エンジニアまでもがAIによりその存在意義を危ぶまれている中、次の時代に求められるのが「テクノプレナー」という存在だ。「テクノロジー」に加え、「アントレプレナー」と「リベラル・アーツ」の意味も含むこの言葉は、今後のビジネスシーンでのスタンダードになりうるかもしれない。そして、いち早くこのテクノプレナーの必要性を感じ取っているのが株式会社ABEJA(以下、ABEJA)だ。「ゆたかな世界を、実装する」という理念を掲げ、テクノプレナーを目指す人間の集合体である。今回はそんなABEJAで執行役員/ABEJA Platform事業責任者/CA ABEJA取締副社長を任される菊池佑太氏に、ABEJA におけるテクノプレナーとはどんなものなのか伺った。
AIの開発・運用に必要不可欠なプロセスを最小化し、AIのビジネス実装を加速させプラットフォーム「ABEJA Platform」を提供するABEJA。菊池氏はエンジニアとして入社し、現在は執行役員/ABEJA Platformの事業責任者を任されている。テクノロジーに関する深い知見を持ちながら、事業の仮説検証を推進するテクノプレナーと言えるだろう。今のABEJAの強さについてこう語る。
菊池「ABEJAは、AIの導入に必要なプロセスを簡易化し、企業がAIを使うハードルを下げる「ABEJA Platform」を提供しています。 AIをうまく使うためには、データの取得、蓄積、学習、推論など手間のかかる工程を経なければなりません。そういった工程を省力化するインフラとしてプラットフォームを提供し、企業がAIを導入しやすいようにしているのです。 ABEJAはそういったAIを活用するために必要なデータやノウハウを、アルゴリズム開発などの上流から実運用や保守などの下流に至るまで、すべて一貫して取り組んでいます。2012年の創業よりR&Dに留まらず、AIを実利用してきた部分が強みです。しかし、少しずつ海外大手ITの強力な競合が現れてきていますし、彼らと争うことも目に見えています。あと1年の間に次の戦略を進められるかが、今後の課題だと思っています」
強力な競合の参入に対して、ABEJAはどんな構想をねっているのだろうか。
菊池「これからは各業界における特定領域の課題を解決するAIモデルをSaaSとしてパッケージにして提供することを目指しています。そしてこれから参入してくる海外大手ITなどは、逆に細かい顧客課題の領域には入ってこないと予想しています。 彼らと違うポジションをとることで、競合ではなくいいパートナーになれると思っています。今後のABEJAは、AIの領域においてOSのような汎用的なプラットフォームも提供しつつ、プラットフォームの上で動くアプリのような業界特化したサービス開発にも注力していくイメージです」
「AIを使っていることを意識させないサービス」を目指して開発しているという菊池氏。ゆくゆくはWordやエクセルのように、身構えること無くAIを扱える日が来るという。AIが社会に浸透する日はABEJA によって数年は早くなるかもしれない。
ABEJAがキャリアの3社目となる菊池氏だが、テクノプレナーの素養を身に着けたのは決してABEJAに入ってからではない。話を聞いていると、幼少時代からその育つ過程でテクノプレナーの素養を身につけていたようだ。
菊池「父方、母方の実家も事業をしていたので、起業までは考えていませんでしたが、なんとなく将来は自分でビジネスを作り、それで生きていくという方向性は見えていました。両親は小さいときから私を子どもではなくひとりの人間として扱ってくれたと思います。『生きるための教育』というのでしょうか、単に学問を勉強するだけでなく、生きていくために必要な勉強を意識させられていましたね」
現在、ABEJAで画像認識に携わる仕事をしている菊池氏だが、そのきっかけは小さい頃すでにあったようだ。
菊池「映画が好きな父は、小さい時から私にはアニメを見せなかったんですよ。ちょうど小2の時に『ターミネーター2』が公開されたのですが、父と一緒に見に行った記憶があります。同世代の子たちにとってのロボットといえば普通は『ドラえもん』あたりだと思うのですが、私にとってのロボットは『ターミネーター』でしたね。 ターミネーターの冒頭5分が本当に刺激的で、人工知能が自我に目覚める描写があり、そのシーンをVHSで何度も繰り返し観ていました。そしていつか映画の世界のようにマシンが自ら考え、動き、人間を支配するまでに成長する時代が来るのではないかと思うようになりました。 小2ながら人工知能という仕組みの可能性と怖さ、更には映画のコンピューターグラフィック技術に衝撃を覚えました。これからテクノロジーで新しい表現の時代が来ると思い、コンピューターグラフィックに興味を持ち始めたんです」
