スタートアップ業界において、シリコンバレーと日本との間にはおおよそ10年もの隔たりがあると語る丸尾氏。ヤフー、楽天、DeNA、GMO、サイバーエージェント、ミクシィといった<BIT VALLEY>の主役たちを主幹事として支えた立場から、あらためて現在に至るまでのスタートアップを振り返り、今後の日本市場の課題とその解決策について伺った。
■丸尾浩一(まるお こういち)大和証券株式会社 専務取締役 企業公開担当1960年、大阪府生まれ。1984年、関西学院大学法学部卒業、大和証券入社。2009年、事業法人第6部長、同年に事業法人担当執行役員に就任。2010年大和証券キャピタル・マーケッツ執行役員。2012年、大和証券常務執行役員。2013年、大和証券常務取締役。2015年、大和証券専務取締役。2018年より現役職。
丸尾「アメリカのシリコンバレーがスタートアップの聖地であることは疑いようがありませんが、はっきり言って日本の市場はそこから遅れること約10年のタイムラグがあると思っています。ここまでのギャップが生まれた背景には、今まで『ベンチャー』を理解する人が日本には少なかったことが大きな理由のひとつとしてあるでしょう。2000年代、アメリカでは既に起業家と投資家らによるスタートアップエコシステムが確立されつつありましたが、一方当時の日本はVCの数の少なさはもちろん、VCがベンチャー企業に投資する流れは決して多くはありませんでした。ITバブルなども含め、株が上がったからそれに乗じてなんとなく成功して見えた、という頃です。それでも、やっと2010年代に入ってから日本のスタートアップのエコシステムも成長してきました。日本でもこの間に、かつてベンチャー事業で苦労した起業家たちにも金銭的な余裕が生まれ、今度は自分がエンジェル投資家となって支援側に回る、もしくはVCを設立して投資するエコシステムが構築されてきたのだと思います。現在、日本のVCの投資資金は3〜4000億円があると見積もられています。国外に目を向ければ、日本とは比較にならないほどの巨額の投資資金がプールされています。中国であれば、約7兆円、アメリカであれば約10.5兆円だと言われていますが、今では、アメリカの投資家も日本の市場に目を向けていますし、以前より投資家と起業家の連携が取りやすくなってきました。かつてのように志があっても手元に資金がなく、大企業に就職するよりほかなかった人たちも、起業家になりやすい土壌が整ってきました。資金と人が整い、大企業もまたスタートアップ発の勢いあるプロダクトを欲しがっているなど、スタートアップ業界が活性化しつつあります」
近年では、様々な業種の大手企業CVC設立のニュースも多く耳にするようになった。ファンドのパフォーマンスや時代の風向きが良いことからファンド自体の規模が大きくなりやすく、資金調達環境もまた良好になってきたことが背景にあると丸尾氏は語る。
丸尾「環境が整ってきた今、考えるべきなのが日本の個々のIPOを目指す企業の規模が小さいことですね。この10年間でメルカリやSansanなどシリコンバレー相当のいわゆるユニコーンでの上場企業が出てきましたが、それでも国内全体の規模感を見ると、まだまだバリュエーションは小粒だと思います。今までのIPOは、とにかく利益に同業種のPERをかけることで算出されることが多かったのだと思います。それでちょっと利益が出るな、くらいの計算になれば日本の企業は上場してきた。一方、メルカリは海外投資家をメインのプライマリー投資家として、シリコンバレー流の時価総額のつけ方をしています。現時点では赤字ですが、3期先に結果が出るだろうと見込み分も含めて3000億円というバリュエーションをつけた。こうした大胆な投資というのは、主にシリコンバレーに投資するグローバル投資家の目線なんです。今までの日本企業はとにかく時価総額が100億円くらいでひとまず上場することが多かった。但し、100億円程の規模では、上場後に大規模な資金調達が出来ずに時価総額は大きくなりにくい。そこから時価総額を上げていった企業は、ひとえに経営者の資質あってのことですね。そうした風潮をガラッと変えたメルカリはプライマリーの時点からグローバルな投資家を入れていくことで世界市場に切り込んでいったわけです。そのようなメルカリの動きもあり、シリコンバレーの投資家たちも日本の未上場企業に目をつけ始めてきています。アメリカ国内では、芽が出そうなスタートアップがすこしずつ少なくなってきてるようですから。そうした投資家たちを巻き込んでお金を大きくとっていくスタートアップが今後出てきてほしいと思いますね」
丸尾「実際、アメリカにおけるIT系企業の上場は約8割が赤字と言われています。にも関わらず日本がそれに追随しないのは、真の機関投資家が少ないからでしょう。日本の機関投資家は、日経平均に対してどのくらい勝っているかがポイントになる。だから、株に対してのリスクを取りにくいと言われています。ところが欧米の機関投資家は、パフォーマンスが出れば、然るべきインセンティブを得られる。良いも悪いもひっくるめて。だからこそ、足元が赤字でも将来ポテンシャルのある企業を探し続けている。そういう意味でプロフェッショナルだと言えますし、本当に儲かるものを見つけにきているんです。この頃は日本でもシリコンバレー型の真のSaaS企業も育ってきているので、海外投資家はますます投資しやすくなってきていますしね」
日本のマーケットは世界基準には達していない。そのために、「グローバルな視点」を培った投資家からの資金調達や大きく打って出ることの重要性が見えた。ではその上で、日本が「遅れた10年」を巻き返すためにできることはあるのだろうか。
丸尾「アメリカや海外で出てきていない業種で世界に打って出る企業が台頭すれば、風向きは大きく変わるんじゃないかなと思いますね。例えば、アニメやエンタメ領域など、日本が世界に通用するコンテンツビジネスは競争力があるのかもしれません」
一方、今まさにベンチャー街道を走り続けるプレイヤーへは、「変化」をキーワードに現状の土俵に固執しないことを進言する。
丸尾「変化をし続ける会社だけが生き残るんです。どんなグローバル企業も老舗企業も、世の中の変化に順応していかなくては、いとも簡単に淘汰されます。当たり前のことを言うようですが、ビジネスモデル一本で儲け続けられることはありません。歴史を振り返っても、太平洋戦争前までは10年に1回必ず戦争が起きている。戦後45年、たまたま平和な時代が続いていますけれども、その間にもブラックマンデーやリーマンショックが数年おきに発生しています。世の中、なにが起きるかわからないものですよ。今、日本で業界を牽引し続けるヤフーや楽天、DeNAやサイバーエージェントだってひとつの業態にずっと固執してはきませんでした。新しい領域でチャレンジし続けてきたからこそ、今があるのだと思います。伸びている会社であるほどに、次なるビジネスチャンスを常に探しているものです。そうこうして変化し続けたベンチャー企業から、『この日本人起業家はすごい!』と言われる人に是非出てきてほしいですね。10億円や20億円といった小さな世界ではなく、そこから一歩踏み出して、調達していきながらどんどん大きくなって、変わり続けることを恐れずに事業を継続していってほしい。改めてですけど、IPOはゴールではなくスタートに過ぎません。我々、証券会社の使命は、その会社にとって最適なIPOを実現し、その後のビジネス革新に向けた施策についてもしっかりサポートした上で、大企業になるまで育成することです。そして、その大企業が新たなスタートアップ企業を支援する。そのようなエコシステムを実現できればと考えています」
執筆:小泉悠莉亜編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博