コラム

「性善説ビジネス」は成立するのか?「CASH」光本勇介の挑戦

2019-04-04
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
性善説ビジネスは成立するのか?「CASH」で作る新しい世界

多くの起業家が頭を悩ませる事業立ち上げ。どんなタネを見つけ、どう育てていけばいいかという疑問は、これまでもそしてこれからも多くの起業家の課題になるだろう。うまくいっている起業家の頭の中を、覗いてみたい人も少なくないはずだ。「STORES.jp」を作り、「CASH」を作り、ZOZOとDMMにその才能を認められた株式会社バンク(以下、BANK)の代表光本勇介氏はそんな頭の中を覗いてみたい起業家のひとり。これまでどのように新しい市場を見つけ、そして事業を育ててきたのだろうか。そんな光本氏の事業立ち上げのプロセスについて。起業家だけでなく、事業立ち上げに携わるすべての人に参考にしてほしい。

事業はタイミングと市場の選択がすべて

ー光本勇介(みつもと・ゆうすけ) 2008年、最短2分でオンラインストアを作れるサービス『STORES.jp』等を運営する株式会社ブラケットを創業、2013年にZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイへ売却。その後スタートトゥデイ社に対しMBOを実施、同月、ブラケット社取締役会長に就任。2017年2月株式会社バンク創業、2017年6月に目の前のアイテムを瞬間的にキャッシュに変えられるアプリ『CASH』をリリース。2017年10月に株式会社バンクをDMM.comへ売却。2018年6月にあと払い専門の旅行代理店アプリ『TRAVEL Now(トラベルナウ)』をリリース。2018年11月にDMM.com社に対しMBOを実施し、現在に至る。
光本勇介(みつもと・ゆうすけ)2008年、最短2分でオンラインストアを作れるサービス『STORES.jp』等を運営する株式会社ブラケットを創業、2013年にZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイへ売却。その後スタートトゥデイ社に対しMBOを実施、同月、ブラケット社取締役会長に就任。2017年2月株式会社バンク創業、2017年6月に目の前のアイテムを瞬間的にキャッシュに変えられるアプリ『CASH』をリリース。2017年10月に株式会社バンクDMM.comへ売却。2018年6月にあと払い専門の旅行代理店アプリ『TRAVEL Now(トラベルナウ)』をリリース。2018年11月にDMM.com社に対しMBOを実施し、現在に至る。

2013年、スタートトゥデイグループ傘下に入ったブラケット(現:ストアーズ・ドット・ジェーピー)。2017年、DMMグループ傘下に入ったBANK。二度の事業売却を経験した日本を代表するITメガベンチャーも認める光本氏にとって、事業の立ち上げはタイミングと市場選択がすべてだという。

光本「世の中をみていると、すごい流行っているにも関わらず実は売上がほとんど上がっていない会社っていっぱいあると思うんですよ。しかし、どんな理由であれ、株式会社である以上はしっかり稼がなきゃいけませんし、稼げていなければ継続的に事業展開できないし、次の事業も作れませんよね。 だからどんなにイケてる事業を作っても、タイミングを間違えると無駄になってしまうんですよ。実際に僕も、起業したての頃にスタートした事業は早すぎてうまくいかなかった経験があるので、事業化のタイミングっていうのはすごく大事にしています」

このタイミングの重要性を光本氏が痛感したのは、「STORES.jp」を作っているときだ。盛り上がりを見せていたこの業界は、同じようなサービスがいくつもリリースされる時代だった。プレーヤーとしては複雑な気持ちはあったものの、これだけ多くの人が潜在ニーズを察知していたからこそ、適切なタイミングであったことを肌で感じられたという。では、適切なタイミングというのはいかにして見つけるのだろうか。

光本「はじめにいっておくと感覚的なものなので、ロジカルなプロセスはありません。 世の中はとても変化しています。そして、いろいろな業界があって、それぞれの業界にトッププレーヤーがいるわけですけど、そんな彼らの事業は、昨日今日できたようなサービスではありません。5年なのか10年なのか、はたまたもっと長い時間をかけて作られてきたサービスです。 それらのサービスがリリースされてからも世の中は動いているので、サービスと世の中には、どんどんギャップができていきます。そのギャップが一定以上になると、業界は変わるべきですし、変革が起きるタイミングだと思っています。 私は最近、不動産業界に注目しています。あきらかに今のテクノロジーと、現在行われている不動産の提供の仕方にギャップがあるはずなんです。今のテクノロジーに合ったやり方がないかと思ってています」

