CTOという役職が日本で定着して時間が経つが、その役割は会社によって大きく違う。CTOを目指すエンジニアの中には、実際にCTOが企業の中でどのような役割を果たしているのか気になっている方も多いだろう。この記事では、ヤフー株式会社(以下、ヤフー)でCTOを務める藤門千明氏と技術コンサルティングファームの株式会社レクター代表・松岡剛志氏が対談を行い、ヤフーにおけるCTOの役割を明らかにしていく。松岡氏と藤門氏は共にヤフーに新卒として入社したエンジニアだった。間柄としては松岡氏が先輩、藤門氏が後輩にあたるという。藤門氏は現在、同社の技術的負債を解消するために様々なプロジェクトを進めている。技術的負債、マネジメントや採用など、CTOが直面しがちな課題をどう乗り越えてきたのかだろうか。
松岡「思い返せば僕がヤフーを退社したのが2007年のことで、藤門さんは会社に残り続けた。僕としては『大変なものを押しつけてしまったな』という負い目がありました」
藤門「いやいや、そんなことはなく」
松岡「今日はどんな話を聞こうかと考えてきたんですけど、CTOって会社が置かれたフェーズや状況によって業務が異なります。一概に『最高のCTOはこれだ』と言い切れないところがありますよね」
藤門「そうですね。先日、一休のCTOをしている伊藤直也さんとイベントに登壇したんですよ。イベントが終わってそのまま彼と食事をしたんですけど、『他社CTOが〇〇をやっているって、実はあまり参考にならないかもしれないよね。会社の事業のフェーズや状況がみんな違うわけだから、個々の事例を聞いただけではエンパワーされにくい』という話をCTO同士でしていました」
松岡「今回はそういった前提で『日本有数のIT企業のCTOが、就任後どのように問題を解決していったか』、という方向性で聞いていこうと思います。はじめに質問したいのが技術的負債について。会社を設立してから20年以上経ち、エンジニアを約2800人抱えるヤフーであれば、技術的負債もかなり溜まっていると思います」
藤門「溜まってまっていましたね」
松岡「それをどのように返済したのでしょう」
藤門「着手したのは2015年で、今もモダナイゼーションに取り組んでいます。着手にあたり、当時必要だったことは、なぜ全てのサービスをモダナイゼーションすべきかを経営陣に理解してもらうことでした。エンジニアならば、負債の返済が必要であることは当然のように理解できるものの、ビジネスサイドにはその重要性を説明しなければなりません。場合によってはサービスを止めることもあるので、モダナイゼーションによるメリットや意義を理解してもらわなければいけなかったのです。経営層には『5GやIoTの時代を前に、これからデータ量が急激に増えるので、高速でPDCAを回してものづくりをしなければいけない。そのために全てのサービスがマイクロサービス化されている状況を作る必要がある』と、何度も説得しました」
松岡「この先、データ量が爆発的に増えるじゃないですか。そのデータを適切に管理しなければいけない。大変な作業ですよね。エンジニアとビジネスサイドの意識の違いは“あるある”で、皆さん苦心するポイントです。説得するための材料はどのように用意したのでしょうか」
藤門「技術的負債を返済することで効率化が進み、新規事業にリソースが割けることを説明しました。ヤフーには約2800名のエンジニアがいますが、技術的負債がそのリソースを阻害してしまっていた。モダナイゼーションを行うことでどれほどリソース活用ができるかを説明するために、資料を作って執行役員以上全員の前でプレゼンをしました。この時がCTOになってから一番のプレッシャーを感じた出来事でしたね。その後、承認がおりて退路を断たれた時も覚悟が必要でしたが」
松岡「執行責任者は、提案して承認されたら達成しなければいけないですからね。その後、モダナイゼーションのためにどのようなことを行ってきたのでしょう」
藤門「まずは徹底的な可視化を行いました。既存事業の目標を達成しながらモダナイゼーションを並行しなければいけなかった。そのために、エンジニア一人ひとりのパフォーマンスを可視化する必要があったのです。可視化をしなければ、組織のコンディションが分からず、モダナイゼーションがどれだけ進んでいるのかも分かりません。可視化をした後は、モダナイゼーションをスムーズに進めるため、全サーバーにCI/CDのプロセスを入れるように指示して、全てのインスタンスを仮想化するなど、地ならしを行なっていました。モダナイゼーションの進捗の数値が動いていると、それだけで精神的に安心できる時もありましたね」
松岡「会社改革をする際に状況の可視化をして、理想とのギャップをどう埋めていくかと言うことですね。可視化を徹底していく際に悩んだことはありましたか?」
