわる商品の開発・設計・販売、のすべてをこなしている」と話した。
では具体的に、ビジネスイノベーション部はどのような事業展開を進めているのだろうか。アライアンスディレクターを務める藤岡氏は「保険の価値をいかに変えるかが重要になる」と説明した。
藤岡「事故や災害による経済的損失を補償する。つまり、マイナスをゼロに戻すことが保険の役割でした。これをゼロからプラスにする。具体的にはデータとデジタル技術、そしてアライアンス、3つの軸を手段に保険周辺、そして社会課題の解決へ向けて事業を広げることがビジネスイノベーション部の仕事になります」
では具体的に「ゼロをプラスにする保険」とは、どのようなものを指すのか。
ひとつの事例として松岡氏は、ドローンの利用に際して適用される「DJI 賠償責任保険」を例に挙げた。ドローンの操作でミスをしてしまい、第三者の身体や財物にダメージを与えてしまう可能性に備えた保険で、オプションによりさまざまな補償が選択できる。これによりドローンを扱う事業会社は消費者の購入不安を低減させ、販売促進につなげることができる仕組みだ。こうした取り組みは提案機会の創出のみならず、他社との優位性や社内の人材育成といった場面でも効果を発揮するという。
具体的には、株式会社ゼロボードが提供するCO2排出量の算出・可視化するクラウドサービス『zeroboard』を、保険代理店に対して無償提供した事例がわかりやすい。
松岡「サプライチェーンにおけるCO2排出量削減策に貢献することで、社会課題にも関心を持つ保険会社として、認知・認識を広める効果が期待できると考えています。また、今回のような協業を積極的に進めることで、社内にもゼロをプラスにするための保険活用に関する知見がたまります。三方良しの提案は保険の約款をどんなに読んでも生まれません。事業会社さんとの会話を通して見えてくることが多いんです」
MS&ADの共創事例から、大企業や中小企業、自治体だけでなく、スタートアップとの協業も積極的に進めていることがわかった。経営基盤がまだ安定していないなど、リスクもあるように感じるが、その点をどのように考えているのだろうか。質問に対し松岡氏は、それを上回るだけのメリットがあると答えた。
ひとつには、スタートアップ特有のスケーラビリティの高さがあるという。はじめの一歩は小さくとも、成長に合わせた発展性が期待できるからだ。また最近は、社会課題や環境問題に関するソリューションを提供するスタートアップを見受けることも多く、一緒にやらない理由が見つからないと松岡氏は補足した。ここでいくつか、実際のスタートアップとの協業事例を紹介する。最初に示されたのは、Arithmer株式会社(アリスマー)と実施した、ドローンとAIを活用した水災損害調査に関する事業だ。
藤岡「水災損害が起こった際一軒一軒を立会調査しているため、大規模な水災では保険金のお支払いに時間がかかってしまいご迷惑をおかけすることがあります。この課題に対し、流体シミュレーションで独自の高いAI技術を有するアリスマーと損害査定の業務で協業しています。被災後にドローンで上空から浸水地域を撮影し地表の3Dモデルを作成するとともに、AIによる流体シミュレーション技術によるデータ解析で迅速かつ正確に浸水高を算定し、保険金の支払いをスムーズに進めることができるようになりました」
同じくスタートアップとの協業事例として、株式会社アーバンエックステクノロジーズと自治体とで連携した「ドラレコ・ロードマネージャー」の事例を紹介した。
官民連携DXによる道路点検サポートで、全国の自治体などが行う道路の点検・管理業務にかかるコストの増加や点検担当者不足といった課題を解決した。このサービスはさまざまな企業の車両に設置されたドライブレコーダーの映像記録を活用し、広範囲の路面情報を扱えることにポイントがある。アーバンエックステクノロジーのAI技術は道路の穴やひび割れ、白線のかすれなどをAIで画像認識できるため、自治体は道路点検のための巡回業務が削減され、計画的な補修業務も行えるようになった。
