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「次のネトフリ」を目指す起業家は悩んでいた。「バズらない作品」に価値はないのか?

2023-12-20
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

30分以内で完結する「ショート映画」ばかり扱う映画館が横浜にあった。

大学生の時にそこで見た一本。タイトルは覚えていないけれど、鮮烈な記憶として残っている。

男性が公園で子供に出会う。子供はしきりに男性を誘う。こっちに来い、と言わんばかりに。子供はどんどん進んでいく。男性は追いかける。たどり着いたのは病院の集中治療室。昏睡状態の子供が横たわっている。

「これだけを長編映画でやるのは無理じゃないですか。製作者の実験精神、アート精神をそのまま残せるのが魅力なんです」

岩永祐一さんは熱を帯びた口調でまくし立てる。ショート映画を集めた映像プラットフォーム「SAMANSA」を立ち上げ、運営会社の代表取締役CEOを務める。

映像プラットフォームといえば、2億人を超える有料会員を抱えるネットフリックスが思いつく。岩永さんはショート映画という切り口で「次のネトフリ」を作り上げようとしている。

SAMANSAは、ショート映画の予告映像をSNSで「バズらせる」戦略で成長してきた。

ただ、岩永さんには悩みもある。

「バズ」が成長を牽引する一方で、「バズらない」作品が影に隠れてしまう。数字には反映されないが面白いと信じる作品たちを、どのように事業上の価値に変えていくか。答えはまだ見つかっていない。

ひと月で30万人 TikTokで大反響

岩永さんはクリエイター出身の起業家だ。アメリカ・ロサンゼルスで映画製作を学び、現地でフリーランスとして映画やCMを手がけてきた。

活動のなかで、子供の頃から親しんできたショート映画が製作者の経済的な犠牲の上に成り立っていることを知る。ショート映画はあくまで実力や作風を示す「名刺代わり」か純粋な表現活動でしかなく、「利益なんか出せないという諦めが常態化していた」(岩永さん)。

SAMANSAの岩永祐一・代表取締役CEO

大好きなショート映画で、作り手が利益を得られる世界を作る。日本に戻った岩永さんは2021年、共同創業者とともにSAMANSAを設立する。外部から資金調達をしようと考えたが、投資家の反応は冷たかったという。

「ショート映画という目の付けどころは『アリですね』と評価されましたが…誰が見て、誰がお金を払うのか、と凄く聞かれました。特に映画界に詳しい投資家ほど『短編映画は無理でしょ』という反応でした」

岩永さんたちは、比較的安価に使える外部ツールを契約し、使用ライセンスを得たショート映画をアップしていった。需要な有無などを調べる必要最小限の製品である「MVP(Minimum Viable Product)」として、擬似的な動画プラットフォームを作ったのだ。

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この時、集客に使ったのがTikTokだった。ショート映画の予告映像を自ら作り、流していく。本編が見たくなった人をSAMANSAに誘導する狙いだ。

これが当たった。

「予告映像がバズって…。TikTokに動画を上げて1時間くらいで数十万回再生されるものもあって、通知が鳴り止みませんでした。お客さんもめちゃくちゃ来て。最初は1,000人くらいを目指していたのですが、ひと月で30万人くらい来ました」

ショート映画というジャンル自体の知名度は高くない。それでも「誰もが面白いものを求めている。その形にこだわりはない」という岩永さんの仮説は的中した。時間対効果を意味する「タイパ(タイムパフォーマンス)」重視の風潮もSAMANSAの追い風となった。

この時期、岩永さんは再び資金調達に動き出す。だが、集客の成功を打ち出しても投資家の目線は変わらなかった。当時はまだ実験段階として、無料で映画を見られるようにしていたからだ。

「無料だから来ているだけしょ、という感じでしたね。『有料に変えて、それでも人が来たらまた相談してください』と言われました」

その中で、可能性を見出したのがW fundイーストベンチャーズ。シードラウンドとして4,000万円を調達できた。

調達にも成功し、いよいよ有料化に踏み切ったのが2021年冬のこと。岩永さんは不安に苛まれた。無料版で集めたユーザーがどれだけ残るのか分からなかったからだ。このまま無料版を続け、プラットフォームに広告を掲出して稼ぐ方法もあったが、やめた。