藤門「エンジニア一人ひとりに、毎日の稼働の様子を入力してもらわなければいけないのですが、『それ、意味あるんですか』という声が多く挙がりました。組織全体に可視化の重要性を理解してもらうために説明をするのは大変でしたね」
松岡「ここまで技術的負荷とモダナイゼーションの話を聞きましたが、僕からスタートアップの皆さんに言いたいのは『将来のことを考えて、データベースだけは時間を投資しておいた方がいいですよ』ということですね。ALTER TABLEができない世界線は辛いですから」
藤門「あとは、スタートアップに限れば極力データベースを自社で持たないことですね。スタートアップの場合は、フルマネージドのサービスに一旦乗っておいた方がいい、という意味です。管理はスタートアップがやるべきではないと思います」
松岡「なるほど。スタートアップの技術のコアコンピタンスは、大学発ベンチャーでもない限り、いかにフットワーク軽く行動できるかが問われます。基本的には自分で作るものを増やすよりは、フルマネージドサービスを多く使い、本業に注力した方が早い。スタートアップが切れるカードは『スピード感』なので、そこにリソースを割くべきですね」
松岡「CTOには高い技術力はもちろん、組織をマネジメントする力も求められます。会社によってそのバランスは異なりますが、藤門さんはこの4年間でどのように技術とマネジメントのバランスをとってきたのでしょう」
藤門「はじめから技術とマネジメントのバランスがとれていたわけではありませんが、業務を行いながらスコープを調整していきました。例えば去年1年間(*)はCTOをしながら1,000人規模の組織をマネジメントしていたんです。当時は会社全体のKPIをつくり、グループの目標設定や、1,000人分の人材育成のプランを立てていました。しかし、それでは技術に全くフォーカスできず、無理があると思ったのです。ちょうど去年の今ごろ、役員の合宿があったので「テクノロジーの力を使ってサービスに介入したい、だから技術にフォーカスしたい」と直訴しました。マネジメントを自分のスコープから外してもらったのです」
*取材日は2019年11月
松岡「CTOとVPoEを分けるモデルにしたのですね。大きい会社の場合、マネジメントしながら技術戦略も立てていると、どうしても時間軸や相対する人間の差から判断が難しいことが出ます。そこでその責務を分割するという判断をされたと言うことですね」
藤門「そうですね。会社を成長させるためには、時には厳しい意思決定をしなければいけません」
松岡「時に憎まれ役になる時もありますよね。厳しい判断をするためには、その裏付けとなる学習量や強い覚悟が必要です。そこに時間を投資しなければいけないけれど、ラインを持っているとなかなか難しいところがあります。僕はいまだに夢に見るんですけれど、技術の意思決定を遅らせてしまったことがあって。まさにメンバーの顔がちらついて「あと2年この契約を続けるか」と延長してしまって、それが後々尾を引いてしまった。藤門さんは判断を問われる機会も多いと思いますが、CTOをしながらマネジメントをしている時に、「失敗した」と思ったことはありますか」
藤門「例えば会社の中でうまくいっていないプロジェクトがあった時に、立て直すためにプロジェクトをCTO直下に持ってくることがあると思います。しかし、多くの場合それでは解決しないんですよね。問題の多くは技術的なことではなく、タスクの詰め込みすぎや、エンジニアとビジネスサイドの会話量が足りないといった構造上の問題にあります。そのような構造上の問題を解決すればうまくいくのに、つい自分の技術力で解決してしまおうと問題を引き取ってしまうんです」
松岡「CTOをしていればそのような経験をした人も多いと思います。ただし3~4回も繰り返すと、問題を引き取る前に技術の問題ではなく、構造上の問題だと気づくようになりませんか」
藤門「問題を引き取る前に何が原因になっているかは調べるのですが、組織が大きいと毎回違う種類の問題が起きて見極めにくいことも多いですね。その経験から得た教訓は、『問題を引き取るにはよほどの覚悟が必要』だということです。ヤフーは展開しているサービスが多いため、様々な部署に顔を出さなければいけません。特定のサービスに集中すれば周りが見えなくなってしまう。これを避けるために、今はいかに自分直下のプロジェクトを作らずに、会社全体を動かせるかを意識しています」
松岡「ヤフーほど多くのサービスを運営している企業は少ないと思いますが、会社全体を俯瞰しながらエンパワーするために何が必要だと思いますか。Howの部分が知りたくて」
