コラム

エンジェル投資家・有安伸宏が明かす「伸びる起業家」

2019-06-04
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
投資家・有安伸宏が語る、スタートアップを取り巻くエコシステムと伸びる起業家の話

日本のスタートアップの市場の成長性に関する話題は尽きない。過去と比較して規模が拡大し、成熟してきていると捉える人物もいれば、シリコンバレーや中国との比較においてはまだまだ未熟であると厳しい評価を下す人物もいる。それでは、長きに渡って、スタートアップを取り巻く環境の中に身を置き眺め続けた人物には、今の日本のスタートアップはどう映るのだろうか。今回話を伺ったのは、エンジェル投資家の有安伸宏氏。自身も数社の起業を経験し、現在は投資家として複数社の成長に貢献している。有安氏から見た、今のスタートアップの環境とはどのようなものだろうか。そして、今後起業家に必要な素質とは。

日本のスタートアップエコシステムの「懐を深く」したい

ーー今回は、スタートアップエコシステム・アジリティ・納得感の3点に絞ってお話を伺いたいと考えています。さっそくですが、日本のスタートアップエコシステムに関して課題感を感じたはいつ頃だったのでしょうか。

■有安伸宏(ありやす・のぶひろ) ー1981年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、ユニリーバ・ジャパンを経て、2007年にコーチ・ユナイテッドを創業。2013年に同社の全株式をクックパッドへ売却。2015年にTokyo Founders Fundを共同設立、米国シリコンバレーのスタートアップへの出資、エンジェル投資なども行う。
有安伸宏(ありやす・のぶひろ)ー1981年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、ユニリーバ・ジャパンを経て、2007年にコーチ・ユナイテッドを創業。2013年に同社の全株式をクックパッドへ売却。2015年にTokyo Founders Fundを共同設立、米国シリコンバレーのスタートアップへの出資、エンジェル投資なども行う。

有安 「自分が起業の世界に足を踏み入れたのは学生時代、もう16年ほど前の2003〜2004年のことですね。当時はまだスタートアップエコシステムと呼べるものは存在していませんでした。起業すること自体が珍しい時代でしたから。株式会社の登記時に必要な最低資本金が1,000万円の頃だったので、純粋にハードルが高かったのだと思います」

ーーそうですよね。スタートアップという呼び方もほとんどなかったような気がします。

有安 「オフィスひとつ借りるのも相当大変でしたからね。そう考えると、今は年々環境が良くなっているように感じるんです。必要な情報がネットなどにも上がりますし、使いやすいシェアオフィスなども増えていますし。 そうは言っても、“エコシステム”というほど格好よくなくて、ある種の“村”みたいなものですからね。シリコンバレーや深センなんかを訪れると、同じようにスタートアップが集まっていてもまったく雰囲気が違う。日本はまだスタートアップの歴史が短いので、特殊な変化をしているのかもしれません。ただ総じて、起業するに当たっては恵まれた地域なのだと思っているんです」

ーー具体的にどのような点が恵まれている、と?

有安 「ほかの国と比較して経済的な競争が起きにくい点です。シリコンバレーなんかと比べて、起業家の数が圧倒的に少ない。だから、トップを取ることに対する努力対効果が良いんですよね。アートやスポーツのジャンルでトップを取るのと、スタートアップである業種を選択して一番を目指す。競争相手の数という一側面だけから見たら、起業よりもよほど厳しい世界はたくさんあると思います」

ーー他国と比べて相対的に起業家の数が少ないのはどうしてなのでしょうね。

有安 「選択肢に入っていなかったから、でしょうね。知っているからできることってあるじゃないですか。僕も選択肢として知らなかったらエンジェル投資には手を出していないと思いますし。友人や知人が起業して成功している様子を近くで見ていると『あいつが!まじか!』って脳が揺さぶられるはずです。起業の成功例が増えて、起業が身近になったからこそ、やっと起業家が足元で増えてきているのだろうと思っています」

