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「ホロライブ」のカバーを徹底分析。VTuber事業の利益の出し方、競合・ANYCOLORに対する優位性や課題は?【上場スタートアップ分析】

2023-04-07
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

VTuberのプロダクション運営などを手掛ける「カバー」(東京千代田区)が3月27日、東証グロース市場に上場した。公開価格750円に対し、初値は1750円をつけた。その後は売り気配となり初日は1400円で引けた。

カバーは上場会見で「期待を超えて株価が大きく上昇した」と振り返った。今後はVTuberのグッズ展開などを強化するほか、インターネット上の仮想空間「メタバース」事業のローンチを目指す。

VTuber関連では、2022年に上場し、東証プライム市場への移行を目指すANYCOLOR(東京港区)が競合として知られる。公開資料や上場会見などから、カバーの事業戦略、それに競合との差別化要素や課題などを洗い出す。

VTuber事業 利益を支えているのは?

VTuberは「バーチャルYouTuber」の略称。YouTuberとは、YouTubeなどの動画プラットフォームでファンを獲得し、再生回数に応じた広告収入を得たり、企業の宣伝依頼を請け負ったりする人たちを指す。このうち、モーションキャプチャーを活用しアニメ調のキャラクターとして活動するのがVTuberだ。

2016年設立のカバーは、VTuber71人が所属するプロダクション「ホロライブ」を運営する。チャンネル登録者数が100万人を超えるVTuberだけでも31人と、人気配信者を数多く抱えている。登録者ベースで見ると、英語圏で活動し「サメちゃん」の愛称で親しまれる「Gawr Gura」(がうる・ぐら)が425万人、海賊をモチーフにした「宝鐘(ほうしょう)マリン」が225万人などと特に高い人気を集めている。

英語圏で人気の高いGawr Gura。画像はチャンネル登録者数400万人突破時のもの。© 2016 COVER Corp.

上場申請に伴い提出された資料によると、2022年3月期の売上は約136億6,300万円。経常利益は18億5,300万円の黒字だ。直近の2023年3月期第3四半期の売上は50億100万円と、四半期単位では過去最高の数字となっている。

大きな収益を上げているのが配信・コンテンツ事業だ。動画の再生回数に応じた広告収入や、課金することでVTuberへ送ったメッセージを目立たせることのできる「スーパーチャット」から得られる収益などが含まれる。この事業の2022年3月期の売上は52億4,900万円だった。

これに対し、大きく伸びているのがマーチャンダイジング事業だ。VTuberのIP(知的財産権)がカバーに帰属していることを強みに、EC(電子商取引)サイトで公式グッズを販売するなどしている。同売上は48億3,200万円となっていて、今後も伸びが期待される領域だ。

このほか、ライブコンサートのチケット販売やフィギュアなどのライセンス使用料などからも収益を得ている。

ファンがファンを呼ぶ 公認切り抜き動画で拡大

カバーの強みは、日本のみならず海外にもファンコミュニティを擁することだ。

ホロライブには海外視聴者をターゲットにしているVTuberも所属していて、英語圏向けで14人、インドネシア向けで9人がそれぞれ活動している。英語圏だけでなくインドネシア向けでもトップクラスのVTuberを保有していて、YouTubeの再生回数のうち41%は海外の視聴者によるものだという(2022年12月時点)。

もう一つの特徴が、ファンがファンを呼ぶ構造だ。ホロライブのファンは、カバーが定める規約を遵守すればVTuberの配信を短く編集した「切り抜き動画」を公開し、収益を得ることができる。

VTuberのライブ配信は数時間にわたることもあるが、ファンが「面白い」と感じたシーンを数分程度に切り抜いて拡散させることで、認知拡大や新規ファンの獲得につながっているとされる。切り抜き動画のYouTubeでの累計再生回数は65億回を超えている(2023年1月11日時点)。

こうした戦略が奏功し、所属VTuberのチャンネル登録者数の合計は7,240万人に達している。同社が引用しているVTuberの登録者数ランキングを見ても、トップ10のうち、2位の「キズナアイ」を除く9人がホロライブ所属となっている。

市況冷え込むなか上場 なぜ?

カバーは上場後の成長戦略をどう描いているのか。それが語られたのが27日に実施された上場会見だ。

会見では、「YAGOO」の愛称でファンから親しまれる谷郷(たにごう)元昭・代表取締役CEOが「これまではプロダクションの影響力拡大やファンコミュニティの獲得に注力してきた。足元の第二段階ではグッズ展開やライセンス、タイアップ案件といったコマース事業を加速していく」と説明した。

カバーの谷郷元昭・代表取締役社長CEO(右)と金子陽亮・執行役員CFO(左)

上場は、谷郷CEOが言及した「第二段階」と強く結びついている。

金子陽亮・執行役員CFOは「大型小売店でのデュストリビューションだったり、メジャー音楽レーベルとの提携だったり、あるいはゲームや漫画とのタイアップなど、広義のVTuber市場を取る必要がある。強いメディアを持っている既存のプレイヤーとの交渉関係は非常に重要で、上場は意義深い」と話した。上場することで企業としての交渉力や信頼性が増すという説明だ。

