コラム

ポストIPO企業が勝ち抜くには?シニフィアン・朝倉祐介

2019-03-19
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
朝倉,CEO,IPO

“IPO後もなお精力的に発展を遂げようとする意志を持った会社”。朝倉祐介氏率いるシニフィアンは、それらをまとめて「ポストIPO・スタートアップ」と呼ぶ。元ミクシィ代表として知られる朝倉氏は、現在、シニフィアンを創業し共同代表を務める。ポストIPO・スタートアップへの経営支援、ユニコーンを目指すスタートアップとの資本業務提携など、あらゆる面からのサポートを行なっている。スタートアップにとっては、大きな目標の一つでもあるIPO。ポストIPO・スタートアップでは、きっとIPOをゴールにするのではなく、ひとつの通過点として見ているのだろう。ところが、と疑問が湧く。アメリカでは、スタートアップを買収するニュースが珍しくない。いわゆるM&Aだ。日本では多くのスタートアップが当たり前のようにIPOを目指しているが、本当に正しい選択肢なのだろうか。上場企業での代表経験もある朝倉氏に、尋ねてみたいと率直に感じた。

社会全体をみるなら、IPOの数をベンチマークにしてはいけない

IPO
朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)ーシニフィアン株式会社共同代表兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

ーー抽象的な話題から入りますが、そもそも、スタートアップはIPOを目指すべきなのでしょうか。

朝倉氏(以下、朝倉) 「実は、ちょうど2週間後にそんな話をする予定があって資料をまとめていたところなんですよ(笑)」

ーーそうでしたか(笑)。

朝倉 「経歴にもある通りなのでご存知かもしれませんが、僕は2006年にネイキッドテクノロジーという会社を仲間と設立しました。2010年には1億円の資金調達を行なって、2011年にミクシィに売却しています」

ーーはい、存じています。

朝倉 「世の中の流れに落とし込んでみると、2010年はリーマンショック直後。少し戻ると2006年はライブドアショックがあったため、2010年頃はスタートアップにとってはまさに『冬の時代』でした。まあ、当時は『スタートアップ』という言葉もなかったのですが」

ーーそうでしたね。当時のベンチャー(スタートアップ)って海のものとも山のものともつかない、みたいなイメージを持たれていましたよね。

朝倉 「スタートアップへの投資額も、2010年は年間700億円弱。それが今となっては4,000億円近くまで上昇しています。隔世の感がありますよね。リーマンショック翌年の2009年はクックパッドがIPOした年ですが、マザーズへの上場はクックパッド含め4社しかありませんでした。ところが、2018年は63社。規模感が大きくなっているなと感じます」

ーー隔世の感、まさにですね。

朝倉 「スタートアップを取り巻く環境が活性化していること自体は良い傾向だと思ってはいます。ただ、IPOを目指すべきかどうかの話をするなら、根本に立ち返って考えてみる必要があります。そもそも、スタートアップが存在する社会的意義とは何か、という話」

ーースタートアップの社会的意義ですか。

朝倉 「そうです。シンプルにいうと、世の中にインパクトを与える事業を生み出すこと。具体的には、既存企業では対応できない、世の中の変化や新たな社会課題を、事業を通じて解決することです。また、このような新しい事業を作ることで、次世代に遺すべき産業を作ることができます」

ーー社会課題の解決と、新しい産業の創造。このふたつが、スタートアップの意義ということでしょうか。

朝倉 「マクロから見た社会的意義という点では、そのように私は捉えています。スタートアップへの投資額から見ると、今は資金が流れているので、スタートアップが生き抜きやすい環境になっていると思います。ただ、社会全体の視点から見ると、IPOの数がKPIであってはいけないと思っています。IPOする会社の数が増えて、創業者が小金を稼いで喜んでも、世の中は良くなりませんから」