藤門「ひとつは信頼貯金のように、CTOがマネジメントにおける信用を持っているかだと思います。普段からメンバーとコミュニケーションをとって、信頼を築いていないと人や組織は動かせません。もうひとつは技術力です。CTO自身が、問題が発生した時に外から問題を見て理解する技術力を持っていなければいけません。日々の技術鍛錬を怠っていると、問題が起きた時にすぐにボロが出てしまいます。少し前もPayPayのシステム障害で皆さんにご迷惑をおかけしてしまいましたけれど、対応する際にソースコードだけを見ていてもしょうがないんですね。全体のボトルネックを確認して、そのためにいつ何を解決するか、どうユーザーにコミュニケーションするか。全体をいかに早く最適化するかが問われました」
松岡「何に注目し何を省くかは、ある種の技術戦略ですよね」
藤門技術選択をする際も全てのトレンドは追えないので、今後ヤフーにとって重要になりそうな技術に絞っています。もしくは仕様の変化などから、サービスを脅かすテクノロジーやルールの変化に注目することでしょうか。そのため自分で先にトレンドを試して、危ういと感じた時は現場に指示を出したり、場合によってはプロジェクトチームを作ったりして対処していますね。
松岡「ここからは採用について。CTOの大きな役割としてエンジニアの採用は欠かせないと思います。ヤフーでは中途採用に限らず、新卒の採用にも力を入れていますよね。なぜヤフーは新卒採用に注力しているのでしょうか」
藤門「私自身も新卒として入社しましたし、現在の執行役員のうち2人は新卒入社です。新卒を採用して会社のポテンシャルを引き上げることは、会社としても意味があることだと思っています。ヤフーには新卒を育てられる度量があります。様々な失敗をさせて成長させられるだけの体力や、研修プロセスがあるので一定のレベルに成長させる自信があるんです」
松岡「なるほど、これは中途採用にも関わる話ですが、今は技術職が売り手市場ですよね。優秀なエンジニアは取り合いになる中、どうやって口説いているんですか」
藤門「これまでやってきて一番効果的なのは何度もコンタクトすることですね。定期的に「最近どうですか」と声をかけ続けて、興味を持ってもらったタイミングでヤフーの良さを推すようにしています。具体的なところでは、「こういうサービスを一緒に作りませんか?」と誘います。ヤフーの凄さって、誰もが知っているサービスを作れることだと思うんです。そういう大きなサービス作りに携われる経験ができる会社は少ないので、響く方は多いですね」
松岡「採用から発展した話になるんですけど、会社のフェーズに合わせてCTO自身も入れ替わりや変化が必要だと考えています」
藤門「切り込みますね。スタートアップの場合は入れ替えをしなくとも、フェーズの変化に合わせて嫌でもスタイルを変えなければいけないと思っています。最初は一人でも、人を雇った時点でマネジメントが発生するので、変わらなかった時点でCTOを辞めなければいけないと思います。大きな企業だと話は違って、扱う事業のサイズに合わせて向き不向きはあると思います」
松岡「フェーズに合わせて変化は必要ですよね。偉くなると周りからアドバイスを受ける機会が減るので、常に冷静に自身を評価しなければいけない。藤門さんとしては退任するタイミングは考えているんですか? ここまでやれたら辞めてもいいかなとか」
藤門「例えばモダナイゼーションが完了した時でしょうか。終われば次の戦略に向かえるので、後任が新しい戦略や事業を立てることができる。先輩方から受け継いだヤフーという資産をもっと良くして返すことができたと思えるでしょうし、それがマイルストーンの1つかもしれないですね」
松岡「モダナイゼーションはマイナスをゼロにする作業じゃないですか。それを行う際に大事なのは、どれだけ強い覚悟を持てるかだと思うんですね。現状が良いと言っている人を説得して、やりきらなきゃいけない。やりきった後にさらに「新規事業を起こして勝とう」となったら、違う才能や馬力が必要になるでしょう。その時に藤門さんが必要なのか、他の才能を持つCTOが必要なのかは悩むところなのかなと思います」
松岡「さて、まだまだ聞きたいことは山ほどありますが、最後に藤門さんの今後のビジョンを聞かせてください」
藤門「これは会社人格ではなく、個人的なものですが、ヤフーのCTOになった時は、大きな技術変革に直面できたら面白いと思っていました。しかし、この10年で世界を変えるような技術変革はまだ起きていません。一方でこれから5Gやブロックチェーン、量子コンピューターなど大きな技術変革の波が近づいているように感じます。そのような技術が実用化された際に、前線で新しいサービスに携わっていけたら嬉しいですね」
松岡「今日はありがとうございました。ここでは話せないこともあると思います。また近々飲みにでも行きましょう」
編集デスク:BrightLogg,inc.執筆:鈴木光平取材・編集:鈴木雅矩撮影:戸谷信博