フロムスクラッチという、SaaSスタートアップがある。データマーケティングプラットフォーム「b→dash」を提供する同社は、シリーズAの3億円に始まり、シリーズBでは10億円、シリーズCでは32億円、そして、2019年夏のシリーズDでは100億円と、大型調達に成功し、右肩上がりの成長を遂げている。同社のシリーズDの資金調達を見てみると、投資家名簿の中に世界有数のプライベートエクイティの名前がある。KKRだ。本ラウンドでの投資のうち、40億円を出資。KKRとして日本のスタートアップへの投資は、初だという。今回は、KKRパートナーの谷田川氏と、フロムスクラッチ取締役COOの矢矧氏による対談を実施。本ラウンドでの調達背景と合わせて、フロムスクラッチが実現したいSaaSマーケットの未来を語ってもらった。
──本題から伺います。KKRでの日本初投資案件として、フロムスクラッチを選んだ理由から教えてください。
谷田川 「エンタープライズSaaSの領域は、日本企業に勝ち筋があると感じた上、僕らのこれまでの知見を活かせると考えたからです。 今の時代、あらゆる業界でディスラプションは起こっています。ただ、どんな領域で、どのようなディスラプションが起こっているのかの判断を誤ると、足元をすくわれることになりかねません。 たとえば、ウォルマートはコストコとシェア争いをしていたはずだけれど、気がついたら王者はアマゾンだった、という話があります。このような変化を察知するためにも、業界や領域に対するアンテナをしっかりと立てておかないと、今の時代は投資ができなくなるんですね。 KKRは欧米を中心に、5年前からエンタープライズSaaSの領域に注目しており、約3年前からは日本において投資先を探していました。ただ、日本のSaaSスタートアップで、弊社のグローバルチームからの理解が得られる会社をなかなか見つけられずにいました。そんな中で、LyftやGo-Jekなどで共同投資をさせて頂いている楽天ベンチャーさんに紹介してもらったのが、フロムスクラッチでした。急激に伸びるデータマーケティングの分野で、日本企業が抱えるビックデータを一元管理し活用できていない、という課題に対して、適切に解決策を提示していると感じたんです」
矢矧 「企業が持つ、あらゆるデータを一元管理できるようにしたいという構想は、『b→dash』を立ち上げたときからずっと意識していました。データマケーティングの“活用”ツールのプレイヤーは市場に多く存在していたものの、それらを効率よく機能させるには、“データ管理”や“データ統合”が必須になります。それらも含め、オールインワンで実現することにこそ、価値がある。そう考えて事業を創ってきました。 スタートアップのセオリーは、課題を絞り小さな課題解決を繰り返す、いわば一度に多くのことをやらないことだと言われています。ただ、フロムスクラッチは、社員に対して“アンリーズナブルで非常識な選択”を取り続けるように伝えています。『or ではなく and を取れ』と。だからこそ、あらゆるデータを一元管理し、マーケティングに必要な機能をオールインワンで持つのだ、という大きな旗を振りながら、競合と戦ってこれているのだと思います」
谷田川 「オールインワンを目指すに当たっては、社内で取り決めている“90%ルール”が効いていますよね。やり込みすぎずに90%を狙うことで、事業の成長速度とのバランスも保っています」
矢矧 「90%以上の完成度は、ニッチなニーズを汲み取ることに過ぎません。かかる労力と完成度とのグラフを描いたときに、一番効果が最大だと考えられる90%を、プロダクトの第一ゴールとして目指していました」
谷田川 「『b→dash』は、日本のユーザーだからこそPMF(Product Market Fit=プロダクトマーケットフィット)するプロダクトですよね。企業の根幹にあるさまざまなデータが整理されていない日本では、あらゆるマーケティングツールを一元化してビッグデータを利活用することが早急に必要でしたから。 それに対して、アメリカは、日本と比較するとエンジニアの数が4倍な上、日本とは異なりエンジニアの多くはSIerに勤めているわけではなく、事業会社にいますから、事業会社におけるエンジニアの数には9倍の開きがある。米国ではエンジニアを十分に雇うことができるため、データ活用は企業ごとが最適な個別ツールを選択し、それらを統合して行うことが可能でした」
──日本のユーザーだからこそということは、フロムスクラッチはグローバルを目指せない企業なのでしょうか。
谷田川 「そんなことはない、と考えています。たしかにアメリカと日本とでは市場環境が大きく異なりますが、まずはアジアへ進出できるのではないかと考えました。アジアは近年、大きな成長を遂げていると言われていますが、まだまだエンジニアの多い地域とそうでない地域との差が大きいので『b→dash』のニーズは十分あるとみています。 ビジネスモデルを考えたとき、国内では成長しているスタートアップの中でも、事業の特性上、日本でしか成長を期待できないものは非常に多い。そんな中、インターナショナルな展開をしっかりと見据えられるフロムスクラッチに懸ける期待は非常に大きいです。 実際にフロムスクラッチは国内市場において既にグローバル大手のSaaS企業と競合し、優秀な勝率を達成している点も他の国内SaaS企業と比べて特徴的だと思いますし、これは逆に海外に進出したときに成功する可能性が十分にあると考えました」
