先日、クラウドファンディングプラットフォーム「CAMPFIRE」の支援総額が100億円を突破した、と発表された。今日も、プロジェクトページを覗いてみると、そこには多くの夢が連なる。ひとりの挑戦者が社会に向けて想いや覚悟を発信するその姿は、日本らしい文化ともなり始めているように感じられる。「CAMPFIRE」の生みの親は、連続起業家として知られる家入一真氏だ。レンタルサーバー「ロリポップ」を提供する株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ株式会社)や東京・渋谷のカフェ「ON THE CORNER(オンザコーナー)」を生み出すなど、活動の幅は広い。エンジェル投資家としても活動し、最近では、投資ファンド「NOW」の設立にも踏み切っている。そんな家入氏、これまでの多岐に渡る活動の奥で、いったい何を思うのか。これまでの人生と合わせて、今思うことを話してもらった。
(以下、家入一真氏)僕、起業したのが21歳のときなんです。とはいっても、起業したくてした、というよりも、うまく働けないから起業したというほうが近い。19歳くらいで初めて就職したけれど、全然馴染めなくて。そのあと、出社拒否してクビになったこともあります。2〜3社くらい経験したけれどそんな調子だから、もう思い切って起業するしかないなと。ただ、人とコミュニケーションを取ることが本当に苦手だったから、できる限り人とは会わない仕事にしたい。そうなると、インターネットだなと。そんな流れで、21歳のときにペパボを作りました。ひとりでの創業だったし、当時(20年前)はスタートアップなんて言葉も生まれていなくて。ひとまず1円で合資会社を設立しました。小さく始めた事業だけど、少しずつ順調にお客様が増えてくれて、社員も採用できるようになっていったんです。初めは会社を経営するノウハウがなかったので「みんな頑張ったから、今月からお給料1万円アップね」なんて、言っていました。経営ごっこ、に近かったです。そうしたら、24歳のときに、GMOの熊谷さんから買収の話をいただいて売却したと。今でも、やっぱり僕はコミュニケーションをとることに対して苦手意識があって。相変わらず、どうしたら人とうまく話せるか、みたいなことを考えています。とはいえ、対話しなくても、様子を見ていたりSNSを見ているだけでも、人の変化ってわかりません? 決して無関心ってことではないんです。直接の対話以外のコミュニケーションでも、わかりあえることはあるはずなんですよね。
いろいろな事業を作っているので、僕はなんだか「好きなこと」を気ままに追いかけている人と思われてしまうことがあります。もちろんサービスのリリースや会社が成長していくことそのものはすごくうれしいですが、モチベーションはたぶん違うところに働いているんです。それがなにかって、うまく言葉にはできないですが「今までの経験がきちんと通用するのか確かめている」という感覚が近いです。インターネットの領域に絞ってうまくいったことが、リアルコミュニティを生む事業においても通用するのか、みたいな。カフェを作ったのも、そこがきっかけです。あとは、場を作ること、そのものが楽しいんです。場があるから、集まった人がいて、新しいことが生まれていく。居酒屋でもなくレストランでもないカフェという形態を選んだのも、仕事したり本を読んだりギャラリー活用したり、いろいろな可能性があると思ったからです。そして、その思いはそのまま「NOW」の立ち上げにもつながっているんです。僕自身、熊谷さんや堀江さんっていう上の世代からのバトンを受け継いでいる感覚があって。受けた恩は、直接本人たちに返すものではなく、下の世代に還元することで責務を果たせると思うんです。でも、ひとりではそのバトンを渡しきれないし、僕の資金が尽きてしまう可能性もある。これを仕組み化していかないといけないと思い、それならファンドだ、と感じました。こんな風にいろいろな思いからたくさんの事業を組み立ててきたけれど、40歳になって、やっと点が線になってきたかな、くらいのものなんです。僕、昔は絵描きになりたかったんですよ。起業家になるつもりじゃなかったし、初めは劣等感すら抱いていました。でも、キャンバスに絵を描くという形ではないけれど、「社会」というキャンバスに対してビジネスというものを通じて表現している。そう言語化できるようになってから、だいぶ起業家らしくいられます。
