無料のニュースアプリ「グノシー」のUIデザインや、プロトタイピングツール「Prott」で知られる株式会社グッドパッチ(以下、グッドパッチ)。サービス名だけでなく、いまや社名を知る人も多いことだろう。
しかし、グッドパッチ代表の土屋氏は語る。「常にもがいてばかりだ」と。数々の困難や苦悩、自身の大病などを経て学んだのは、クヨクヨと悩む暇があるなら今すぐ行動に移したほうが良いのだという、チャレンジ精神だったそうだ。
今回は、苦悩を乗り越えてチャンスを掴み取るまでの方法やマインドセットを伺った。
過去に掲載された数々のインタビューでも語っている通り、土屋氏にとっての人生の大きなターニングポイントは、21歳のときに患った大病だったという。
土屋 「自分の人生において重要な出来事だったと感じるのは、やはり病気になった経験ですね。誰もが病名を耳にしたら“死”を連想するような病気だったので、当時はその先の人生を考えられなくて。自分の人生がそう長くないことを知っていたから、グダグダ悩んで意思決定するのではなく、とにかくおもしろいと感じるほうに行ってみようと思えるようになったんです。それが今にも活きているので、病気になったことを感謝しています」
病気を患った経験とともに、大学で受講したとある授業が土屋氏を起業へと導く道筋になった。
土屋 「もともと、病気になる前は、ほとんど大学にも行かずにバイトに明け暮れるような学生でした。バイトリーダーを務めさせてもらっていたカラオケ屋さんに入社しようかと思っていたほどです。病気になったのは、そんなときでした。カラオケ屋さんに就職する選択肢が病気によって閉ざされたので、どうしようかと考えた結果、1回大学に戻ろうと思って復学しました。そこで初めて履修した『ベンチャー起業論』という授業がすごく刺激的だったんです」
起業にまつわるケーススタディーを扱う授業内で、三木谷浩史・孫正義・堀江貴文・板倉雄一郎などのストーリーと出会った土屋氏。考え方や生き方に共感し、将来的に起業を目指すようになった。PC作業は好きだったものの、起業はおろか、ビジネスパーソンとしてのスキルや知識が不足していると感じた土屋氏は、大阪でITベンチャー企業に営業として入社。その後当時社員20人未満のスタートアップだったフィードフォースに入社しWeb関連のことを学ぶ機会を得た。そしてWeb制作会社にディレクターとして転職をする。25歳のときだった。
その後、土屋氏は大きな決断をする。シリコンバレーへの渡航だ。
土屋 「理由はいくつかあります。順を追うと、もともと起業仲間を見つけるために27歳で大学院に入学しているんです。そこで起業家やプロデューサーを目指す人たちの話を聞いているとアメリカ帰りがとにかく多くて。さらにはDeNAの創業者の南場さんからシリコンバレーの話を聞いたことが大きかったですし、講演会を訪れたときにたまたま聞いた孫泰蔵さんの講演も、シリコンバレーの話題で。サブリミナル効果的にシリコンバレーの話ばかり出てきたので、これは絶対に『行け』と言われているのだろうなと思ったんですよね」
そうはいっても、シリコンバレーで働くことは決して容易ではない。絶対にチャンスを掴むんだ思って挑んだ面接だったことが幸いし、結果は無事合格。グッドパッチ創業に通ずる地・サンフランシスコへと渡る。
土屋 「サンフランシスコに行く時点では、事業の構想なんてなにもなくて真っ白でした。けれど、行ってみればなにかと出会えるだろうと期待しつつ行きましたね。デザイン会社で働きながら、周囲のスタートアップを見ていると、ベータ版のサービスでもUIにはとにかくこだわっている点なんかは日本とまったく違って衝撃的で。iPhoneが日本に進出してきたときには『未来が変わる』みたいな感覚がありましたし、当時日本のデザイン会社やスタートアップは、UI/UXデザインに手を出していませんでした。それなら、自分たちでやるしかないと思ったんです」
日本に戻った土屋氏は、サンフランシスコでの経験を活かしたコワーキング事業とUI事業を始める。
土屋 「サンフランシスコでは、伸び盛りのスタートアップがひとつのスペースで切磋琢磨している様子が見受けられていたので日本にもコワーキングスペースを、と思ったんです。ただ、なかなかうまくいかなくて。時間がかかってキャッシュはどんどん無くなっていくし、UIの仕事をしたいと思っても発注が無いし、で。仕方なく、クラウドソーシングで仕事を探していたほどです」
事業としてのスピード感や先々のキャッシュフローを考えると、どれかひとつに注力するべきだと考えたという土屋氏。そこで選んだ答えが「UI」だった。
土屋 「立ち上げメンバーがもうひとりいたのですが、事業がうまくいかないと人間関係までごたつくんですよね。家族も守りたい、メンバーとも頑張りたい、でも貯金は無い。そう考えたら、なにかひとつに絞るほうがいいのではないかと考えてUIに振り切ることにしたんです。ただ、これまで一緒に頑張ってきた相方には、『辞めたい』と言われてしまって。役員をお願いしていた方にも『つぶれる会社の役員は申し訳ないから』と退任をお願いしました。このときばかりは本当に辛かったですね」
多くの危機と絶望とを経験してきた土屋氏に対して、編集部は率直な質問をぶつける。
――キャッシュがなくなり役員が辞めたタイミングで、どうしてやめる選択肢を選ばなかったのか。
土屋氏の答えはこうだ。
