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研究開発型スタートアップ「勝負の10年」が始まった。投資家に聞く「注目領域と乗り越えるべき課題」

2024-01-10
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

「ディープテック」と呼ばれる研究開発型のスタートアップが躍進している。

2023年は核融合領域のスタートアップで相次いで資金調達を発表したほか、宇宙領域では2社が上場を果たした。資金調達環境全体は冷え込みが続くが、研究成果や独自技術を活かしたスタートアップには違う景色が見えつつある。

「ディープテックでしか解決できない課題がある。その価値が注目されるようになってきました」。ジャフコ グループで研究開発型スタートアップを対象とした投資を担当する三浦研吾・プリンシパルは背景についてこう分析する。

三浦さんは24年以降もこの流れが続いていくとみる。一方で「今後5年、10年で成果を出し切れるかどうかが勝負」と気を引き締める。

日本の技術や研究成果を活かしたスタートアップに投資マネーが集まる流れを本格させるために必要なことは何か。そのために2024年、出来ることは。三浦さんに聞いた。

研究開発型 注目高まる理由は?

「本質的なディープテックの価値やポテンシャルは変わっていません。私はこの領域で10年近く投資を続けていますが『ようやく日の目を見るようになった』という感覚です」。

研究開発型スタートアップをめぐる状況について、三浦さんはこう語る。

2023年は脱炭素や医療、それにロボティクスなど幅広い領域で大型調達が発表された。

例えば、コンビニのバックヤードなどで活躍する遠隔操作ロボットを手がけるTelexistenceは230億円を調達。「夢のエネルギー」と称される核融合領域に取り組む京都フュージョニアリングは105億円を集めた。

民間初の月面着陸を目指したispaceが宇宙スタートアップとして国内初の上場を果たすと、12月にはマイクロ波で地表を観測できる「小型SAR衛星」を開発するQPS研究所も上場。早くも2例目となった。

東京証券取引所の上場会見に臨むQPS研究所の経営陣(2023年12月)

資金調達環境全体が冷え込むなか、研究開発型スタートアップをめぐっては躍進を印象付けるニュースも多い。

この背景について三浦さんは「政府の後押しが大きい。ディープテックを支援する姿勢を明確にしたことで、ポジティブな雰囲気が醸成されました」と指摘。JIC・ベンチャー・グロース・インベストメンツといった政府系ファンドがLP出資(ファンドに対する出資者になること)を通じて研究開発型スタートアップへの投資を促進している効果もあるとした。

その結果、研究開発型スタートアップを対象とする資金の出し手が厚みを増しているという。

「かつてはディープテックにしっかり投資資金を割いているのは私たちを含め数社でした。そこから大学系ファンドが立ち上がっていき、足元では他の領域や業界からのアロケーション(資金の再配分)が起きています」

研究開発型スタートアップをめぐっては、言語を問わず世界規模の課題解決にあたれる事業スケールが魅力の一つだ。気候変動の深刻化なども投資を後押しする一因だが、三浦さんは「ディープテックでしか解決できない課題がある。その価値が注目されるようになったのが本質的には大きい」と指摘している。

「国策連動」に成長のカギ 生成AI・脱炭素も注視

「研究開発型」に当てはまる範囲は広い。医療・創薬、エネルギーのほか、ゲノム、ロボティクス、素材など枚挙にいとまがない。

「私たちは注目領域を絞り込んでいて、その中で投資仮説が立てられるかをマーケットサイドから考えます」と三浦さん。投資テーマの鍵の一つが日本の「国策」との連動だ。

「大きな枠で言えば、経済安全保障や食糧安全保障に関わる領域はかなり積極的に見ています。コロナ禍やウクライナ侵攻でサプライチェーンの分断が発生し、テクノロジーや食糧など、日本独自で確保すべき領域が浮き彫りになりました」

こうした考えのもと、三浦さんが2023年に投資したのが東北大学発スタートアップ・パワースピンだ。同社は半導体の一種であるMRAM(磁気記録式メモリ)を開発していて、従来のメモリ半導体よりも消費電力を大幅に削減することができる。

「日本が持つ技術的な強みと経済安保の文脈はどこか、という視点で投資しました。脱炭素の流れにも合致します。まだ民間資金だけでは難易度が高い領域ですから、国策との一致はポイントです」

