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東日本大震災で生まれたNPO法人がスタートアップとして上場。雨風太陽「ファン株主を増やしたい」【上場スタートアップ徹底分析】

2024-01-17
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

東日本大震災をきっかけに生まれたNPO法人がスタートアップとして上場を果たした。

定住でもなければ、観光でもない。地方との多様な関わりによって生まれる「関係人口」の創出を目指す雨風太陽だ。「都市と地方をかきまぜる」を社是に掲げ、地方の生産者と消費者をダイレクトに繋ぐプラットフォームなどを展開する。

「最初から株式会社になって上場することを目指していたかといえば、答えはノーだ。その時々でベストな選択をしてここに辿り着いた」。高橋博之・代表取締役はそう振り返る。

高橋代表は上場会見の冒頭、「手をこまねいていると日本中のあらゆる場の可能性が萎んでしまい、続いていけない地域が出てしまう。それをなんとか回避したい」と熱弁。地方都市の縮小という国レベルの課題に挑む雨風太陽は、売上以外にも「インパクト指標」を経営上の重要課題に位置付ける。

一方で、足元では赤字決算となっていて、上場会見では黒字化への道のりについても質問があがった。事業成長と社会課題解決の両立を目指す異色のスタートアップを分析する。

雨風太陽の高橋博之・代表取締役(中央)

介在せずに...「生産者と消費者を直接繋げる」

雨風太陽の前身・NPO法人「東北開墾」が設立されたのは2013年7月。岩手県花巻市出身で、岩手県議を2期務めた高橋博之氏が立ち上げた。東日本大震災で都市と地方の分断を目の当たりにしたのがきっかけだった。

手がけたのは「東北食べる通信」。東北地方に暮らす生鮮食品の生産者を取材し作成した情報誌に実際の食材がついてくるもので、「食材付き情報誌」という発想で次々とファンを獲得していった。

「2年半で読者は1万人を突破したが、雑誌モデルはコストもかかり、紹介できる生産者の数にも限りがある。このスピードでは社会課題の解決には程遠い」と高橋代表。2015年に株式会社化し、翌年始めたのが生鮮食品に特化したEC(電子商取引)プラットフォーム「ポケットマルシェ」だ。

ポケットマルシェは日本中の生産者と消費者をダイレクトに繋げる。国内の全市町村のうち85.3%にあたる1,505自治体に住む7,900人の農家・漁師が食材を出品する。

「ただの7,900人ではない。日本中を行脚して、膝づめで対話して、繰り返し作業の現場を歩き、足で稼いだ7,900人だ。このネットワークが一番の強み」と高橋代表は胸を張る。買い手となる登録ユーザーも70万人いるという。

運営者である雨風太陽が生産者と消費者の間に介在しないのも特徴で、購入に際しては両者が直接メッセージを送り合う。1回の購入あたり2.58回のやりとりが生まれていて、約8割というリピート購入率の高さにつながっているという。

「生産者と直接のやりとりできる点が他の食品系ECとの決定的な違いだ。例えば『枝豆の旬が2週間早まったけど、今年も美味しいよ』という情報は、我々(運営会社)ではなく生産者が送った方が、コンバージョンレート(購買転換率)は50倍近く高くなる」(高橋代表)

直近2022年12月期のポケットマルシェ事業の売上は5億2,900万円で、社全体の売上(6億3,500万円)の8割以上を占めている。

次の柱に育てたいのが人流創出事業だ。同社が展開する「ポケマルおやこ留学」は、親子で地方に滞在し、子どもに農業・漁業を体験してもらうサービスだ。子どもが自然に触れている間、親は「ワーケーション」としてテレワークもできるという。

2023年は北海道や岩手、それに京都など5つの地方でのべ293人が滞在した。そのほか、自治体向けサービスとして地域プロモーションなども手がけている。

「インパクトIPO」売上以外にも重要な指標

雨風太陽の最大の特徴が、「インパクトIPO」を掲げながらの上場となったことだ。

同社は売上高を重要な経営指標としているが、社会課題の解決にも同様に重きを置いている。そこで、事業を通じてどの程度課題解決に貢献したかを定量化する3つの数字を「インパクト指標」とし、四半期ごとに公開することにしている。

指標は次の通りだ。

①顔の見える流通総額(2022年12月期:23億6,300万円)

生産者と消費者が直接やりとりしながら生産物を販売する取引。ポケットマルシェや「食べる通信」の利用金額などを合算。

②生産者と消費者のコミュニケーション数(2022年12月期:256万7,000回)

生産者が現場の様子を伝えたり、消費者が「ご馳走様」を伝えたりした数。

③都市住民が生産現場で過ごした延べ日数(2022年12月期:1,999日)

「おやこ地方留学」を通じて生産現場で過ごした日数。

雨風太陽は売上と並行して3つのインパクト指標を追うことになるが、両者が衝突することもある。

上場会見に出席した大塚泰造・取締役は、「おやこ地方留学」事業に定員の2倍程度の申込みが寄せられたことを例に挙げ、「供給よりも需要が大きいため、価格を引き上げて利益を伸ばすのが一般的なアプローチになる。しかし我々は『多くの子どもに夏休みを過ごしてほしい』という意識になるため、投資コストを負ってでも新しい開催場所を増やすことになる」と説明する。

大塚泰造・取締役(左)

雨風太陽は足元では赤字決算だ。2022年12月期は売上6億3,500万円に対し、経常損失は3億2,100万円となっている。

上場会見では黒字化に向けた道筋についての質問も複数回あがった。大塚取締役は具体的な時期の明言は控えながらも「食品EC部門は安定して伸びている。自治体向けサービスも大きく伸長していて、上場による信頼性の醸成もあり、営業人員の採用に力を入れて売り上げを増やしたい」と見通した。

社会課題の解決を目指しながらも、決算には投資家のシビアな目線も注がれることになる。高橋代表は人差し指を立て、同社のファンでもある株主を増やしていくとの展望を示した。

「地域も会社も持続可能にしていく。ここに共感いただく個人株主に裾野広く支えて頂くことが大事だ。株主は基本的に選べないが、明確にこの指を掲げるほど、そうではない(理念に共感しない)人はこちらを向きにくくなる。丁寧に情報発信をしながら個人のファン株主を増やしていきたい」

能登半島地震 支援にも名乗り

東日本大震災をきっかけに設立された雨風太陽は、2024年元日に発生した能登半島地震の被災地支援にも乗り出す。具体的には、同社の運営する「ポケットマルシェ」に登録する生産者から食材の提供を募り、NPO法人などの関連団体と協力して炊き出しとして被災地に提供する。

高橋代表は輪島市などの現場を回ったことを明かしたうえで、「避難生活の長期化は必至だと思われる。単調な避難所での暮らしは、食べることが唯一の楽しみ。全国の生産者の旬の食材で少しでも元気になってもらえれば」などとコメントしている。

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