ーー起業家やスタートアップが増えた今の時代、日本のエコシステムはどのように変わっていくと良いのでしょう。

有安 「まずは、グローバルに通用する企業や、規模の有る企業が複数生まれることですね。そして、機関投資家マネーもVCへどんどん入り、上場益やストックオプションによってエンジェル投資家も増えれば、スタートアップへの投資額も増えていく。好循環が加速する。 あとは、スタートアップだけでなく、周辺領域まで巻き込んでもっと大きなエコシステムを作っていくことです。シリコンバレーを例に挙げると、起業家だけではなく、エンジニアやデザイナー、弁護士や税理士も本当に多い。州政府も規制緩和の考え方が日本とは対極的です。圧倒的なスピード感で変化する環境だからこそ生まれる世界があると思うので、日本も新陳代謝を今の10倍くらい激しくして、懐の深いエコシステムができてくるといいかなと。 まあ、そうは言っても、今の日本は資金量が増えているタイミングです。まずは、その成長をしっかりと大切にしていくことからなんでしょうね」

ーーなるほど。ということは、今の日本のスタートアップ領域は良い方向に向かっていると捉えていいのでしょうか。

有安 「そう思います。ブレーキが来るとしたら、今の政権が終わる2021年以降でしょうか。経済が停滞して就労人口が減少するというマクロトレンドには誰も勝てない。スタートアップにも、徐々に向かい風が訪れるはずです」

経済の低迷に向けて、今のスタートアップが意識するべきこと

経済の低迷に向けて、今のスタートアップが意識するべきこと

ーースタートアップが来たる2021年以降の変化に向けてなにか対策をするとしたら、どんなことなんでしょう。

有安 「眼の前の事業に集中すること、顧客価値にフォーカスすること。これらが大前提としてあり、そのうえで、マクロとミクロ、ふたつの視点を意識するのが良いと思います。まずはマクロに経済の動向を理解すること。 日本で言えば就労人口が減っていくことが最大の変数。そして、ミクロな視点では、自社のバーンレートを下げて来たるべく冬に備えることじゃないかと思います。きちんとしたキャッシュフローで経営ができていれば潰れることはないと思うので。現在の調達環境を楽観視しすぎず、しっかりと準備することが何より大切だと思います」

ーーキャッシュフローの話が出ましたが、資本政策におけるtipsってなにかありますか? エクイティファイナンス、デットファイナンス、どちらが良いのかのような議論はよく界隈でも目にしますが。

有安 「経営者が想定する時間軸と競争のキツさによって、主に決まりますね。一気に調達してシェアをとらないと殺されてしまう競争的な環境なら調達を急ぐべきだし、もう少し穏やかな競争環境なら腰を据えて事業づくりに専念するのもいい。ただ、セオリーとして『金は、集められる時に集めておけ』が事実なので、向かい風のタイミングがわかっているなら、今のうちに調達しておいて厳しいときにキャッシュアウトを絞って長く息ができたほうが、とは思いますけれど。 ただ、闇雲に資金を集めたら良いわけでもないですし、バリュエーションが上がれば良いわけでもない。自分たちの未来を理詰めで整理していくことで、資本政策は自ずと見えてくるのではないでしょうか。巨額調達を追い求めることばかりが、資本政策ではないと思っています」

「チーム有安」を始め、VCと起業家が組織化する、ということ

「チーム有安」を始め、VCと起業家が組織化する、ということ

ーー組織の話でいうと、よく「チーム有安」なんて言葉で括られる仲間もいますよね。そういったチームが経営にもたらすメリットもありますか?

有安 「経営者は孤独なので、同期入社のような横のつながりは貴重です。創業者の横のつながりを作りたくて、出資先社長を『チーム有安』と名付けて、コミュニティとして運営してます。まあ、チャットグループで情報交換したり、近い業種同士で飲み会を開いたり、はよくやっています。悩みの共有と目線上げには役立っていると思います」

ーーなるほど。起業家としての共通の課題をみんなで解決する、みたいな動きもあるんですか?

