コラム

「キズナアイ」で台頭、Activ8・大坂武史が振り返る「雑音との戦い方」

2019-05-30
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
ここ数年で新しいエンタメコンテンツとして頭角を表わしている「バーチャルYouTuber」。その名の通りバーチャルなYouTuberのことだが、近年ではTV出演や音楽活動など活動の幅を広げ、その姿は「バーチャルタレント」と言っても過言ではない。2022年には、その市場規模は579億円にまで達するとまで推測されており、大手IT企業はこぞってバーチャルYouTuber市場に参入を始めている。

ここ数年で新しいエンタメコンテンツとして頭角を表わしている「バーチャルYouTuber」。その名の通りバーチャルなYouTuberのことだが、近年ではTV出演や音楽活動など活動の幅を広げ、その姿は「バーチャルタレント」と言っても過言ではない。2022年には、その市場規模は579億円にまで達するとまで推測されており、大手IT企業はこぞってバーチャルYouTuber市場に参入を始めている。そんな中、トップランナーとして名高いのがKizuna AI(キズナアイ)だ。バーチャルYouTuberとしてYouTubeチャンネル登録者数トップであり、中田ヤスタカ氏とのコラボやZepp ダイバーシティ東京でのライブ開催など、その活動はまさにトップアーティストと言っていいだろう。そんなキズナアイをプロデュースするのが、Activ8株式会社(以下、Activ8)だ。今回は代表の大坂武史氏にいかにしてトップバーチャルタレントを育てたのか、これまでいかにして数多くの壁を乗り越えてきたのか話を伺った。ここまで来るのに何度も「その業界はうまくいかないよ」と言われてきた大坂氏。周りの雑音が気にならなかったのだろうか。

日本から世界で戦うならエンタメコンテンツしかない

大坂武史(おおさか・たけし) ー1986年生まれ。「人を活かす」ために「生きる世界の選択肢を増やす」をMissionにActiv8株式会社を設立。同社、Founder / CEO。バーチャルタレントのプロデュースや、バーチャルタレントの活動を支援するためのプロジェクトupd8を運営。
大坂武史(おおさか・たけし)ー1986年生まれ。「人を活かす」ために「生きる世界の選択肢を増やす」をMissionにActiv8株式会社を設立。同社、Founder / CEO。バーチャルタレントのプロデュースや、バーチャルタレントの活動を支援するためのプロジェクトupd8を運営。

まさにこれからのビジネスと言っていいバーチャルYouTuberだが、大坂氏はいかにして目をつけたのだろうか。起業前は外資系のCGスタジオで働いていた大坂氏。事務所では日本人は大坂氏しかいない中で、あることに気づく。

大坂「日本のアニメや漫画、ゲームコンテンツに対して、世界の人たちのリスペクトってすごいものなんですよ。質の高いクリエイターがこんなにたくさんいて、良くも悪くもそれが埋もれている日本という環境はとても貴重なことなんだと気づきました。世界ではクリエイターもそうじゃない人も日本のアニメやマンガに影響を受けたり、憧れを持っている人が大勢いるんです。 日本のコンテンツの持ってるパワーというものを感じた時に『世界で戦うならこの領域しかない』と思ったのです。幸いにも、日本は優秀なクリエイターがたくさんいるので、参入できる余地があると思いました」

エンタメコンテンツで勝負をしようと思った大坂氏は、業界構造を考えた時にIPカンパニーにならなければいけないと強く感じた。

大坂「エンタメコンテンツの業界って、業界構造的にIP、つまりキャラクターを持っている会社が圧倒的にパワーを持っているんですね。僕はもともとIPを持っている会社から制作を受託して仕事をしていたので、実感がありました。まずは自分ができる受託の制作から始めたんですけど、自分たちでIPを持つというのは、世界で戦うために必須だと思っていました」

