コラム

STORS創業者・佐藤裕介氏のスタートアップ論「やめない力が大事」

2018-11-22
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
来たるトレンドを見抜く。hey佐藤氏が上場の再現性とheyの目指すものを語る

「スタートアップは裁量が大きいから」「いつもと変わらない環境から離れたくて」大企業からスタートアップに転職する理由として、これらのフレーズを語る人は多い。しかし、これらの転職理由に難色を示す経営者もまた、多い。2018年2月に誕生したヘイ株式会社(以下、hey)代表の佐藤裕介氏(以下、佐藤氏)もそのひとりだ。上記の転職理由にやや難色を示したのちにこう触れる。「スタートアップといっても、掛かっている暖簾が違うだけで、仕事が大企業と大きく違うわけではありません。風通しの良さや雰囲気を変えたいなどの理由でスタートアップを選ぶのだとしたら、社内の異動だけで十分です。それよりも、自分がいかにグッとくる社会変化に対して、貢献できる環境なのかどうか。自分自身がコミットしがいのある環境かどうか見極めて転職したほうが有意義だと思います。会社の人はいずれ入れ変わるし、スタートアップの風に当たるだけでは、大きな意味はないですから」中小事業者向けのキャッシュレス決済サービス「Coiney」を提供するコイニー株式会社と、最短2分でネットストアを開設できるサービス「STORES.jp」を提供するストアーズ・ドット・ジェーピー株式会社の経営統合によって生まれたhey。代表の佐藤氏は、Googleで広告製品開発の経験を積んだ後、株式会社フリークアウト(以下、フリークアウト)・株式会社イグニス(以下、イグニス)それぞれを上場まで導いた経歴を持つ。さらには、エンジェル投資家としての顔も持つ。そんな佐藤氏が、今heyで成し遂げたいと感じる夢や、そこに到るまでの決断にはなにがあったのだろうか。自身の半生を伺いながら、意思決定のヒントに迫った。

笑われてもいい。マイメン文化を本気で追い求める

■佐藤裕介(さとう・ゆうすけ)  ー2008年、Googleに入社し、広告製品を担当。2010年末、COOとしてフリークアウトの創業に参画。また、株式会社イグニスにも取締役として参画し、2014年6月にはフリークアウト、イグニス共にマザーズ上場。2017年1月、フリークアウト・ホールディングス共同代表に就任。エンジェル投資家としても活動。
佐藤裕介(さとう・ゆうすけ)ー2008年、Googleに入社し、広告製品を担当。2010年末、COOとしてフリークアウトの創業に参画。また、株式会社イグニスにも取締役として参画し、2014年6月にはフリークアウトイグニス共にマザーズ上場。2017年1月、フリークアウト・ホールディングス共同代表に就任。エンジェル投資家としても活動。

佐藤氏の活動を紐解くうえで、欠かせない言葉がある。それは「マイメン文化」だ。「友達と仕事がしたい」そんな想いが、佐藤氏の心を掻き立てる強い強い原動力だ。

佐藤 「僕には、強い目的意識や長期ゴールがあるわけではありません。ただ、ひとつだけルールのようなことがあって。それは、友達と仕事をすること。誰からなにを言われても、僕にとっては友達と仕事をすることがなによりも大切なんです」

きっかけは、佐藤氏が小学生だった頃までさかのぼる。日本に裏原宿ブームが到来したときのことだ。1993年、ジョニオ(*1)・NIGO(*2)の2名が裏原宿に構えたアパレルショップ「NOWHERE(ノーウェア)」が、ブームの火付け役だった。そして、彼らは、文化服装学院在学中に出会った、いわゆる「マイメン」だった。

佐藤 「衝撃でした。友達同士で仕事をするって、アリなんだと(笑)。僕の家庭は、父が大企業の雇われ経営者、母が教師なんです。だから、とてもかっちりしていて。そんななかで見た彼らの活動は、とにかく鮮烈な記憶でしたね。絶対に将来は僕も友達同士で仕事がしたいと感じました。その後の行動は、基本的にその想いが指針になっています」

*1:アパレルブランド「UNDERCOVER」デザイナー*2:アパレルブランド「A BATHING APE」の創業者

EC事業への挑戦と生まれたコンプレックス

友達同士で働きたい。佐藤氏の想いをかたちにしたはじめての経験が、EC事業の立ち上げだった。趣味と実益を兼ねて、学生時代にたまたまスタートした事業を友達同士で拡大した。

