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「痛い、辛い、苦しいに波動が寄り添う」。落合陽一さんに聞く「研究成果をビジネスに変える方法」【単独インタビュー】

2023-10-25
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

音や光などを「波動」と捉え制御する技術に強みを持ち、研究成果の社会実装に取り組んできた筑波大学発スタートアップ・ピクシーダストテクノロジーズ

同社の特徴の一つが、大学などの「研究シーズ(種)」をビジネスの「ニーズ」と掛け合わせ製品化し、多くの消費者に届けている点だ。研究室で生まれた成果の事業化は一般的に難しいとされ、大学発・研究開発型スタートアップが直面しやすい壁とも指摘される。

ピクシーダストはどのようにビジネス化のきっかけを発掘しているのか。また、研究者にとっては価値のある研究でも、ビジネスとしてのニーズがなければ事業化は諦めるべきなのか。

アメリカ・ナスダック市場の上場記者会見後の単独インタビューで、落合陽一・代表取締役CEOに聞いた。

ピクシダストテクノロジーズの落合陽一・CEO(左)と村上泰一郎・COO(右)
—創業当初からR&D(研究開発)成果の社会実装にこだわっていて、toC(一般消費者)向け製品も増えてくるフェーズに入りました。

落合陽一CEO:はい。良いことだと思います。

—研究開発成果の社会実装は、起業の目的に対して今どれぐらい進んでいるのでしょうか。

落合CEO:世間的には、4割くらいは進んできたんじゃないですか。僕らの会社がという意味ではなく、研究開発ベンチャーに対して投資マネーが集まるようになってきた。ただ、日本市場ではユニコーンになると出口がなくなるというのは結構大きな問題だと思っていて。

我々くらいの規模感の会社がちゃんとイグジットしていくことが、 研究開発企業の社会循環という意味では非常に重要だと思っています。何千億円もの企業価値がついてもイグジットできないと投資家は困ってしまう。そういう意味では事業サイズに合った市場評価がされて、適度な企業価格が付き、イグジットしていくような研究開発企業の循環は社会にとってマストで重要です。

我々のロードマップとしてはまだ15%ぐらいです。研究開発したところからプロダクトが出て、上市して、結構色々なところで売れて。18万円のものが2,000台売れるのは嬉しいですね。5万台ぐらい売れるといいなと思ってどんどん売っているんですが、まだ認知も少ないですから。

そういった目線では、プロダクトが世の中でちゃんと評価されていくような形を作っていくところで多分30%ぐらい。そこから次の投資につなげて、つまり資本市場からだけじゃなくて売上などから得た純利益から投資して、また研究開発が回るようなモデルまで持っていくところで7合目、というところじゃないでしょうか。

—研究開発型スタートアップの過去の事例では、創業から13年〜15年ぐらい経ってからIPOする事例もあると思います。ピクシーダストテクノロジーズは創業からIPOまでがかなり速い(7年目)。EXITまでのスピードは意識していたのでしょうか。

落合CEO:はい。研究開発企業は、⻑く研究開発してそのうちプロダクトが世に浸透し始めるという動きをするわけですけども、あの動きだと研究開発は加速しない。早いスタートアップ的な動きができるような研究開発企業である必要はあると思います。(スピードは)かなり意識しています。

—国内の研究開発型スタートアップとしては初のナスダック上場になりました。

落合CEO:株価も上場ゴールではない堅調な動きをしているので、それは凄く良いと思っていますが、今後の株価形成も結構重要なポイントであって、出来高が増えるとか、資本市場からも注目される株式ではありたいと思っています。

研究という目線で言うと、私は研究者なのでめっちゃ研究はしているんですが、研究して開発して世の中に出てくるというラインナップをどうしっかりやっていくかは大切だと。自分で会社をやって上場させてみてプロダクトが世に出るようになって、改めて思ったところです。