サービスはリリースした瞬間から陳腐化していくと語る光本氏。それは本人が作ったサービスとて例外ではない。

光本「サービスはリリースして終わりではなく、世の中に合わせて変化させていかなければ、サービスとして死んでしまいます。今やっていることが正解だと思わずに、常に世の中の流れにサービスをマッチさせていかなければなりません」

さまざまな業界動向をチェックし、時代の先端との乖離がある業界を探しているという光本氏。去年は旅行業界にギャップを感じ、「TRAVEL Now」というサービスをリリースした。光本氏が今後はどの業界に参入していくのか楽しみだ。

「課題があるからサービスを作ろう」は間違い。新サービスは最低限の機能でリリース

これまでいくつものサービスをリリースし、成功も失敗も経験してきた光本氏。サービスの成功率を上げる方法はあるのだろうか。

光本「これは自分も昔やりがちなことだったんですけど、サービスを作るときってつい『こういう課題があるからこういうサービスを作ろう』となってしまうんです。しかし、大抵の場合、その仮説自体が間違っていることがほとんどです。 一番いいのは、サービスとして成り立つ最低限の機能をつけて世の中に出してしまうこと。どんな機能が求められるかはユーザーが答えを持っているので、ユーザーに教えてもらえばいいのです。 ありがちなのが『こういう機能付けたら便利なんじゃないか』『こんな機能があったらユーザーに喜ばれるんじゃないか』と機能をてんこ盛りにすること。そういった機能は大抵使われませんし、提供側のただの思いこみでしかありません。 今もうちの優秀な社員たちは、気を利かしていろいろな機能を考えてつけてくれるんです。しかし、私のところに来た段階で『これいらなくない?』と削ることが多いですね。最近の僕の仕事は機能を考えることよりも、いかにサービスをシンプルにするために機能を削ぎ落とすことだと思っています」

サービスを作るときは、誰もがつい「もうちょっと」と言って機能を付け足しがち。そしてその「もうちょっと」がユーザーにとっては余分になものになってしまう。光本氏が、シンプルな機能で即リリースするという考えに至った背景には、なにがあるのだろうか。

光本「今ってどんどん便利な世の中になっていると思うんですけれど、言い方を変えると、思考停止でも生きていけるってことなんですよね。良い悪いではなくて、私たちはそういう、思考を使いたくない人たちにサービスを使ってもらわなきゃいけなくなっているんです。そんな世の中では複雑なサービスほどユーザーが離れていきます。究極は思考が停止していても使えるサービスでないといけないと思っています。 例えばクックパッド。とても画期的で業界でも圧倒的なサービスだと思っていますが、クックパッドも頭を使わなきゃいけないサービスです。レシピを読んで理解して、それを想像した上で調理を始めなければなりません。 そんなクックパッドのスキをついて増えていったのがレシピ動画サービス。思考を停止していても見てマネしていけば料理ができるサービスです。言い方は悪いかもしれませんが、私たちはそういった思考を使わないユーザーを想定してサービスを作っています」

『サービスはいかに早く立ち上げられるかが勝負』と語る光本氏だが、そのために必要なことはなんなのだろうか。

光本「いかにシンプルに考えるかです。サービスを作るときって複雑に考えがちなんですよ。でも世の中も消費者もそんな難しく考えてないし、捉えていません。できるたけシンプルに考えてサービスを作ることが、早くサービスを出すことに繋がりますし、安くサービスを出すことに繋がります。 1日でも早くサービスを作って世に出すということは、打席に立つ数を増やすことになるので、長期的に見れば成功の確率を上げることになります。まずは打席に立たないと成功も失敗もありませんし、失敗したとしても、失敗のほうが成功するよりも得られる知見は多いものです。人に相談しすぎて考え込むよりも、まずはサービスを作って出すほうが大事だと思います」

疑うコストと疑わないベネフィットを比較してみる

新しい事業を見つけるためのプロセスを教えてくれた光本氏だが、現在行う事業の背景にあるものはなんなのだろうか。現在BANKが手がけるサービスはふたつ。目の前のアイテムが一瞬でキャッシュ(現金)に変わるアプリ「CASH」。もうひとつは、あと払い専用の旅行代理店アプリ「TRAVEL Now」。双方に共通しているのは、ユーザーは先にサービス提供を受けられて、その対価はあとから支払うという仕組みだ。これまでにないサービスと言えば聞こえはいいが、その仕組からして、事業として成立するのか不安にはならないのだろうか。光本氏がこのふたつのビジネスを通じて見ている世界とは───?