小学生にして最新のテクノロジーやコンピューターグラフィックスに興味を持ち始めた菊池氏が、大学院で機械学習を学ぶのは自然の流れだったと言えるだろう。
菊池「大学では数学の統計学を学んでいました。ちょうどその頃は機械学習というものが学問として成り立ち始めた時期でもあったんです。私は修士課程で機械学習を学んだのですが、いくつかある機械学習の手法の中でも私が興味を持ったのは画像認識の分野です。映画のターミネーターやマイケル・ジャクソンのMVなどでよく使われていたモーフィングというコンピューターグラフィックの技術に興味があったからです。これはある画像を別のイメージに滑らかに変化させる技術なんですが、顔の認識をして別の顔に変化させるという技術を研究していました。 当時の機械学習の技術では、ひとつずつ『これが目』『これが耳』と判別させていかなければならないレベルでした」
学生時代にAIの基礎を学んでいた菊池氏が、ビジネスサイドに興味を持ったきっかけはなんだったのだろうか。
菊池「当時学んでいた技術とは別に、世界中でモバイルデバイスの技術が浸透していることにすごく興味があったんです。当時はまだガラケー主流の時代でしたが、PDAというペンでマーキングできるデバイスなどの機器が登場し始めていた時期でした それを見ていてガラケーの先があるだろうとは予測していました。さすがにスマホがここまで浸透するイメージできませんが、これから新しいデバイスが普及して生活に変化を与えるはずと。それでモバイルデバイスに関わる仕事がしたいと思い就職したのがヤフーです」
ターミネーターを見せられる小学生も珍しいかもしれないが、ターミネーターを見てロボットの未来を考える小学生は尚珍しいだろう。自らの範囲を限定せず、興味関心の赴くままに探求し、次に来たる世界を描く、その姿勢は既にテクノプレナーのそれと言えるのかもしれない。
当時のヤフーは、親会社であるソフトバンクがボーダフォンを買収した時期。菊池氏もこれから新しいビジネスが始まることに胸を踊らせたという。ヤフーには6年在籍していたというがどのような仕事に携わっていたのだろうか。
菊池「モバイル事業と広告に関するR&Dの部署にいました。PCと違ってモバイルの世界は様々な面でUXを気をつけなければならず、その結果デバイスの端末IDをkeyにさまざまな情報の管理をしていました。携帯の端末IDがわかれば、ユーザーの行動ログだったり、ログインした情報がわかるのですが、それらのデータを基にその人に対してはどんな広告の親和性が高いか、広告の表示ロジックを作っていく仕事です。 ヤフーにはさまざまなサービスのデータが大量に集まっていて、その中でもユーザー行動ログを基にした属性推定・興味カテゴリの解析、広告を配信したときのクリック率を事前に予測するなど、まだAIの実装が世の中に全く浸透していない時代において非常に最先端な取り組みをしていました」
ヤフーにおいてアドテクノロジーとビジネスを学んだ菊池氏は、その後独立し自らDMP事業を起こす。1年半ほどで事業を停止し、そして次のチャレンジの場として選んだのがフリークアウトだ。
菊池「フリークアウトでも同じく広告に関わる事業をしていましたが、ヤフーとは違う広告の仕組みをとっていました。ヤフーはアドネットワークでメディアと広告主を直接繋げる役割を果たしますが、フリークアウトはDSPといって広告主側のプラットフォームの役割を果たします。 アドネットワークの登場によって、インターネット広告の取引の数は急激に増加しました。莫大な量の広告取引の処理を柔軟に行うために作られたのが、広告主側のプラットフォームであるDSPとメディア側のプラットフォームであるSSPです。 広告主とメディアの間にDSPとSSPの2つのレイヤーが入ることになりますが、それぞれが自身の領域のデータを活用した最適化を行い、最終的には広告収益最大化のためのオークションという仕様で2つのレイヤーがやり取りをするエコシステムです。 私はDSPの開発をすることで、広告の裏側のデータを扱っていました。裏側にあるデータ、具体的には広告を配信する対象者である人のデータを集めるところに興味がありました。 これらのデータを活用し、広告を届ける人の価値を事前に見定めるために、クリック率やコンバージョン率の予測、更にはその人に広告を金額いくらで届けるべきかをAIによって判断していく。この処理を1回の広告表示ごとにリアルタイムで最適化する仕組みは本当に魅力的であり、技術以外でも学ぶべきポイントが多かったです。データを集める事の価値、それをビジネスに活用する方法を勉強しました」
