コラム

知らなかったでは済まされない...。スタートアップが把握すべき「知財」のこと

2019-08-08
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
「特許」「商標」といった知的財産を成長戦略の一環として重視するスタートアップが増えている。自らのプロダクトの血肉となるアイディアや技術、そしてその魅力や市場価値などを自社の独自資産として「守る」ための策である。

「特許」「商標」といった知的財産を成長戦略の一環として重視するスタートアップが増えている。自らのプロダクトの血肉となるアイディアや技術、そしてその魅力や市場価値などを自社の独自資産として「守る」ための策である。Webアプリやブロックチェーン、VRなどに見られるテクノロジーを活用したアイディアは、「そもそも誰のものか」がわかりにくい。かつては、それらの出自は非常に明確だった。テレビやラジオに始まり、ウォークマンやiPodなど有形のプロダクトだったこともある。しかし、いま生み出されているものの多くは「ソフト」である。だからこそ、その独自性と製造元を明確にする必要性は今までになく高まっている。そうした知財についての知識を啓蒙し、最適な特許取得に向けた橋渡しをするのが特許庁内に新設された「スタートアップ支援チーム」だ。彼らはこれまで、スタートアップに不利な、長期にわたる特許権利化までの期間を大幅に短縮させる施策も実現させた。あらためて、スタートアップは知財の重要性をどのように受け止め、どういった具体的なアクションをとるべきなのか。特許について誰よりも熟知している彼らに話を聞いた。

1994年入庁。審査第二部(機械系)で特許審査・審判に従事。JETRO ニューヨーク、IIPワシントン事務所を経て、2017年7月-2019年7月の間、企画調査課長として特許庁内に初のスタートアップ支援チームを立ち上げるなど、スタートアップ施策を展開。
■今村亘(いまむら・わたる)1994年入庁。審査第二部(機械系)で特許審査・審判に従事。JETRO ニューヨーク、IIPワシントン事務所を経て、2017年7月-2019年7月の間、企画調査課長として特許庁内に初のスタートアップ支援チームを立ち上げるなど、スタートアップ施策を展開。

2006年入庁。審査第三部(化学、医療系)で特許審査に従事。特許庁国際課、AMED出向を経て、2019年より特許庁企画調査課 課長補佐としてスタートアップ支援施策を担当。
■進士千尋(しんじ・ちひろ)2006年入庁。審査第三部(化学、医療系)で特許審査に従事。特許庁国際課、AMED出向を経て、2019年より特許庁企画調査課 課長補佐としてスタートアップ支援施策を担当。

2002年入庁。審査第四部(情報、通信系)で特許審査に従事。情報通信研究機構出向、内閣府知的財産戦略推進事務局を経て、2019年より特許庁企画調査課 課長補佐としてスタートアップ支援施策を担当。
■菊地陽一(きくち・よういち)2002年入庁。審査第四部(情報、通信系)で特許審査に従事。情報通信研究機構出向、内閣府知的財産戦略推進事務局を経て、2019年より特許庁企画調査課 課長補佐としてスタートアップ支援施策を担当。

お役所仕事ではない、よりスタートアップに寄り添った体制作りと施策を

――まずお三方の所属する「スタートアップ支援チーム」について教えてください

今村「我々はスタートアップ支援のために、2018年の夏頃からイベントやメディアを通じて啓蒙活動をしています。知財の視点からスタートアップの事業をグロースさせる『知財アクセラレーションプログラム』や、スタートアップの知財コミュニティポータルサイト『IP BASE』を運営し、対象となる方々にとってわかりやすい形で知財のことを知っていただく施策を打ってきました」

今村「我々はスタートアップ支援のために、2018年の夏頃からイベントやメディアを通じて啓蒙活動をしています。知財の視点からスタートアップの事業をグロースさせる「知財アクセラレーションプログラム」や、スタートアップの知財コミュニティポータルサイト『IP BASE』を運営し、対象となる方々にとってわかりやすい形で知財のことを知っていただく施策を打ってきました」

今村「これからの日本経済に更なる活力を与えられるプレーヤーは誰かと考えたときに、これまでの固定的な発想を打ち破ることができ、圧倒的なスピード感と独創的なアイディアを持つのは、スタートアップなのではないかと。彼ら彼女らの爆発的な潜在能力を開花させることが必要ではないかとの思いに至りました。とはいえ自分をはじめチームメンバーも当初はスタートアップのことも、ベンチャーキャピタルのこともよく知らず。 恥ずかしながら、中小企業同様程度の認識でいました。本腰を入れて調べていくうちに、いろいろと違いがあるぞ、スタートアップは中小企業と住み分けをして支援をしていく必要があるぞ、と気づいたのです。さらに、スタートアップと言うとテック系企業が特に多く、だからこそ、虎の子である知財についてちゃんとバックアップしていかなくちゃならないと強く思いました。 実際、創業期のスタートアップの方に回答いただいたアンケートでは、回答企業のうち2割程度しか知財に関心がない、もしくは、よく知らないということがわかりまして、これはどうにかしないと、と。この話をしたところ、当時の特許庁長官の宗像も賛同しまして、今では彼女が一番の旗振り役と言っていいほど力を入れて、施策を打ち出しています」