ーーいわゆる「上場ゴール」になってしまうならIPOは良くないということでしょうか。

朝倉 「個々に事情もあることでしょう。スケールせずとも、淡々と収益を生むという事業もあるでしょうし、そうした会社がIPOを目指すことが良くないとは思いません。ただ、それでは先ほど述べたスタートアップに期待される社会的な意義は果たしづらいでしょう。また、本当にインパクトのある事業を生み出すことを目指しても、上場後に成長が停滞する企業も多く見受けます。せっかくIPOまでこぎつけたけれど、パタリと成長が止まってしまう」

ーー上場後の停滞ですか……。少し具体的に伺いたいです。

朝倉 「マザーズ上場を果たすスタートアップの多くは公開時、公募価格ベースで時価総額60億円程度の規模感です。上場時の資金調達額は5億円ほど。これって、アメリカでいうところのシリーズB程度の規模でしかないんです。要するに、とても未熟な状態である、と」

ーーああ、なるほど。それなのに、上場後の成長が停滞してしまっては、IPOが増えたとしても社会にインパクトを残せるほどの企業は増えないですね。社会全体の視点としてIPOの数をベンチマークにしてはいけない、の真意は、そういうことですか。

朝倉 「そうです。プロダクトが事業として成立するまでの間に苦しむ局面のことを『死の谷』なんて表現しますが、いうなれば上場後は『第二の死の谷』。本来は市場を通じて資金を調達し、より大きく成長するためにIPOするはずなのに、なかなかそれが実現できていないのです。『第二の死の谷』を超えるスタートアップが増えないことには、いくらIPOの数が増えたところで、世の中にインパクトを与える事業は増えません。シニフィアンがポストIPOのスタートアップを支えることを軸としているのは、そういう現状を打破したいと考えているからです」

インタビューに訪れる少し前、Voicyというラジオアプリで、朝倉氏の対談を聞いた。耳心地の良い優しい声だけれど、早口で、ひとつのセンテンスに詰め込まれた情報量がとにかく多い方だ、と感じていた。ボイスレコーダーのスイッチを入れてから10分。たったの10分だけれど、多くの情報を受け取り処理することに必死になってしまう。理路整然、淡々と言葉を並べるその姿から、この方は日々自分の考えを言語化しているのだと容易に気がつく。それなら、より彼の思考を深くまで知りたい。高い視座で物事を語る思考を追体験することで、まだ見たこともない景色を見ることができるような気がした。

スタートアップが上場後に抱えがちな5つの課題

スタートアップ,IPO

ーースタートアップが抱える上場後の成長の停滞に気がついたのって、いつ頃のことだったのですか?

朝倉ミクシィの代表だった頃ですかね。ミクシィって上場時(2006年)の時価総額は2,000億円だったんです。ところが、僕が代表になった2013年には、180億円まで下落しています。もうにっちもさっちもいかない状態だなと思いました」

ーー時価総額が、7年で10分の1、ですか。

朝倉 「その後、ミクシィを離れてスタンフォードで日米のスタートアップエコシステムを比較/研究していたのですが、やはり日本特有の課題はポストIPOにあるんじゃないかと考えるようになりました」

ーーその課題って具体的にはどのようなものがあるのですか?

朝倉 「よく聞かれるのですが、どの会社も各様で、なかなか類型化しづらい。千差万別といいますか。ただ、代表的なものとしては5つがあると思っています。 ・経営人材や知見・組織・事業そのもの・資本市場との対話・資金調達 ですね。少し長くなると思うのですが、お話しても大丈夫ですか」

ーーもちろんです。

朝倉 「まず、経営人材や知見について。未上場のスタートアップって、多くの場合はVCが資金を出すじゃないですか。彼らがハンズオン的にアドバイスをくれるケースも珍しくありませんよね。 また、上場前のほうが知見が豊富な人材を採用しやすいという点も挙げられます。『新進気鋭のスタートアップ』もIPOしてしまうと、『一上場銘柄』と目されてしまいがち。人材市場では東証一部の一流企業と『上場企業』として一括りで比較されることになる。上場後のスタートアップだと雇われる側のメリットってそう大きくありません。ストックオプションのようなインセンティブも導入しづらいですしね。 また、『日本にはシリアルアントレプレナーが少ない』とよく言われますが、これは言い換えれば上場企業の経営経験を持つ創業者が稀であるということです。つまり、ポストIPOスタートアップの経営者はみんな、上場企業経営者1年生ということです」

