「プログラムに参加したからといって、必ずしも起業しなくてもいい。」インキュベイトファンドが運営する、Blue Field Program(以下、BFP)は、VCが手掛けるにも関わらず、起業家支援を行うだけの場所ではない。コミュニティから起業家が生まれるのはあくまでも「副産物」。志を高く持つ若手から中堅層までが集い、各々が人生をかけて費やす個人テーマの精度を互いに高めあう、社会に開いた練磨の場として説明するのがふさわしい。2ヶ月の試験期間を経て2020年1月に本格始動をし、およそ5年の時を経て再始動したこのコミュニティには、所属も様々な12名のメンバーが集い、個別テーマに絡んだゼロイチのアイディアを生み出すため、このインタラクティブな学び舎で青写真を描いている。今回は、和田氏、神谷氏にBFPについて伺った。
和田 「BFPの前身となるプロジェクトは、テスラやスペースXなどが誕生し、世界でイノベーションのフィールドが広がりを感じる2014年に発足しました。そうした流れが日本でも活発化するきっかけになればと、イノベーション事業のサポートが始まったんです。ターゲットは、インターネット好きの若者やデジタル事業者、そして今後起業の本流になると予想した、医者や弁護士など専門職の方々。振り返ると、これまでの専門的なキャリアを捨ててゼロからチャレンジする方が我々の投資先にものすごく増えた頃でした」
それから5年が経ち、昨今のイノベーターを取り巻く環境も変わった。オープンイノベーションは大小企業問わず周知のものとなり、スタートアップやベンチャー企業に対する世間の見る目も変わってきた。世の中の変化を受け、リスタートをきるBFPもまた、その目指すイノベーションのあり方を少しばかり軌道修正した。
和田 「かつてコミュニティのメインテーマとして考えていたのは、技術的に面白いイノベーションをどう社会実装するか。しかし、ぼくらの現時点での投資テーマからすると、社会課題や産業課題の解決のために技術的イノベーションがどのように貢献し、実装していけるのかという、逆のベクトルを向くようになりました。霞が関や永田町で議論される政策的なアプローチも理解した上で、その根本原因を一緒に紐解きながら世の中に必要とされる社会的必然性の高い会社をどうつくっていくか。そうしたことにチャレンジしていきたいと思っているんです」
だからこそ、個人的な利益にとらわれず、公的な視点からポジティブなインパクトを目指す人物を、コミュニティでも応援していきたいと考えるようになった。大事なのは、公共性と企業収益を両立させることができること。そうした視点をもつ起業家のたまごや、そのサポーター、ファウンダーとなる起業家をとりまく未来のエコシステムに生息するプレイヤーを結ぶことが、このコミュニティの特徴でもある。
和田 「自分が起業するかどうかに関わらず、転職やパートタイムで友人を手伝うライトな感覚で関わりが生まれる環境を意識しています。それぞれ異なるバックグラウンドやナレッジをもつ数十人が定期的に顔を合わせ、横断的に交わることでケミストリーが生まれていくと思いますから、それぞれが同じ『起業家』にならなくてもいいんです。一方で、起業するかどうか迷っている起業家のたまごにとっては、初期段階で良いパートナーとの巡り合わせが事業の成功確率を上げた例を私自身見てきましたから、そうしたビジネスパートナーとの出会いを醸成することができるのもコミュニティの意義だと思うんです」
前回の参加者の中からは6社のスタートアップが誕生した。その姿を見てベンチャーキャピタルへの転職を決意する者や、転職してスタートアップに合流する者もいた。起業第一としないからこそ、コミュニティ参加後の選択肢はより多様になり、自分で納得したものとなるのだろう。
BFPの前身となるコミュニティは、インキュベイトファンドのあくまでも実験的なサイドプロジェクトという位置付けだった。少数体制での運営では志高い参加者のサポートをカバーしきれず、泣く泣くプロジェクトを閉じることになった。しかし、今回からは経産省出身の神谷氏が専任のプロジェクトマネージャーとして本プロジェクトを担当する。彼自身、政府の規制改革などのスタンスを踏まえた上で、ゼロからの事業立ち上げをサポートしていくことに強い意義を感じ、本職への転職を決めた熱意を持つ一人である。
神谷 「BFPでは月次の勉強会を開催しており、内容は大きくわけてふたつあります。ひとつ目は個別研究テーマのリサーチ結果の発表。弊社の学生インターンのリサーチサポートも活用しながら、研究テーマを深掘りし、発表・議論・フィードバックを行います。ふたつ目は弊社が注目するテーマや、官公庁の発表資料から読み取る社会のトレンド、市場のトレンド、さらには、ベンチャーキャピタルの目線からそれらを掘り下げたテクノロジーの実用事例などの提供です」
和田 「我々も全ての情報を手元に持っているわけではないので、逆にメンバーの方々から教えていただくことも多々あります。運営者が一方通行で全てを与えるのではない、相互に刺激し合える運営形態じゃないでしょうか。メンバー間でもギブするばかりではない、しっかりとテイクしあうコミュニティづくりを心がけています」
コミュニティ内では、ひとつの発表に対するメンバー間の相互フィードバックが成立している。デジタル上の共通フォーマットを活用し集め、その場で回答を見ながら振り返れることから、発表を受けてインスピレーションが湧いた関連ニュースの共有、他メンバーの助言に対する「もし自分だったら」の仮説から導かれる具体的なアクションの提案などが可能となる。自分の発表に対して、その場で血肉になる実現可能なアクションの玉がいくつも手に入れられるのだ。
神谷 「そうしたリサーチ、発表を踏まえて、個別のメンタリングも行なっています。インキュベイトファンドのスタートアップ支援の経験から、応用できそうな知見をどんどん共有することを目的としていて、月次開催の勉強会とは異なり、こちらは随時相談可能です。自分のペースでどんどん進めていきたい方にとっても、フォローできる体制をとっています」
今回の参加者には、メーカーやシンクタンク、研究職や戦略コンサルなど幅広い層がいる。そうした参加者に向けて、そして未来の参加者に向けて、神谷氏はこうメッセージを向けた。
神谷 「僕たちは『背中を押しすぎない』バランス感が大事だと思っています。皆が起業すべきとも思いませんし、一方でアクションする前に躊躇する理由が取るに足らない不安であれば、そのリスクの度合いや実態を僕らの目線から分析して伝えることができますから。自分の人生や日々の限られた時間をかけて何か大きなインパクトを出したいと考える人はぜひ、参加いただければと思います。その手段が『起業』かどうかは問いません。専門性/業務知識と志/野心を持つメンバーが集まっていますし、そうした仲間が増えることを僕たちとしても歓迎します」
執筆:小泉悠莉亜取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博