菊地「ベンチャーの空気感を真似るわけではありませんが、私どももフラットで、風通しの良い議論ができる体制にしています。メンバーには、柔軟な考えをもつ若手メンバーもいます。世間では当たり前のことかもしれませんが、庁内ではかなり珍しいことでして。それに、チームや活動の盛り上がりを意識して、オリジナルTシャツなんかも作ってみました(笑)」

菊地「ベンチャーの空気感を真似るわけではありませんが、私どももフラットで風通しの良い体制づくりを意識しています。世間では当たり前のことかもしれませんがメンバーには、柔軟な考えをもつ若手もいる、庁内ではかなり珍しいチームなんです。それに、チームや活動の盛り上がりを意識して、オリジナルTシャツなんかも作ってみました(笑)」

――本日、みなさんが着ているものですね。起業家の方からも、『官僚的な雰囲気がなくて、親近感を感じる』『自分たちもTシャツが欲しい』といった反応があると聞いています。とはいえスタートアップの目線からすると、特許よりもまずはプロダクトや技術力の向上、資金調達などに意識が向くのは不思議なことではありません。そこで、手始めに特許を申請すべきメリットから教えていただけますか。

今村「大きくふたつあって、ひとつは資金調達がしやすくなることです。これは、自分たちのプロダクトや技術に国(特許庁)のお墨付きがあることを証明できるからです。『第三者的な信頼のある、唯一無二のアイディア』だと投資家にアピールできるので、有利に資金調達できる可能性が高まります。 もうひとつは、グローバル展開がしやすくなること。成長していずれ国外進出を想定しているならば、あらかじめ日本で特許を出願した上で、『特許審査ハイウェイ』という仕組みを利用すると短期間審査、高確率で国外特許が取りやすくなります。この仕組みはまだあまり知られていませんが、世界へのゲートウェイ的な制度としてうまく活用していただけたらなによりです」

――では、逆にデメリットにはどんなことが挙げられますか?ともすれば、想定されうるデメリットを未然に防ぐことが最大のメリットだと言い代えることもできそうですが。

――では、逆にデメリットにはどんなことが挙げられますか?ともすれば、想定されうるデメリットを未然に防ぐことが最大のメリットだと言い代えることもできそうですが。

今村「アイディア実現のためにかけた時間的、経済的コストを無駄にする可能性がある、ということです。どんなに革新的なアイディアを思いついたとしても、それがすでに特許申請されていた場合、自分の財産として売り出すことはできません。今までの取り組みは全て水の泡になります。それに加えて、最近本当に多いことですが、特許出願する前にプロダクトを発表してしまった結果、取り返しがつかなくなったという話もあります。要は、後発の類似プロダクトが先に特許を取得してしまった場合、アイディアそのものを真似された可能性があっても自分たちの権利を主張できないということです。攻撃されるのは往往にして、プロダクトが成熟して、名前が売れてから起こることですから。一方で、敢えてそれを逆手に取って市場を盛り上げようとする知財戦略もあります。  UAV(無人航空機)やマルチコプターのデザインをするドローン・アーキテクチャー研究所「エアロネクスト」や、ハイブリッドカーの技術を無償ライセンス化した「TOYOTA」などは特許を取得し、ライセンス化することで技術を広く世間に知らしめることでブルーオーシャンである市場を拡大しようと考えているのでしょう」

――会社とプロダクトを守る、最大のリスクヘッジと言えますね。では、特許出願する場合、その対象はどこまで含まれるのでしょう。ハードウェアやバイオテクノロジーなどはわかりやすい事例ですが、テクノロジー関連の無形物や、ビジネスモデルなどの概念的なアイディアの扱いについて教えてください。

菊地「平たく言うと、『課題解決のためになにか新しく工夫したもの』であれば対象になります。もちろん、すでに全く同じものがあるだとか、過去の特許をふたつ組み合わせれば簡単にできるものだとかは認められません。ですが、まさしく近頃言われる『ビジネスモデル特許』、つまり電子商取引やITを活用した仕組みなども、新しく工夫した部分に価値があると判断されれば、特許として認められます。更にいえば、UIやUXといった設計部分も同様です」

