今やスタートアップに欠かせない存在となっているVC。もはやその存在意義は単に資金を援助してくれるに限らず、経営のアドバイス、起業家のコミュニティづくりと役割は多岐に渡る。起業家にとっても、どのVCに出資してもらうかは、成功するための重要な選択だ。そんな中で「VCはサービス業だ」と語るのは、Coral Capital代表のJames Riney(ジェームズ・ライニー)氏。「Coral Capital(500 Startups Japan)が投資判断を下すと、国内のVCがそれを追う」と言われるほど、日本のスタートアップ投資において注目を浴びている存在だ。今回はそんなCoral CapitalのJames氏と、共に「500 Startups Japan」の立ち上げを行なったCoral Capitalの澤山陽平氏に投資のスタイルと、どのような姿勢でスタートアップをサポートしているか話を聞いた。
経営者が投資家に会ったら一番聞きたいことは、会社のどんなポイントを見て投資判断しているか、ということではないだろうか。それはつまり、成功するスタートアップの条件と言い換えられるかもしれない。VCから投資を受けられるスタートアップは単純に資金が調達できるというだけでなく、それだけVCから期待される要因があるということだ。
James「投資先で一番見ているのはチームですね。これまでひとりでビジネスをしているファウンダーに投資をしたことは一度もありません。どんな事業であれ、成長させるのに必要な要素をひとりの人間が満たすのは不可能に近いほど難しいからです。最低でも2、3人のチームが揃っていること、それが投資する最低条件です。 さらにどんな人を巻き込んで、チームを作ったのかというのは社長の力を表します。むしろ、シード期のスタートアップではほとんど実績を表せるものなどがない中、チームこそが唯一のファクトになるんです。いいチームを作ることこそ、社長がまずとりかかるべき仕事でしょう」
いいチームかどうかは多くのVCがチェックしているポイントだが、その一方でチーム作りは経営者を最初に悩ませる壁だと言ってもいい。では、チーム作りがうまくいっている経営者は何が違うというのだろうか。
澤山「単純に言ってしまえば人を動かす力です。しかし、ありえない世界を実現するための仲間集めは大変です。複雑なアイデアであればあるほど、実現は難しくなりますし、そのために優秀な人材を引き抜くのは並大抵のことではありません。それこそスティーブ・ジョブズがもっていたと言われる『現実歪曲空間』が必要でしょう。 ひとつアドバイスするとしたら、発信し続けること、人に会い続けることですね。正直、仲間を作ることに近道はありませんし、ひとり目の仲間を見つけることはファウンダーとして最初のテストです。本当に優秀なメンバーを口説いて仲間にできるか、もしそれをクリアできないのであれば投資はできません。 これは海外のキャピタリストが言っていたことですが『1人目のエンジニアも採用もできないのに、SOも多くは渡せない100人目のエンジニアをどうやって採用するんだ』という言葉があります。まさしくそうで、壁の連続であるスタートアップ経営で、ひとつ目の壁を突破できない人間が成功できるはずはありません」
確かにひとりの人間にすら可能性を感じてもらえないサービスなら、ユーザーも集まらないのだろう。ではチーム以外に見ているポイントはないのだろうか。
James「とくに年齢や業界といったところでは見ていませんね。しかし、ユニコーンを作ろうと考えると、単なるITサービスでは難しいと思っています。業界構造などを深く分かっている人でなければ、これまでになかったようなサービスを思いつくのは難しい。そうすると自然に年齢も高くなってきますね。 あとは、僕らと起業家との相性もあると思います。起業家の中には、キャピタリストに相談したい人もいれば放っておいてほしい人もいます。僕らは比較的、経営者と深い関係を築きたいと思っているので、そういう関係性を求めている起業家に投資する傾向がありますね」
「もともとキャピタリストを目指していたわけじゃない」と話すふたりだが、たしかにステレオタイプのVCをなぞる気がないことは、話を聞くだけで感じる。いったいふたりはVCという仕事をどのように捉えているのだろうか。
James「僕らはVCはサービス業だと思っています。僕らは投資先は同時にお客さんでもあると捉えています。ファウンダーの事業を成功させるというサービスを提供する対価として、キャッシュの代わりにエクイティを払ってもらっているんです。そしてそれが将来的なマネタイズポイントになる、というわけです。 僕らがサービス業であるということは、顧客であるファウンダーが求めていることをしなければなりません。そのために定期的に投資先企業から『どんなサポートを求めていますか』という匿名のフィードバックをもらっています。それを見ながら、起業家のためにどんなサポートをしていくべきか考えています」
「起業家が求めていることはなんでもやる」というふたりこそ、VC事業を行う起業家のようだ。起業家のためにさまざまな活動を行っているCoral Capital だが、その中でもとくに力を入れているのがコミュニティ作りだ。
