「繋がる」ことの大切さがとにかく指摘されるのがスタートアップの世界です。
起業家同士の会話から事業が大きく進展することもあれば、投資家との接点を持つことで資金調達活動が加速することもあるでしょう。
その裏返しとして、出会いの絶対数が少ない地方のスタートアップは「不利」ではないかとの指摘も度々上がります。
実際に地方スタートアップとして資金調達活動に臨んだ当事者はどう考えるのか。1億円超の調達を実施してきた北海道札幌市のWeb3スタートアップ・あるやうむの畠中博晶・代表は、接点の少なさは認めつつも、地方にしか存在しない「エアポケット」が利点になり得ると言います。
都会と地方をめぐる「有利・不利」論争。現場感溢れる畠中さんの寄稿は、これまでにない視点を提供してくれるはずです。
(聞き手・編集=高橋史弥 / STARTUPS JOURNAL編集長)
地方はスタートアップ関係者のコミュニティが少ない。その結果生じる不都合として、投資家との接点の少なさが挙げられます。
つまりファイナンス(資金調達)において、確率論的に不利になっているかもしれない。ただ僕はそこまで深刻だとは感じていません。そもそも札幌でスタートアップをしていることに思い入れがありますから、多少の不利はどうでもいい、という前提があります。
客観的に見て課題はあります。投資家は、スタートアップの事業やマーケットだけでなく、起業家を見て投資判断をしていると思います。稟議書類には上がらない 「この人ならば大丈夫だろう」というインフォーマル(非公式)な意思決定がある。この比重はシードラウンドに近づくほど上がっていくと思います。
僕は投資家になったことがないため、推察でしかありません。ただ、地方在住でフォーマルな接点しかない場合、「この人ならば大丈夫」という、実際の意思決定で大きな比重を占めているであろう部分が抜け落ちてしまう。接点が多ければ多いほど有利と言えますから、見られる回数が減ってしまう地方のスタートアップは不利なのかもしれません。
対して、地方にもアドバンテージはあります。
例えばあるやうむは、札幌市に本店を置く地銀の北洋銀行から出資を受けています。これは北洋銀行の担当者さんがそれこそインフォーマルな接点の中で出資について検討してくださった結果です。
札幌にいなければリーチできないお金が間違いなくある。こうした地方スタートアップならではの「エアポケット」のような資金は一定程度、存在するのだと思います。
ただここも地方ごとに整理して考えるべきで、札幌や福岡などであればエアポケットはあると思いますが、全国どこにでも存在するわけではありません。スタートアップ投資に前向きな地銀の存在などが鍵になると思います。ある先輩の地方スタートアップ起業家は、同郷の上場企業創業者の資産管理会社を巡っていたそうです。
もう一つ、明確な利点を挙げます。
NFT関連のスタートアップは今、真冬の時代にあると言われていますが、地元の投資家は業界が盛り下がっているにも関わらず稟議を通してくれました。地方から全国に出資するファンドもありますが、北海道の出し手は地元愛の強い方が多いのです。
「真冬の時代でもNFTの可能性を信じる投資家から調達すべきだ」という議論もあると思います。確かにチケミーさんのように資金調達に成功した事例もありますが、僕たちは東京にいたら1億円ではなく4,000万円程度しか集められなかったかもしれない。
札幌にいたからこそ「この企業を支えるんだ」というインフォーマルな意思決定が働き、お金を集められたというのは否定できない。
札幌にいたことは客観的に見ても不利ではないかもしれません。
ただし、エアポケットには動く速度が遅いという事実もあります。
東京の投資家と東京のスタートアップの関係では、インフォーマルな意思決定で素早く投資をしていきます。東京では良い案件(スタートアップ)は奪い合いのため、投資家もスピード感ある意思決定に慣れている。
対して札幌の投資家はじっくりデューデリジェンス(価値・リスク調査)して事業への理解を深めていきます。僕も対面で3~4回は説明しました。あるやうむの事業はNFTとふるさと納税の両方について理解が必要で、合計15時間から20時間は費やしました。
今回の調達では、Web3スタートアップに投資するドバイのファンド・ FLICKSHOTからも出資頂きましたが、こちらはzoomミーティング2回で意思決定をしてくださいました。全世界で起業家を奪い合っている投資家のスピードなんだと感じています。
もちろん、時間をかけて説明すれば高い確度で出資頂けるという考え方もあります。ただし、出資額が同じだとして、着金まで1ヶ月の投資家と3ヶ月では、よほどのことがない限り前者を選びますよね。地方の投資家はデューデリジェンスの速度を上げて、起業家を奪い合うくらいでないと、投資家対投資家の戦いでは負けてしまうのではないかと思います。
ここまで、ファイナンスに焦点を当ててきましたが、地方にはまた別の優位性があることにも触れておきたいです。
あるやうむは創業当時、北海道では珍しいIT系スタートアップだったこともあり、地元の先輩経営者らが積極的にコンタクトを取ってくれました。実際に事業が動き始める前だったにも関わらず、彼らの伝手を通じて、余市町の町長との面会が実現したのです。その後、余市町はふるさと納税NFTの最初の導入自治体になってくれました。
こうした、出会いという経営資源は「賢いから」「優秀だから」得られるものではありません。「この人が好きだから」という性質のものでもない。地元経済界のリーダー的な存在であればあるほど「地方で旗揚げしたスタートアップを支えないと、この地域がつまらなくなる」という危機感を持っていて、時として彼らが蓄積してきた信用を分けてくれることがあるのです。
この現象は東京では起こしづらいでしょう。地方のキープレイヤーの意思決定が成長に不可欠なスタートアップであれば、地方起業には明確なメリットがあります。
改めて、地方にいることで発生する利点と機会損失を天秤にかけても、なかなか判断がつきづらい。
ここからは主義の問題ですが、僕はお客さんと向き合って、お客さんが喜ぶものを作ることに時間を費やしたいタイプです。
地方にはコミュニティが少ないわけですが、逆に繋がりすぎないことも大事。知り合いができて、飲み会にたくさん行って、自分の気が散らかってしまうのはネガティブなことです。僕たちは投資家に事業進捗の早さを評価して頂くこともありますが、それはお客さんと事業に向き合ってきたからです。上手くいくためには、先鋭的なチームと事業を作っていくことが何よりも大事です。
もちろんこれは僕の社交性とイデオロギーの問題であって、東京の起業家コミュニティも遊びのためだけの飲み会をしているわけではないと思います。ただ僕は札幌に籠っているのが性に合うし、バチバチの飲み会も年に2回あればいい。
地方スタートアップの仲間にアドバイスを送るとするならば、まずイベントに出ることは大事だと思います。登壇もそうですし、チケットを買って観に行くのもいい。IVSやB Dash Camp、ICCなどですね。
ファイナンスが差し迫っていなくても行くべきです。誰がどこでどういう意思決定をして投資に結びつくかわからない以上、インフォーマルな姿は見せておくに越したことはない。
流石に篭りすぎは良くないと自分でも思っています。どこに住むかを決めるのは大切な権利ですし、その場にいることでしか作れない事業があることも凄く分かる。ただせめてイベントには出かけていく。そのバランス感覚は忘れたくない。
あとは、資金調達については早めに検討するべきです。アーリーステージ以前でも1年くらいはかかると考えた方がいいと思います。そして、その地域ならではのエアポケットを把握して接点を作っておくことが大事でしょう。