「ショート映画にお金を払ってもらう。その価値観を醸成する。そう掲げていましたから。不安しかありませんでしたが、かなり強い意志を持って踏み切りました」

ユーザーはほとんど残らなかった。

「めちゃくちゃ辛い」半年間 ユーザーの声に答え

「何が原因なんだろう」

苦しい時間の始まりだった。サービスが良くないのか、有料視聴に価値を感じてもらえないのか。不安が胸の中で広がっていく。

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悩んでいる間にも、TikTokに上げた予告映像はバズを連発していた。広告モデルに切り替えれば収益につながる。共同創業者とも話し合い、実際に調査もした。

「めちゃくちゃ辛かった。本当に辛かった。でも、何かを変えればお客さんはまた来るはずだという9割くらいの確信はあったんです。結果が出ていないという1割の焦りがずっとあるような感じで…」

ヒントはユーザーの声にあった。「クレジットカードを持っていないから契約できない」というフィードバックをたまに目にするようになったのだ。よく考えればTikTokは若年層に浸透しているアプリ。そこで獲得する視聴者も当然10代が中心で、クレジットカード決済を前提としていたシステムとは水と油だった。

SAMANSAのアプリ内で課金できるシステムを導入すると、有料会員は上昇カーブを描き始めた。その直後、ジャガイモの皮をひたすら剥く見習いコックの逆転劇を描いた「シェフ・ド・パルティ」の予告映像が大ヒット。数千人の有料会員をもたらした。

ようやく焦りから解放される。この時、有料化から既に半年が経っていた。

見られない映画も残す 「冷徹なロボに管理できないのがエンタメ」

TikTokの「バズ」を原動力に成長を続けるSAMANSA。しかし岩永さんは今、悩みの底にいる。

悩みの種は「バズの格差」だ。「シェフ・ド・パルティ」のようにTikTokで大ウケして新規ユーザーをもたらし、SAMANSA上でも高い視聴回数を誇る作品もある。しかし全てがバズるわけではない。

「そもそも面白い作品だからバズっています。バズるのは良いことです。ただ、だからと言って視聴回数が伸びない作品がつまらないわけではない。どんなにSNSで紹介しても、解説記事を書いても、バズる作品の影に隠れてしまう。そこが本当に難しい」

TiKTokの再生回数、どれだけ新規ユーザーを連れてきたか、SAMANSAでどれだけ見られているか…事業への貢献度を数値化する手法は複数ある。通常のビジネスならば、数字の上がらない商品は棚から撤去されていく。しかし岩永さんは、数値上のパフォーマンスが低い作品も排除したくないと考えている。

「自分にとってはかなり面白くても、調べてみたら興行的には大失敗だった映画もありますよね。それが今の事業で言うところのバズる、バズらないに変換されているのかもしれません。でも、数値化できず、冷徹なロボットには管理できないのがエンタメの面白いところです」

「バズらない作品」をどう事業成長に活用するか。岩永さんはまだ答えを見つけていない。「多くの人に見てもらえる施策を打てていない僕の責任」と自分を責めることもある。スタートアップらしく非連続な成長を目指しながらも、SAMANSAで「バズらない面白さ」を伝えていくつもりだ。

「バズっている作品の恩恵を受けてショート映画の認知そのものを広げる。マネタイズ(収益化)できていない作品も『自然保護区』的に置いておいて、見てくれる人に届けていく。一喜一憂せず、長い目線で進んでいきたいです」

バズらない作品にも価値があると信じている。岩永さんはそんな感情を「ある種のエゴですよね」と自己分析する。ただその一方で、同じ世界観を持つ人たちが多くいることも予感している。SAMANSAがネトフリのように育てば、届くはずだ。

「手探りですけど、確信みたいなものがあるんです。まだ小さなサービスですが、人生が変わったというユーザーもいる。必要としている人は世界にいっぱいいるはずなんです。『やれるでしょ』って思います」

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