2016年にキズナアイがバーチャルYouTuberとしてYouTubeチャンネルを開設しました。Activ8は彼女の活動をサポートしていました。開設後1ヶ月くらいでとくに理由もなくアカウントがバンされたんです。2週間くらい動画がアップロードできなくなってしまったんですが、それでも活動は続けていて動画は作っていました。

大坂「2016年にキズナアイがバーチャルYouTuberとしてYouTubeチャンネルを開設しました。Activ8は彼女の活動をサポートしていました。開設後1ヶ月くらいでとくに理由もなくアカウントがバンされたんです。2週間くらい動画がアップロードできなくなってしまったんですが、それでも活動は続けていて動画は作っていました。 そうやってアカウントが再開して活動を続けていた時、タイのインフルエンサーがSNSで動画をシェアしてくれたんです。それがきっかけで世界でバズり、毎週YouTubeのチャンネル登録者数ランキングでトップ5に入るようになったのです。ファンの中には自発的に自国の言語の字幕をつけてくれた方がいたのも各国でバズった要因ですね。 当時はファンの9割が海外の方でした。日本でバーチャルYouTuberが流行るのはもう少し先なんですけど、それまでは海外のファンの方たちに支えてもらいましたね」

確かにバーチャルYouTuberが日本で流行したのは世界よりも遅れていたが、それまでもボーカロイドなど仮想空間でのキャラクターはいたはずだ。いったいActiv8のバーチャルYouTuberはそれらとどう違うのだろうか。

大坂「ポイントはメディアの変遷ですね。確かにバーチャルYouTuberの前もボーカロイドなどのバーチャルアイドルは存在していました。しかし、彼女たちはそれ自身が生きている感じを全面に出していないのです。そもそもボーカロイドはあえてロボっぽさを残していて、クリエイターの表現媒体として用いられるので、それ自体が狙いなのですが。 しかし、今はSNSが発達したおかげでバーチャルYouTuberに生命を感じることもできます。クリスマスや年越しとか季節的なイベントや時事ネタにも反応しますし、そうなると画面を通している限り、生身のYouTuberとほとんど変わらないんです。 そしてSNSが活躍の場というのも大きなポイントです。YouTubeができるまではタレントの活躍の場はテレビでした。しかし、テレビに出られるかはコントローラブルではない。しかしSNSが発達したおかげで誰もがクリエイターにもメディアにもなれる時代です。それはバーチャルYouTuberも変わりません」

「世界で戦えなきゃいけない」という危機感

今でこそエンタメコンテンツの世界で活躍している大坂氏だが、昔からこの業界に精通していたわけではない。いかにして、エンタメコンテンツのスタートアップに繋がっていくのだろうか。

今でこそエンタメコンテンツの世界で活躍している大坂氏だが、昔からこの業界に精通していたわけではない。いかにして、エンタメコンテンツのスタートアップに繋がっていくのだろうか。

大坂「世界単位でビジネスし、世界でトップと言われる企業を創りたいと考えています。生まれてから平成不況で、大学時代就職活動目前でリーマン・ショックを経験しました。就職後、東日本大震災を起こったり、無常観というか、日本という地域に縛られることへの強烈な不自由感を抱いていました。どんなに一時的に優れた企業でも世界で戦えなければ未来はないんだな、と」

「世界で戦えるビジネス」をすることが大きなテーマとなった。

大坂「いつかは自分で起業しようと思っていたので、就職活動もベンチャーでの成功体験が欲しくてベンチャー企業ばかり受けていましたね。結局上場ベンチャーに就職しましたが、もう上がっている会社で物足りなさを感じ、半年後には当時の上司が起業を準備していたスタートアップの立ち上げに参加するため転職しました。 そこでも一営業からはじめましたが、俺だったらこうする、とか将来起業すると生意気なことばかり言っていたら、社長のカバン持ちに抜擢されることになったのです。ただの飛び込み営業ばかりしていた社員が資金調達や新規事業を任されることになりました。当時はチャンスのあるところに積極的に向かっていましたね。 その後は上場するプロセスを体験したくて、上場目前と噂されていた勢いのあるベンチャー企業に転職し、上場承認を経験。その後に前職である外資のCG会社に日本の責任者として呼ばれたので転職したのです。振り返ってみると業種、職種問わずなんでもやってきましたが、今となってはそれが経営に活きている部分もあると思います」

