「スタートアップは東京に集中している」とよく言われます。
STARTUP DBの統計によると、スタートアップ企業の66%が東京に立地し、投資マネーなどの資金の78%が流れ込んでいます。大阪・京都・福岡などの都市圏も急速に成長していますが、依然として東京の存在感が際立っているのもまた事実です。
起業家や投資家のネットワークが集積する東京。スタートアップを設立するメリットも自然と高まってきます。
こうしたなか、「東京一極集中に対抗する」と旗を掲げ、札幌からフルリモート体制で成長企業への仲間入りを果たそうとしているのがWeb3スタートアップの「あるやうむ」です。NFT(非代替性トークン)とふるさと納税を掛け合わせた事業を展開しています。
代表の畠中博晶さんは、地方には地方ならではのメリットがあると強調します。それを証明するため、今はイグジットという実績を作ろうとしています。
濃厚な思想を語って頂きました。
(聞き手・編集=高橋史弥 / STARTUPS JOURNAL編集長)
東京一極集中と言われますが、一都三県に範囲を拡大すればもっと集積しているはずです。それ以外でも大阪や福岡などの都市圏に集まっているはず。僕はよく、自分のいる札幌にスタートアップは40社程度しか存在しないという話をします。
個社ごとに最適な方法を考えれば、自然と東京に集まるのは理解できます。在京のスタートアップには多数の成功例があり、変なリスクを取らずに今まで通りの順当なストーリーで成功を目指す起業家が多いのも仕方のないことです。
ただし、個別最適と全体最適を切り分けて考えないといけない。一極集中状態が東京と地方の経済格差を促進しているファクターの一つになっているのも、間違いないのです。
僕はもともと、大学院で公共領域に関する研究をしていました。ブラジル人が多く住んでいる団地で、町内会の張り紙が日本語とポルトガル語の併記になっているもの・なっていないものと日本人コミュニティとの関係値はどう相関しているか、などを調べていました。もともと公共について考えることが好きで、「一極集中に対抗する」というのも僕の思想です。
僕は、地方には地方ならではのメリットもあると思っていますが、地方にはエビデンスのレベルになるまでスタートアップの数がなく、そもそも議論ができないという前提があります。それでも地方から東京一極集中に対抗したい。思想はある程度の非合理性を孕むものなのです。
地方のスタートアップには、資金調達が難しいというデメリットがあります。
国内全体ではエコシステムも充実してきました。だから「地域間格差を解消する」という部分に共感してくれる投資家も一定数います。事業としてやるべきことをしっかりクリアできていれば、地方だからといって大きく困ることはないかもしれません。
ただ、その前段階として投資家とのタッチポイントを作るのは大変です。僕はスカイランドベンチャーズに投資してもらい、木下慶彦代表の紹介でKDDIの地方創生ファンドや事業のパートナーと繋がることができた。運が凄く良く、ご縁に恵まれたのです。裏を返せば再現性はない。
地方ではまだまだ資金の出し手も、金額も多くありません。地元の投資家が地元のスタートアップに投資するというのは、一見すると美しいストーリーですが課題もある。その投資家が東京のエコシステムに入り込めていないと、次のラウンドにトスアップ出来ないのです。
やはりスタートアップにとって一番最初の投資家は「この人の紹介だったら1回くらい会うか」と周りがなるような存在じゃないと、その後の展開が難しい。これから地方のCVCや事業会社もどんどん増えてくるでしょう。ですがまずは、東京の経験豊富なVCなどと一緒のラウンドで入っていってほしいと僕は思っています。
地方でスタートアップを経営するメリットは採用にあります。
僕が取り組んでいるWeb3の世界には、知的好奇心が高く野心的な人が多い。つまり、転職することにあまり躊躇いがない。
東京の会社にいると、イベントや飲み会の機会も多くなりますから色々な会社の情報が入ってきます。雇う側からすると、自社と他社が常に否応なく比べられている状態です。
それに比べ、地方住みの方をフルリモートで雇用すると結束が違ってきます。
社内の人間関係が拗れたり、事業の風向きが悪くなってきたりした時に、「とりあえず転職するか」となるのか、立ち止まって会社とWin-Winになる方法を考えてくれるのか。結束力はとても大事です。
「週1回は東京のオフィスに出社」という14文字に人生を縛られている人は大勢います。オフィスに一度も来なくても業務可能な環境、という「Give」ができるのは採用にあたってかなり大きい。僕自身、札幌に住みながらJPYCというWeb3スタートアップでフルリモート勤務していましたが、未だに恩義を感じています。
東京と地方では物価も給与水準も違います。東京のスタートアップの一般的な給与水準を地方に横展開してみると分かりやすいと思いますが、同じ700万円で従業員を採用するにしても、住む場所によってありがたみは異なります。
つまり、採用活動に関して言えば、東京よりも地方スタートアップに経済合理性があると言えるのです。
あるやうむは札幌に本社がありますが、フルリモート体制です。
本社所在地が東京だと、どうしても社員が物理的に集まりやすくなる。すると、地方からリモートで働く人と、本社にアクセスできる人の扱いが均等になりにくい。本社のある東京はコア業務を担い、主要ではないノンコア業務がそれこそ札幌のような地方都市にアウトソーシングされる構造から抜け出せなくなります。
その点、あるやうむが取り組んでいるNFT(非代替性トークン)領域は地方からコア業務を担えます。主要顧客が東京にいて、関係性が社の存亡に直結する企業ならば地方は難しいかもしれませんが、NFT領域は活動の全てがデジタル上で完結しますし、あるやうむの顧客は地方自治体などです。
僕は「Web3 city Sapporo」というTシャツを作りました。胸にはあるやうむの社名を入れていません。一つの会社が成長することはもちろん大事ですが、それだけではあまり意味がない。Web3やNFTを産業として広げて、街全体として栄えていきたい。
「同じ給料で雇用するならば、給与や物価水準が低い地方の人を雇う方が結束が高まる」という僕のロジックは間違っていないと思いますし、資金調達が難しいというハンディに覆されるような小さなメリットでもない。
ロジックだけでは、リスクを取りたがらない人は納得しないかもしれません。だから地方スタートアップとしてイグジットして、結果と実績で証明したい。「何となくこうだと思う」という推論を実行して成功できる人が一番大きなリターンを得られます。それは僕の会社に限らず、地方スタートアップが現在進行形でやっていることです。
とはいえ今は、地方スタートアップで東京一極集中に対抗しようとする僕のような勢力に対して、スタートアップエコシステム全体の成長速度の方がずっと速い。今のところ、膨張する宇宙で彷徨う人のような感じですね。