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「日本の技術で世界を取れると証明したい」。エレファンテック・清水社長が背負うもの

2023-02-08
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

手元のスマホから道路を走る自動車まで、あらゆる電子機器に組み込まれている部品の「プリント基板」。その世界シェア100%を自社で握る––。

「エレファンテック」(東京中央区)が描くのはそんな青写真だ。最大の武器は、製造によって生じる環境負荷を劇的に削減できること。かつてはビジネス上のニーズに繋がらなかった個性が、時代の変化を経て脚光を浴びている。

清水信哉・代表取締役社長は「日本発スタートアップが技術で世界を取る前例になる」と意気込む。ディープテック分野のスタートアップである同社が世界市場を席巻することで、日本経済の常識が変わるようなインパクトを残すつもりだ。

「足し算」で二酸化炭素77%、水消費95%カット

エレファンテックが手掛けるのはプリント基板。集積回路(IC)などの電子部品を取り付けて動作させるもので、飛行機からスマートフォンまで、ありとあらゆる電子機器に組み込まれている部品だ。

「極めて低資源・低エネルギーで、なおかつ水の使用量も抑えながら基板を作れるのが強みです」と清水さんは解説する。

プリント基板を製造する過程では通常、材料に銅箔を貼り、その上に「レジスト」 と呼ばれる物質を塗る。そして、回路を描きたい部分以外を溶かす。不要な箇所を引いて捨てることから、英語の「引き算=subtract」に由来する「サブトラクティブ法」と呼ばれる。

不要になった銅や化学物質は廃液となって捨てられる。この方法で基板を作るためには銅が大量に必要とされ、採掘過程でも環境に負荷がかかる。

これに対し、エレファンテックは全く逆のやり方をとる。基材の上に、描きたい回路の通りに金属の粒子を印刷し、銅めっきを施す。従来の製造方法が引き算ならば、こちらは足し算に由来する「ピュアアディティブ®法」だ。銅などを洗い流す必要がなくなるほか、製造工程を大幅に短縮できるため、環境負荷を劇的に減らせる。既存の製法と比べて、二酸化炭素の排出量は77%、水の消費量は95%削減できるという。

「コスト面でもすでに戦えるレベルになってきました。スケールアップすればもっと安くなっていく。コストも低く、環境にも優しい技術になります」と清水さんは展望する。既にモニターやセンサなどに組み込まれ、リコールを起こしたことはない。

エレファンテック最大の武器とも言える「足し算」製法。しかし、実はアイデア自体は真新しいものではない。「発想自体は50年くらい前からあります。環境に良い製法であることも指摘されていました」と清水さんは話す。

それがなぜ今、エレファンテック独自の強みとなったのか。

「基礎技術が実用可能なレベルになってきたのが一番大きい。金属を印刷する技術もここ20年くらいで発展しました。もう一つは、2、30年前くらいは、ローカーボン・ローウォーターと言ってもニーズがありませんでした。技術を我々が鍛え上げ、ニーズにも合致したという形です」

現在は、ヨーロッパや北米のメーカーなどが関心を寄せる。「世界中を探したらエレファンテックだけが求める技術を持っていたということで、指名買いされることもあります」と手応えを感じている。

技術には確信。でも「失敗する可能性は9割」

清水さんがエレファンテックの前身となるAgICを立ち上げたのは2014年。環境負荷を減らしたい、という思いが念頭にあった訳ではなかった。清水さんを起業へと突き動かしたのは、日本の未来に対する抑えきれない危機感だ。

「日本経済に対するモチベーションというか、課題感はかなり強かったです。(起業は)ある意味、合理的ではないとわかっていました。自分が楽しく、そこそこ贅沢して生きていくだけならば日本経済にインパクトを与える必要はゼロですから。 非合理的なことを言っているのは自分でも分かっていましたが、それはそれでしょうがないな、と」

大学で研究していたのはAIによる自然言語処理。専門とは異なるが、「低環境負荷は絶対に必須の技術になる。日本が経済的に勝つ道として抑えにいくのが有効」という考えからプリント基板製造を選んだ。そして始まった、社会実装に向けた研究の日々。しかし当初は、起業が成功するかは分からなかったという。

「(うまくいく自信は)全然なかったです。我々の技術には物凄いインパクトがあります。上手くいけば、身近なiPhoneやパソコンの部品も全て我々の製法で作られるようになる。経済的にも、環境的にも大きい。その代わり『0か100か』のチャレンジでもある。失敗する可能性も9割くらいあるだろうと思って始めました」