有安 「事業領域問わず必要なファンクション、たとえば採用機能とか、プロトタイプ開発支援などの機能を持つのは考えますね。とくに起業家からもらう相談の6〜7割が採用広報に関してなので、意識しています。どんな採用戦略を組み立てて、採用市場の中で自分たちのプレゼンスを持つのか、と話し合ったり」

ーー広報や採用って、スタートアップにとっては切り離せない存在ですよね。とはいえ、課題感を抱える起業家も多い。どうしたら解決できるのでしょう。

有安 「一言でまとめるなら、起業家が自身の持ち味を活かすことですね。ほかの会社や経営者と比較したときの差異を冷静に把握できている方が少ない気がします。みんな、なかなか活かしていない部分なのでもったいないなと思っているんですよ」

ーーわかっていても手が回らないことなど、プロダクトのあるスタートアップは先に開発をと思ってしまうこともありそうですね。

有安 「C向けの強いサービスがあるスタートアップは、完全にサービス開発に振り切るというのも、採用広報施策としてベストというケースもあると思いますよ。良いサービスは間違いなく良い採用ツールになりますから。求職者層とサービスが近ければ近いほど、サービス開発にフォーカスするのは重要です。 そして、プロダクト及び事業に集中するべき、というセオリーは満たした上で、余裕があるなら経営者はTwitterもブログも始めたほうが良いんです。採用上の時間対効果がいいから。でも、なかなか余裕はない(笑)。メンタルコストをかけずにできることがあるなら始めてほしいし、難しいなら開発に全振りするのも、良いのではないかと思います」

ーー経営者と投資家の両方を経験して、経営者としてのあり方と投資家としてのあり方、明確に違いがあると感じるはどんなときですか?

有安 「うーん、グラデーションなのできっぱりと分かれることはあんまりないですね。 ただ、ひとつあるとしたら、心のありようです。経営者は近道を探して、ショートカットして、成長のスピードを5倍、10倍と加速させていくのが仕事。 一方で、投資家は信じて待つ仕事。ゆっくりお金を稼ぐ仕事ですからね。起業家を経験したあとにエンジェル投資を始めてもつまらないと感じる方もいるみたいなのですが、たいていはそのスタンスの違いが原因だと思います」

ーーそもそもですが、有安さんはどうしてエンジェル投資の道に?

有安 「コーチ・ユナイテッドを売却するよりも前、個人の貯金もそれほど多くなかった頃に、昔から知り合いだったマネーフォワードの取締役の瀧君から出資のお声がけをいただいたんです。 実際に投資してみると、スタートアップの内側に入って経営者の悩み相談を聞けるので、一次情報が手に入って。すごく勉強になるからと考えて、投資家の活動を始めました。 経営のリアルな結果、いわゆる打ち手と数字が見えることが投資家としては一番のメリットだと思っています。自分の中に事例が溜まる感覚ですね。また、知らない領域のことを知れるのもすごく楽しいですよ」

ーー知らない領域への投資って、壁打ちが難しい印象がありますが実際のところはいかがですか?

有安 「フレームワーク自体が同じなので特別苦労したことはないです。PMFしているのか、スケールするにはなど、話すことは変わらないですしね。ただ、初期の頃はひたすら話を聞いてインプットしていますよ。対話を重ねていく中で、だんだんと業界理解が深まる感覚です」

ーーWebサービスなら共通言語もあるので、ある程度は……と思うのですが、まったくの別領域でも応用可能なんですか?

有安 「案外わかるもんですよ。現状の課題感があるなら改善の余地があって、そのための打ち手がある。状況を鑑みて、理詰めで考えているだけなので、自ずと見えてくるといいますか」

アジリティとは、すなわち「すぐやる力」

アジリティとは、すなわち「すぐやる力」

ーー起業家によって、アジリティの有無には特性がありますよね。有安さんが思う、アジリティの必要性ってどんなことですか?

有安 「企業のステージによって、フィットする経営者の性格って変わるんですよね。だから、経営者は人格変化が求められて、すごく大変だなとは思います。 ただ、僕の投資先はアーリーステージの企業が中心なので、手数を増やして試してって具合で、やや多動症気味にいろいろ動いているケースがほとんどです。3ヶ月前と言っていることがぜんぜん違う、くらいがちょうど良いかなと。 アジリティって言うなれば『すぐやる力』なんですよ。すぐに動ける人は起業家向きなのだろうなと思っていますね」

ーー有安さんご自身の「すぐやる力」はどこで身についたものなんでしょう?

有安 「僕も、その力が発揮できるときとできないときがありますよ。まあでも、大企業での経験が長くはないので、そもそもガッツリ調査から始めるカルチャーが身についていなかったのは大きいかもしれません。 たとえば『サイタ』は、すぐにプロトタイプを作ったんですよ。たしか1〜2週間くらいでリリースしたのですが、すぐさまレッスンを受講してくださる方がいて。スピード感を持って試すことの強みを実感しました。 一方で、そのサービス内にコミュニティ機能を実装したことがあるんです。時間をかけて作ったのですが、実際のところは全然利用されなかった。それなら、簡易的にリリースして様子を見ればよかったんですよね」

ーーそんな経験を経たからこそわかる、事業をつくる上で意識するべきポイントってどんなことがありますか?