土屋「自分の手元にあったキャッシュの分……約3ヶ月は時間があったので、それならもがこうかなって思って。今辞めても3ヶ月後に辞めても、どちらにせよ辞めてしまうのならそこに大きな差は無い気がしたんです」
そうはいっても、メンバーが離れてしまった会社をどうするのか。土屋氏の悩みは計り知れなかったという。
土屋 「お世話になっていた経営者の方に相談をすると『まず、経営者としてなってないから、今すぐオフィスを借りなさい』といわれたんです。オフィスを構えていないと、銀行はお金を貸してくれないし、大企業も仕事を依頼しないから、と。そこで、秋葉原に10坪・家賃8万円の物件を探して入居しました。ぽつんとひとりで。これが再スタートを切ったときです」
グッドパッチはその後、「グノシー」のUIデザインを担当したことで一気に認知度を高めることとなる。いったいどのような経緯があったのだろうか。
土屋 「UI分野で成功するためには、一緒に走れるデザイナーの存在が必要不可欠でした。そこで思い浮かんだのが、大学院時代の同級生。42歳という年齢で家族も養っている人だったのですが、当時勤めていた企業を退職してフルコミットしてくれることになって。そのときに、なにがなんでも成功させなければと強く強く実感してデザイン仕事を片っ端から取りに行くようになりました。グノシーが有名になり始めたのも、ちょうどその頃でした」
「グノシー」の成長とともに高まるグッドパッチの認知度。圧倒的な急成長の裏側には、それなりの悩みもあったという。
土屋 「仕事の依頼がたくさん来るようになって、莫大な予算を提示いただける仕事まであったんです。そこで、人をとにかく増やそうと考えて2ヶ月で4人を採用して。けれど、その大きな仕事が一向に動き出さず、会社のキャッシュが4万円まで追い詰められたんです。なんとか、その企業に毎日でも足を運んで……と地道に続けていたら、部門のトップの方から声をかけてもらい別の仕事になって救われた、なんてこともありました」
ギリギリの状態から這い上がるためには、頭を動かすことが大切なのだろうか、足を動かすことが大切なのだろうか。土屋氏の頭のなかではどのようなことを考えているのだろうか。
土屋 「深いことは考えていないですよ。とにかく社員を食べさせるためには動くしかないじゃないですか。頭を抱えている場合ではなかったので、とにかく目の前のことにがむしゃらに取り組んでいましたね。腹をくくる感じでしょうか。社員にも『僕は、数人規模で長いこと続けるくらいなら、リスクを取って華々しく散りたいタイプ。だから、会社が潰れる可能性もあるからね』と言っていたくらいです。そのおかげで、個人個人がどこに行っても活躍できるように、スキルと経験を付けていてくれたんです。それが今となっては助けになっています」
これまでの人生の多くはラッキーで成り立っていると語る土屋氏。しかしながら、事業の成功におけるラッキーを引き当てられる人ばかりではないはずだ。土屋氏が、ラッキーを掴み取るために意識している行動はあるのだろうか。編集部の問いに対する土屋氏の回答はこうだ。
土屋 「行動力と行動量のふたつさえあれば、運や縁は引き寄せられると思うんです。僕の考え方では、人の運の良さは平等。でも、1回行動した人と10回行動した人では、チャンスに出会う可能性が絶対に違う。つまり、頭の良い人ばかりが成功するとは限らないんです。頭の良い人は分析をしてリスクを踏まないように行動するから、時間が犠牲になってしまいます。僕の場合は、深く考えずに行動に移すんです。深く考えても結果は変わらないので、早く行動したほうがスムーズに軌道修正して成功に通ずる道に進めるじゃないですか」
考えることや悩むことよりもまず先に、行動に移すこと。そして、行動した結果をもとに小さな修正を繰り返すことこそが、成功を掴み取るためには必要なのだ。
「Prott」をはじめとして、デザイン業界では常に第一線で輝き続けるグッドパッチ。そんなグッドパッチを率いる土屋氏が描く、今後の未来はどのような世界なのだろうか。
土屋 「今のグッドパッチは、これまでグッドパッチにいたメンバーも含めて、みんなでデザインの価値そのものを引き上げている段階に入っています。グッドパッチで成果を残してきた優秀なメンバーが転職して、転職先企業でもしっかりと成果を残してくれているおかげです。今後、デザイン組織のない企業や知見の少ない企業にグッドパッチの誰かが転職しても、デザインの側面から経営的な本質の部分にまで入り込んで価値を提供できるようになる未来がくるはずです。そして、そんな未来を描くために今があると捉えています」
最後に、これからスタートアップの起業や転職を検討している方に向けて、メッセージを伺った。
土屋 「自分のやりたいことや使命感を持てることに対して、ためらうことなくやってみるのがいいと思います。自分の気持ちに素直になれば、既存の組織を飛び出したほうがいいのか否か、見えてくるはずですから。また、今の日本ほど起業に挑戦しやすい国はないと思いますよ。あちこちにエンジェル投資家がいるし、シード期の資金調達もハードルは高くありません。エキサイティングだし、楽しいし、素晴らしいことだと思っているので、あまり難しく考えることなくまずはチャレンジしてみて欲しいなと思いますね」
執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:横尾涼