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「親の経済力」で医者やパイロットになれない社会を変える。“性善説の金融“で親ガチャという言葉のない世界へ

2024-04-10
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

「親ガチャ」という言葉が新語・流行語大賞トップ10に選ばれたのは2021年のことだ。

子供は生まれる家を選べない。富める家もあれば、貧しい家もある。親の経済力次第では、生まれた時点で人生の選択肢が限られてしまう。

そんな虚しい言葉がいまだにネットの海を漂う。もはや流行語の域を出て、社会に定着した感すらある。

「経済的に恵まれていない家庭の子供でも医者になれる世界を作る」。2022年にEduCareを設立した村上健太さんはそう宣言する。

村上さんは、スタートアップ起業を通じて「未来志向のファイナンス」というこれまでなかった仕組みを日本社会に持ち込もうとしている。経済的に恵まれない家庭の子供が高度専門職に就けず、格差が再生産されるというループを断ち切るつもりだ。

EduCareの村上健太・代表

ローン借りようにも立ちはだかる「親の経済力」という壁

医療従事者、パイロット、会計士などの士業…一般的に、こうした専門性の高い職業に就くには、それぞれに特化した教育を受ける必要がある。割高な学費を賄うために利用されるのが奨学金だ。

この奨学金の受給者は年々増加傾向にある。日本学生支援機構(JASSO)の調査によると、2002年の受給者割合(大学学部・昼間部)は31.2%だったのに対し、2020年は49.6%とおよそ2人に1人の割合にまで増えている。

「学費の高騰、世帯年収の低下、大学進学率の増加。この3点が背景にあります」と村上さん。学生向けの奨学金ではJASSOが広く知られているが、看護師やパイロットなどの高度専門職を目指す上では十分な給付や貸与を受けられないという。

「JASSOの奨学金は金利が非常に低いという利点がありますが、対象や借りられる金額に限りがあります。これに対して看護学校やパイロットの養成学校は学費が数千万円に及ぶこともあります。JASSOのみでは賄えない現状があるのです」

そこで各家庭が検討するのが金融機関が用意している教育ローンだ。しかし村上さんは、ここでも「親の経済力」という壁が立ちはだかると指摘する。

「金融機関は営業企業ですから、貸し倒れのリスクは当然取れません。借りる際には親が連帯保証人になる必要がありますが、経済的に恵まれていない家庭では審査がおりづらい。教育格差の『負のループ』は解消できないのです」

このほか、医療従事者を目指す学生の場合は病院奨学金もあるが、貸与元の病院で一定期間勤務するなどの条件がある。「(現行の制度では)課題をカバーしきれていない」と村上さんは話す。

性善説の金融を 鍵は「教育ROI」

高度専門職を志しても、本人のやる気や資質とは関係のない「実家の太さ」を見られてしまいがちな現状。村上さんはここに疑問を抱いていた。

「例えば医学生を目指す人にお金を貸したとして、本当に彼らが返済を放棄してしまうのでしょうか。医学を志す人は真面目で、卒業後にはしっかりとした年収をもらって働くはず。ならば、連帯保証人がいなくてもお金を貸すロジックは成り立つはず」

一般的な金融業は元本回収不能になるリスクを必ず織り込み、連帯保証人などを求める。「返ってこないかもしれない」という性悪説に基づくが、「性善説の金融もあっていいと思う。それを自身の事業を通じて証明したい」と村上さん。自身が大学在学中、親の仕事の状況が急変し、学費を払えなくなりそうになったという原体験もある。

村上さんが掲げるのは「未来志向」のファイナンスだ。親の経済力などは考慮せず、学生の将来性に基づいて与信判断する。

そのために編み出した指標が「教育ROI(投資利益率)」だ。詳しい内容は企業秘密だが、公開されている統計情報などに加え、学生が通おうとしている学校のデータを判断基準の一つに置く。

「例えば、その学校を卒業した学生の平均年収を見ます。これが(同業種の)他の学校よりも高ければ、これから入学する学生の年収も高くなると推測できます。結果的に貸し倒れのリスクも低くなる可能性があると言えます」と村上さんは解説する。

EduCareが教育ROIなどに基づく与信判断を実施し、提携する金融機関が貸し出す形を構想する。学生は卒業・就職後に定額返済を実施する。すでに海外で実装されているStudy Now Pay Laterというスキームだ。ゆくゆくはISA(Income Share Agreement)にも発展させたいと野望を描く。これは「学費の出世払い」とも呼ばれ、卒業後に収入に応じた定率返済をしていくものだ。

「経済格差によって教育を受けられず、人生の選択肢が狭まる。そしてその人のもとに生まれた子供も経済的制約により望む教育を受けられない。私はこの現状こそが社会課題の一丁目一番地だと思っています。未来志向のファイナンスは、親の連帯保証を付けず学生の将来を担保にファイナンスする点が本質的な提供価値。負のループを分断できるはずです」

親ガチャなき世界へ ロードマップ描く

村上さんがEduCareを設立したのは2022年。まだ創業間もないスタートアップだが、すでに必要な金融ライセンスを取得したほか、複数のスタートアップ向けプログラムで受賞するなどしている。

未来志向のファイナンスについてもパイロット養成学校で実証実験が進んでいて、「起業してから18ヶ月ですが、早く、大きく進捗できている」と手応えを感じている。

一方でプレッシャーもある。「新しいものを世に生み出すので、本当に受け入れられるかは分かりませんし…『営利企業として成長できるのか』という不安もあります」と話す。不安な気持ちをどのように乗り越えているかを聞かれると、10秒ほど考えて「乗り越えていないのが答え。常に不安と隣り合わせで事業運営しています」と打ち明けた。

着実に足元を固めていく。所属メンバーは増え始め、金融機関との協議も進んでいる。今後はまず、パイロットと看護師のほか、薬剤師や会計士などを目指す学生へのファイナンスに注力していく。教育ROIを比較できるサイトを作り、広告料収入を得る構想もある。親ガチャという言葉のない世界へ、ロードマップを描く。

「真面目に勉強していて、本当にその職業に就きたいという学生であれば、ちゃんとお金の手当がついて進学できる世界にしたい。入学が叶うだけでなく、卒業後に稼いでいけるようなキャリア支援もしていきたいです。ライフサイクルに応じて価値を提供できるプラットフォームにしたいんです」

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