有安 「アップサイドをすごく考えることだと思いますね。このまま事業を進めたら、何年後に何十億円の営業利益を生み出す事業なのか、を考える。僕は起業した当時、自分のことを天才だと勘違いしていたんですよ。 仮説を世の中に問うてみて、実際に成果が出ていたから。でも、そのせいで近視眼的になっていて、数年先のビジョンを言語化する作業がおろそかになっていた。逆算的な経営思考もできていなかった。 今はいろいろな経験をしたので、起業の大変さを知っている。大変なことをせっかくやるなら、デカイことをやりたいじゃないですか(笑)。 だから、もう一度自分が起業するとしたら『どの国で?』『どのトレンドで?』『自分らしい事業とは?』を意識しながら事業を作っていく気がしますね。オリジナリティのあるドメイン選択かつ、伸びる市場とのベン図の重複部分を探しにいくのかなと」

ーー反対に、今だからこそ注意しておくこともありますか?

有安 「起業家としての賞味期限を意識します。当時は20代、今は30代ですからね。あと何回打席に立てるのかを意識して、時間軸を考えて領域を選ぶのではないかなと。たとえば、現状の法律の改正が必須な、社会実装まで時間がかかるような規制産業には取り組めない、とか」

ーー事業を作る上では、自身の納得感も大切な要素なんでしょうか。

有安 「納得感があることで事業の継続力が高まるとは思いますよ。あと、24時間考え続けるから、経営の質が高まる。納得感があるから頑張れるというよりは、頑張った結果納得感が高まるって表現のほうが近い気がしますけれどね。つべこべ言わずにひとまずやってみるのが良いです(笑)」

ーー世代的なギャップはありそうですね。

有安 「まあ、そうですね。でも、結局は『Learning by Doing』だと思うんです。ショートカットできることはなかなかないし、仮にあったらその道を選んだらいい。でもショートカットのある領域は、図らずとも競争的ですから。しかも資金調達競争みたいな、軸の違う競争になりがちです」

「ひとつのことに滅私奉公すべき」の常識を覆したい

「ひとつのことに滅私奉公すべき」の常識を覆したい

ーー有安さんの未来のお話も少しお伺いできればと思っています。まだまだ投資家として活動したい、起業家に戻りたいなど思うことがあれば。

有安 「起業するかエンジェルとしてサポートする、二者択一ばかりを求められない環境を作りたいと思っているんです。ジャック・ドーシーも、イーロン・マスクも複数の会社を経営しています。日本にも、エンジェル投資をしながら会社を経営している方もたくさんいる。 自分に適切な力があれば、ひとつのことに留まらずにいろいろできるはずなんですよね。日本って、複数のことをやるのは悪だとか、滅私奉公的な価値観が割と根付いていますが、いろいろなことに挑戦して、常識を疑って活動したいという思いが強いです。『起業と、エンジェル投資と、両方やるのは無理だよ』とか『ひとつの事業をまず成功させることに注力すべきだよ』など、セオリーとしては間違いなく正しいのですが、そのセオリーが成立しないケースはどんなときかな?という発想でいった方が、面白い解にたどりつく可能性が高いと思っています」

ーー確かに必ずひとつに絞らなければいけない理由はないですね。それでは、最後にこれから起業にチャレンジしようとしている方々に向けたメッセージをいただけますか。

有安 「起業って、職業というより生き方の選択に近いと思っています。家族の同意も必要だし、国のありようによって、環境がガラリと変わる。もちろんすごく大変なことばかりですが、喜怒哀楽が大きな分、人生も豊かになると思っています。 もしもそんな体験に足を踏み込んでみたいと考える際には、ぜひ飛び込んでみてはいかがでしょうか。仮に失敗したとしても、また会社で働いたら良い。警戒することはないと思います。人生をロングスパンで見て『リスクを取らないことのリスク』にも目を向けてみると、別の角度から解が導けるかもしれません」

執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博

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