佐藤「3年ほど、高校時代の文化祭準備期間のような日々に没頭して、スモールチームで自ら意思決定を繰り返してきました。市場そのものの拡大ペースが早かったこともあり、事業としては悪くなかったと思います。自分自身、信頼できる友人とシリアスなプロジェクトを進める面白さにハマってしまいました。 ただ、数年続けてみて、コンプレックスが自分の中に生まれていることに気づきました。当時ライブドアやサイバーエージェントmixiなどのネット企業が台頭し世間を騒がせていました。その会社の経営陣と比較したら僕らは井の中の蛙でしかありません。だから、一度外の世界で優秀な人たちにまみれて、コンフォートゾーンから飛び出してみたいと思ったんです」

得意のエンジニアリングを活かせる環境であること、当時佐藤氏が手に取った梅田望夫氏の著作『ウェブ進化論』で取り上げられていたこと、佐藤氏自身もサービスのユーザーだったことなどから、Googleへの入社を決断した。

佐藤Googleで学んだことのひとつは、リーダーシップの多様性でした。僕が最も尊敬していたリーダーは、マーケティング部門の女性でした。彼女はチームの先頭に立って、力強くメンバーを引っ張っていくようなタイプのトップではありませんでした。むしろメンバーそれぞれに、自分がチームの先頭に立っていて、みんなをリードしないと、と思わせるような人で。メンバーみんなが彼女を助けたい、サポートしたいと感じていたので、結果的にそれがメンバーそれぞれが『自分がこのチームのリーダーなんだ』と思う根拠になっていました。 ソーシャル上で、数年前から『アレ俺』というミームがあります。あの(有名な)仕事は俺がやったんだよ、と主張する人を揶揄する意味合いの言葉です。ただ僕は、『アレ俺』がたくさん生まれることは素晴らしいリーダーシップの成果だと思うんです。 自覚的にウソをついてるケースを除いて、客観的な貢献の度合いに関わらず『あの仕事は自分が推進したんだ』と感じていることは、実際プロジェクトの成果に大きく寄与したんだと思います。自分自身のリーダーとしてのあり方や、会社が社会の中でどういう存在になっていくべきか、という考え方に、このときの経験はすごく大きな影響を与えています」

佐藤「もうひとつ、Google で体験したこととして、ファクトとデータによって意思決定する文化が確立されていることがあげられます。それも、徹底的に。僕自身も昔から同じように数字をもとにした判断をすることが多かったので、違和感がありません。 ただ、強く感じたのは、数値的根拠を持たない意思決定は、決裁者でなければできないこと。つまり、近い将来このトレンドがくるだろうと思っても、リスクへの責任が持てる決裁者でなければチャレンジできないのです。それなら、僕はここから出たい。意思決定できる場所にいきたい。そう感じましたね。あとは、チャレンジは複利で効いてくるから若いうちがいいなと」

意思決定できる環境と考えて佐藤氏が選んだのは、転職ではなくフリーランスとしての独立だった。

上場を可能にする方法論に、再現性は、ある

フリーランスとして働くなかで、知り合いや友人の会社を手伝うことが多かったという佐藤氏。フリークアウトイグニス設立も同時期、2010年のことだった。その4年後にあたる2014年には、ともに東証マザーズへの上場を果たしている。佐藤氏に尋ねてみた。「二社を上場まで導いたその方法論に、再現性はありますか?」と。

佐藤 「再現性があるかないかなら、ありますね。問題は、どのサイズで再現するかどうかだと思います。ポイントになるのは、選んだマーケットタイミングでした」

すっと息を吸ったとおもいきや、言葉を続ける。

佐藤イグニスの場合は、2011年にはスマートフォン向けのカジュアルエンタメアプリに集中すると決めてシェアを取りにいきました。ちょうど同時期には、ソーシャルゲーム事業者が大規模にアプリ内広告を出稿していたタイミングだったので、トラフィックが獲得できれば短期での収益化は見えていました。1年間でアプリを数百リリースして、アプリストアでシェアを獲得する方法論をいち早く溜めたのがイグニスでした。 フリークアウトも同様です。プログラマティックに広告枠を買い付ける大きな波が立ち上がり始めたところでした。広告サービスの一環として日本初の事業化に成功していたRTB(リアル・タイム・ビッティング)も、アメリカではGoogleが創業間もない企業を50億で買収するなど注目を集めていたマーケットです。 みんな、これからくるよね、とは言う。だけど、意外とやらない。僕らが飛び込んだマーケットはそのくらい確からしいものでした。スマホの浸透率が10%まで膨れたタイミングで『これからはスマホがくる』と思ってはじめた事業です。その意思決定に、大きなチャレンジやリスクはないと思うんです」

社会変化による追い風を狙って再現する。つまり、今後起こりうる社会変化をあらかじめ予測し、確からしいマーケットに先んじて参入することが企業成長の再現性に通じる。二社を上場まで導いた佐藤氏の判断は、石橋を叩くように慎重で、けれども強く筋の通ったものだった。それは、これまでの起業家人生でのハードシングスを聞いた際のコメントにも現れていた。