「NOW」の話に戻りましょうか。ファンドという形で立ち上げましたけれど、エンジェル投資家のスタンスで引き続き起業家と向き合っています。起業家にとって、「NOW」がコミュニティになればいいと思っています。コミュニティは、僕にとっての「居場所」なんです。おかえりと言ってあげられる場所で、おかえりと言ってもらえる場所。一度起業に挑戦しても、理由があってやめなければならなかったり、失敗して前職に戻ったり。それでいいと思うんです。戻れる場所があるから、人は何度も挑戦できるはず。僕自身、引きこもりを経験しているためか、居場所が欲しいという思いが原体験となって起業している気がします。最近、コトリーさんと始めた起業家のメンタルヘルスケアを支援するプログラムがあるのですが、それも居場所づくりの一環です。起業家って孤独や責任が伴う役割です。投資家として、起業を推進するなら、同時に守る場所も必要だと思うわけです。同世代の起業家、ましてや自社の社員やアルバイトの方には相談できない、起業家ならではの悩みってあるものなので。昔、後輩の起業家が、一度イグジットを経験したのちに、二度目の起業で失敗して自殺してしまったことがありました。そんな人たちを生まないためにも、居場所を作ることに今は投資したいと思っています。若い世代は自分の進むべき道や進路に迷うことも多いはず。真っ暗な穴の中にいる、みたいな感覚ですよね。外に出るためには、上から垂れてくる糸を掴み取らないといけない。うまくいくときばかりではないけれど、それでもどうにか掴み取る気概のある人たちが増えてほしいんです。そのために、僕らの世代は、少しでも多くの糸を彼らに届けられるような、そんな存在でいたいと考えています。
起業家が成功するための秘訣は、ひとつだと思っていて、それが「死なない」ことなんですよ。ピボットしてもいいし、社員がゼロになってもいい。それでも死なずにバットを振り続けていることが一番大切。じゃあ、どうしてそこまで強くいられるのかっていう話ですが、僕は原体験の有無に左右されると思っています。僕は人生の中で原体験と呼べるできごとについて、30歳を超えてから気がつきました。引きこもりだったり、両親が自己破産していたり、というエピソードが原体験になると知るまでに時間がかかったし、すぐに見つかるものでもないと思うんですよね。ただ、わかりやすいできごとではなくても、日々の生活の中で、解像度を高く物事と向き合っていたら原体験のヒントくらいは見つかると思っています。理不尽なこと、非人道的なこと。まだまだたくさんありますから。みんなそれぞれ原体験を持っているはずなんです。あと、原体験に基づいたものであれば起業の入り口はなんでも良いと思うんです。起業家って、かつてのロックスターと似ているなと感じるんですよね。彼らだって、バンド活動を始めたきっかけは、モテたいとか、音楽が好きとか、いろいろじゃないですか。だからこそ、原体験。とくに日々困らない程度の生活が送れる日本の中で、どうして自分が、今、起業するのか。そんなことを考えると、起業する意味って見えてくるのかな、と思います。成功する自信だって、根拠はなくても持っていると良いですよ。根拠のない自信こそが、既存の世界を突破するときに必要なことなのかもしれませんから。
僕は今、たまたま日本で生まれて、日本で活動しているわけですけれど、だからこそ日本で今事業を起こす意味、というものを考えます。豊かさを実現した今の日本は、これから人口が減って、経済が小さくなって、その過程でこぼれ落ちてしまう方がいるかもしれない。そうした人たちを救うためにも、社会の中に居場所を作ることがより重要になると思います。NPOでもフリーランスでも起業でも、方法はなんでも良いと思いますが、そういった課題に対して向き合っていける起業家が生まれることこそに意味があると思っています。そのためにも、起業家にとって持続可能なセーフティーネットを作りたい。今も未来も「NOW」がその存在になっていければと思っています。
執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:矢野拓実