澤山「起業家同士の横の繋がりを作ることは重視しています。それはオンライン、オフラインどちらもです。オフラインは言ってしまえば飲みの場。でもそれをやることでオンラインのコミュニティがしっかり活きてくるんです。現に僕らのFacebookのコミュニティは非常にアクティブ率が高いです。日本でこんなウェットなコミュニティが作れているVCはなかなかないんじゃないでしょうか。 だから僕らはコミュニティのことを『ファミリー』と呼んでいます。実際にBBQとかに家族を連れてくる起業家も多いんですよ。だからみんな突っ込んだ話もできるようになるんです。 正直、起業家からすれば投資家には話しづらいこともあると思います。そんなときに起業家同士の繋がりがしっかり活きていれば、横の関係で助け合っていけると思います。みんな同じようなことで悩んでいるので、先に乗り越えた人がアドバイスをして、全員で成功できるようにしていきたいですね」
グローバル化が進み、世界で戦えるベンチャーを目指す傾向が強いが、どんなサービスでもいたずらに世界を狙えばいいというわけではない。James氏はハイパーローカルとハイパーグローバルについて話をしてくれた。
James「ハイパーローカルってつまりは国内のことなんですが、どの領域で事業をするかによって世界で戦わなければいけないビジネスと、国内でやる意味があるビジネスがあるんですよ。たとえば、ヘルスケアや物流といった領域は国内で十分な市場がある上に、海外からの参入が難しい領域です。医療ともなると国によって規制があるため、仮に海外でイケてるサービスがあるからといって、そのまま日本に参入できるわけではありません。 しかし、その一方でコミュニケーションツールなどは国によって規制がないので、グローバルでの戦いになりがちですね。とくにエンジニアなどが使うディベロッパーツールはグローバルで使われるので、最初から世界の競合をベンチマークしたり、海外への展開を視野にいれて作らねばなりません。 なんでもかんでも世界で戦えばというわけでもなく、海外からの参入が難しく日本でやることに意味があるビジネスもありますし、日本の市場だけでもユニコーンは狙えるビジネスもあります」
投資先企業のビジネスによって考え方を変えなければいけないため、James氏は「僕らはアクセラレーターはやらない。テーラーメイドのサポートをする」と語る。では、これからどんな分野での起業が増えていけばいいと思っているのだろうか。
澤山「まだまだIT化が遅れているレガシーな業界というものがいくつか残っていますが、そこで革新を起こすスタートアップが出てきてほしいと思っていますね。 しかし、そういう分野では、IT畑の人だけでやるのは無理があるんですよ。その業界で専門職としてやってきた人が、仕事をしている中で解決したいものをスタートアップとして解決していくのがいいと思っています。 たとえば最近は、医者や弁護士といった有資格者が起業するケースが少しづつ出てきましたが、もっと増えればいいなと思っているんです。弁護士事務所として独立している人たちは、スタートアップではないですけど、起業家ではあります。 そういった方には情熱を持っている方も多いですし、意外に弁護士になりたかったわけじゃない人も一定数いるんですよね。そういう人達が次のプロジェクトとしてスタートアップを視野に入れてくれるようになってきたのです。 以前、弁護士の起業家と話した際には『弁護士ドットコムみたいな成功事例が出てから起業する弁護士が増えた』と言っていたのです。これからいろんな業界でそういった成功事例が出たら、士業とかでも起業する人が増えるんじゃないかと思っています」
起業家を増やすためにメディアやブログで起業のリアルを発信しているふたり。特にJames氏は、日本のスタートアップ事情を英語で世界に向けて発信している。
James「僕が英語で『日本にいいスタートアップがあるよ』って発信することで、日本のスタートアップに興味を持ってくれる人が増えていますね。TechCrunch USにも記事が載ったんですが、その記事を読んで、連絡をくれる人もいます。日本のマーケットに興味をもつキャピタリストも増えているので、日本のスタートアップ業界と世界の架け橋になれればと思っています。 今日本のベンチャー投資って約4000億円ぐらいなんですけど、アメリカでは何兆円って市場があるんです。だから今のパイの何%を取ろうぜっていう話ではなく、パイ自体を大きくしてベンチャーのエコシステムを大きくしていかなければなりません。少なくとも1兆円くらいまでには大きくしていきたいですね。 そのためにも起業家の人たちには、メンバーを採用するつもりでVCにアプローチしてほしいと思っています。ついついVCは『資金調達をするところ』っていう立ち位置に思えるかもしれませんが、シリコンバレーのVCはお金以外のバリューをいかに最大化できるか議論しています。 だからこそ起業家たちには、メンバーも増えてついでに資金調達もできる、という意識で付き合ってもらえたらと思っています」
ふたりは、経営者と同じ目線を大事にしているように感じた。どうしてもキャピタリストと経営者の関係というと「お金を出す側」と「お金を受ける側」ということもあり、上下関係が生まれやすい。しかし、国内でもVCが増えている今では、VCも経営者に選ばれる時代になっているのかもしれない。つまりVCも経営者のニーズを把握して解決していく努力が必要なのではないかと思わされた。「VCはサービス業」という言葉には、次の時代を見据えたVCのあり方を見た。このような意識こそ、次世代のVCのスタンダードスタイルになっていくのかもしれない。
執筆:鈴木光平取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:小池大介