もう一つ、三浦さんが2024年以降の注目領域に挙げたのは「生成系AI」だ。2023年はOpenAIの「チャットGPT」が大流行した。

「生成系AIがディープテックの領域にどんどん浸透すると思って見ています。AIを活用してディープテック領域を効率化・高度化させる取り組みに挑む企業は注目しています」

「また、海外ではどんどんパラメータ(AIの頭脳に該当。数値が大きいほど性能も高まるとされる)を増やし性能を上げる、というロジックで開発が進んでいますが、コスト的にビジネスで使えなくなる可能性もある。方向性がこれから大きく変わるなか、領域特化した独自LLM(大規模言語モデル/解説記事)やAIの活用技術などはチャンスがある分野と見ています」

これまでと変わらず脱炭素関連も注視していく。

ジャフコは核融合スタートアップにも投資している。核融合はほぼ無尽蔵に存在する海水から原料を取り出すことができ、なおかつ膨大なエネルギーを生み出せることから「夢のエネルギー」の異名をとる。ただし研究開発はこの先も時間がかかるとされ、「これからの10年・20年に対応するソリューションが必要です」と三浦さんは話す。

研究成果で起業相次ぐが...「当たり前ではない」

研究開発型スタートアップに投資マネーが集まる流れは「1、2年では変わらない。引き続き資金が集まってくる状況になるでしょう」と三浦さん。だがその一方で、「今後5年、10年で成果を出し切れるかどうかが勝負」とも指摘する。

「大型調達や上場事例も出てきました。ただ、(金銭的に)大きなリターンを出せる企業は日本ではまだ多くありません。企業価値を常に伸ばし続けるような会社を創出できるかどうか。それによって今後も資金が集まるかどうかは変わってきます」

三浦さんは、日本独自の技術や研究成果が次々と起業につながっていく現状を「当たり前の状況ではない」とも訴える。

「研究開発のこれまでの蓄積が今の状況です。ここに(十分に)資金が還元されていないのが業界の課題だと思っています。還元されないままシーズが枯渇する未来だってあり得る。シーズが存在する状況下で成果を出し切ることが重要なのです」

事業会社から研究開発型スタートアップへ出資...メリットと注意点

研究開発型スタートアップが安定して成長していくために重要なプレイヤーと目されているのが事業会社だ。事業会社は通常、自社とのシナジー(相乗効果)を見込んでスタートアップに出資することが多い。

三浦さんによると、事業会社から出資を受けるメリットは大きく3つに分けられる。

「1つは資金です。ミドルステージ以降での資金の出し手としての期待は大きいと思います。2つ目はサプライチェーンの補完。営業やネットワーク、それに製造領域などで、事業会社のリソースを活用できるのは本当に価値の高いことです。3つは信用力。ブランド力のある企業が出資しているからこそ受注できる、という事例もあります」

一方で、事業会社が投資を実行すれば必ずシナジーが生まれるとは限らない。少数株主になる「マイノリティ出資」の場合、株主としての視点を意識して持ち続けることが欠かせないと三浦さんは話す。

「自社とのシナジーに加え、株主として『スタートアップの事業を伸ばす』視点も意識して頂けると良い提携関係が築けると思います。事例としては少なくなってきましたが、事業計画の変更があったり進捗が遅れたりした場合に、強制的に投資回収するような投資条件では、スタートアップ側の事業拡大や資金調達の可能性を狭めてしまいます。『スタートアップが伸びた結果として自分たちにも返ってくる』というwin-winのシナジーを目指して関わることが大切です。そのためにも(出資の)入口での擦り合わせが重要になってきます」

シナジーが生まれた先に、M&A(合併・買収)に繋げることも重要だ。三浦さんは「海外ではディープテックのイグジットはM&Aが主流ですが、日本は上場がほとんどです。M&Aにつながる組み方をどう作るか。模索しないといけません」と力を込める。

2024年は「勝負の10年」の始まり

「この領域を日本の強みに」と三浦さんは話す。政策の後押しや投資家の注目もあり、研究開発型スタートアップは2024年も明るい話題を提供してくれそうだ。

一方で、まだ完全に成長の流れに乗り切ったわけでもない。「売上・利益を出して、成功の循環を作りながら、長期的な目線に立ってスタートアップに資金が流れていくシステムが必要です」と三浦さん。スタートアップ企業自身や投資家、それに事業会社など関連プレイヤーは多い。「勝負の10年」は既に始まっている。

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