ーーたしかに。IPOしてしまうとストックオプションで経済的な夢も見れなくなりますしね。

朝倉 「次に、組織の課題。マザーズに上場する企業の多くは、上場時の社員数が50〜100人規模です。このくらいまでの人数なら、なんとか社長が気合で組織全体を見渡して率いることができます。 ただ、100人を超える規模になってくると、組織規模の拡大に対してミドルマネジメントが追いつかないケースがよく見られます。この課題に関しては、IPOが起因するわけではありませんが、多くの企業のIPOのタイミングと組織課題とが、ちょうとぶつかりやすい、ということです。 長々と話していますが、問題ないですか?(笑)」

ーー大丈夫です(笑)。続けてください。

朝倉 「3点目にいきますね。スタートアップは、IPOまで単一事業で成長するケースがほとんどです。役員含め全員が、『経営』というよりも一丸となって『執行』を担っている感覚に近い。ところが、上場すると、複数の異なる事業をポートフォリオとしてマネジメントする、いわゆる『経営』が必要です。執行と経営は似ているようで異なるもの。会社を運営する上での難易度が一段階上がります。 次に、4点目の資本市場との対話。これは当たり前ですね。未上場時の株主は顔もわかるし、VCであれば取締役会のオブザーバーを務めていることも多いので、日頃からコミュニケーションの機会があるはずです。ところが上場すると、自分たちの事業をあまり理解しておらず、顔も見たことのない株主から、利益額や配当額について注文をつけられる。コミュニケーションスタイルの違いに戸惑うことが多いでしょう。 最後が、資金調達ですね。ここ最近の状態を見ていると、なんなら未上場のほうが大きな額の資金調達ができるのではないかと思ってしまいます。過去3年くらい遡っても、マザーズ上場企業で実際にパブリック・オファリングを介して資金調達が実現できたのはたった7社ですから。本来は市場から資金調達することでリスクマネーを得るはずなのに、実質、上場後の資金調達は東証一部に上がるまでお預けです」

成功体験を、あえて自己否定する

成功体験

ーーこれが、上場後の停滞につながる代表的な課題ですね。

朝倉 「企業によって、どのケースが当てはまるかは異なりますが、上場前には経験したことがないことばかりが起こる。こうした背景もあって、上場後に停滞しやすいのだと思いますね」

ーーただ、先ほど朝倉さんの言葉にもあったように、日本にはシリアルアントレプレナーが少ないわけですよね。要は、上場経験者も少ない。そうなると、これらの課題を解決するための方法も見つからないように思えてしまいます。

朝倉 「難しい問題ですよね。もう少し大企業やメガベンチャーなどからスタートアップに人が流れていけば、経営知見も広まっていくのだと思います。事業に必要なのはヒト・モノ・カネなんてよく言いますが、モノはさておき、ヒトとカネの流動性を高めることが必要なのではないかと。ポストIPO期の会社の成長に必要な資源を流せるような、仕組みづくりが求められているんでしょうね」

ーーうーん。ただ、上場後だとストックオプションを魅力に感じて流れる人材も少ないわけじゃないですか。これといった打ち手ってあるのでしょうか。

朝倉 「どうなんでしょうね。綺麗事にはなるかもしれませんが、経済的なインセンティブは非常に重要である一方、それのみに魅力を感じて転職する人というのも逆に珍しいと思うんですよ。自分たちが何者で、何を目指しているのか。経営者が根拠をもって、自分たちの言葉でビジョンを強く訴えることが大切なのだと思います」

ーーたしかに。ところで、ミクシィはSNSへのこだわりを一度リセットして、モンスト(モンスターストライク)で市場への復活を果たした印象があります。そこから得た示唆というか、新規事業をどのように生むのか、みたいな話もお伺いしたいです。経営者って、どんなことを意識していたらいいのでしょう。

朝倉 「経営者に必要なこと、リーダーに必要なこと、正直に言って、こうした議論はナンセンスだと思います。というのも、組織の置かれた環境やその人のキャラクターによって適したスタイルは定まっていくわけですから。一概には言えません」

ーーいろいろな経営論やリーダー論があるけれど、ケースバイケースだ、と。

朝倉 「と、思っています。ただ、そう言ってしまうと話が続かないので、前提としてその認識を伝えつつ、あえて言うなら『自己否定』できるかどうかだと私は思っているんです」

ーー自己否定?