—ナスダックへの上場は、ピクシーダスト個社の成長戦略だけでなく、前例を作ると言う意味で日本の研究開発型スタートアップにとって社会性を帯びていると思います。

落合CEO:そうだと思いますね。ピクシーダストは前例のないことをやっていくのが重要な会社ではあるので、そこは力を入れてやっているような気もします。

—研究開発成果の社会実装をめぐっては、落合さんはかねてから「事業としてのニーズ」の存在が大事だということを強調なさっています。

落合CEO:はい。ニーズドリブンです。

—研究シーズがあり、さらにニーズがある。この重なりが非常に重要と理解していますが、このニーズをどう見極め発掘していくかということが後に続く人たちにとっても大切です。落合さんはどのようにニーズを見極めているのでしょうか。

落合CEO:ニーズは痛みを伴っているものがやはり多いですよね。本当は楽しいニーズの方がいいんですけど。

例えばSonoRepro(同社製品。家庭用スカルプケアデバイス)だったら「毛が抜けてしまったから生やしたい」。突然腕の中央に毛を密集させて生やしたいということはないと思いますが、 なくなったものを戻したい(というペイン)は結構大きくて。痛い、辛い、苦しいに波動が寄り添うところぐらいが、唯一、研究開発とお金がマッチするペインポイントなのかなっていう状況は変えていきたいんですけど。痛い、辛い、苦しい、若々しくありたい、などのより付加価値が高いところにニーズが多いなという印象はあります。

でもニーズ探しという面では、研究開発で出てきたものを日本中、世界中のあらゆるものに当ててみないと分からない。(製品化したものは)例えばお酒の飲み方から空気の清浄の仕方から、色々なことを超音波で試してきて、その中で残ったニーズ。めちゃくちゃ当てまくった結果です。

—逆に言うと、研究シーズとして思いを持って研究している方がいても、ビジネスとしてのニーズがないとか、あるいはまだ時代が追いついてないものは、スタートアップとして社会実装できないのでしょうか。

落合CEO:難しいですね。もしくは大きな夢に対してもっと資本市場から調達するかです。その場合は我々みたいな、いわゆる波動制御とマルチジャンルという掛け合わせで開拓していくみたいなタイプではできないでしょうね。

ニーズの規模がまとまったマスにならない時は、オープンソースかつフリーにものを作っていくことだと思うんです。上場企業としてやっていくならばセグメントがある程度大きくないとおそらく仕事にならない。研究室レベルならば作っている本人が楽しかったらそれでいいと思うんですけど。そんなものの見方をしています。

—落合さんは研究開発の成果を社会実装して世の中より良くするというメッセージを発信しています。ただ「良い世の中」という判断軸はかなり主観的で、例えば我々とテロリストでは「良い世の中」への考え方は全然違うわけです。落合さんが目指す良い世の中とはどういうものなのでしょうか。

落合CEO:「デジタルネイチャー」。

—技術に寄り添えない人に、デジタルネイチャーをどう説明しますか。

落合CEO:技術に寄り添えない人にデジタルネイチャーを説明するときに一番良いのは「全ての現象が全ての現象に変換できる状態」です。 つまり、あらゆるものはあらゆるものに、例えば時間を戻せるとか、健康を取り戻したり、言葉が音や光に変換されたりとか、あらゆる物理現象の相互変換性が高い自然のことをデジタルネイチャーと我々は呼んでいるわけです。特定の目的があるときに特定の構造が作れたり、特定の事情で動く装置があったりする変幻自在な環境やインフラをどう構築するかが重要だと思っています。

テロリストはテロ自体が目的ではなくて、テロによって何かを成し得ることが目的だと思うんです。そこにあるのは結構なイデオロギーだと思っていて、イデオロギーは教義だったり伝統だったりによって決まっています。

デジタルネイチャーは「自然をアップデートしたい」という思想なので、基本的にはそこに宗教性—自然をアップデートするということ自体宗教性があると思うのですが—個別具体的な宗教性はあまりない。重力や質量に縛られない社会は、身体というハードウェアや空間の制約にとらわれにくいと思うので、そういったものを目指したいです。

(聞き手/高橋史弥 STARTUPS JOURNAL編集長)
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