佐藤 「再起不可能だと感じるほどのリスクは、今まで経験していないんです。全部、血は出るけど、我慢すれば治るだろう、みたいなものばかり(笑)。データが消えるとか、メンバー同士が喧嘩するとか、そんな小さなことはたくさんありますね。 ……ただ、少し困ったのは上場直後ですね。創業3、4年で上場しているので、持続的な利益をもたらす事業資産に対する投資が進みきっておらず、上場後1、2年は期待された成長を実現できなかった。結局、上場後に地固めをして起業しなおすようなかたちになりましたね。今だからわかる反省点もたくさんあります」

スモールビジネスが力を持つ時代がきっとくる

heyが生まれたのは、2018年2月のことだ。上場後、複線化していく事業マネジメントをしていく中で、巨大市場をワンプロダクトで切り開く事業をしたい気持ちが強まった。そこでコイニーストアーズ・ドット・ジェーピーの経営統合の話を各社の創業者に持ちかけたという。これまでの佐藤氏のチャレンジよりは、少しリスクの大きなチャレンジだ。

佐藤 「昔からマイメンでビジネスをすることが社会に力を与えると思ってきました。そして、今は友達や家族とビジネスできる外部環境ができつつあって、もっとこれから大きくなるかもしれません。 今まで僕がチャレンジしてきたマーケットよりは、不確実性が大きいと思います。だからこそ、大きなムーブメントを起こす可能性は大きい。来たるそのときのために、今は準備しているんです」

スモールビジネスの拡大を追い求めるうえでは、特定の領域ではなく隣接する数多くの領域へのベットも考えていかなければならない。スモールビジネスを行ううえで必要なインフラは、heyをはじめ、多くのスタートアップも注力している。

佐藤 「スモールビジネスとはいっても、規模が小さいだけで金融・物流・マーケティングなど求められるものは普通のビジネスと変わりません。ただ、必要とされている金融サービスや物流サービスは既存のものだけでは対応できないシーンも増えています。 大企業の場合、倉庫サービスに必要な条件は、大量のものを素早く出庫できることです。ところが、私たちの顧客に必要なのは、早さではなく梱包資材のオリジナリティや手紙が同梱されているなどのエンゲージメントに通ずることだったりします。 金融もそうですね。heyではアロハシャツを制作して販売したりもしていますが、これを個人でやろうと思ったときに資金を出してくれる銀行は今のところありません。CRMの仕組みにも同じことがいえます。スモールビジネスを運営する際のカスタマーリレーションがメルマガだけでで良いわけないんです」

これまでは、売り手は売り手、買い手は買い手の関係だった。ところが、今の時代は違う。SNSの登場によって情報の発信者と受信者が曖昧になったように、商売の売り手と買い手は曖昧になる。その曖昧さを支えるインフラは、これからheyをはじめとするスタートアップが生み出していくのだろう。

佐藤 「Amazonは、できるだけ安く・早く届くことを追い求めて20年以上走っている企業です。僕らがそこに追いつこうと思っても、同じ指標では難しいでしょう。でも、Amazon が提供する便益以外にも、商売のかたちはある。むしろそのサイズが拡大していると考えています。実際、『STORES.jp』で商売を行なっている人たちの販売額はどんどん伸びていますから」

友達や家族と一緒に商売する人が減る将来は、あまり想像がつかない。それなら、ゆるく続く変化に対してアクションを続けることで、いつか大きなインパクトを生み出せるはずだ。佐藤氏はそう考えていた。「続けること」そう語る佐藤氏に、これからスタートアップに飛び込む、あるいは、起業しようと考えている人に向けたメッセージを聞いてみた。

佐藤 「何よりも続けることです。起業家って、やめない力が大事なんです。今の時代、お金が原因で倒産するスタートアップってほとんどありませんから。だいたいは、起業家の心が折れてしまうことが、スタートアップがなくなる原因なんです。やめるか、やめないか。判断するためのレバーは、自分が握っています。はじめるだけでレア、そこからやめない姿は超レアですからね。 僕が投資家として投資するための基準も、社長が経営者しかできない性格であることを除いては『やめなさそうかどうか』です」

「経営者しかできない性格とは?」という編集部の問いには、ケタケタと笑いながら「dely堀江さんとか。部下にするのは絶対にいやだもん(笑)」と明るく答えてくれた。「続けること」の価値は、今の現代にとっては希薄になってしまったように感じられる瞬間もある。だが、成功できる人は、続けた人でしかない。当たり前と言わず、苦しさを感じたとしても「続ける」判断をできるかどうか。目指す目標に成功を置くのであれば、一度考えてみても良いかもしれない。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:中野翼

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