朝倉 「スタートアップの経営者って、大抵は創業者であり、ある種の成功体験を持っていますよね。ひとつの事業を拡大して成功させたという体験。ただ、一方で、その成功体験の延長線上に、その会社のさらなる成長があるとは限らないんです」

ーーひとつの領域や事業に縛られるな、ということですか。

朝倉 「そうですね。たとえば、ソフトバンクってもともとはソフトウェアの卸業を行なっていた企業ですよね。もしも自己否定なく、そうした成功体験の上であぐらをかいていたら、今のソフトバンクはなかったはずです。少なくともビジョンファンドは生まれていないでしょう。成功体験は、組織にとっての原動力となりますが、反面、成長の制約にもなり得る。だから、思い切って自己否定ができることが、上場後もさらに成長を企図する経営者にとって必要なことかなと思うんです」

ーー経営者にとって成功体験は必要だけれど、それが返って、自分たちの事業の幅を狭くしてしまう。よくある話なのかもしれませんね。

朝倉 「周囲の取り巻きにいくらちやほやされても、IPOしてしまえばただの『一上場銘柄』です。もちろん、小さくても粛々と、という企業を否定するつもりはありません。ただ、高みを目指したいと思うのならば、既存の事業を含めて、現状にとらわれない勇気も必要ですよね」

ーーミクシィのときにも、同じようなことがありましたよね。海外SNSが急進するなか、SNSが低迷して。

朝倉 「僕が入ったばかりの頃は、とても既存以外の事業に本腰を入れて取り組めるような環境ではなかったんです。それもSNSでの強烈な成功体験があったからですね。今では信じられないことですが、社内に限らず、社外からの目も、ミクシィがSNS以外の事業に本気で注力するなんて考えられないという状況でした。 とはいえ、成功体験を積むことすらままならない企業がごまんとあることを思うと、一時であれ、大きな成功を体験できたことは、当事者達にとっては幸運なことだったのでしょうけれどね」

ーー株主の存在によって、新規事業にストップがかかる、なんてこともありそうですが。

朝倉 「そうですね。目先の利益を考えたら、成功するかどうかもわからない新しい構想に先行投資なんかしていないで、既存の事業を粛々とやっていたほうが良いに決まっていますから」

ーー成功体験の否定を自ら行うためには、経営者はどうしたらいいのでしょうね。

朝倉 「一番取り組みやすい状況は、苦境に立たされているときでしょうね。このままいくと、会社は死ぬ、というとき」

ーー後がないから頑張るしかない状況ですね。ただ、できればそうなる前になんとかしたい、と思う経営者は多いはずです。

朝倉 「そうですよね。たぶん、そのために意識して取り組めることもあります。ひとつは、経営者自らが『このままだとやばいぞ』といった雰囲気を社内に醸成するために煽ること。もうひとつは、サンドボックスを作ること」

ーーサンドボックス。エンジニアリングなどに使われる「本番ではない開発環境」のこと、ですね。

朝倉 「そうです。限定的な環境で、新規事業を小さく始めるんです。全損しても会社にとって致命傷にならないくらいが目安でしょうか」

自分は、上場企業の経営者だった方にインタビューしているのだなと、改めて気付かされる。あらゆる角度から物事を見極め、判断し、そして言葉にする。朝倉氏の場合もまったく同じだった。ひとたび抽象的な話を始めたかと思えば、具体論へ、はたまた抽象論へ。具体と抽象を行き来して話しているにも関わらず、整理された内容はすんなり入ってくる。もっと聞いてみたい。次々疑問が湧き出てくるのがわかった。