藤岡「MS&ADでは、自動車保険と一緒にドライブレコーダーも併せてご利用いただいております。これは自動車事故での衝撃を感知して、自動的にコールセンターへつなぐことにより、すぐに事故後のサポートができ、通信機能を搭載していることが特徴です。当社は通信機能付きのドライブレコーダーを多数市場に展開しており、アーバンエックステクノロジーズとの協業において重要なポイントになりました」
MS&ADは、社会課題の解決にかかわる幅広い事業を展開している。従来の保険会社が提供するサービスの枠を超えていることが、ここまでの事例を通じて具体的に示された。同社はめざす社会像として「レジリエントでサステナブルな社会」を掲げ、企業活動を通じてこれまで以上に社会との共通価値を創造するCSV(Creating Shared Value)経営が不可欠であることをウェブサイトのなかでも謳っている。あらためてスタートアップとの協業における同社の考え方、連携時のポイントなどを両氏に伺った。
松岡「私たちがめざす社会の実現に向けて、解決すべき一丁目一番地のテーマは『(気候変動対策を中心とした)地球環境との共生』です。そこに資するスタートアップとの協業は積極的に進めています。そのほかに、革新的なテクノロジーで保険の世界を変えていけるサービスや、少子高齢化の日本社会が抱える課題を解決できるものであれば、前向きな姿勢で共創していければと考えています」
この先に目指すのは、評価制度などの見直しだと松岡氏は続けた。仮に売ったものが月額1万円の契約であったとしても、それが社会貢献性の高い取り組みであれば評価する必要がある。そういった仕組みを今後は導入していくことを検討しているという。
藤岡「社内だけでなく、全国津々浦々に私たちの取り組みが伝わるよう、メッセージを発信することが今後さらに求められるでしょう。保険会社は保険を売る会社だという認識はまだまだ強く残っていると感じます。それらのイメージを変えていく意味でも、デジタルやイノベーション、社会課題解決企業としてのブランドに変革できるよう打ち出していく考えです」
この発言を受けて松岡氏は、スタートアップの経営者と会話をする際に「うちは事務所もなければ社用車もないので……」と第一声を浴びてしまう状況を変えたいと話した。ゼロをプラスにする、スタートアップに寄り添った提案が保険会社はできる。その周知に向けた発信を強化していきたいと松岡氏も同意する。
レジリエントでサステナブルな社会をめざし、MS&ADは保険事業の枠を超えた事業展開をさらに拡大していく。今後も加速するであろうスタートアップとの協業について、両氏はどのような考えを持っているのか。これに対し松岡氏は「どんな会社であっても保険は必要になるし、それがアセットになることも伝えていきたい」と話し、特にスタートアップとは良きパートナーになれるという自身の考えを表した。
松岡スタートアップからすると、時に大企業が自分たちを“業者”として扱っているように感じる場面もあると聞きます。ですが私たちにはそのような考えは一切ありません。早期からNDAを交わし、秘密を保持しながら協業していけるパートナーでありたいです。
今後の動きについては、新聞やメディアに取り上げられた一部のスタートアップの情報だけにしかアクセスできない課題があることを挙げた。その際、20,000社以上のデータを持つSTARTUP DBの積極的な活用をしたいと松岡氏は話した。特に知りたいのは、経営者の人柄や考え方といった、目に見えない情報だという。それらは協業において非常に大きな意味を持つためだ。また、スタートアップとのつながりを強化していくために、STARTUP DBを運営するフォースタートアップス株式会社のサポートも積極的に受けていきたいと藤岡氏は考えを示した。
藤岡「今後も私たちは社会課題に対して、広くアプローチをしていきたいと思っています。間口もオープンなので、少しでも多くのスタートアップの情報に触れることが重要になります。その際、日本国内で多くのスタートアップに関するデータを保有するフォースタさんとの協力関係はとても重要になります。今後もご支援いただきたいです」
スタートアップとの共創により、より豊かな社会への道が続いていく。そんな期待が感じられるインタビューであった。
インタビュー:株式会社ソレナ 撮影:加藤 秀麻
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