外国人観光客の姿が戻ってきた。
2019年には3,188万人もの外国人が訪れた日本。新型コロナウイルスの世界的な流行のためおよそ3年にわたりインバウンド(訪日観光)は停滞したが、国境を跨いだ移動制限や防疫措置が緩和されてきた。観光立国を目指す日本にとって、2023年は再スタートの1年となる。
この流れを好機と捉えているスタートアップが「バカン」(東京千代田区)だ。「待つをなくす」を掲げ、ホテルや飲食店、それに商業施設などの「混雑」に対し、可視化や管理などのサービスを幅広く提供する。
2023年2月には8億円の調達も発表。資金調達環境には逆風が吹くも「凄く良かった」と手応えを感じている。地域に根ざした事業会社との連携を軸に、アフターコロナの人流増に備える。
百貨店で開かれている季節のイベント、ホテルの大浴場…「行ってみたけど混んでいた」とがっかりした経験は誰にもあるはずだ。
バカンはこうした「混雑」を価値提供の機会と捉える。カメラやセンサーなどを組み合わせて人の出入りを検知し、独自のIoTデータ基盤で解析する。整理された情報はサイネージや来訪者のスマホなどに表示される。こうして、商業施設ならば「ラーメン屋は混んでいて入れないが、カフェならば待たずに入れる」が一目瞭然になり、ホテルならば「大浴場は混んでいるから先に夕食会場に行こう」といった判断ができるようになる。
サービスの仕組みはシンプルだが、「情報を統合的にマネジメントできる点に優位性があります」とバカンの河野剛進(かわの・たかのぶ)CEOは話す。
例えば、飲食店の4人がけの席に3人が座って談笑している場合。機械的に判断すれば「1人分の空きがある」ことになるが、別の客をその席に案内することはできない。「混雑の定義や情報の粒度などを柔軟に組み合わせるのが非常に重要。また、行列などの可視化だけでなく、空いている席をリアルタイムで確認して確保するなど我々にしかない技術もあります」と河野CEOは解説する。
これまで商業施設やホテルなどにサービスを提供してきた。しかし、商機となる「混雑」はコロナ禍で減少していく。多くの人が「三密」や「不要不急」を合言葉に人との接触を控えるようになった。
バカンにとっては逆風とも思える事態。それでも、意外なところに需要が生まれた。きっかけは2020年夏ごろに相次いだ台風による被害。九州などで、避難所の運営が課題となったのだ。
気候変動の影響もあり被害が大型化すると、避難する人数も増える。例えばこの年の台風10号の対応について内閣府が九州などの236自治体を対象に実施した調査によると、およそ4割の市町村で収容人数超過となる避難所があった。問題は人数だけではない。「三密」回避をはじめとするコロナ対策も講じなければいけない。
「ソーシャルディスタンスを取る必要があると、例えば本来100人受け入れ可能だった避難所の定員が60人ほどになってしまうこともあります。いざ避難してみると受け入れてもらえず『たらい回し』にされてしまうという問題がありました」
こうした自治体に対し、バカンは避難所向けの基本サービスを無償で提供した。主に避難所に派遣された自治体職員が操作するもので、事前に決めた定義に基づき、受け入れ人数ごとに「やや混雑」「混雑」などの情報を手元のスマートフォンから入力する。市町村役場にメールで報告する従来のやり方と比べ、手間や時間を大幅にカットできるという。
「職員の方は、慣れてきたら5秒から10秒で情報を更新できます。避難所は途中で出たり入ったりする人が少ないため、増加傾向や減少傾向が続くという特異性もあります。すると、(こまめに更新する必要がないため)混雑情報を入力する工数はほとんどかかりません。その時間を住民とのコミュニケーションなどに充てられます」
「住民からすれば、開設している避難所の位置や混雑具合がリアルタイムに分かります。(空いている場所に避難者が向かい)分散避難が行われれば、移動が難しい高齢者などが最寄りの避難所に行った時に受け入れられる可能性も上がります」
バカンのシステムは、自治体職員の口コミや地元メディアの報道などで知られるようになっていく。その結果、コロナ禍まで手をつけていなかった避難所向けサービスの導入自治体は200を超えたという。
バカンは今後、戻りつつあるインバウンド需要の取り込みを目指す。JNTO(日本政府観光局)の統計によると、2023年1月の訪日客はおよそ150万人とコロナ前の56%ほどに戻っている。中国大陸からの観光客が戻ればさらにかつての数字に近づく。
アフターコロナの人流増に備え、河野CEOは2022年の夏頃から資金調達活動を始めた。話をしたのは事業会社だ。
「(今回は)単純な純投資というのはあまりやりたくないな、と思っていました。私たちはお金があれば成長できるかといえばそうではなく、リアルな場所とサービスが紐づいています。そこを伸ばすためにパートナーと組みたいと考えました」
2023年2月には、融資を含む8億円の調達を発表。新規株主はENEOSイノベーションパートナーズやHamagin DG Innovation Fund(横浜銀行とデジタルガレージによるCVC)、それにTVQ九州放送などだ。地域に根ざした企業との協業に重きを置いている。
資金調達活動のなかで環境の変化も感じたという。アメリカを中心とする世界の中央銀行の利上げなどにより、日本でも資金調達環境に逆風が吹いている。河野CEOは「事業会社自体が投資を控えています。新規のスタートアップ向け投資の予算がない、ということも起きているのではないでしょうか」と振り返る。
だからこそ、無事に調達できたことをプラスに捉えている。
「今回は凄く良かったです。全体的に投資が控えられているということは、スタートアップの厳選が進み、(投資マネーが)集中していくということでもあります。今回は事業会社に『バカンとの連携が必要だ』と考えて頂けました」
インバウンド関連の問い合わせは「凄く来始めている。ホテル・旅館や商業施設が多いですね」と河野CEO。行列を可視化するだけでなく、待機客を空いている場所へ誘導することで経済効果を高められると考えている。
「行列ができてボトルネックになってしまえばユーザー体験も落ちます。『待っている時間』は『その地域にお金が落ちていない時間』とも言えます。混雑を分散させることで地域に対して貢献できると考えています」
バカンのシステムは、インバウンドをめぐる別の課題にも対処できると考えている。人手不足だ。
帝国データバンクの2023年1月の調査によると、正社員が不足していると答えた業種では「旅館・ホテル」が77.8%とトップ。コロナ禍で離職した働き手の戻りが、人流増加のペースに追いついていない可能性がある。
「店の中は空いているけれどスタッフが行列を捌けず案内できない、という事例もあります。少ない労力でお客様の満足度を高めたいというニーズは強い」と河野CEO。混雑の可視化・管理に加え、店舗などの省人化にも対応できると考えている。
バカンのサービス導入件数は公表ベースで15,000件。河野CEOは今後について、公式なものではないと前置きしつつ、「数年以内に50,000件以上などとなっていくのでは」と明かした。今後は出資を受けた事業会社との協業などを通じて、研究開発や認知度向上などに取り組む。コロナ禍にも新たな需要を見出し、「三密」意識が薄れゆく社会に備える。「これからが本番です」と力を込めた。