その代わり、一度も揺らがなかったものもある。技術への確信だ。「誰がどう考えても、こちらの方が100%環境に良い」。方向性だけは間違っていないと断言できた。

不安だったのは、「環境負荷を軽くする」という個性が、いつビジネス上の価値になるか読めないということだ。創業から2年が経とうとしていた2015年9月、 SDGs(持続可能な開発目標)が国連サミットで採択された。かといって、エレファンテックの基板が売れるようになるとは限らない。

「自分たちの製法がいつかデファクト・スタンダード(事実上の標準)を取ることは間違いない。しかし市場の動向がいつ変わるのか、会社がそれまでいけるか(経営できるか)には議論の余地があります。10年以内に起きればうまくいくけれど、30年後では厳しい。揺らぐとすればそこでした」

清水さんが待ち侘びた変化は、波を打つように連鎖してやってきた。EUやイギリス、日本、それにアメリカなどが相次いで2050年までのカーボンニュートラル達成を宣言。脱炭素に向けた規制も強化され、これまでCSR(企業の社会的責任) 活動の一環と見做されがちだった環境対策が、経営上の課題として捉え直されるようになってきた。

「変化を感じるのはここ2年くらいです。ヨーロッパや北米では『カーボンを沢山出す製品は規制で売れなくなる』という時代が近い。経済合理性としてローカーボンの部品を使う必要性が出てきているのです」

エレファンテックは2019年、三井化学エプソンとの提携を発表。大企業との相乗効果も加わり、20年には量産化に成功した。清水さんによると、早ければ年内にも新たに大手グローバルメーカーへの納入が決まる見込みだという。これからは納入実績を積み上げていくフェーズだ。

日本の技術で世界を取れると証明したい

エレファンテックは現在、年間数万から10万枚程度の基板を供給している。

量産しているのは、基板の片面に回路を形成でき、なおかつ柔軟に折り曲げられるタイプで、今後は種類を増やしていく。理論的には、現在世界中で使われているほぼ全てのプリント基板との置き換えが可能だという。海外向けには製造装置の販売にも乗り出す。

「世界で勝つ」。清水さんはインタビューで何度も繰り返した。社会実装までに時間がかかるとされる「ディープテック」分野のスタートアップとして成功することに意味があると考えている。

「ディープテックのスタートアップで、上場時にグロース市場で(時価総額) 2,000億円がつくイメージは誰にも湧かないと思います。前例が存在しないからです。だから我々が前例になる。日本発でも技術で世界を取れる、数千億というバリエーションがつく。そういう事例がないと(ディープテックに)資金は流入してこないなと思います」

エレファンテックは2022年10月に21億5,000万円を調達した。今でこそ多くの投資家から期待を寄せられるが、創業当初の調達活動は「本当に難しかった」と振り返る。そこには、ディープテック分野ならではの障壁がある。

「次世代技術でローカーボンを実現していくスタートアップは、ハイリスク・ハイリターン。例えば、ローカーボンの燃料がデファクト・スタンダードになれば膨大なマーケットを取れます。ただし取れなければゼロ。そうしたスタートアップに ファイナンスをつけるには、国のシステムとしてのリスク許容度が必要です」

だからこそ、ディープテック分野に向けられる目線を変える必要がある。自分たちの成功を、いち企業の成功に留まらせない。この分野により多くの注目や資金が流れ込むきっかけにするつもりだ。

「大谷翔平選手が出てきたことで、二刀流は実現可能だと誰もが理解しました。それと一緒です。ディープテックで世界市場を取れば、『エレファンテックが出来たじゃないか。自分たちもあのストーリーを狙おう』ということにつながる。私が最終的にやりたいのはそこです。経済的インパクトにプラスして、日本の今後30年とか50年を考えたときに、より大きなものを残せると思っています」

磨き上げてきた技術が結実し、環境負荷の軽減に向けた世界の動きが追い風になった。半導体の製造装置などでは、日本企業が世界シェアのほぼ全てを握るケースもある。エレファンテックも独自技術で同じサクセスストーリーを描くつもりだ。

「勝った負けたは非常にシンプル。100%か、あるいはそれに近いシェアを取れるかどうか。そういう勝負です。量産化に成功したので、あとは技術開発も含めて伸ばしていくだけ。自信はどんどん高まってきています」


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