今後、スタートアップの循環構造を安定させることが必要

スタートアップ

ーースタートアップのイグジットは、M&AかIPOと大きくふたつに分かれますよね。今後、日本はイグジットオプションを広げていくことができるのでしょうか。

朝倉 「教科書的な話をすると、アメリカのスタートアップのイグジットの9割は、M&Aによるものです。一方で、具体的な割合はわからないものの、日本のイグジットはIPOが既定路線ですよね。 スタートアップのエコシステムを発展させるためには、エントリーとイグジットの循環を良くすることが重要です。IPOやM&Aといったイグジットの幅が狭まると、エントリー時点での起業家の数も増えません。報われないのに、わざわざリスクをとって起業しようなんて人はなかなかいませんからね。いくらスタートアップに対する資金提供量が増えたところで、イグジットの機会がないなら、エントリーの母数は増えないわけです」

ーーイグジットの多様化を図ることで、エントリーは増えていく。そして、エントリーが増えることは大きなイグジットにつながり、エコシステムそのものが良くなる。そういうことですね。

朝倉 「そうですね。『日本とアメリカとでは、ベンチャー投資額に50倍ほどの差がある』とよく言われています。ところが、起業家の数は50倍じゃ済まないわけです。スタンフォードの近所のカフェを覗けば、あちこちで起業家が資金調達だったり採用だったり、プロダクトだったりの話をしています。もう、起業家の絶対量が違うんです。 エントリー時点で圧倒的に多くの起業家がひしめくアメリカと、起業数が少ない日本。どちらの社会がより多く、スタートアップの成功事例を創出できるかは、考えるまでもありません。多勢に無勢です」

ーーエントリーを増やすためにも、イグジットのバラエティを豊かにすることで、報われることを示していきたいところですよね。

朝倉 「そうですね。IPO以外の選択肢としてM&Aでイグジットする会社が増えることや、IPO後もスタートアップが着実に成長できる姿を見せることで、起業家予備軍のアニマルスピリットに火をつけられるのではないでしょうか」

ーーちなみにそれって、M&Aなら選択肢を増やせる余地があるってことなのでしょうか。

朝倉 「アメリカでスタートアップの買収を行う企業には、昔ながらの企業もありますが、メインはGoogleFacebookといったスタートアップ出自の企業です。最近だと、UberやAirbnbなど、未上場の企業まで積極的に買収を行っている。ここまで課題面を中心に語ってきていますが、日本でも成長するポストIPO・スタートアップが増えてくれば、アメリカのようにM&Aの事例も増えてくるのではないかと、実は楽観視しているんですよね」

ーーアメリカではとはいかなくても、日本でもスタートアップのエコシステムが一通りできあがりつつあるから、ということですよね。

朝倉 「そうです、そうです。もちろん、近年のスタートアップ界隈の盛り上がりは、市場環境などのマクロ要因によるものですし、調整局面が訪れることは避けられないでしょう。ただ、これが一過性のブームとして完全に終焉してしまうのではなく、カルチャーとして根付けばいい。そのための地盤を作っていく必要があると考えています。盛り上がりに浮き沈みはあっても、カルチャーとして定着しているのか、ゼロになるのかって、全然違いますから」

ーーGMOやサイバーエージェントが上場したあたりから、なんとなく日本にもスタートアップの意識は残りつつありますからね。このままいくとカルチャーとして根付く感覚はなんとなくあります。

朝倉 「浮き沈みはあれど、徐々に積み重ねられたらいいですよね」

今を生きる人の務めは、孫の世代に新しい産業を残すこと

孫,シンフォニア

ーーシニフィアンはポストIPOのサポートを掲げていますが、将来に向けた青写真ってありますか?