光本「今の世の中はすべての取引が与信をもとに行われていますよね。法人の取引はもちろんですが、個人間の取引にも与信が必要です。つまり先に信用が担保されている必要があるんです。銀行は人にお金を貸す時に、その人に支払い能力があるかを確認しますし、個人でもお金を返せなさそうな人にお金は貸しませんよね。 そこで考えました。この与信っていうのはつまり“疑う”行為ですよね。『この人ちゃんとお金返せるかな』と疑い、資産状況を調べたり、『この会社取引して大丈夫かな』と疑い、帝国データバンクで会社を調べるわけです。世の中にあるアプリにわざわざ“ログイン”するのだって、ある意味与信をとるプロセスだとも言えます。 この疑う行為っていうのは、お金も時間もかかるので、コストです。そしてコストである以上、どこかの誰かが負担しなければなりません。大抵の場合、そのコストが押し付けられるのは消費者です。つまり、利用料などの形で、疑うコストが消費者の負担額に上乗せされるのです。 だから与信を取らずにビジネスを成り立たせられないかなと思い、はじめたのが今の事業です。全力で人を信じきることになるので、性善説に基づいたビジネスともいえます。全員とはいいませんが、大抵の人は“良い人”なはずなんです。ごく一部の悪い人を排除するために、全員に何かを課しているのが今の社会システムとも言えます。 一定数の悪い人は絶対にいるのですが、彼らが悪いことをして発生する損失と、全員を疑うコストを比較したとき、疑うコストの方が小さければ、私たちのビジネスが成立することになります。たとえば、駅の改札機はチケットを買ったかどうか調べるだけの機械ですが、最低でも1台数百万円します。そして、ひとつの駅にはそんな改札機が10台もあるんです。もし改札機をなくしたとしたら、キセルをする人も絶対現れるはずなんですけど『キセルによる損失と改札機のコストってどっちが上か?』という話なんです。私たちの今のビジネスはこの性善説に基づくビジネスが成り立つかどうか、実験しているんです」

人を疑うことを前提においた今の社会システムを根底から覆す。実験をしていると語る光本氏だが、その言葉には確信にも似た自信を感じる。これまでもさまざまなビジネスを立ち上げてきた光本氏だが、そもそもどんなビジネスを作ることを目標にして日々切磋琢磨しているのだろうか。

光本「僕がやりたいと思っていることは『マスのサービス』を作ること。誰もが知っていて誰もが使っていて、ないと困る人がいるようなサービスです。起業した当初からずっとそんなサービスを作りたいと思っていました。 今、国内で思い付く限りそんなサービスをあげてみてください。食べログ、メルカリクックパッド……。これほどたくさんサービスがあるのに、10個あげるのも難しいと思います。それぐらいマスのサービスを作るのは大変なんです。だからこそ、いつか自分の手でマスのサービスを作ってみたいですね。 ちなみにメルカリは2018年でも7,500万以上ダウンロードされてるんですよ。これって子どもとシニアの以外のほとんどの人がダウンロードしてることになります。メルカリがないと困るっていう人も必ずいると思うんですよね。 こういうサービスは絶対にみんなをハッピーにしていると思うんです。ハッピーにならなかったら、一度は騙されて使うと思いますけど、継続して使われることはないですから。みんなをハッピーにするようなサービスを作りたいですね」

冒頭でも話した最低限のシンプルなサービスを作るという考えは、このみんなに使ってもらえるマスのサービスを目指しているからこその発想かもしれない。

最後に、そんなマスのサービスを作るために必要なことはどう考えているのかを聞いてみた。

光本「諦めないことじゃないでしょうか。どんなことをするにしたって、課題もハードルも出てきます。それでもやり続けなければその先の成功はないので、信じてやりきるしかないですよね。諦めないためにも、自分たちのしていることが誰かをハッピーにしているって信じることが大事だと思います」

取材中は質問に対して考える姿を見せるも、一つひとつの言葉を力強く伝えてくれた光本氏。迷ったときの意思決定について質問をすると、ほとんど迷うことはないという。迷っているときというのは、既に自分の中で答えが決まっているときで、その答えに納得したいがために悩んでいるという。「迷うこともコスト」と語る光本氏の姿勢には、新しいサービスに挑戦をしているにも関わらず、まったく迷いを感じさせなかった。これから光本氏がどのように「疑わない社会」を実現していくのかとても楽しみだ。

執筆:鈴木光平取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博

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