フリークアウトでは5つもの役職をこなし、テクノロジー側もプロダクト側もマネジメントしてきた菊池氏だが、3年弱で活躍の場をABEJAに移すことになる。次のチャレンジの場としてABEJAを選んだのはなぜなのだろうか。
菊池「実は起業していたころ、ベンチャーキャピタリストにビジネスのアイデアを聞いてもらっていたんですが『そのビジネス、ABEJAって会社がやろうとしている』と言われて。存在は知っていました。AIで顔を識別して、リアルな人の行動を分析するアイデアで、その分野に本気でトライしている会社は当時なかったので、ずっと気になる存在でした。 そしてフリークアウトからの転職を考えたときに初めて岡田に会ったのですが、すごいインパクトでしたね。第一印象としてはエンジニアよりもビジネスマンという印象が強かったです。当時はまだABEJAの売上規模が大きくなかったにも関わらず『時価総額300億以上の会社にしないと意味がない』『AIの力で世界を変える』と豪語しているんです。正直、言っていることはよくわからなかったのですが、熱量をすごく感じて、これはこの人の近くで仕事をするだけでも入社する価値があるなって思いました」
10年もの間、AIのプロセスを回すことに携わってきた菊池氏。広告に携わってきたときには、広告主の意図を考えながらAIの改善をしていかなければいけないかったという。その時の経験がテクノプレナーとしての自分をさらに磨くことになった。
菊池「エンジニアこそビジネスをより理解できるポジションにいると思いますし、理解したほうが価値が必ず出ます。今後はただ言われ要件を応えるためにシステムを構築するエンジニアの価値というのはどんどん希薄していくと考えています。 ビジネスを理解して+αの価値を発揮しながら仕事できるのが、これから活躍できるエンジニアです。そもそもエンジニアリングとビジネスは非常に似ているんです。効率よく課題を解決するために、自分が手を動かす工程をどんどん減らしていくっていう点では特に一緒ですね。 たとえばエンジニアもゼロから物を作ることはせず、OSSや公開されているAPIなどを組み合わせて目的までの最短経路を歩もうとするはずです。ビジネスも自社のみで開発するのではなく、他社と協業スキームなどを組み、お互いの強みを活かしながら効果を最大化するようなことはよくあります。 効率を考えながら仕事をしているエンジニアは、短い期間で事業を伸ばすことを本当は得意とする人が多いはずです。問題はそういった側面をなかなか表に出せる人が少ないのではと読んでいます」
言われたことをやるだけでなく、能動的に自分の価値を高めていかなければならないという菊池氏。ではそのように多動的なエンジニアになるには何が必要なのだろうか。
菊池「熱量が大事だと思っています。なぜなら熱量こそが興味の範囲を決めるから。そのために自分がなぜ生きていて、何に情熱を持って生きているのかを考えなければいけません。そして熱量があればどんなことでも吸収できるので、+αの価値が作りやすいのです。 常に自分に満足せずに成長することを考えていれば、いろんなことに興味を持てますし、自分の価値を高められると思いますよ」
菊池氏の話を聞いていると、これからのエンジニアに求められるのは、自らの専門範囲に制約をかけずに、自らの興味関心の幅を広げ、事業を推進できる力であるように感じる。菊池氏はその必要性を表現を変えて何度も話してくれた。しかし、それはエンジニアに限った話しではないだろう。今後AIが発展するにつれて「失われる職業」というトピックを目にするが、大事なのはどの職業を選ぶかよりもなぜ職業を選ぶかなのではないだろうか。どんな仕事をしていても価値を発揮できなくなる人間もいれば、逆に+αの価値を見つけて仕事を進化させていく人もいるだろう。「何のために生きるのか」「なぜその仕事を選ぶのか」さらには「自らの仕事によって、どのような世の中を作っていきたいのか」。答えはない中で、それらを問い続け、技術によって実装していくことこそが、次の時代で求められる行動姿勢、「テクノプレナーシップ」ではないかと菊池氏の話を聞いて考えさせられた。そんな菊池氏をはじめABEJAが2019年3月4日、5日の2DAYSにわたって開催したAIカンファレンス「SIX2019」では、テクノプレナーシップの行動精神に則って、ABEJAがクライアントやパートナーとともに実装してきたAI活用事例を50以上のセッションで紹介した。当日参加できなかった方向けにもレポートサイトにて講演資料を順次公開している。
執筆:鈴木光平取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博