朝倉 「輪郭のぼんやりとした話をしますが、僕らは、自分たちのお客さんを自分たちの孫世代だと思っているんです」

ーー孫の世代。

朝倉 「あ、もちろん、事業の目線で考えると、経営者や投資家が直接のお客さんなんですけれどね。ただ、僕らが貢献すべきは、未来を生きる後世の人たちなんですよ。冒頭でお話したように、スタートアップの社会的な存在意義は社会課題の解決と、新しい産業の創造だと思っています。シニフィアンは、スタートアップの成長促進を通じて、事業の創出と、後世に遺すべき産業を確立したい」

ーー具体的に戦略としてどうこう、みたいな話も考えられていますか?

朝倉 「ないですね。決めていないです。僕らは今ポストIPOに着目して活動しているわけですが、それはあくまでも新産業を創出するうえで、ポストIPOが重要だと考えており、その時期のスタートアップを支えるプレイヤーが現時点では存在せず、またその時期に必要とされている知見が僕らにあるから。なにも人生をポストIPOのみに捧げようとは思っていません」

ーー解決すべき課題が目の前にあって、シニフィアンが得意なこと。だから取り組むってことですね。

朝倉 「そうですね。仮に5年後、シードに全く資金が流れていない、みたいな課題があればそちらに注力するでしょうし、真逆でより大きな上場企業の課題解決を優先するかもしれません」

ーーああ、そういう未来もあり得るかもしれないですね。

朝倉 「そういう意味では、『経営』というテーマについての一貫性はあるのかもしれません。原則として、情報のアービトラージを利用してお金を儲けようという発想ではなく、富のパイを大きくすることで結果として自分たちもリターンを享受しようと考えています。そうしないと、持続しませんから」

ーーいいですね。起業家の方にお会いすると、多くの方が広い視野で物事を見られているように感じます。主語が自分ではなく、国や市場になるというか。ちなみに朝倉さんは、なにかのきっかけで先ほどのような考えを持つようになったのでしょうか。

朝倉 「ほかの起業家のみなさんとあんまり変わらないと思いますよ。表現が難しいのですが、僕自身、幼い頃から海外を飛びまわるみたいな生活は経験していないからか、自分ごととして捉えられる一番大きな単位が日本っていう国までなんですよね。また日本を離れてしばらく過ごしたことで、自分のルーツである社会に対してコミットしたい、と思うようになったのかもしれません。大きなきっかけがあったわけではなく、だんだんと、が一番近いですね」

ーーそれって、ナショナリズムみたいなものに近いんですか?

朝倉 「うーん、国民国家としての日本に対する愛着というよりは、郷土愛に近いんじゃないですかね。不平不満だって散々あるけれど、やっぱり日本って良い場所だよね、みたいな。だから、その良いところは後世にも残したいですし、僕らがバトンを落としたと思われることだけは避けたいなと」

ーーそれはわかります。

朝倉 「僕自身は、渋沢栄一や中山素平のような、個別の事業ではなく経済全体のパイを広げることに奔走した先人へのリスペクトが大きい。『特定のプロダクトを作るために起業して』とか『どこかの会社の経営者になって』といった話ではなく、形はどうあれ新たな産業を生み出すことにとことんコミットしたいと強く思います。方法論は何でもいい」

ーーへえ。

朝倉 「あとは、少し生々しいですが、現状、自分の生活に困っていないからこそ、こんなことを言っていられるんじゃないでしょうか。もしも自分の生活もままならない状態なら、『後世のために産業をどうの』なんて言っていられないじゃないですか」

期待はしない。悲観は突き詰めると、楽観に変わる

悲観,楽観

ーーこれから起業する人やスタートアップに転職しようと思っている方にアドバイスを求められたとしたら、なにか伝えたいことってありますか?