仮想現実という新しい大陸にこれから街を作っていく

「海外で戦う」ことを意識はしていたが、予想以上の反響があったと大坂氏はいう。バーチャルYouTuberの波がきて、バーチャルYouTuber専門のマネジメント会社なども現れ始めている。以前と違い参入障壁が低くなってきている中で、今後いかにしてトップを走り続けていくのか。

「海外で戦う」ことを意識はしていたが、予想以上の反響があったと大坂氏はいう。バーチャルYouTuberの波がきて、バーチャルYouTuber専門のマネジメント会社なども現れ始めている。以前と違い参入障壁が低くなってきている中で、今後いかにしてトップを走り続けていくのか。

大坂「よりタレントとしてプロフェッショナルになること、またデジタルであることを活かした、バーチャルタレントならではの体験を創造していくことが重要です。まず、バーチャルタレントがYouTuberやインスタグラマー、TVタレントや音楽アーティストというビジネスモデルをデジタルで再現した存在であるという事実を認識する必要があります。 日本ではYouTuberやライバーといったタレントをキズナアイのようなバーチャルYouTuberが再現しましたが、世界ではlil miquelaやKFCのカーネルサンダースのようなバーチャルインフルエンサーがアメリカで活躍し投資家含め業界からの注目を集めています。 これはデジタル化という大きな流れの中で起こっている事象だからです。メディアがデジタル化し、コンテンツもデジタル化してきましたが、コンテンツの中心にあるタレントはまだまだデジタル化が進んでいなかった。それがVRやCGなど技術の進歩により、実用のコストが下がってきたこともあり世界的にバーチャルタレントの活用が立ち上がってきたのです。 人間のタレントと同じビジネスモデルで勝負するからこそ、タレントそのものとしての価値が問われると考えます。キズナアイも2018年からは自分のことを今ではバーチャルYouTuberと名乗らず、バーチャルタレントと名乗っています。 どういうことかというと、2017年ごろからYouTubeの外でも活動を本気で始めているんです。その覚悟の現れです。音楽活動では中田ヤスタカさんなど、著名な音楽プロデューサーと一緒に音楽を作ったりしています。 そして、通常バーチャルアイドルってアニソンがメインなんですが『いちタレントとしてアニメファンだけでなく、世界中のファンに価値を届けたいという想いから、あえてアニソンなどではなく、世界で親しまれているダンスミュージックなどにも積極的にチャレンジしています。 去年の年末には全国でリアルライブも開催しています。これまでのバーチャルアイドルと違い、ステージの上でMCもしますし、コールアンドレスポンスなどもできるのがこれまでのバーチャルアイドルとの体験価値の違いです。音楽以外にも冠番組を持つなど、積極的に活動範囲を広げていますが、領域の拡大だけでなく、TVタレントや、音楽アーティストとしてプロとして勝負するスタンスです」

