スタートアップインサイト

「キーマンが辞めない」グローバル組織の作りかた。メガITの引き抜き、上場延期...試練を前に、トップはこう動いた AnyMind Group 十河宏輔・CEO

2023-11-22
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

「ダイバーシティ(多様性)」を意識することはあるだろうか。

メディアで盛んに報じられるにようになって久しいこの言葉。2023年3月期の有価証券報告書から義務化された「人的資本の開示」にも欠かせない要素だ。

海外赴任や外資系への転職など、特にグローバルと繋がるビジネスパーソンにとってはまさに必須科目…と言いたいところだが、多様性への意識だけでは意味がない。

「そもそも、ダイバーシティを受け入れられない会社にグローバル事業はできません。道を走っていれば信号があるくらいには当たり前の存在です」。

そう話すのは世界14の国・地域で事業を展開するAnyMind Group十河(そごう)宏輔・代表取締役CEO。創業初期から日本人がマイノリティ(少数派)という環境でグローバルビジネスに取り組み、事業成長を続けてきた経営者だ。

十河CEOにとってダイバーシティは「大前提」。そのうえで、世界的なIT企業からの引き抜きや上場延期といった試練に耐え、キーマンの流出を防いできた。

ダイバーシティを確保し、なおかつ危機に強いグローバル組織をどう作るか。十河CEOに聞いた。

取材に応じる十河宏輔・代表取締役CEO

「本社のトランスレイター」配置は「思想が違う」

AnyMind Groupは2016年にシンガポールで創業。現在は世界14の国・地域でブランドの商品企画から生産、マーケティングや物流などを一気通貫で手がけている。

創業者こそ十河CEOら日本人だが、タイ、ベトナム、インドネシアと海外拠点の拡充を優先したため「創業してすぐに日本人がマイノリティ(少数派)になった」と十河CEO。アジア各国・地域の企業をM&A(合併買収)することで規模を拡大し、現在も1,550人を超える社員のうち日本人社員は25%程度だという。

「複数の事業が各国で走っています。国・地域ごとのお互いの認識の差異をなくすことが重要なので、意思決定の理由などは極力オープンに話しています」

ただ、各拠点の隅々にまでメッセージを浸透させるのは難しい。そこで鍵になるのが十河CEOも「自分の分身」と認める拠点長の存在。例えばタイの拠点長ならばタイ語などローカル言語を喋れることが絶対条件だ。

日本企業では、言語レベルを問わず日本人人材が本社から赴任しトップに就くことも多い。十河CEOは「日本企業の典型ですが、ローカル言語を話せる人材を登用するべき」と指摘する。

「本気でその国のナンバーワンを取りに行くならば、セールスやマーケティングはローカライズされたチームで行う必要があります。シンガポールや香港などは英語でも問題ないかもしれません。ただインドネシアやタイ、ベトナムなどは最終的にはローカル言語でのコミュニケーションが必要になってきます」

日本人社員をトップとして送り込むのは、本社の事情に通じた人材を配置することで、海外拠点とのやり取りをスムーズにするなどの理由がある。十河CEOはこれに対しても「本社のトランスレイター(通訳)を配置すること自体、思想として違うのでは」と疑問を呈する。

「おそらくその場合、意思決定まで本社マターとして入っていくために(現地の)解像度を上げたいのだと思います。ただ、解像度を上げるには本社の人間がどんどん出張してローカルのヘッドとコミュニケーションをとった方が早い」

十河CEOも各拠点への出張を繰り返す。

「現地ではマーケットの重要性を語り『今後のポテンシャルを非常に感じている。皆の力が必要だ』と訴えます。本社のトップがコミットする姿勢をローカル人材に示すことが重要なのです。送り込まれた管理人材がビジョンを語れるかというと、そうではないと思います」

メガITの引き抜き「大企業にない部分」で抵抗

規模拡大を続けてきたAnyMind Groupだが、度重なる試練にも襲われている。その一つが人材獲得競争だ。グローバルで戦う企業は、採用でも必然的に世界との競争を強いられる。引き抜きに発展することも決して珍しくない。

AnyMind Groupの人材面での競合は、TikTokの運営会社であるByteDanceやGAFAなどのメガIT。実際に転職していった例もあったという。

「ウチは狙われやすいんです。成長意欲の高い若手が入社してきて、2,3年も経つと仕事もかなり出来るようになり業界の知見も溜まる。かつ英語も喋るとなると、グローバルのテック企業からは狙われる」

世界有数のテック企業が相手となれば、金銭だけでは「勝負できない」(十河CEO)のが現実。メガITにはない「スタートアップらしさ」を押し出すことでキーマンを引き留めている。

「若くしてマネジメントに携われる、やった分だけ成果に表れる組織体系にする、新しいことにチャレンジできる。そしてそこをちゃんと評価する。GAFAなどの大企業にはない部分だと思います。特にキーマンとは、ストックオプション(新株予約権)などインセンティブ設計も駆使して向き合いました」

2度の上場延期 土日も使って社員に説明

AnyMind Groupが直面したもう一つの危機が2度にわたる上場延期だ。

元々は2022年3月に東証グロース市場へ上場する予定だった。だがロシアによるウクライナ侵攻を理由として延期を発表。同年12月に出直し上場を期したがまたしても延びた。2度目については「事業活動におけるリスクや開示について確認すべき事項が発生」したという説明で、具体的な理由は発表されなかった。

スタートアップで働く従業員とって上場が持つ意味は大きい。特にストックオプションなどの金銭的なインセンティブを持つ従業員にとっては、これまでの苦労が報われる瞬間でもある。

それだけに延期は重い。対外的に発表される前に不安を払拭する必要がある。週末も一対一で社員と話す時間を作り、説明を続けた。

「30人くらいと話しました。一人あたり15分から30分くらいもらって、全部自分の口から伝えました。自分の使える時間のうち、7割か8割は説明に割いたと思います」

とはいえ、延期の理由を詳細に伝えることもできない。「歯切れの悪い部分もあった」と縛りがあるなかでの説明。十河CEOは最短での上場を約束することで不安を和らげた。

「ショックかもしれないけれど、クリティカルな話ではないし、最短で(延期から)3ヶ月後の上場になるから、そこに経営陣でコミットする…と。できる限り包み隠さず話しました」

同じ企業が1年の間に2度も上場延期を発表するのは珍しく、延期が発表されると国内の経済メディアも次々と報じた。それでも組織として耐え抜いた。

「上場できないことを理由に人材が抜けてしまうのは良くあること。あれだけニュースとして延期が報じられたなか、キーマンが辞めてしまうことはありませんでした。それは良かった」

AnyMind Groupは2023年3月29日に上場を果たしている。

比較対象は世界トップ 成長するから優しくなれる

グローバルで戦うためには、異なる国籍・文化の社員に活躍し続けてもらう必要がある。トップ自らローカル人材へ尊敬の念を示し、時には直接コミュニケーションをとり不安を払拭するなど、十河CEOもあの手この手を駆使してきた。

それでもGoogleなどの世界的大企業にはまだ届いていないという意識がある。「全然足りない。追いつかないと」と目線は上を向く。

「Googleはなぜあれだけ(組織として)強いのか。成長し利益が出ているから、社員にも還元できるわけです。事業を伸ばし、優秀な方が組織に残り、また優秀な方が入ってきて伸びる。このサイクルを構築するべき。自分たちも(組織づくりに)かなり時間をかけ投資もしてきましたが、まだ改善の余地があります」

自社の取り組みには「80点」と満足しない。ダイバーシティは大前提。土台の上に優しくて強い組織を作る。その先に世界のトッププレイヤーたちがいる。

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