一方で、市況が冷え込むなかの上場となったのも事実だ。報道陣から「あえてこの時期に上場を決めた理由は何か」と問われると、金子CFOは「ウクライナ戦争や物価不安など、マーケットが非常に軟調な中の上場にはなった」と認めつつ、「先行きの不透明感は(上場を)見送っても完全に払拭するのは難しい。一定程度、底打ちが確認され、事前のインフォメーションミーティングでも海外のロング投資家を中心に高い投資意欲が確認された」と説明した。

カバーは今後、「第三段階」としてインターネット上の仮想空間である「メタバース」を開発・運用する方針だ。名称は「ホロアース」で、2024年のサービス開始を目指す。3D空間でのVTuberやファン同士の交流を実現するほか、バーチャルライブの開催などを見込む。

谷郷CEOはメタバース事業について「ライブでの投げ銭(VTuberへの直接課金)やライブと連動したグッズ販売、それにアバターの衣装販売という2種類のマネタイズを想定している。メタバース自体は2024年ローンチだが、本格的なマネタイズは25年以降になるかもしれない」と見通しを語った。

メタバースはVR(仮想現実)との親和性が高いことで知られる。専用の機器を装着することで、あたかも自分が仮想空間に入り込んだような感覚を楽しむことができる。谷郷CEOはVRの活用について問われると「基本的には考えていない」とし、人気ゲームの「フォートナイト」や「マインクラフト」のようなコンテンツが近いとした。一方で、「ライブの体験だけをVRで提供することはあり得なくもない」と将来に向けて可能性を残した。

競合・ANYCOLORに劣る営業利益 「機会損失している」

カバーと同じく、VTuberのマネジメント事業などを手掛けることで知られるのがANYCOLORだ。カバーのホロライブに対し、ANYCOLORは「にじさんじ」というグループを運営する。同社は2022年6月に東証グロース市場へ上場。23年3月にはプライム市場への区分変更申請を行なったと発表した。カバーにとっては競合と言える。

会見ではANYCOLORとの比較を念頭においた質問も出た。

カバーのホロライブで特に登録者数が多いのはGawr Guraや宝鐘マリンなど女性が多い。これについて報道陣からは、「競合と比べると、男性VTuberの登録者数はそれほどインパクトがあるわけではないのでは」という質問が上がった。

谷郷CEOはこれに対し「我々は女性VTuberが強く、ANYCOLORさんは男性VTuberが強い。それぞれの強みがあり、チャンネル登録者数が比例しているという認識だ」と応じた。

また、競合に対する優位性について問われると、「チャンネル登録者数が多いVTubverを抱えていることだ。コンテンツを多言語でローカライズして提供するという努力があり、グローバルにファンコミュニティが存在している。結果として日本のVTuberでも海外にお客様がいるという状況になっている」と答えた。

一方で、気になる数字もある。カバーは売上136億6,300万円に対して18億5,500万円の営業利益を確保している(2022年3月期)。これに対しANYCOLORは、売上141億6,400万円に対して41億9,100万円の営業利益を上げている(2022年4月期)。売上そのものに大きな差はないが、利益の割合はANYCOLORの方が高くなっているのだ。

谷郷CEOはこれについて「プロダクトミックスの違いだ」と説明。「今までグッズは、タレント(VTuber)の周年記念や誕生日といった記念日に販売する受注生産を重要視してきた。背景には、VTuberへの収益還元になり、活動の支援になると考えていたことがある。ECサイトを訪問してもらえば分かるが、我々のサイトで何かを買おうとしてもほとんどが受注生産で、今売っているものがあまりない」と話した。

そのうえで谷郷CEOは「在庫リスクをとって店頭(販売)とか、あるいはECサイトでも、ファンになった方がファンになった瞬間に買える商品を提供したい。今は機会損失をしているような状況だ」とし、上場を機にグッズ販売を強化する方針を示した。

カバーは今後、コマース事業の強化やメタバースの開発に加え、海外市場を対象にしたグッズ販売やライセンスビジネスなども加速させていく方針だ。

思わぬ競合の存在も指摘?

会見では、思わぬ「競合」の存在を挙げる質問もあった。「AI VTuberを脅威と考えるか」というものだ。

通常、VTuberは人間がモーションキャプチャーを活用してアニメ調のキャラクターに扮する。これに対しAI VTuberはいわゆる「中の人」が存在せず、人格部分はAIが担う。コメント欄に寄せられたファンの質問などを学習し、双方向のコミュケーションを取るなどしている。

谷郷CEOはこの質問に対し「楽しみ方が別のものだ」と指摘。「人のVTuberはクリエイターが夢を持って活動し、ファンが応援することがコンテンツになっている。一方でAIは、応援というよりは(ファンが)一緒になってより良いVTuberになるようトレーニングしていく。脅威というより、VTuberの経済圏をさらに拡大させていく役割を担うものだ」と見解を示した。

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