ファーストムーバーとしてのメリットを活かし、一速く活動の場を広げているという。

ファーストムーバーとしてのメリットを活かし、一速く活動の場を広げているという。では、これから仮想世界はどのように発展していくと考えているのだろうか。

大坂「また、バーチャルタレントだからこそ発揮できる価値を大切にすることです。すでにバーチャルタレントの動画はVR内で撮影されているものが大半です。それは例えるならVRの世界で動画という商品を製造し、リアルの世界であるYouTubeに運んできて商売をする、仮想世界から現実世界への貿易ビジネスをしているような感覚です。 だからVRデバイスが普及しなくても、VRはビジネスになるのです。それと今後はVRデバイスが普及していくと、VRライブなど人間のタレントでは発揮できない体験価値を提供できるようになります。VRに行く強いニーズを喚起するのはバーチャルタレントだと考えます。用事がなければ行かない場所にも、好きなタレントのライブがあり、そこでしか会えないなどの価値があれば新潟の山奥やアリーナなどに足を運びますよね。VRがホームとも言えるバーチャルタレントは間違いなくVR普及のためのキラーコンテンツになります。 そしてVR空間こそバーチャルタレントがもっとも輝く舞台であり、その舞台を通じて新たなバーチャルタレントのスターが登場していく。私たちたちはそんな最高のコンテンツを生み出す環境と、そこで見出されるスターの関係性をハリウッドという地に重ねています。バーチャル時代のハリウッドを生み出し、タレントとコンテンツを生み出すエコシステムを創りたいと考えています。世界で戦える次世代のディズニーのようなIPカンパニーになる。それがActiv8です」

大坂氏の頭の中にはバーチャル世界がもっと身近になって、人々の生き方の自由度を上げている世界が見えているようだ。しかし、数年前まではそれこそ夢のような話だったはず。いかに大坂氏は新しい世界を信じてやってこれたのだろうか。

大坂「答えは創るものだと信じてやっています。実際に僕もここまで来る間に、同じことをやろうとして失敗した話っていうのは30人くらいに聞かされました。そういう人の多くが口にするのは『できない理由』。こういうことは世にない事業を始めるスタートアップなら経験されている人も多いかもしれません。 それでも続けてこられたのはファンのおかげですね。正直、ファンからのレスポンスがなかったらここまで信じてやってこられたかは自信がありません。僕らは確かにバーチャルの世界に夢や可能性を感じていますが、しっかりビジネスを成立させることを大事にしています。いくらバーチャルYouTuberが新しく面白いからといって、それを儲からないことの言い訳にはしたくないんです。なぜならそれでは続かないから。夢を見続けるためにもしっかりそろばんの部分は大事にしてきました。 始めた当初も売上こそ立っていませんでしたが、当時はYouTubeが有名じゃなくても稼げる時代でした。広告のクリエイティブを作るよりも、無名でもYouTubeで実況している方が稼げている時代があったんです。それを見て、バーチャルキャラクターが実況したら絶対面白いと思っていたので、マネタイズできる自信はあったんです。そういう数字的なところは初めてから今までずっと大事にしている部分ですね」

スタートアップは概してこれまでにないサービスを展開することから、周りからはマイナスの意見をもらうことが多い。既に起業した人はもちろん、起業を考えている段階の人でも「そのビジネスやろうとしたけど難しいよ」と言われた経験のある人は少なくないだろう。最後にそんな起業に一歩踏み出せないという人にアドバイスをもらった。

スタートアップは概してこれまでにないサービスを展開することから、周りからはマイナスの意見をもらうことが多い。既に起業した人はもちろん、起業を考えている段階の人でも「そのビジネスやろうとしたけど難しいよ」と言われた経験のある人は少なくないだろう。最後にそんな起業に一歩踏み出せないという人にアドバイスをもらった。

大坂「ひとつ確実に言えるのはまずやってみたらいいということですね。今はスタートアップのエコシステムが発達し環境的にとても恵まれているので、起業のハードルはとても下がっています。もしうまくいかなかったとしても貴重な経験になりますし、生きる選択肢は広がります。やらないと始まらない、自分で自分にキャップをしていては始まらない。答えは創るものだと考えています」

夢を見ながらも現実を直視し続けてきた大坂氏。むしろ夢をみるために現実から目をそらさなかったと言えるだろう。大坂氏が思い描いている世界が実現すれば、それは人の生き方を大きく変えることになる。そしてその世界は大坂氏の頭の中では既に実現されている印象を受けた。「新しい世界を作るには信じる気持ちが大事」だと大坂氏は言うが、誰に何を言われても信じる力こそがイノベーターに一番必要な要素かもしれない。もし一歩踏み出しきれない人がいるならば、ぜひ一歩踏み出した時の世界と自分自身を信じてみてはいかがだろうか。

執筆:鈴木光平取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:三浦一喜

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