今村「たとえば、有名な配車サービスを提供しているスタートアップはユーザーの位置情報からどこに車を止めるのが効率的か、道路のどちら側につけると目的地までたどり着きやすいか、直線距離ではなく渋滞状況も含めてどの車が最短でたどり着けるかといったアイディアを特許として取得しています。ICT技術を有効活用したビジネスモデルを実現することで特許がとれるのです。デジタル上で実現できるアイディアも特許の対象なのです」

――審査はどのように執り行われているのでしょう。

今村「審査は出願された発明を理解し、いわゆる発明のミソがどこにあるのかを把握するところから始まります。ミソとなるアイディアと同等のもの、もしくは類似するものが過去にないか照らし合わせます。似ているからといって、完全に特許がとれないわけではありませんが場合によります。 如何せん今までに出願された特許数は膨大ですから。明治時代に出願された、古文書のようなものもありますし、世界各国、様々な言語で書かれた特許がありますよ。現代で通用するアイディアだったとしても、出願当時の技術力では実現不可能だったために、形になっていなかったというものも中にはあります」

――「元祖VRマシン」とも呼ぶべきマシンを某大手ゲームメーカーが発売したことがありましたね。当時は、ハードウェアのスペックや革新性が消費者の志向と伴わず、尻すぼみになっていったことを記憶しています。

知的財産を守るために、まずすべきこと

――自分たちのプロダクトを「知財」視点で守るために、スタートアップはなにから手をつけるべきなのでしょう 進士「知財や特許に関心を持ち始めたらまず、我々の方で初期知識をまとめたスタートアップの知財コミュニティポータルサイト『IP BASE』を見ていただき、やるべきことを把握いただけたらと思います。特許は早くとるに越したことはありませんから。専門的で難解になりがちなトピックだからこそなるべく噛み砕いて、わかりやすくお伝えするよう心がけ、読み物記事も多数掲載しています」

――自分たちのプロダクトを「知財」視点で守るために、スタートアップはなにから手をつけるべきなのでしょう

進士「知財や特許に関心を持ち始めたらまず、我々の方で初期知識をまとめたスタートアップの知財コミュニティポータルサイト『IP BASE』を見ていただき、やるべきことを把握いただけたらと思います。特許は早くとるに越したことはありませんから。専門的で難解になりがちなトピックだからこそなるべく噛み砕いて、わかりやすくお伝えするよう心がけ、読み物記事も多数掲載しています」

今村「とはいえ、私たち国の機関がなんやかんやと言っても響きづらいことは理解してますので(笑)。先輩スタートアップの方々に我々が主催する知財イベントに登壇いただいて、なぜ特許をとるべきなのかだとか具体的なアクションについてお話しいただいています。そちらにも是非ご参加いただけたらと思います」

――スタートアップに特化した、特許の新制度も確立されたと聞いています

今村「はい、2019年の7月から『スーパー早期審査』という超短期で特許を取得できる仕組みをスタートアップ向けに利用しやすくしました。スタートアップの皆さんにとって、なにはともあれ一番気になるのはスピード感であろうと。一般の特許取得審査では、14〜15ヶ月がかかりますが、この審査の場合には、だいたい2.5ヶ月で審査を終えることができます。中には、1ヶ月で特許がとれたなんてケースもありまして(笑)、実際に活用したスタートアップの方々から嬉しいお声もいただいています」

今村「これはスタートアップの方々が、次の資金調達では特許を売りにしたいとの声を受けて実現したものです。ちゃんと特許を取ったと言うと、投資家の方々もいい反応を見せてくれることもあるようで。この新制度を導入してからすでに215件(2019年7月末)の審査依頼をいただいています」

今村「これはスタートアップの方々が、次の資金調達では特許を売りにしたいとの声を受けて実現したものです。ちゃんと特許を取ったと言うと、投資家の方々もいい反応を見せてくれることもあるようで。この新制度を導入してからすでに215件(2019年7月末)の審査依頼をいただいています」

菊地「この制度は無料で活用いただけますし、中にはいっぺんに十数件もまとめて申請される方もいらっしゃいます。安心してどんどん活用してください」

――特許について本格的に、具体的な相談をしたいといった場合、どういった方にお願いすればいいのでしょうか。

進士「知財の専門家ってどこにいますか、どんな人に相談すればいいですか、といった質問はよくいただきます。我々も専門家としてできる範囲ではサポートしていますが、確かにスタートアップの気持ちを汲める知財の専門家、いわゆる弁理士の方ってまだまだ少ないですね。比較的若い年齢で会社を立ち上げて、急進的なスピード感で物事を進めていこうとする事業に対してまだまだ理解が十分ではない。ですので、今後はスタートアップ関連の弁理士さんを増やし、スタートアップとつなげることを我々の課題として、今後強化することを目標にしています」

執筆:小泉悠莉亜編集:BrightLogg,inc.撮影:土田凌

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