朝倉 「起業を迷っている方には、逃げ道を作ってから挑戦することをおすすめしています。よく自分を追い込むために退路を絶って……なんて言いますが、最悪のケースを想像してそれに対応できる準備をした上でチャレンジする方が良いかなと。たとえば、起業が失敗して事業が継続できなくなっても、自分を雇ってくれる企業があればそれは別に悩むことなんてないわけで」

ーー無理して退路を絶つのではなく、無理だったときの道を残しておく、ですか。スタートアップに飛び込もうとする方にはどうでしょう。

朝倉 「基本的には同じです。失敗してもなんとかなるってわかっていたら、チャレンジのハードルって下がりませんか」

ーーうんうん、そう思います。

朝倉 「今の勤め先で思い切った挑戦をしたいという人も、同じことだ思いますよ。会社員にとって、一番怖いのは路頭に迷うことでしょう。だったら、いつクビになっても良い状況を作っておけばいい。そうすると、なにも怖くなくなりますし、誰にも遠慮せずに自分の考えを自由に述べられるようになります」

ーー朝倉さんもそうでしたか?

朝倉 「そうですよ。ネイキッドテクノロジーを売却してミクシィに入った平社員のときなんかは、自分が正しいと思うことをとにかく好き勝手言っていました。不興を買ってクビになったところで何の未練もありませんし、また自分で事業をやればいいと思っていましたからね」

ーーそうでしたか(笑)。もともと、すごく悲観的に物事を捉えるんですね。

朝倉 「僕は基本的に、すごく後ろ向きの人間ですよ。とことんまで最悪の事態を考える。ただ、悲観って、突き詰めると、最悪の状況への備えができるし、覚悟も定まる。そこまでいくと、悲観が楽観に変わるんです」

ーーこれまでで想像する悲観を上回ったことはありましたか?

朝倉 「んーないですね。自分なりに思う最悪の事態って、自分の身の回りの人たちに危害が及ぶ・逮捕される・殺される、くらいじゃないですか。それよりもひどいことって起きたことないですからね。自分の中で避けたい最悪の状況をイメージできていれば、そうした事態が起きないように備えることはできるし、どんなに悪く思えることでも、自分が想定している最悪の事態よりマシであれば、まぁ仕方ないかと受け止めることができる。目の前の出来事にいちいちあたふたするのは、そうした最悪の状況に対して腹決めができていないからです。 会社経営なんて基本的に嫌なことばかり。衰退期の会社のターンアラウンドなんて、なおさらです。それなのに、良いことばかりを想像して期待してしまうから、そうした期待が実現しなかったときにがっかりするんです。『やってもろくなことにならなそうだけど、それでも自分がやらなければいけない』と心底思えることじゃないと、無心で取り組めないんじゃないでしょうか。良い意味で最初から何も期待をしていなければ、いわゆるハードシングスも乗り越えることができるのだと思いますよ」

ーーなるほど。期待や喜び以外のところに活動の源泉となるものがあるんですね。

朝倉 「僕の源泉は、基本的に怒りですよ。まだまだ可能性があるのに、やらない理由や言い訳ばかりを並べてやるべきことをやっていない状況を目にすると、ふざけるな、なんちゅう眠たいことを言っているんだ、ってね。こうした怒りを抑えることができずに我慢できなくなるから、自分がなんとかしようと思ってしまう。自分が本腰で取り組んだものって、モチベーションはほとんど怒りだったんじゃないかと思っています。今だからこそ、言えることですけれど(笑)」

1時間のインタビューを終えてボイスレコーダーのスイッチをカチッと切る。それと同時に、少し張り詰めていた空気がゆるやかなものに変わったように感じた。取材前、ほかのメンバーは誰もいないオフィスの中で、ひとり淡々と書類仕事を片付けていたという朝倉氏。「そろそろ、バックオフィスのメンバーが欲しいところなんですよ。経理書類を僕が頑張って作っているところで……」と、さりげない会話で場を和ませる。日本の社会が、これからどう変わるのか、正直なところわからない。スタートアップの未来も、確実なことは言いきれない。国の経済、社会課題、さまざまな情報が溢れる毎日だけれど、朝倉氏の発した「郷土愛みたいなもの」には強い共感を覚えた。 経営者などの枠を取り除き、今の日本に生きるひとりとして、先人たちのバトンをどうやって未来につなぐか。そんなことをひたすら考えながら、取材後、オフィスを後にしたのだった。

執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博

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