矢矧 「私たちの競合は外資系の大企業です。大きな企業を目の前にして、どこにグローバルでの勝ち筋を見出すのかと思われるかもしれません。ところが、逆の視点で考えてみて頂きたいのですが、世の中に『外資系ツールが非常に使いやすい』と思っている企業は、果たしてどれほどあるでしょうか。 おそらく多くの企業が『使いづらい』という明確な“ペイン”があるにも関わらず、『外資系ツールだから取り敢えずなんとかなりそう』という、思考停止状態の中で、現状を打破できていないのではないのでしょうか。 だからこそ、我々は長い時間をかけてでも、クライアントがデータマーケティングを実現するにあたって何が必要かを議論し、提案し続けることで、じわじわとリプレイスを図っています。そんなクライアントへの提案の際に我々の強みとなる点は、toBプロダクトらしからぬ『UI/UX』ですね。日本人の持つ繊細さを武器に、とことん使いやすさを追及し、洗練されたプロダクトである点を評価いただくことがとても多いです」
谷田川 「たとえtoB向けのプロダクトだとしても、使うのは一人ひとりの個人ですからね。人にとって優しい、使いやすいと感じてもらうプロダクトを創ることが何より大切です。 使いやすいUXの例として挙げられるのは、Facebookの動画表示があります。以前、Facebookのフィードで動画が大画面で再生される機能が実装されたとき、初めは動画の停止方法がわからず戸惑う人が続出したそうです。ところが、実はスワイプで簡単に停止できるということを知り、快適なUXだと評判になったんです。 そういった、細かな体験を埋め込んでいくことがtoBプロダクトには重要なのではないかなと。言うなれば、ユーザーが気持ち良いと感じてもらえるサービスを作ることが求められているように思います」
──フロムスクラッチが描く、今後の展望をお伺いできますか。
矢矧 「マーケティングという狭義ではなく、データ活用という広義の文脈でご利用いただけるプロダクトを届ける存在になりたいと思っています。直近、非エンジニアの方でも、容易にデータを加工し、データ活用ができる新技術である『Data Palette』を開発しました。今後はさらに、この技術を磨き込んでいくことが近々の目標かなと考えています。 日本のGDPが減少していることはすでに大きな課題とされていますが、その背景には、データハンドリングの不十分さが挙げられます。医療、物流、人材など、データが循環する構造を『Data Palette』で創り出したいですね」
谷田川 「KKRとしては、小さな上場ではなく、大きな成長を支援するスタンスを取っています。議論の余地はありますが、今、日本国内の資金調達市場はバブルだと思います。バリュエーションに対する目線も欧米の方が日本よりも厳しいです。日本では、資金調達においてバリュエ―ション(時価総額)が高ければ高い方が良いと考える人もいます。 しかし、ビジネスの実態が伴わないバリュエーションでの調達は、その後資金調達が続かず、結果として目指すべき事業成長が達成出来ないという事態を招きかねません。今は“SaaS”と謳えば高いバリュエーションで調達できるかもしれませんが、その実態は売上の大半は一般的なシステム受託、なんてこともあります。 投資家も起業家も、高い視座で物事を見続けなければ世界を変えるスタートアップは育ちません。KKRはグローバルな投資家として、我々のグローバルネットワークや知見を活用してもらうことで、国内のスタートアップの支援に取り組んでいきたいですね」
──それでは、最後に、世界に出ていくスタートアップとして忘れずに持ち続けている「自らの哲学」を教えてください。
矢矧 「大義と心中する覚悟のある経営陣であることです。自分が経営陣であることに誇りを持つことも重要ですが、大義を実現するために循環できる組織を創ることのほうが重要だと私は考えています。もし、自分が取締役というポジションを別の社員に譲ったほうが組織の成長が加速するのであれば、それを喜んで実施するべきだと思うんです。ちなみにこの考えは私だけでなく、代表の安部を始めとした、全幹部が持っています」
谷田川 「矢矧さんの話を聞いて感じたのですが、自分の目指す先と同じくらいか、それ以上の目線で物事を見ることは大切ですね。ただし、腰は低く。目線と視点だけは常に高く保ちながら推進するファウンダーやボードメンバーのいるスタートアップは、大きな成長を遂げると思います。組織の器は、長を超えられない。これは、真実だと思います」
執筆:鈴木詩乃取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博